特効薬でリンザローテを救え
アルトに捕らえられたグロット・スパイダーは脱出するべく力任せに体を動かすが、バインドロープの強力な拘束力の前には無力であった。これはS級であるアルトの魔力故で、並みの魔法士のバインドロープであれば突破されていただろう。
そんな魔物を無視し、アルトはリンザローテの身を包む蜘蛛の糸を解こうと引っ張る。
「ネバついているし頑強だな……」
裁縫で使用する糸とはワケが違う。虫の蜘蛛の糸もそうだが、体内の粘液を素材として糸状へと変化させているため粘り気があり、しかも極めて頑強なのだ。
この特徴は獲物を捕まえて逃がさないためで、手で引き裂こうとするのは困難である。
「アルト、コレを使って!」
魔法薬精製用のための調合台を準備し終えていたシュカは、大型ナイフをアルトに届ける。魔物を解体するための物のようで、今この状況を解決するには最適な品であった。
「ありがとうね。コイツならば…!」
リンザローテを巣から切り離し、彼女の全身をグルグル巻きにしている糸をも切断してみせる。すると、中からグッタリとしたリンザローテが現れ、アルトは回復魔法を掛けながら呼びかけた。
「先輩、リンザ先輩! 大丈夫ですか!?」
「うっ……ア、アルトさんなのですか…?」
「ええ、そうですよ。助けに来たんです」
「アルトさん……アルトさん!」
想い人が窮地から救ってくれたことに感極まり、リンザローテは大粒の涙を流しながらアルトに抱き着く。悲劇に見舞われて絶望していたが、こうして希望をもたらす相手がいるというのは幸福である。
しかしリンザローテは顔をしかめ、うずくまってしまった。
「あうッ…!」
「どうしたんです!?」
「お腹が……アイツの、魔物の卵が中に……」
「卵を植え付けられてしまったのですね……」
やはり遅かったかとアルトは唇を噛む。
「まさか大嫌いな蜘蛛に身を穢されるなど思ってもみませんでしたわ。ふふ、もうお嫁にいけませんわね……」
「気落ちしないでくださいリンザ先輩! 絶対になんとかしてみせますから!」
「なら、わたくしをあなたの…うぐっ…!」
「リンザ先輩! シュカ、薬の方はどうだ!?」
苦しそうに呻くリンザローテを抱えつつ、アルトはシュカに目を向ける。
そのシュカは人間の腕程にもなるサイズの注射器を抱え、バインドロープに縛られたグロット・スパイダーに突き刺した。
「もうチョイ待って。この魔物用の注射器で血液を獲ってしまえば、あとは薬草と調合するだけだから!」
豪快に血液を注射器で吸い取りつつ、そう叫ぶシュカ。被害者のためにも急ぎたい気持ちがあるのはアルトと同じだが、どちらかというと気色の悪い蜘蛛から一刻も早く離れたいからである。
「よし、素材は充分! そしたら調合台にセットして……」
人の頭部ほどの大きさがある箱状の調合台には、魔法薬精製に必要な素材を置くための窪みが存在し、そこに薬草とグロット・スパイダーの血液を混ぜてセットする。
「ミックスプレパレーション!」
調合台に触れたシュカがそう唱えると台自体が発光し、窪みに置かれた素材がドロドロに溶けて一つに融合していく。その様子は錬成魔法に近しいものであった。
そうして暫くした後に光が収束すると、調合台の上に薄緑色の錠剤が出来上がっていた。薬草が硬化して固形物のようになり、古代文明で処方されていた一般的な薬に似た形となったのである。
「特効薬が出来たよ、アルト。これを飲ませてあげて」
「おお! 凄いな、シュカは」
シュカが完成させた特効薬をリンザローテの口元へと運ぶ。水が無くても飲める物ではあるが、腹部に違和感を感じて苦しい状態では飲み込むのも一苦労なようだ。
「久しぶりに魔法薬を口にしましたわ……なんだかお腹の中がスッキリするような感覚ですわね」
「卵に効いているんでしょうか?」
「そのようですわね。さっきまでの苦しさとか、魔力や力を吸われているような感覚は無くなりましたわ」
特効薬はスグに効果を発揮したらしく、リンザローテのお腹に植え付けられた卵は瞬時に死滅したようだ。これによって生命力と魔力を吸収されることもなくなり、リンザローテは苦痛から解放されて顔色も良くなった。
「ありがとうございます、シュカさん。アナタのおかげで命拾いしましたわ」
「いえいえ。お役に立てて良かったですよ。ウチの両親の見様見真似でやりましたけど、上手くいきました」
そう言いながらもシュカは続けて特効薬の精製を続ける。リンザローテ以外にも卵による被害を受けている者はいるので、その人々のためにも薬を量産しなければならないのだ。
「アルト、ウチは薬を用意するから他の生徒も巣から切り離してあげて」
「分かった。じゃ、リンザ先輩はここで休んでいてください」
アルトに優しく頭を撫でられたリンザローテは顔を赤くしつつ、生徒達の救助を行う彼の後ろ姿を熱の籠った目で見つめる。出会って間もなくアルトに想いを寄せたのは事実であるが、その想いは更に膨れ上がっているようだった。
「これで全員か…? グロット・スパイダーめ、どんだけ生殖本能が高い魔物なんだよ……」
この資材庫には二十二人が捕まっており、その全員をアルトとシュカによる連携で助け出した。いずれも衰弱してはいるものの、死んではいない。
「しかしアルト、他にも巣はあるらしいよ」
「となれば急いで探さないとな。この施設に運ばれてきたグロット・スパイダーは三体なんだから、残る一体を警戒しつつね」
「三体って分かるの?」
「生徒会で受け取りの立会人をやったんだ。あの時はキチンと封印されていたのにな……」
魔法列車から降ろして研究棟に運び込んだ時点では、間違いなく魔石に封印されて仮死状態になっていたのをアルトも確認している。その後、魔物研究部に引き渡してから解き放たれてしまったのだろう。
これが事故なのか故意なのかは知らないが、ともかく今は事態を収拾するしかない。
「地下に一つあるのは間違いないはず。先にそちらに向かうよ」
「分かった。ウチはここで薬を作っておくから」
シュカの言葉に頷き、アルトは部屋を出ていこうとするがリンザローテに呼び止められた。
彼女は立ち上がってアルトに寄ろうとするも少しフラついて足をもつれさせ、それをアルトが手で支える。周囲から見れば抱き寄せたようなカタチで、シュカには恋人同士の距離に見えた。
「無茶はなさらないでくださいね。無事にわたくしのもとに帰ってきてくださいな……」
「ご心配ありがとうございます。油断せずに残る一体も仕留めてきますから」
「わたくしは動ける生徒達と手分けして他の巣を探しておきますわ」
見送るリンザローテと別れたアルトは残るグロット・スパイダーを倒すべく、資材庫からエントランスへ移動する。この間にもアルトは意識を集中して敵襲に備えるが、静まり返ったエントランスのどこにも蜘蛛の影は無い。
吹き抜けの天井を見上げた後、エントランスから続く地下への階段を覗き込んだ。
「気配は感じないな……」
とはいえ階段の先は暗闇となっており、かなり見えにくいため息を殺して潜んでいる可能性はある。
アルトは慎重に歩を進め、足音を消しながら階段を下った。
「こうも暗いんじゃ進むのはキツいな……リスクはあるけど灯りを使わせてもらうか」
地下に降り立ったアルトは廊下に設置されていた魔石入りのランタンを持ち、灯りを付けて周囲を索敵する。
こうも煌々と明るい光源の中心にいれば、敵に位置を教えているようなものだが襲撃はない。どうやら廊下にはグロット・スパイダーはいないようだ。
となれば、研究部の部室内の巣を居城にして構えているのだろう。
「さて……」
その問題の部室の前に立ったアルトは、魔力を漲らせながら扉のノブに手をかけた。




