怨念と憎悪、逆恨みのホラン
研究棟で起きた事件について、校長室にて緊急の会議が行われることになり、当事者であるアルトとリンザローテも参加する。
そして、その場には副会長のホランの姿もあるのだが、怒りや焦りといった感情を瞳に表しながら生還者である二人を睨みつけていた。
「バカな……良い作戦であったのに…!」
本来のホランの計画通りなら、アルトもリンザローテもとっくに死んでいるハズなのだ。あの蜘蛛型魔物であるグロット・スパイダーの餌食とし、無惨な亡骸を晒させる予定であったのである。
だが、ホランの耳に届いたのは二人を含めた全員の生存報告であった。それには大いに驚いたし、ヴァルフレアの役に立てず失敗したという事実を受け止めきれずに歯噛みするしかない。
そんなホランの胸の内を知る者はこの場におらず、オブライアンを中心に会議が始まろうとしていた。
「メンバーは揃いましたな。ではまず、勇敢にも事件解決のために脅威に立ち向かったアルト・シュナイド、そしてシュカ・ノートンに感謝を」
魔法薬を用いて卵の除去に一役買ったシュカも呼ばれていて、校長の謝辞を受けて照れくさそうに頭を掻いている。
「本来であれば我々大人が未然にこうした事態を防がなければならないわけで、生徒諸君には本当に申し訳ない。魔物のような恐ろしい生き物の暴走を許すなど言語道断である」
しかし、今回の事件は防ごうとして防げたものではないだろう。何故なら治安維持に関わる生徒会の人間が起こしたものであり、確かに管理体制に問題があったのかもしれないが、密かな悪意に気が付けと言う方が無理がある。
「今後の再発防止のためにも検証を行う必要がありますな。そこで、魔物研究部の部長に証言をお願いしたい」
オブライアンの目配せを受けるのは教頭のアネットで、彼女によって拘束された魔物研究部部長が皆の前に出る。
「ボクは何もしていない! 本当なんだ信じてくれ!」
取り乱しながらそう主張する部長。
事実、彼はホランの催眠魔法によってコントロールされて魔物を解放したわけで、その間に自分がしたことなど把握していないのだ。
「しかし、他の部員の話ではキミがグロット・スパイダー達の魔石に干渉し、その封印を解いたとのことだが?」
「知らないぞ、ボクは! だいたい、トイレに行った後から記憶が一切無いんだ!」
「ふむ……気が付いたら敵に捕まっていたと?」
「そうだ! 意識が戻った時にはグロット・スパイダーの巣に捕まっていたんだ……本当に何も分からないんだ……」
部長の言葉が演技には思えず、オブライアンやアネット達も困惑するように彼を見つめるしかない。
「確かにキミの様子が変であったという証言もある……そう、まるで意識の無い人形のような動きで誰の声にも反応しなかったとね。これはもしかしてだが、誰かに操られていた可能性もあるのではないかな?」
「つまり、禁忌魔法である催眠操作魔法のヒプノシス・コントロールを使われたということですか、オブライアン?」
「そうは考えられませんかな、アネット。操られた彼は被害者で、本当の犯人は別にいるのかもしれませんぞ」
「有り得ますね。そもそも、彼は魔物研究部の部長として真摯に活動に取り組んでいる生徒です。まあ多少は生活態度等に問題が無いとは言えませんが……ともかく、何者かが彼を襲撃したのであれば厄介ですね」
オブライアンとアネットが催眠魔法の可能性を思いつくのは当然ではある。老齢で熟練した魔法士である二人は、禁忌魔法による犯罪に遭遇した事は何度もあるし、今回の事例でも似た事が起きていると考えたのだ。
この二人の言葉に冷や汗を隠せないのはホランである。自分の仕業だとバレるかもしれないと軽く震えていた。
その中で、部長は何か記憶がフラッシュバックしたように目眩を起こす。
「そ、そういえば……今思い出したのだが、トイレから帰る途中で襲われたんだ。アレは間違いなくバインドロープだった。そして、聞き覚えのある女の声が聞こえた……部員の声とは違っていたが、知っている相手のような気がする……」
「本当なのですかな?」
「あ、ああ。明瞭ではないが、いきなり背後から体に衝撃が走って、一瞬にして体の自由が奪われていたんだ」
「全てを鵜呑みにするわけにはいきませんが、合点がいくような気もします。ですが、我々だけでその第三者を特定するのは容易ではありませんな」
魔法犯罪を捜査するには警察の助力を請うしかなく、現状では事件性を認めて首謀者を探し出すのは不可能だ。
「いずれにせよ、この場では明確な結論を出すのは無理なことですな。ワタシは警察に要請を出しますから、彼らが来るまではキミは我々の監視下に置く事とします」
やつれて俯く部長はアネットに連行され、校長室を出ていく。それを見るアルトはいたたまれない気持ちになるが、今は見送る事しかできなかった。
「アルト君、キミにはまた助けられてしまいましたな。キミが動いてくれなかったら、多くの犠牲者が出ているところでした」
いつの間にか横に移動していたオブライアンがアルトの肩をポンと叩き、そう労う。
「そのS級魔法士の力、今後とも有効に使って頂けるとありがたい」
「はい。俺も生徒会の一員ですし、自分が役立てる場面ならば全力は尽くすつもりです」
アルトは真剣な眼差しでそう口にする。
こうも事件に巻き込まれ続ければ、元よりの正義感だとか関係無く自らの力で平穏を手繰り寄せたいと思うのは普通だろう。
そんなアルト達から逃れるように、ホランはそそくさと早足で校長室を後にする。
悔しさと怒り、ヴァルフレアに対する申し訳なさを抱えながら……
管理棟から出たホランは、そのまま特待生寮に向かい男子棟へ足を踏み入れる。ヴァルフレアに良い報告が出来ないのは気が重いが、それでも作戦の失敗を伝えなければならない。
「ごめんなさい、ヴァルフレア……アイツらを始末できなかったわ……」
「チッ……使えねェ女だな」
部屋に入って早々に謝罪するホランに対し、ヴァルフレアは苛立ちを隠せずにテーブルをドンと叩く。まるで思い通りにならずに不機嫌になる子供のようで、彼の精神年齢の低さがモロに出ている。
「なにが良い考えがあるだよ。こうも失敗して、よくオレの前に来れたものだな」
「本当にごめんなさい……次は、次こそは上手くやってみせるわ!」
「無能に次のチャンスなんてあるものかよ。ったく、副会長だなんていってもこの程度じゃあな。他に能力のあるヤツを探して頼んだほうがマシだ」
「そんな…! お願い、見捨てないで!」
ホランは必死になってヴァルフレアに縋りつく。今のホランにとってヴァルフレアこそが全てであり、こうも依存する相手に拒絶されれば生きる意味を失うのも同義であった。
「これじゃまだリンザローテの方が使えるぜ。オマエはアイツをライバル視しているようだがな、ハッキリ言って足元にも及んでいないんだよ」
「やめて! あの女の名前は出さないで……」
「だったらリンザローテを超えてみせろよ。アルト・シュナイドに一矢報いることすら出来ないオマエなど無用だからな」
ヴァルフレアはホランを振りほどき、部屋から追い出す。バタンと閉められた扉の音がホランの脳内に反響して、ヴァルフレアに捨てられるかもしれないという恐怖に身を震わせた。
「リンザローテさえいなければ……なんであの女がヴァルフレアに想われているの…! クソッ、クソ女があ!」
ホランにとって最大の怨敵はリンザローテである。ヴァルフレアに不義理を働きながらも想われている彼女は許せるものではなく、彼の心に大きな影響を残し続けている女など殺す以外に選択肢は無い。
「実験許可証の件で私が今回の黒幕だと感づいているかもしれないし、ブッ殺してやるわリンザローテ……見ていてね、ヴァルフレア。私の方があの女よりも良いって思わせるから」
アルトを排除すればヴァルフレアからの評価も上がるだろう。
しかし、憎悪の感情を爆発させるホランは直接的にリンザローテを抹殺し、自分だけがヴァルフレアの気持ちを独占したいと考えているのだ。
男子棟を去るホランの頭は、リンザローテへの怨念に支配されて理性など吹っ飛んでいた……




