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教頭アネット・ワーチマンド

 翌朝、リンザローテは窓から差し込む朝陽に照らされ、ハッと勢いよく目を覚ます。別に寝るつもりはなかったのだが、椅子に座った途端に眠気に襲われ、生来の寝つきの良さも相まって一瞬で夢の世界へと落ちていたのだ。


「あ、おはようございます。目が覚めたようですね、リンザ先輩」


 声を掛けてきたのはアルトで、コーヒーの入ったカップを片手に窓際に立っていた。

 その爽やかな挨拶と雰囲気にリンザローテはドキッとして顔を赤らめる。このシチュエーションは、まるで一晩ベッドを共にした恋人同士のようではないかと勝手に脳内をピンク色に染めているようだ。


「ごめんなさい、わたくし勝手に寝てしまって……」


「いえ、よほどお疲れだったのでしょう。リラックスできましたか?」


「は、はい。その間、何か異常事態とかはありませんでしたか?」


「何も問題ありませんでした。グレジオが出てくるとかもなく、静かな夜でしたよ」


 なら良かったとリンザローテは胸を撫で下ろす。この緊急事態において、生徒会長が他のメンバーを差し置いてグッスリと睡眠を取っていたなど言語道断であるし、もし何か起きていたなら尚更である。


「このブレザー……アルトさんのモノですか?」


「ええ。寒いかなと思って被せたのですが、もしかしてご迷惑でした?」


「迷惑だなんて、そんなコトありませんわ! どうりでイイニオイがすると思いました」


 アルトのニオイに包まれたおかげで気が安らいだのだなと、リンザローテは少々ニヤけながら彼のブレザーを手に取る。普段使いしている高級布団など比較にならず、このブレザーを寝具として持ち帰りたいと心の中で思っているようだ。


「あの、アルトさん……わたくしが寝ていたこと、他の生徒会の方々には内緒でお願いしますわ……」


 と、リンザローテは一転して神妙な面持ちとなって、自らの制服までも脱ぎはじめる。自分の失態を急に思い出してセンチメンタルになるのはいいが、その行動には何の意味があるのか。


「リンザ先輩!? なんで脱いでいるんです!?」


「え? 暴露されたくない秘密を口止めするには、こうやってカラダで代価を払うものだと書いてあったのですが?」


「どこに…?」


「ゴミ拾い活動中に拾った漫画本に」


「ソレはエッチ系の本ですよ! てか、前にも同じようなやり取りをしたような……」


 またしても成人向けの本から間違った知識を吸収していたリンザローテ。以前にも責任を取ると言って似たような行動をしていたが、リンザローテは多少なりとも疑問には思わないのだろうか。

 アルトは制服がはだけたリンザローテを極力見ないようにしつつ、自分のブレザーを掴んだ。


「そ、そういえば、夜明け頃に軍の先陣が到着する予定なんですよね?」


「らしいですわね。もう間もなくでしょうか」


 そんな会話をしていると、生徒会室の扉が開いて二人の大人が入ってきた。


「お二人共ここでしたか」


 一人はオブライアン校長であり、タキシードを見事に着こなすジェントルマンといった様相は早朝でも変わらないようだ。

 もう一人はオブライアンと同年代くらいの老齢の女性で、コチラは黒いマントを羽織っていかにもベテランの魔法士といった雰囲気を醸し出している。


「アルトさんは教頭先生と会うのは初めてでしたかな? 彼女はアネット・ワーチマンド、ワタシの同期でもある頼れる女性ですよ」


 アネット教頭は紹介を受けて軽くアルトに会釈した。


「アナタがアルト・シュナイドですか。お話はオブライアンから聞いています。入学初日から大活躍のようですね」


「活躍ってほどでは……」


「友人を守ろうとするアナタの勇気は称賛に値すると思います。ですが、己の力を過信せず修練に励むことを忘れてはいけません」


「は、はい」


 物事を上手く解決すると、まるで自分は万能なのではないかという錯覚に陥ることがある。そうして成長を止めてしまい堕落する人間は多く、アネット教頭はアルトにそうならないよう大人として意見を述べたのだ。


「さて、アネットとキミ達二人には駅まで行って頂きたい。そろそろ到着するであろう軍をワタシの代わりに出迎えてほしいのです」


「はい、分かりましたわ」


「頼みましたよ」


 それだけを伝えると、オブライアン校長は生徒会室を出ていく。本当ならば要請を飛ばした彼が出向くべきなのだろうが、いかんせんグレジオに狙われている身ということもあって、校舎から離れるのは危険だと判断して残ることを選んだのだろう。


「では参りましょう。オブライアンの代理として学校を代表して行くのですから、相手方への礼節を忘れないように」


 と、アネット教頭は忠告するように言って出口へと向かう。

 しかし、ただ厳しいというわけではなく、そこには生徒を導こうとする教師としての矜持があるのだなとアルトには分かる。ただ怒るだけだとか、嫌味を口にするような言い方ではないと直感したのだ。


「あの、リンザ先輩。この学校の近くに駅があるんですか?」


「ええ。正門から少し離れてはいますが、魔法列車用の駅がありますよ。この学校に通ずる数少ないインフラなので、アルトさんも入学の日に乗ってきたのでは?」


「いえ、俺は徒歩で森の中を抜けてきました。魔法列車に乗るだけの金が無くて……方向音痴気味なので数日彷徨ってしまいましたけど」


「あの森の中を!? よくまぁ入学式に間に合いましたわね……」


 学校を囲う森はかなりの面積を有するため、ここを歩いて突破するのは推奨されていない。不可能ではないのだが、最悪の場合迷子になって死に至る可能性があるからだ。

 そうしてアネット教頭の後に続き、正門から出て少し歩く。


「コレが駅か」


 森の中に人工的に切り拓かれた地があり、そこに木製の駅舎がそびえ立っていた。都市部にある物ほどではないが充分に大きく、百人は同時に利用できる規模である。


「けれど線路が繋がっていないようですが…?」


 駅に隣接する線路は三十メートルで切れており、先には木々しかない。これでは完全に孤立した廃墟にしか思えず、機能しているのか疑問である。


「森を伐採して線路を引くのは大変ですからね。でも、これだけあれば問題ありません」


「え?」


「アレをご覧になって」


 使い魔メタリク・レイヴンを指し示した時のように、リンザローテは空へとアルトの視線を誘導する。といっても遥か上空というわけではなく、森の少し上といった感じだが、


「魔法列車とはよく言ったものでしょう?」


 重低音を轟かせて飛行するのは列車そのものだ。車両の両サイドには可動式のスラスターバーニアが装着されており、ここから緑色の閃光が噴射され推進飛行を可能としているらしい。


「搭載されているマギアエンジンは魔力をエネルギー源とし、走行と低空ホバークラフト飛行を行えるのですわ。これならば不整地や線路の整備されていない場所でも運用できますわね」


「あんな風に飛ぶのか……」


 やがて魔法列車は高度を下げていき、車両下部にある車輪を線路へと接触させて減速する。この線路はあくまで着陸用のようで、最初から走行を想定して置かれているものではないのだ。


「二人とも、お喋りはそこまでです。制服に乱れがないか確認をし、わたしの隣に並びなさい」


 駅のホームへと立つアネット教頭の横へとアルトとリンザローテが並び、真面目な顔つきで列車から降りてくる客人を出迎えるのであった。

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