戦場は研究棟
アルトはミーティング用の資料を抱えて生徒会室に入り、ここで仕事をしているはずのリンザローテにチェックしてもらおうと思ったのだが、そこには副会長であるホランの姿しかなかった。
「あの、リンザ先輩はドコにいらっしゃるかご存じですか?」
窓際から外を眺めているホランに声を掛けつつ、アルトは資料を会長席に置く。恐らく確認作業中であったのだろうクラブ活動報告書も積まれており、先程までココに居たが途中で退席したと分かる。
「リンザローテは研究棟へと向かったわ。一時間くらい前にね」
「え、なんでです?」
「魔物の実験を許可する証明書を渡し忘れたの。会長としてあり得ないミスね」
「でも実験許可証ならばリンザ先輩が部長さんに渡したハズですよ。俺も見ていましたし」
部長の催促でリンザローテが実験許可証を渡していたのをアルトも確認している。そのため、渡し忘れとはどういうことかと疑問に思わざるを得ない。
ホランはアルトの言葉に焦りながらも、ウソを重ねていく。
「き、きっと別の書類を渡してしまったのでしょう。アナタはリンザローテが取り出した書面の内容までキチンと見たのかしら?」
「い、いえ……」
「リンザローテもミスを認めているのよ。実際に私の手元にあったわけだし」
「それで届けに行った、ということですか。にしても、一時間も経つのにまだ帰ってきていない……」
研究棟は管理棟から少し離れているとはいえ、届け物をするくらいであれば二十分も掛からず戻ってこられる距離だ。
それなのに未だ帰らないということは、何かしらトラブルにでも巻き込まれたのではとアルトは心配になる。
「まったく困った人ね。仕事を途中で放り出しちゃって」
「リンザ先輩がそんな無責任な方じゃないというのは、生徒会で仕事を共にしてきたアナタなら知っているでしょう? 付き合いの短い俺でも、リンザ先輩の真面目さとか会長職に取り組む姿勢は理解しましたし」
「たかが一週間ちょっとくらいで何が分かるというの? 実際にアナタはリンザローテのせいで退学の危機に遭ったじゃないの。アイツはね、自分の事しか考えていない愚かな女よ。ガルフィア家の権威に甘んじる世間知らずのお嬢様、それがリンザローテなのよ」
「確かにリンザ先輩は間違いを犯しそうになりましたが、今は心を入れ替えていますし、そもそもの原因はヴァルフレアです」
アルトは苛立ち、そう言い捨て部屋を出ようとする。前もそうであったが、ホランはリンザローテやアルトに対し敵対心を露わにしてくるので、こうして会話するだけ無駄でしかない。
「ヴァルフレアのことを知らないでよく言う……まあいいわ、アナタはリンザローテを探してきてちょうだい。研究棟に行けば手掛かりはあるわ」
「そうするつもりです。言われなくても」
「そう。ま、頑張って」
ここまではホランの計画通りである。リンザローテが戻らないのは、解き放たれたグロット・スパイダーに囚われてしまったからに相違ない。
あとは、アルトも同じように捕まってしまえば完璧だ。ヴァルフレアとホランにとって邪魔な二人をまとめて処分できる絶好の機会であり、この計画さえ完遂されれば残りの学生生活はヴァルフレアと楽しく過ごせるだろう。
ホランは今がまさに人生の絶頂期であるかのように高揚し、ヴァルフレアと歩む未来を夢想しながら、管理棟を出ていくアルトを窓越しに見下ろすのであった。
陽はほとんど落ちており、生徒会の生活課のメンバーが中心となって敷地内のランタンに明かりを灯していく。これらのランタンは中に魔石が内蔵されており、魔法に反応して発光するため、ロウソクに火を点けるとか交換するといった手間が省ける魔法道具である。
アルトはそうした光を視界に入れながら研究棟に近づくが、まずここで違和感を覚えた。研究棟の入口は真っ暗で、中の様子を窺うもランタンが全く灯されていないようなのだ。
「こんなに暗いのに…?」
誰も居ないのならば不自然ではないが、この研究棟は魔物研究部だけでなく複数のクラブ活動が行われている施設であり、深夜でもないのに完全な無人であるのはオカシイ。
だが考えても仕方がないと、アルトは正面入り口を通ってエントランスの中を進んでいく。
「なんだ、この気配は!?」
敵意のような気配を上から探知したアルトは、ハッとして頭上に視線を向ける。
すると、リンザローテを襲ったようにグロット・スパイダーの一体が吹き抜けの天井で構えていて、アルトの姿を捉えて急降下をしてきたのだ。
「チッ、あの魔物が自由にしている!?」
この勘の鋭さが運命を分けた。
「来るなよ!」
アルトは咄嗟にウインドトルネードを繰り出し、無風だった空間に激しい竜巻を発生させ、自分目掛けて落下してくるグロット・スパイダーを吹き飛ばしたのである。
以前のデュエルでウィルも使用していたこの攻撃魔法は、相手にダメージを与えつつ距離を取れるという強力なものだ。
「逃がしたか…!」
さすがは魔物というべきか、その防御力と生命力は人間よりも遥かに高く、アルトのウインドトルネードを受けてもなお生きていた。
とはいえ無傷とはいかないようで、体のアチコチを負傷してしまったため撤退を選択し、吹き飛ばされた先のフロアからカサカサと音を立てて素早く逃げてしまった。
そんなグロット・スパイダーを追撃しようとしたが、視界の端で別の物体が動くのを捉え、アルトはまたしても魔物による襲撃かと身構えて足を止める。
「…ン?」
しかし、その動体は魔物ではなかった。
エントランスから続く廊下の途中、そこに一つの人影が揺れて、アルトを手招きしているのである。
「シュカ、なのか?」
アルトはバリアフルシールドを展開して警戒しながらも、暗がりの中にいる人物を凝視し、それがクラスメイトのシュカ・ノートンであると分かった。
ウィルの幼馴染である彼女が何故こんな場所にいるのかと疑問に思いながらも、アルトは足音を消してシュカに近づく。
「良かった、アルトが来てくれるなんて心強いよ」
「なんでシュカが研究棟に?」
「それは説明するから、まずは身を隠そう」
近くの研究室に入った二人は、室内に魔物が居ないことを確認して部屋の隅に座る。この部屋に他に人はいないようで、グロット・スパイダーによって囚われたか殺されてしまったのだろうか。
「ウチは課外活動で魔法薬研究部に入るって言ったでしょ?」
「ああ、その部室が研究棟にあるのか」
レストランで聞いた話では、シュカの実家は魔法薬を取り扱う店であり、家業を継ぐためにも魔法薬研究部で学ぼうとしているとのことであった。
「それで一体何があったんだ?」
「分かんないけど、あの蜘蛛みたいな魔物がいきなり襲ってきたの。皆あの魔物に捕まってね……ウチは上手く隠れていたから無事だったけど、敵は何体いるか不明だし怖くて動けなくなっちゃって」
「逃げ出せた人はいないのかな? もし外に出られたのなら先生達に状況を知らせてくれるだろうけど」
「この建物って窓が無いから、脱出するには正面入り口か非常口を使うしかないんだけど、そこに辿り着く前に次々と襲われていたよ。しかも壁には防音効果があるから、部屋に侵入されるまで異変が起こっていることにも気が付けなくて……上手く廊下に逃れてもヤツらは動きが素早いから追いつかれてさ」
「それじゃ期待は薄いか」
この施設には窓が存在せず、出入り可能な箇所は限られている。これは研究用の貴重な物資を取り扱っているという性質上、侵入路となる部位を減らしてセキュリティ面を強化するためであったが、今回はそれが裏目に出てしまっていた。
そのうえ壁は防壁のように頑強で、アルトレベルの魔法士による攻撃でなければ穴を開けるのも難しい程である。
「強行突破して俺達が外に出るしかないか。リンザ先輩の行方を掴めなかったけど……」
「あ、そうそう! リンザローテ会長ならウチ見たよ」
「本当か? リンザ先輩はココに来たらしいんだけど、その後ドコに行ってしまったのか分からなくってさ……って、もしかして!」
「アルトの予想通り……エントランスでグロット・スパイダーに捕まってた」
「ウソだろ……」
アルトは額に手を当てて小さく俯きつつ、魔物に捕縛されたリンザローテが心配で仕方がなかった。




