禁じ手、マギアブーステッド
不良生徒の餌食になりかけていたリンザローテだが、アルトの介入によって命拾いをした。手首を縛っていたバインドロープはアンチバインドという拘束解除魔法によって除去され、ようやく自由の身となる。
だが、完全に危機を脱したわけではない。ホランだけでなく不良生徒も三人残っており、楽しみを邪魔されて苛立っている様子だ。
「アルト・シュナイド…! どこまでも不愉快な男!」
特にホランは歯噛みをし、アルトへの恨み節を呟く。愛しのヴァルフレアにとってもそうだが、今のホランにとってもアルトは障害物でしかない。
「アナタ達、あの男をサッサと排除なさい!」
配下の不良生徒達に命じ、ホランはその近くで推移を見守る。
「コイツ、S級魔法士だかなんだか知らないが、余計なマネして無事で済むと思うなよ!」
殺意と魔力を滾らせ、三人の不良生徒は注意深くジリジリとアルトとの距離を詰めようとしていた。S級のアルトは無詠唱で魔法を行使できるため、発動されるまではどのような魔法が飛んでくるか分からないので慎重なのである。
「テメェらみたいなクズにはゼッテーに負けねぇからな」
数の差では負けているのだが、アルトは動じず睨み返しながら言い返す。
そして疲弊しているリンザローテを背後に匿いつつ、三人を視界に入れて臨戦態勢を整えていた。
「リンザ先輩は隠れていてください。俺がアイツらを片付けますから」
「アルトさん……申し訳ありません、またご迷惑を……」
「迷惑だなんて全くそんなことはないですから、謝らないでください」
「でも、三人も相手にするのは……」
「大丈夫。意地でも勝ちますし、あなたのことは俺の命に代えてでも守ってみせますから」
そう言ってアルトはリンザローテにウインクする。心も参っている彼女を少しでも勇気づけてあげたかったのだ。
「カッコつけてんじゃねェぞ! いくらテメェが強くてもな、三人に勝てるわきゃねェだろ!」
目の前で年下がナメた態度をしていることに更に腹を立て、三人の不良生徒は揃ってフレイムバレットを唱える。真紅の魔法陣から火炎の弾丸が発射され、アルト目掛けて飛翔していく。
しかし、彼らがフレイムバレットを撃った時には、既にアルトはバリアフルシールドの展開を完了していた。半透明のバリアがアルト本人とリンザローテを包み込み、迫る魔法を防いでみせる。
「俺も本気でいかせてもらうぞ……」
フレイムバレットがバリアに着弾し爆発して、爆煙がこの場に居る全員の視界を妨げる。
アルトはこの爆煙を利用して姿をくらまし、左手を突き出して魔力をチャージした。
そして、
”パチン”
と指を鳴らす。
直後、爆煙は吹き払われ、緑色の旋風が不良生徒達を襲ったのである。
「なんの魔法!?」
不良生徒達はどんな魔法に襲われたか理解することはなく、強烈な風を受けて三人まとめて吹き飛ばされ、天井に激突したりレンガの壁を突き抜けて外に放り出される者もいた。
これは、スプレッドウインドという風系魔法である。先程のインパクトウインドにも似た魔法だが、コチラは射程が少し伸びており、しかも放射状に拡散されながら風を放てるため範囲攻撃が可能なのだ。複数の敵を対処するのに適していると言えよう。
だが、インパクトウインドより伸びたとはいえ射程は二、三メートルと短く、しかも魔力の充填に少々時間が掛かるのが難点だ。咄嗟の迎撃には向いておらず、今回のように隙が出来ないと有効な手段とはならない。
「くっ……アルトめ…!」
仲間を失って一人となったホランは絶望し、そして怒っていた。先程までの優位性は失われてしまい、完全に追い込まれて唇を噛みしめる。
「生徒会副会長のホラン・キューミーなら何でこんな事をするんだ!」
そのホランにアルトは問い詰める。
彼女がリンザローテを敵視しているのは知っているが、仮にも生徒会で第二位の地位を持つ人間であり、このような蛮行を犯すなど信じられない。
「グロット・スパイダーを使った計画も、今回のリンザローテを貶める作戦も上手くいく予定だったのに……私が真犯人と悟られず、邪魔者だけを排除して学生生活を幸せに送れる予定だったのに! それを、貴様が!」
だが、当のホランは聞く耳ももたない様子で、問いかけに応じず自分の都合だけを喋る。憎しみの感情だけで動く怪物のようになって、拳を震わせていた。
「こうも私の犯行がバレてしまっては、元の生活には戻れないわね……でもね、まだ諦めるつもりなんかないわよ。私は、この場を切り抜けて逃げ伸びてみせるわ」
「罪を犯したのなら、それ相応の罰を受けて償わなければならないと俺のお婆ちゃんが言っていた。アンタに少しでも良心が残っているのならば、そんな考えは捨てて大人しく投降しなさいよ」
「良心などとうに捨ててきたわ……」
近くに転がっていた椅子を蹴り飛ばしつつ、ホランは制服の内ポケットから錠剤のような物を取り出して口に含む。
「見せてあげるわ、私の本気を!」
急に強気になったホランだが、様子がおかしくなる。目は血走り、彼女の身体の周囲に赤いオーラのような光が放出され始めたのだ。
「一体何をしたんだ!?」
「アルトさん、多分アレはマギアブーステッド薬ですわ! 一時的に魔法力を向上させ、限界を超えた力を手に入れられる魔法薬の…!」
「なんとっ…!」
マギアブーステッド薬は禁忌薬に指定されており、使用は当然ながら作成と所持も厳罰に処される。それをホランは入手して、最後の切り札として隠し持っていたのだ。
では、何故この魔法薬が違法であるのかというと、一時的に魔法力が爆発的に向上するのと引き換えに肉体にダメージが及ぶからである。限界点を超えた魔力運用は多大なる負荷が掛かり、最悪の場合は廃人になるか死に至る可能性すらあるのだ。
使用が禁止される物には必ず理由があるわけで、本当に自分の身と将来を考えるなら、真の幸福を掴みたいのなら決して手を出してはいけない。
「漲ってくるのが分かる! もはやオマエのS級の力など恐れる必要もないわ!」
全身が活性化するような感覚を覚えたホランは、かつてない万能感に包まれていた。この状態ならばアルトとて敵ではないという自信さえ湧いてくる。
「オマエ達は始末していくわ。私の心の安寧のためにね!」
もともとA級魔法士であったホランだが、マギアブーステッド薬の効果でS級相当の魔法力を発揮できるようになっていて、無詠唱のままアクアボムを発動した。
アルトとリンザローテの頭上に魔法陣が出現、そこから巨大な水の塊が勢いよく落下する。
「こうも魔法力が上がるものなのか!?」
何かしらの攻撃が来ると身構えていたアルトは再びバリアフルシールドを発動し、地面と激突して爆発する水の勢いから身を守った。
だが、その水量は尋常ではない。滝の奔流の如く全方位に撒き散らされ、しかもあまりの水圧にバリアにヒビが入ったのだ。
S級であるアルトのバリアは極めて頑強で並みの魔法では突破するのは困難なのに、それを破壊し得るだけの威力をホランは発揮したのである。
しかし、このアクアボムは本命の攻撃ではない。あくまで牽制でしかなかった。
「次で終わらせてやるわ…!」
水の爆散で敵の視界を妨げ、その間に接近する作戦だったのだ。
「死ねよやぁあ!」
そして、アルトがバリアを再展開するため解除した隙を突き、リンザローテに殺意を籠めたフレイムバレットを撃ち放つ。通常のフレイムバレットは拳程の大きさであるが、人間の頭部並みの大きさを形成して火力が増幅されている。
もはや火山弾にも匹敵する脅威となって迫りゆくが、
「やらせるものかよ!」
アルトの反応は素早かった。というより、ホランの気配を察知していたのである。
マギアブーステッド薬によって過剰な魔力を発生させて帯びているため、その異様な気配を感じ取るのは容易であり、姿が見えずとも位置を把握できたのだ。
「リンザ先輩を必ず守ると宣言したからな」
バリアでは間に合わないと悟ったアルトは、右手に纏ったインパクトウインドで殴りつけるようにしてフレイムバレットを破壊した。
その反射神経の良さに舌打ちしながらも、闘気を失わないホランは血走った目でアルトを睨みつける。




