オブライアンの使い魔
管理棟の屋上で夜風に当たるアルトとリンザローテは、グレジオなど頭から抜けているようにフェンスに手を乗せながら月を見上げて談笑していた。休息を挟んだために緊張感が失われてしまい、まるで世界に二人だけであるような雰囲気である。
「アルトさん、ご存じですか? 古代文明人は月に降り立った事があるらしいんですのよ」
「そりゃ本当なんです? 宇宙に出ないと行けない、とても遠くにある星だって聞きましたが……」
「前に読んだ古代書物によれば、”ろけっと”とか”しゃとる”とかいう魔法道具を使って宇宙に飛び出したらしいですわ。詳細は分かりませんが、とてもロマンのある話ですわよね」
「確かに。でも、古代文明ってナゾが多いですよね。俺も少ししか知りませんけど、今より発達した文明だったのでしょう?」
かつて、この星には先進的な巨大文明が栄えていたと言い伝えられている。アルト達の生きる現代よりも高度な社会が形成され、しかも魔法工学などの技術も遥かに優れていたらしい。
だが、その高度文明は姿を消して世界は廃退、新たな時代へと移り変わったのだ。
「残された文献やら遺物によると、どうやらそうらしいですわ。当時の風習や言語などをマネして我々も使用していますが、まだまだ文明レベルは遠く及んではいないようですわね」
「でも、そんなに高いレベルにあったのなら何故滅んでしまったのでしょうか?」
「滅んだ原因については不明としか言いようがなく、一説には魔物が関わっているとかって話もありますわ」
「魔物……」
「我がパラドキア王国においても過去に魔物との大戦争がありましたが、人間の勝利によって多くが駆逐されて個体数が激減し、現状では大きな脅威ではなくなりました。とはいえ、他の大陸では猛威を振るっていたりするようなので、油断ならない相手ではありますわね」
ここでようやくグレジオを思い出したアルトは、彼が召喚したサイクロプスを脳内で想起した。
しかしサイクロプスも魔物の一種に過ぎず、図鑑までが存在するように多様なタイプが確認されている。全容については把握されていない謎多き生命体だ。
「魔物を捕獲して、支配魔法を掛ける事で使い魔にできるんですよね?」
「ええ。強大な魔物を使い魔として手中に収めた魔法士の手によって、古代文明が破壊されたという伝承があるようなのです。闇魔法士の間でもこの話が広がっており、真実はさておき違法に使い魔を召喚して王国を攻撃していますわ」
「グレジオのように、ですね。使い魔ってのは国家に承認された限られた魔法士のみが所持を許可されていると聞きますが、審査って結構厳しいんですか?」
「かなり厳格に選定が行われるらしいですわね。魔法力が高く、しかも倫理観や生活環境なども審査対象となるとか。このドワスガル魔法学校では、オブライアン校長が認可を受けておりますわ」
オブライアンはS級魔法士であるし、学校長として生徒を導くという立派な職務に就く人間だ。これ以上に信頼のおける者は少なく、使い魔所持が認可されるのも当然ではある。
「あら、言っているそばから校長の使い魔のお出ましです」
「え、オブライアン校長の?」
リンザローテが指さす先は空で、アルトは目を凝らして校長の使い魔とやらを探す。
すると、月を遮るように一つの影が飛び駆けた。風に乗るように滑空して旋回し、管理棟の屋上へと近づいてくる。
「白銀のカラス……大きいな」
「アレはメタリク・レイヴンと言いまして、オオガラスという種に似た形状が特徴の魔物ですわ。もともと攻撃的な性質を持っていますが、今は凶暴性は鳴りを潜めて校長に従順な使い魔です」
金属のような白銀のボディを持つ全長八メートル程のカラス、これこそがオブライアン校長の使い魔であり、メタリク・レイヴンという種の魔物のようだ。
その帰還を察したのか、屋上の入口の扉が開いて校長も姿を現す。
「これはこれは。若いお二人の時間を邪魔してしまいましたかな?」
「あ、お構いなく……わたくしとアルトさんは休憩のために少し立ち寄っただけですので。校長先生はメタリク・レイヴンを使ってグレジオ捜索を?」
「いえ、ワタシの使い魔にはちょっとしたお使いを頼んでいたのですよ。最寄りの軍駐屯地まで手紙を届けさせたのです」
「そういえば、軍と警察に助けを求めるメッセージを送ったのでしたね。それに使い魔を使ったのですわね」
オブライアン校長がパチンと指を鳴らすと、メタリク・レイヴンは黄金色の瞳で己の主を捉え、一気に降下してくる。
そして校長のすぐ傍へと降り立ち、口に咥えていた何かを渡した。
「ほう、援軍の第一陣は夜明け頃に到着するようですな」
「校長先生、ソレは?」
「ああ、コレは王国軍からの返事の手紙です。ワタシの要請に応え、至急に部隊を送ってくれるとあります」
「良かったですわ。これでひとまず安心ですわね」
軍の魔法士部隊さえ到着すれば、もう恐れることはない。もしグレジオが学校内や付近に潜伏して反撃の機会を窺っていたとしても、簡単に発見して制圧してくれることだろう。
「グレジオが付近に隠れ潜んでいる可能性は限りなく低いとは思いますが、念には念を入れて出来得る限りの手を打つ必要がありますからな。学生達の不安を取り除くためにも」
「ええ。今回の事件に巻き込まれた当事者達が受けたショックも大きいでしょうし、安全をアピールするためにも有り難い話です。欲を言うのであれば、軍や警察が学校に常駐してくれるといいのですが」
「そうなのですが、最近は闇魔法士達の活動も活発になってきていて、特に被害の大きい地方に集中して配置が行われているので難しいでしょう。当校のある地方は王国内でも平和な場所ですので、駐屯軍の人員配備数も最小レベルですしねぇ」
「割り当てられる程の余裕はない、ということですわね」
軍人も警察官も無限ではなく、動かせる人数には限界がある。王都や重要な街には多く配置されても、地方は後回しにされるのが現実だ。
「ともかく、あと数時間の辛抱ですな。ワタシの使い魔にも学校内巡回を行わせますし、アナタ方は生徒会室で待機しておくといい」
「はい、分かりましたわ」
メタリク・レイヴンは指示を受けて翼を広げ、勢いよく再び飛び上がる。空からも偵察の目が増えれば更に頑強な警戒体勢を敷けるだろう。
リンザローテとアルトは、オブライアン校長の提言に頷き、屋上を去って生徒会室へと場所を変える。
生徒会室には数人のメンバーが詰めており、リンザローテが休むように言い伝えて隣接する給湯室に向かわせる。これは部下達の体調を慮っているのもそうだが、少しでもアルトと二人きりの時間を作りたいという欲も含まれていた。
「さ、アルトさんもお座りになって」
会長席に座るリンザローテは、隣の椅子をポンポンと叩いてアルトを誘う。
「これって副会長の席では?」
「ええ。でも今は会議の時ではありませんし、お気になさらず」
「じゃあ失礼して……」
木製の簡素な椅子ではあったが、立ちっぱなしであったために究極の癒しアイテムのように感じる。魔力で肉体を強化することで疲労も感じにくくはなっても、間違いなく脚に負担は掛かっているのだ。
「ふぅ、ようやく一息つけたって感じですね」
「そうですわね。にしても、ここ数日の間に色々な事が起きましたわねぇ……」
「もしかして俺のせいなんじゃ…?」
入学初日の件といい、今のところ重大な事件に巻き込まれっぱなしのアルトは、自分が不運を持ちこんでしまったのではと疑っていた。
「そういう風に考えるのは良くないですわ。エミリーさんの事件も、今回の事件もアルトさんが居る居ないに限らず発生していたでしょうし、むしろ被害を最小限に食い止めてくださったのですから」
「ならいいんですが……」
「思い詰めず、少しリラックスなさって。せっかくの休める時間なのですから」
リンザローテはそう言い、目を閉じて息を整える。実際、アルトが原因というわけではなく、たまたま現場に居合わせただけの話だ。
「そうします。って、もしかして寝た…!?」
静かな吐息は寝息へと変化しており、たった数秒の間にリンザローテは眠りに就いていた。
これは休憩の領域を超えている気がするが、アルトは起こすのは忍びないと声を掛けるのを止めてブレザーの上着を脱ぎ、薄着のリンザローテの身体へと被せる。
「おやすみなさい、リンザ先輩」
小さく呟くアルトはバチが当たらないことを願いつつ、まるで美術彫刻のようなリンザローテの寝顔を見つめるのであった。




