深まる疑念
校長室から出たリンザローテは目眩に襲われて足元がフラつく。まだ完全に復調しておらず、精神的にも疲れているため、本当ならば今すぐにでも休息が必要な状態なのだ。
「リンザ先輩、やっぱり体調が悪いのですか? それならば医務室で診察してもらったほうが……」
「いえ、わたくしは大丈夫ですわ。ご心配ありがとうございます」
こういう心遣いをしてくれるアルトが好きだと叫びたい衝動に駆られるリンザローテ。彼の本気で心配している眼差しは太陽よりも眩く、暗く沈んだ心を明るく照らしてくれる。
だが魔物と戦ったアルトはもっと疲れているはずで、これ以上彼の負担になるわけにはいかないと考え、リンザローテは無理矢理に笑顔を作り出す。
「それならいいのですが……もし困り事とかあるのなら、言ってくださいね。まあ俺なんかで役に立てることなんて限られていますけど、できるだけ力になりますから」
「アルトさんは頼れるお方ですわ。出会って以降、何度あなたに救われたか……」
なんなら傍に居てくれるだけでリンザローテの活力となるのだ。今のリンザローテにとって、もはやアルトは原動力となりつつある。
そして、今回の事件でも文字通り命を救われたわけで、頼りがいのあるヒーローのような目で見ているのである。
「では、アルトさんのお言葉に甘えさせて頂いてもよろしいですか?」
「はい、勿論」
「今回の事件について、生徒会全体で情報共有をするためのミーティングを明日行うことになりましたの。そこで資料作りをしなければならないのですが、手伝っていただけますか? 徹夜をすることになりますけれど……」
「お任せください。作業場所は生徒会室ですか?」
「ええ。ですが、一度解散して再集合としましょう。衣服を着替えたいですし、体も洗いたいので……」
グロット・スパイダーの唾液を浴びたせいで、胸元や腕がベタベタとして不快なのだ。想い人であるアルトと一緒の時間を過ごすというのに、このままというわけにはいかない。
「あ、そういえば服で思い出したんですけど、俺の特注制服の受取日が今日だったんですよ。集合するまでに取ってきてもいいですか?」
「ええ、構いませんわ。わたくしもアルトさんの新しい制服姿を見てみたいですもの。なら、一時間後に生徒会室でお会いしましょう」
管理棟の出口まで降り、リンザローテは小さく手を振って学生寮のある地区へと向かおうとしたが、フと気になったことがあったので振り向いてアルトに尋ねる。
「あの、アルトさん。グロット・スパイダーを部室に届けた時のことなのですが、わたくしが実験許可証を部長さんに渡したか憶えていらっしゃいますか?」
「憶えていますよ。俺が情けなくもリンザ先輩の後ろに隠れた時、ちゃんと部長さんに手渡ししてました。なのに、ホラン副会長はリンザ先輩が間違って別の書類を渡したのだろうと言っていて……でも変ですよね、部長さんだって書面を確認して受け取っていたのですし、もし間違った書類ならば指摘してくるハズだと思うんです」
「そう、ですわね」
実験許可証を巡る矛盾……
そこからリンザローテは一つの可能性を思い浮かべるのであった。
「どうかしましたか、リンザ先輩?」
「い、いえ。ちょっと気になっただけですわ」
リンザローテは取り繕うように首を振り、一人で考えをまとめようと歩き出す。
それを見送るアルトは、背後から不意に声を掛けられて少々驚きながら振り返った。
「へ~、生徒会長と一晩を共にするのかぁ」
「うわっ! って、シュカか。ビックリしたよ」
「もしかしてエッチな妄想していたの?」
「んなことないよ!」
あらぬ疑いを掛けられたアルトは声を裏返しながら否定する。あくまで疲弊しているリンザローテを心配していただけであり、夜を一緒に過ごすからといって妙な妄想などしてはいない。
「へへ、ごめんごめん。アルトはこの後、特注制服を受け取るために商業区に行くんでしょ? なら一緒に行こうよ。ウチはお腹空いたから何か食べようと思ってたんだ」
あんな目に遭ったばかりというのに、シュカはリンザローテと違って気落ちしておらず、何事も無かったかのように空腹を訴えている。
そんなシュカの手招きに付いていき、アルトは商業区へと移動を始める。
「それにしても、アルトってめっちゃ強いんだね。魔物三体を倒しちゃうなんて」
「たまたま上手くいっただけだよ。最後の一体との戦いは結構苦戦したし、危ない場面もあったしさ」
「謙遜しちゃって~。もしこれがウィルだったら、皆に自分の手柄だって言いふらしまくっているよ」
「はは、確かにウィルならナンパの時とかに自分から話題に出しそうだね」
そう言ったアルトは、直後に失言であったかとバツが悪くなる。
というのも、シュカはウィルが所構わずナンパするのを良く思っておらず、彼のそうした面を話題に出すのはデリカシーが無いと言わざるを得ないだろう。
そんなアルトの反省を感じ取ったのか、シュカは自らウィルの軽薄な性格について口にする。気を遣わせてしまって逆に申し訳ないという気持ちになったのだ。
「まったくウィルったら、すーぐ女の子に手を出すしょうもない男で困るよ。アルトくらい真面目な男になってほしいものだね。ホント、どーしようもないんだから」
呆れるように首を振るシュカだが、本気でウィルを嫌っている感じではない。むしろ、好意があるからこその苦言であった。
「シュカはさ、その……ウィルのことが好きなんだよね?」
「べ、別にウチは……あんな女好きの男なんて……」
赤面しながらも、どこか複雑そうにシュカは呟く。
この反応からも分かる通り、間違いなくシュカはウィルに気があるのだが、その気持ちは届いているように見えない。幼馴染として特別な関係にはあるものの、それ以上に発展するのは難しく思える。
「ウィルもなぁ……昔はカッコよかったんだけどね」
「今でもウィルはカッコイイじゃない? 俺なんかよりも断然イケメンだしさ」
「いや確かに顔はいいけど、そうじゃなくてね。なんというか、男としてってこと」
シュカは苦笑するように言い、過去を懐かしむように空を見上げる。
「昔さ、ウチらの故郷が魔物に襲われたことがあったの。そん時にね、ウィルは体を張ってウチを守ってくれたんだ。あの時のウィルは今のように強くはなくて弱かったから、全身ボロボロになって死にかけて……」
「ウィルが……」
「でも本当にめっちゃカッコよかった。どんな大人よりも、王都で有名なS級魔法士よりも。前から好きではあったけど、もっともっと好きになったの」
恋い焦がれる少女の横顔は美しかった。もともとシュカは美人ではあるが、尚更にである。
「その一件があってから、ウィルは強くなるために鍛え始めたんだ。でね、あいつには結構な才能があるらしくて、数年で故郷では一番強い魔法士になったんだよ」
「実際にウィルは強かったよ。デュエルでの短い攻防の中でも伝わるくらいに」
「そういう努力するところもカッコよかったんだけどねぇ。顔はイイし強いしで、どんどんモテるようになってから女好きのダメ野郎になっちゃって……まったく、こんな可愛い幼馴染がいながらどんな神経しているのやら」
アルトから見てウィルとシュカはお似合いだし、初見では二人は交際しているものだと勘違いしていた。
だが、ウィルの性格が軟派よりになって色々な女性に手を出すようになり、二人の関係は進展をしないまま現状維持を続けているらしい。
「ウチもどうかしてるのよ。あんな阿呆を好きなままでいるなんてさ。この際だから、アルトに乗り換えようかしら」
「おいおい、そんな風に恋愛対象を変えるもんじゃないよ。シュカが今でもウィルを想っているのは、アイツの良いところもダメなところも全部を知ったうえで、それでも好きだからでしょ? 全てをひっくるめて愛せる相手がいるって、とっても素敵なことじゃないの」
相手の悪い部分が見えると恋心が冷めてしまう者も少なくない。
特に古代文明においては、恋人のちょっとした失態や、気に入らない面を見てスグに萎えてしまうという現象が頻出していたらしいと書物にも書かれている。
しかし、シュカはウィルの事を色々と知っても尚、好きという感情を抱いたままであり、これこそが本物の愛とやらではないのかとアルトは思う。
「そういうもんかな……」
「そうさ。捨てちゃうなんて絶対に勿体ない想いだよ。今すぐじゃなくても、きっとウィルにも届くはず」
「ふふ、アルトってとってもロマンチックなんだね」
「あ、いや……よく考えたら恥ずかしいことを言っていたのか、俺は……」
心で思ったことを素直に言葉にしていたのだが、冷静になったアルトは照れくさくなって顔を赤らめる。これがまだシュカだからいいものの、他の誰かにでも聞かれていたら、少しの間立ち直れないくらいダメージを受けていただろう。
「まあウチとウィルのことはいいのよ。アルトこそどうなの?」
「え、俺?」
「好きな人はいないの?」
「うーん……女の子の知り合いは出来たけど、そーいうのはこれからかな。もっともっとお互いを知ってからにしたいというか」
恋愛面でも真面目すぎる男、アルト・シュナイド。
ひとまず気になる相手と付き合って、そこから相互理解を深めるという方法だって一つのテクニックなのだが、アルトは真摯に向かい合いたいと考えているのだ。
「ホントに真面目ねぇ。恋愛って、なんていうかビビッと感じるものじゃないのかねぇ……それはさておき、アルトの恋愛観はエミリーにも伝えなくっちゃあね」
エミリーを応援する立場を表明しているシュカは、今回アルトから聞いた考え方を参考にしつつ、周囲のライバルに勝てるだけの作戦を立てようと心に決めるのであった。




