エミリーの膝枕
ドワスガル魔法学校へと到着した軍の第一陣はアネット教頭に現状を確認し、即座に部隊を展開して学校敷地内の捜索を行う。さすがは訓練されたプロであり、そのキビキビとした動きは教師や生徒にはマネできないものだ。
「以降の警戒活動は軍に一任する事とします。リンザローテ・ガルフィアは寮へと戻り、明日まで待機なさい」
「教頭先生、今日の授業は?」
「本日は全生徒に自室待機を命じます。授業も課外活動も一切行いません」
あのようなテロ事件が起きては当然の処置で、今日は軍の活動を邪魔しないためにも生徒は寮の部屋にて大人しくするしかないようだ。むしろ、明日には学校活動が再開される見通しなのが早すぎると言ってもいいだろう。
「アルト・シュナイドは校長室へ」
「あ、はい。あの、もしかして何か処分でもあるのですか…?」
特待生を処分する権限を持つのは校長のみであり、アルトは自分だけが校長室へと呼び出しとなって不安を覚えた。これも仕方がないことで、彼の学校生活は最初から色々な出来事が起こり過ぎており、もはや何が校則に引っかかっているか分かったものではない。
「違います。軍の方々の取り調べと、現場検証に参加するためですよ」
そう聞いてホッとしながらも徹夜で多少眠気を感じるアルトは、なるべく短く終わってくれるとありがたいなと思う。当事者として協力するのは当然の事と弁えているが、しかしである。
「コレを差し上げましょう」
と、アネット教頭はアルトの心情を察したのか一つの錠剤を差し出した。彼女が着用するポシェットには幾つかの小瓶が入っており、その中から取り出したのである。
「魔法薬ですか?」
「ええ、徹夜明けの疲れに効く魔法薬です。栄養剤の一種で疲労回復に役立ちますよ。ですが、この魔法薬の効果が続くのは約六時間ほどです。多量摂取はむしろ体に悪いので、効果時間が切れた後はちゃんと睡眠と食事を取ってキチンと休むように」
「分かりました。ありがとうございます」
「聴取などが魔法薬の効果時間内に終わるよう、わたしからもオブライアンと軍の方に進言しておきます」
このような薬はあくまで健康を補助する物であり、根本的な解決を行う効能は無い。本当に体調を回復するのならば、睡眠と食事という基本的且つ大切な生命維持活動を行う必要がある。
アルトはアネット教頭の言葉に頷き、錠剤を口にして飲み込んだ。
「アルトさん申し訳ありません、お役に立てず……何かお力になれる事はありますか…?」
「いえ、俺の持っている情報を提供すればスグに終わると思いますし、そしたら部屋に戻って休みますから大丈夫ですよ。リンザ先輩こそちゃんと休んでくださいね」
心配するリンザローテにウインクし、アルトはアネットに続いて校長室へと向かうのであった。
「アルト君、お疲れ~」
ここは校長室に隣接する応接間である。
聴取と現場検証に引っ張りまわされたのはアルトだけではなく、当時現場にいたエミリーも同じであり、待機所として指定された応接間の横長ソファでグッタリと寝転がりながら後から入って来たアルトに声を掛けた。
「エミリーも大変だったね。いろいろ話を訊かれたでしょ?」
「うん。闇魔法士とか、グレジオが使い魔として召喚した魔物についてとかね~。あ、コッチおいでよ」
起き上がったエミリーは、机を挟んで対面のソファに座ろうとしたアルトを隣に誘う。昨日はほとんどリンザローテと一緒だったと知ってジェラシーを感じており、ちょっとでも自分を意識してもらおうという策略であった。
「それにしても、急に私の寮部屋に軍人さんが来たからビックリしたなぁ。ついに逮捕でもされるのかと思ったよ、あっはっは!」
「え、何か逮捕される事に身に覚えが…?」
「んなわけないよ! なにせ私は善良な一般国民ですから!」
「だ、だよね。もしエミリーが悪人だったショックで寝込むよ」
「でも、実は聴取の時に少し話を盛っちゃったんだよねー。華麗に錬成魔法を唱えて超強そうな斧を作ったって。本当は結構苦戦したし、石斧もちょいと歪んでビミョーな出来の物だったのにね」
見栄を張る必要は無いのだが、教師であるミカリアも立ち会っていたために誇張してしまったのだろう。だが、次の授業の時に成功しなければ誇張しても何の意味も無いのだが。
「まあでもエミリーの手助けによって勝利したのは事実だし、あの石斧が俺にとって超強力な武器になったのも本当だよ」
「うー、アルト君優しすぎだよぉ……そうやって多くの女の子をたぶらかしてきたのねっ!」
「冤罪であります……」
本心から言ったのに、あらぬ疑いを掛けられてアルトは手を振って否定する。
「にしても眠くなってきたな……アレから六時間経っていたのか」
アルトは急に眠気に襲われ、アネット教頭から渡された魔法薬の効果が切れ始めていると分かった。薬によって誤魔化していた疲労が、ここにきて一気に表面化してきたのである。
「アルト君、顔色が悪いケド大丈夫?」
「いや、ダルくなってきた……魔法薬で一時的に回復させていたんだけど、その効果が終わったみたい」
いくら若いとはいえ、不慣れな事が連続で続けば精神にも負担が掛かり、それは体の不調に繋がるものだ。今のアルトは初めての学校という場に緊張していたのもあるし、万全な状態ではないのである。
頭がクラクラとして視界が揺らぎ、座っているのもツラくなってきたアルトは背を丸くして額に手を当てている。
「横になった方が楽だよ多分。さ、私のフトモモを枕にしていいから」
「え? けれど……」
「私のフトモモじゃ嫌…?」
「そ、そうじゃないよ。ただ、エミリーこそ嫌じゃないの?」
「良くなかったら誘いませんがな。ささ、ホラどうぞ」
気怠さに口を開くのも面倒になり、体を横にしたアルトはそれ以上は言わずに誘われるがまま頭をエミリーの太ももに乗せる。柔らかく包み込むように沈み込み、とてつもない安心感と心地よさにアルトは一息ついた。
「どうかな、アルト君?」
寝心地を聞くエミリーに返答しようとして視線を彼女の顔に向けようとするが、大きく張り出た乳房に邪魔されて目が合わない。リンザローテほどではないものの、エミリーも結構な成長具合で、アルトは妙な気持ちになる前に瞼を閉じる。
「あ、ああ…いいよ、とっても」
「そっかそっか。えへへ、大きな赤ちゃんみたいだね」
「赤ちゃんはちょっと……」
ご機嫌なエミリーはアルトに頭に手を当て、優しく撫でた。まるで母親のような慈愛に満ちた手つきは、実母のぬくもりを知らないアルトにとって新鮮なモノである。
「マジで眠くなってきた……」
「寝ちゃってどうぞ」
後頭部の柔らかな肉感と頭を撫でる手が更にアルトの睡眠欲を促進し、もう起き上がる力など入らない。この状態で敵襲にでも遭ったら終わりであるが、今現在アルト達を脅かす存在はおらず、欲求に身を任せようとしていた。
「おやすみ、アルト君」
その言葉を合図にするように、アルトの意識は一瞬にして暗がりへと落ちていく。
もはや寝具として扱ってしまっているエミリーへの申し訳ないという気持ちすら霧散していた。




