魔物研究部と部長
大型の魔石に封じられる蜘蛛型魔物”グロット・スパイダー”はピクリとも動かないが、人間よりも一回り大きな体躯は強烈なプレッシャーを感じさせ、アルトは虫の蜘蛛とは大違いだなと様々な角度から観察している。
「ア、アルトさん…そんなのに近づかない方がいいですわよ。気分が悪くなってしまいますわ」
「ええ、確かに恐ろしいですね……」
「早く移送の手配を済ましてしまいましょう。生活課の皆様、お願いしますわ」
リンザローテは少し離れた位置から、生活課のメンバーに魔物入りの魔石を荷車に乗せるよう指示を飛ばす。よほどグロット・スパイダーが嫌いらしく、目すら合わせようとしない。
かくいう生活課のメンバー達も少々嫌そうな顔つきであったが、仕事だから仕方がないと魔石に触れる。
「あ、俺も手伝いますよ」
と、アルトも運び出すのを手伝う。この場で一年生はアルトのみであり、上級生が働いているのに自分が何もしないというのは性分ではないのだ。
数名のメンバーと共に重量のある結晶体を囲んで腕に力を籠める。
「そのまま荷車に乗せて」
「は、はい」
もう少しで荷車に辿り着きそうという時、アルト達に声を掛けたのは意外にもホランであった。彼女はずっと無言を貫いていたため、正直に言うと存在を忘れかけていた。
「これが……そう……」
荷車に乗せられた魔石を軽く撫でるホラン。この場で最も魔石に興味があるのは間違いなく彼女だろう。
というのも、この仮死状態のグロット・スパイダーこそが彼女にとっての切り札なのだ。先週のミーティングが終わった後、ヴァルフレアに対して語った秘策とはコレを利用したとある作戦にあったのである。
そして、そのターゲットこそがアルトとリンザローテであるが、当の本人達は何も気が付いてはいなかった。
あまりの重量に軋む荷車をアルトらが押しつつ、やっとの思いで魔石を研究棟へと運び込む。この施設は校舎や管理棟から離れた場所に存在しており、名の通り魔法に関する様々な実験研究が行われているのだ。
「こ、この魔石は研究棟の地下へと運び込みます……ので、お手数ですが、もうちょっと頑張ってください……」
アルトの近くを歩くコマリは、本当に申し訳なさそうに小さな声で言う。四肢の細い彼女では、いくら魔力で肉体を強化したとしても役に立てそうに無く、こうして応援するくらいしか出来なかった。
「お任せください、コマリ先輩。故郷にいた頃も、お婆ちゃんの代わりに力仕事はよくやっていましたから、こういうのは苦になりませんよ」
「さ、さすがアルトさんです……ふふ、頼りになりますね……」
頬を紅潮させながら称賛を送り、コマリはアルトらを先導して地下への貨物搬入口へと誘導していく。
研究棟の地下一階には”魔物研究部”の部室が存在していて、この研究部の要請を生徒会が認可してグロット・スパイダーを取り寄せたのである。
「へぇ、こんなに広いんですね」
「は、はい……魔物の研究はスペースを必要としますから……」
地下一階全体が部室となっており、中は広大で四メートル近い高さの魔石をも余裕で置くことが出来た。
「これで俺達の作業は完了か……って、うわっ!?」
運び込むのが終わると同時に、研究部の部長が待ってましたとばかりに魔石に飛びついた。薄汚れた白衣に身を包むその男子生徒は三年生で、ボサボサの髪を振り乱しながら激しく頬を擦りつけている。
「いやぁ、ようやく来たんだねぇ~! ボクの可愛い実験台ちゃ~ん! ああ、なんて美しいんだぁい……」
「あの、アナタは…?」
「オイオイ、ボクを知らないっていうのかい? ボクは魔物研究部の部長なんだよ?」
知っていて当然だといったように傲慢な言い方をし、ようやく魔石から離れてアルトの前に立つ。アルトよりも頭一つ分身長が高いため見上げる形になるが、部長の覇気の無い目つきのせいか威圧感は無かった。
「す、すみません。俺はまだ入学したての一年生でして……」
「ああ、キミはアルト・シュナイド君だね? キミの噂は聞いているが、まったく勿体ないコトをしでかしたと怒る権利がボクにはある」
「何を仰っているのか……」
「キミは闇魔法士の繰り出した使い魔を殺してしまっただろう! サイクロプスなんてボクですら生きた状態で見た事がなかったのにさ……ああ、ナマのサイクロプスと触れ合えるなんて羨まし過ぎるし、殺さず捕獲してくれれば良質な実験材料にできたんだぞ!」
どうやら、部長は生きたまま捕獲されたサイクロプスを使って研究をしたかったらしい。
なのに、アルトが仕留めてしまったせいで死骸しか回収できず、それに立腹しているようだ。
「それは無理難題ですよ。皆を守るためにも速攻で勝負を決めなければなりませんでしたし、捕まえるなんて悠長にしている時間はありませんでした」
「フン……あの場に居なかったボクの不運を呪うしかないか。まあいい、代わりにキミを解剖させてくれればボクの気も収まるというものだ」
「えっ!?」
「人体構造には興味は無いんだが、S級ともなれば別さ。その別格の才能はどのようにして発揮されるのか……それを解明するのは面白そうだからな」
部長は子供のような純粋さでアルトにそう提案する。彼にとって自分以外の生命体など研究のための素材程度にしか見えないのだろう。
「勘弁してください!」
「ま、ボクも退学にはなりたくないし、非常に残念だがヤメておこう。だが、気が変わったらいつでも来るといい。キミのその体を余すことなく有効に使って実験をしてやろう」
「ヒェ……」
なんだか関わってはいけない人のようで、アルトは本能的な恐怖心を抱き後ずさってリンザローテの背後に隠れる。なんならグレジオだとかサイクロプスよりも恐ろしい相手かもしれない。
そんな怯え顔のアルトから視線を外し、部長はアルトを庇うように立つリンザローテに手を差しだした。
「リンザローテ君、魔物の実験許可証を渡してくれたまえ」
「どうぞ、これですわ。ちゃんと注意事項などに目を通してくださいね」
部長は一通り書面に目を通して確認し、内容を頭に瞬時に叩きこむ。部員達を取りまとめる立場の彼には管理者責任もあるので、こういう形式的なものでもチェックする作業を怠らない真面目さはあるのだ。
「さあ、同志諸君! さっそくこの麗しい魔物を観察しようじゃないか!」
リンザローテから受け取った実験許可証を机に置き、同志と称する部員達に号令を掛けて、再び気味の悪い笑みと共に魔石に近づいて頬を擦りつけていた。
これまでにない命の危機から脱出したアルトは、リンザローテらと生徒会室へと戻って一息つく。まだ新人ではあるものの、この生徒会室はセーフティルームのように居心地が良く感じる。
「アルトさん、なんだかお疲れのようですわね?」
「え、ええ……あの、魔物研究部の部長さんって普段からあの感じなんです?」
「ちょっと変わった人だったでしょう?」
「ちょっと…? とんでもない人じゃないですか。俺を解剖したいって迫ってきたんですよ?」
「あの方は同志と呼ぶ部員以外とは話をしたがらない方ですのに、興味を示されるなんて、きっと気に入られたんですわ」
あんな危険人物に気に入られても何もメリットは無いのではとアルトは思うが、リンザローテの言葉通りなら部長は普段から変人ぶりを発揮しているのだろう。
「彼はアレでも特待生ですし、優秀ではあるのですがねぇ」
「え!? そうなんですか!?」
「白衣を身に着けていたでしょう? 特注の制服なんですのよ」
「なんでもアリなんだな……」
ということは、部活中だけではなく授業中も薄汚い白衣のまま過ごしているということだ。さすが研究者としての意識は高いというべきか、単に着替えるのが面倒なだけなのかは分からない。
「彼は研究に関しては真面目ですし、あのグロット・スパイダーもキチンと管理して慎重に扱ってくれるハズですわ」
「だといいんですけど……」
魔物に対して歪んだ愛のようなモノを持っているようにも見えたが、リンザローテは部長に一定の信頼を持っているようなので、それを信じるしかない。




