研究用サンプルの魔物
アルトがドワスガル魔法高等学校に入学してから約一週間が経った。
この短い期間の中で色々な事件に巻き込まれ、かなり濃厚な体験をしたアルトは、今週こそは普通の学生生活を送れますようにと願いつつ校舎へと入る。
「よう、アルト。寝癖ついてんぞ」
と、教室内で声を掛けてきたのはウィルだ。相変わらず制服を着崩して二枚目のイケメンを装う彼は、アルトの側頭部を指さしてニヤニヤとしていた。
「え、ああ気が付かなかったよ」
「ったく、そんなんじゃモテないぜ? イイ男ってのはな、身だしなみにも細心の注意を払うもんだ」
「そう言うけど、ウィルは制服をちゃんと着ていないじゃないの」
「分かってねーなぁ。これはオシャレの一環であって、ワザとカッコよく見えるようにやってんのよ。オマエの寝癖と同じにしてもらっちゃあ困るぜ」
呆れるように言うウィルは、ブレザーの中に着用しているシャツのボタンを更に一つ開けて胸板の露出度を上げる。
「オレを見習ってくれちゃっていいんだぜ? オマエもオレほどじゃないが顔は良いし、こうやってワイルド感でも醸し出せば女の一人くらい引っかけられるだろうよ」
「肌を出すだけがワイルドじゃないと思うケド…? それに、俺にはそういうのは似合わないと思うな」
「まあオマエはどっちかというと誠実系男子だものな。オレとはタイプが違うか」
実際、ウィルはチャラさが滲み出ていて、アルトは真面目そうな印象が強く両者のタイプは異なる。そのため、ウィルの言うオシャレをアルトが実践しても魅力が出るかというとそうではないだろう。
「にしてもアルトが羨ましいよ。特注の制服、もう注文したんだろ?」
「ああ。そういえば今日が受取日だったな。生徒会の仕事が一段落したら取ってくるか」
「オレも特待生だったらなぁ……よしアルト、オレともう一度デュエルしろ」
「なんでさ?」
「特待生を倒せば評価されるだろ?」
「基準があるんだから、まっとうに頑張りなさいよ」
いくらアルトを倒したとしても、それでウィルが特待生になれるわけではない。
「それにしても、オマエは生徒会の仕事に熱心だな。たまには俺にも付き合ってくれよ」
「明日なら生徒会での仕事は無いし、特に予定も無いからいいよ。何かしたい事でもあるの?」
「そりゃ勿論ナンパに決まってるっしょ! S級のオマエと一緒なら成功率も上がるハズだしな」
「ホント、ウィルは相変わらずだな」
たとえ予定が無くてもアルトがノリ気になる提案ではないが、キラキラと目を輝かせるウィルを前にすると断りにくい。
だが、ウィルのナンパを成功させるためにアルトの名を利用するやり方は良くないので、やはりここは断るべきではある。
「ウィル君ったら、アルト君を良からぬ道に誘うのはヤメてちょうだい」
二人の会話を聞いていたのか、プンスコと怒りながらウィルに近づくのはエミリーだ。ただでさえアルトを巡る攻防は混戦の様相を呈しそうになっているのに、これ以上の厄介事は御免だと考えている。
「だいたい、もうちょっとシュカちゃんに構ってあげたらどうなの!?」
「なんでシュカの名前が出るんだ? 充分に幼馴染としてやってるだろ?」
「はぁ……こりゃダメだ……」
「それよかアルトは予定あるっていうし、デートしようぜエミリーちゃん」
「お断り!」
またしてもエミリーに撃沈されたウィルはしょんぼりとし、そんな友人らのやり取りを楽しそうに見ているアルト。故郷にいた頃には味わえなかった新鮮な人間関係は、それだけで充分に面白いものだ。
しかし、平穏な時間は長くは続かなかった。
再びの危機が、着実に迫りつつあったのだ……
放課後、アルトの姿は正門にあった。他にもリンザローテとコマリ、そしてホランと数人の生徒会メンバーが一緒で、駅へと向かって歩き出す。
「研究用の魔物ってのは魔法列車で運ばれてくるものなんですね」
先週のミーティングでも話に出た、研究用サンプルの魔物が今日運ばれてくるのだ。その輸送手段として魔法列車が用いられるらしく、生徒会には引き渡しに立ち会うよう要請が来ていたのである。
「ドワスガルへの唯一の輸送手段が魔法列車ですもの。他の物資や食料も同じようにして運ばれてくるんですのよ」
「へぇ。それに立ち会うのも生徒会の仕事なんですね」
「ええ。といっても、本来は生活課の仕事なのですわ。しかし、今回は魔物のサンプルという特例があるものですから、わたくし達幹部が直々に確認することになったのです」
リンザローテに続いて歩くメンバー達が生活課所属のようだ。彼らは大きな荷車を数台引いており、そこに運ばれてきた物資を乗せるのだろう。
ちなみにホランは押し黙ったままリンザローテやアルトらと少し距離を取っており、会話に参加する気は無いらしい。
「そういえば、そのサンプルは仮死状態で運ばれてくるんですよね?」
「新鮮な血液や体組織を採取して調査するためには、死骸ではなく生きた状態が適しているのですわ。そのため大きな魔石に封印して仮死状態としているのですわね」
「でも危険じゃありません? もしかしたら蘇生して復活しちゃう可能性もありませんか?」
仮死状態とは呼吸や心機能が停止して、見た目には死んでいる状態を指す。だが、適切な蘇生処置を施すことで生命活動を再開させることが可能で、死の一歩手前であるものの体組織は生きているのだ。
ということは何らかのキッカケで魔物が目を覚まし、学校内で暴れ出す危険があるのではとアルトは危惧している。
「意図的に解放しない限りは安全ですわ。本来なら使い魔のように従属させるのがベストなのですが、使い魔用の魔石は高純度の貴重品なうえに加工が難しく、簡単に手に入るものではありませんからねぇ……」
「そんなレア品をグレジオはどこから手に入れたんだろう……」
「闇魔法士達には独自の調達ルートがあるらしいですわ。海外から密輸したり、あとは強奪したりとか」
「マトモな方法ではないってコトですね」
闇魔法士の中には使い魔を召喚して暴れる者がいるが、そのいずれも非合法な方法で入手した代物である。そのため、正規ルートでは滅多にお目に掛かれないレアな魔石をも隠し持っていたりするのだ。
そうして話をしている内に駅へと辿り着き、タイミングよく魔法列車も到着した。マギアエンジンの駆動音を轟かせつつ、ゆっくりと線路へと降下してくる。
ちなみにリンザローテによると、この魔法列車の開発と製造を行っているのはガルフィアカンパニーらしい。
「アルトさん、アレをご覧になって」
「後方の貨車ですね。大きな魔石が上にはみ出していますが」
リンザローテが指さすのは車列の後方部分で、物資運搬用の貨車が接続されていた。その屋根は取り外されており、薄緑色の結晶体が突き出ているのが見える。
「これが……」
アルト達一行が近づくのと同時に、列車に搭乗していた作業員が貨車の側面を開いて魔石の全容が明らかになった。
そこには全高四メートルの壺に似た形の魔石が三つ積載されており、それぞれの内部には全長二メートル程の真っ黒い蜘蛛型生命体が氷漬けになったように閉じ込められている。
「こうして見てみると本当に気持ち悪いですわね……動かないと分かっているから冷静でいられますが、こんなのに襲い掛かられたらオカシくなってしまうでしょうね」
嫌悪感を露わにしながら呟くリンザローテ。
それも仕方がないことで、リンザローテは虫の蜘蛛が大嫌いなのだ。実際に備品倉庫内で蜘蛛が体に落ちてきた際にはパニックになっていた。
「この魔物はグロット・スパイダーですか?」
「ええ……個人的には魔物の中でも最悪クラスの見た目だと思いますわ」
この気色の悪い怪物が封印から解かれないこと全力で祈りつつ、リンザローテは引き渡しの書類を受け取るのであった。




