絶体絶命、走れコマリ!
コマリに自らの推理を聞いてもらったリンザローテは、ホランの捜査を行うよう警察に依頼することを決意する。いくら疑ったところで彼女達学生や教師にはどうすることもできないので、正当な捜査権を持つ警察に後は任せるしかない。
「明日、校長先生の要請を受けて警察が来るはずですわ。そうしたら、わたくしの考えを訴えてみるつもりです」
「た、確かにプロにお任せするのが一番ですね。しょ、証拠なども見つけてくれるかもしれませんし」
「ええ。では、わたくし達は生徒会室へ行くとしましょう」
まだ集合時間には早いのだが、先に生徒会室にて準備を行い、アルトが来たらスグに作業に取り掛かれるようにしておいて損は無いだろう。
二人が部屋を出ようとした、その時、
”ドンドン”
部屋の扉を叩く音が室内に響く。呼び鈴を鳴らすのではなく、力任せに叩くというのは尋常ではない。
リンザローテとコマリはギョッとしつつ、様子を窺う。
すると、
”ドンドン!”
先程よりも更に強く何者かが扉を叩いた。
「コマリさん、わたくしが応対しますから、アナタは隠れていてくださいな」
「で、でも…!」
「嫌な予感がするのです。いいから、早く」
アワアワと慌てるコマリをクローゼットに匿い、リンザローテは一人で玄関へと向かって扉を開いた。
「ホラン……わたくしに何か用ですの?」
そこに居たのはホランであった。どうやらリンザローテを探していたようで、苛立った様子で仁王立ちして出口を塞ぐ。
「やっと見つけたわ、リンザローテ」
リンザローテは、先程コマリに話した内容を思い出しながら冷や汗をかく。名指しで犯人扱いしたわけで、その当の本人に探されていたとなれば気味の悪い感覚に陥るのは当然ではある。
だが、部屋にはある程度防音性があるため、派手な音さえ立てなければ外に漏れることはなく、コマリとの会話を聞かれてはいないだろう。
「もうね、我慢の限界なのよリンザローテ。研究棟で死んでいれば良かったのに…!」
ホランはリンザローテの首に手をかけ、そのまま室内へと押し込む。
その突然の暴力に驚いたリンザローテは、咄嗟にホランから離れようとするが、逆に突き飛ばされてリビングに倒れてしまう。
「何をするんですか!」
「黙りなさい! カース・サイレンス!」
鬼のような形相をしつつ手を突き出したホランは、リンザローテに対してカース・サイレンスを発動する。沈黙系のこの魔法は一定時間発音することが不可能となり、A級魔法士以下であれば詠唱が出来なくなるので魔法が扱えなくなるのだ。
相手が至近距離にいて、しかも咄嗟の出来事であったため防御が間に合わず、リンザローテは声を封じられてしまう。
「なによ、その目は。本当にムカつくヤツね!」
睨みつけるリンザローテの脇腹に蹴りを叩きこみ、痛みに顔を歪ませる彼女を見下す。
「アンタはもう終わりよ」
そう言って不気味に笑みをこぼすホランを前にして、リンザローテはこのまま殺されるのかと思ったが違った。
ホランは玄関の扉を開き、外で待機していた仲間を呼びこんだのである。
「コイツらはヴァルフレアの知り合いのロクでもない不良生徒だけど、こんな使い方があるとはね」
招きこんだのは四人の男子生徒であった。いずれも制服を着崩し、明らかに真面目さとは無縁といった様相で、ニヤニヤとしながら声の出せないリンザローテの身体をジロジロと見ている。
「もうヤッちゃっていいんか?」
「ダメよ。ここでは誰かが訪ねてくるかもしれないし、バレるリスクがあるもの。コイツと親しいアルト・シュナイドでも来たら目も当てられないわ」
何を言っているのだとリンザローテは思考が追い付かず、困惑して眉を下げる。
「ナニされるか分からないって顔ね。ふふ、教えてあげるわ……コイツらにはね、アンタを犯していいって言ったのよ。アンタを殺すだけなら簡単だけど、それでは私の気が収まらないの。アンタがメチャクチャに陵辱されている姿を……そして私に無様に命乞いをする姿でも見なきゃね」
「へっ、まさか生徒会の副会長サマがこんなに捻くれているヤベーヤツだなんてビックリだぜ。でもな、俺達にとっちゃウマい話だ。オマエのような高貴で美人な女とヤレるんだからよ」
「その後、死体の処理と偽装工作までちゃんと手伝うって約束は忘れないで」
「分かってるよ。でも惜しいよなぁ、こんなイイ女を殺しちまうなんてさ。ヤリ捨てるには勿体ないぜ?」
「フン……確かに海外の富豪に高く売れるかもしれないわね。ま、考えておくわ」
ホランと不良生徒の会話を聞いて、リンザローテは絶望して気力を失う。こうまでホランが堕ちていたなんて信じたくないし、自らに待ち受けている運命を考えれば呼吸だって荒くなるだろう。
「あら、興奮しているのかしら? ヘンタイなのね、アナタは」
おちょくるような言い方をし、ホランはリンザローテの髪を掴んで彼女の耳元に顔を近づける。
「良い事を教えてあげるわ。グロット・スパイダーだけどね、アレは私の仕業なの。アンタを研究棟で始末するためのね。でも今となっては失敗して良かったと思うわ。こうしてアンタを辱められるのだもの」
と、ホランはそのまま次の魔法を発動した。
「スリープ・ブラックアウト」
これは対象を睡眠状態へと落とす魔法だ。意識をしっかり保っていれば、ある程度耐えることも可能ではあるのだが、今のリンザローテの精神状態では無理がある。
魔法を受けて、そのままリンザローテは文字通りにブラックアウトしてしまう。
「さ、コイツを運び出すわよ。あそこにある木箱にでもいれましょう」
リビングには、家具が仕舞われていたと思われる大き目の木箱があった。人間一人なら背を丸めれば入れるサイズで、リンザローテを部屋から運び出すのに丁度良い。
「でもよぉ、目立つんじゃねぇの?」
「大丈夫よ。この部屋に来るまで寮内で誰とも遭遇しなかったでしょう? 今は七時で夕食時だから、外に食事に出ている生徒が多いわ。むしろ、今こそがチャンスなのよ」
ドワスガルの学生寮は食事を提供していないので、生徒達は商業区で買い出しをするか飲食店に入るしかない。そのため、夕食時には人の数が極端に減るのである。
しかも、特待生にはクラブ活動や生徒会活動に熱心な生徒が多く、夜まで帰らない者も多いのだ。
「で、どこに運ぶ?」
「正門の近くに備品倉庫があるわ。あそこなら人目に付かないし、生徒会の人間すら近づくことのない場所だから安全ね」
「分かった。じゃあ急ごうぜ」
意識の無いリンザローテを木箱に詰め込み、不良生徒達が外へと運び出す。
そして、最後にホランが出ていき部屋には静寂が戻った。
「ご、ごめんなさい会長……わ、私が助けるべきだったのに……」
事態が収まって、クローゼットに隠れていたコマリが泣き崩れながら出てくる。ホラン達への恐怖のあまり動けず、何もできないままリンザローテが連れ去られてしまい、自身の情けなさにも嫌気が差していた。
「な、なんて弱いの私は……」
自分に勇気と力があったならと思わざるを得ない。これがもしアルトならば、果敢に不良生徒に挑みかかってリンザローテを救い出してみせたはずだ。
「し、知らせなきゃ……ア、アルトさんに!」
本来ならば教師に伝えるべきなのだが、グチャグチャに心と思考が乱れる中で思い浮かべたのはアルトであった。闇魔法士や使い魔にすら臆さない、コマリにとってのヒーローの姿が脳裏に鮮明に映る。
リンザローテの部屋を飛び出したコマリは、ホラン達が近くに居ないことを確認してから管理棟目指して走り出すのであった。




