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休息のひと時

 倉庫を出たアルトとリンザローテの顔は赤く、少し気まずそうな感じに視線を互いに泳がせている。もし事情を知らない第三者が見ていたら、二人は倉庫内でナニかやましいコトでもしていたのかと勘ぐられても仕方がない。


「ア、アルトさんは虫が苦手ではないのですね。まさか蜘蛛を素手で掴むとは」


 リンザローテの懇願を受けたアルトは、やむを得ず服の中に手を突っ込んで蜘蛛を手掴みし外に出してあげたのだ。

 この時、当然ながらアルトの手はリンザローテの身体に触れることになり、意図したわけではないにしても感触が伝わってくる。腕が彼女の豊かな両胸に挟まれ、それによってアルトはドギマギしたまま鼓動が速くなっていた。

 ある意味、魔物だとか闇魔法士なんかと戦うよりも緊張し、汗も噴き出して拭いながら返答する。


「ええまあ……俺の故郷はド田舎でしたので、虫なんてそこら辺にいましたから苦手意識なんてフッ飛んでいましたよ」


 アルトの故郷は山と森がほとんどの面積を占めているので、それこそ野生動物や虫のパラダイスであった。家の中にも侵入するなど普通であり、蜘蛛なんかよりも危険で気色の悪い虫を退治するのも日常茶飯事だ。


「それより、あの……妙な考えを持って触ってしまったのではないので!」


「わ、分かっていますわ。助けを求めたのはわたくしですし、不可抗力ですもの糾弾などする気は毛頭ありません。それにアルトさんになら、むしろ嬉しいというか……夜に思い出してしまったら……」


「嬉しい…?」


「なんでもありませんわ!」


 リンザローテも思春期真っただ中な乙女だ。想い人と心を通わせるのもそうだが、物理的な肉体接触をしたいという欲があっても変ではない。

 そのため、リンザローテ側の方がアルトとの一瞬の触れ合いを脳内で反復し、モジモジと身をくねらせていた。


「うぅ……にしても生徒会長の面目丸つぶれですわね……」


 エミリーへの対抗心から、本来ならば生徒会会長としてイイトコロを見せようとしていたリンザローテ。

 なのだが、みっともなく狼狽えた状態を晒してしまい、これでは逆効果だろう。


「誰にでも苦手なモノはありますよ。それに、会長可愛かったですよ」


「可愛い!?」


「失礼かもですけど、ビビッてた時の慌て具合が」


「そ、そうですかね? ならまあヨシ!」


 可愛かったと言われて気分を良くしたリンザローテは、ルンルンとステップを踏むように歩を進めて行く。今が非常時であるという認識は薄れていて、蜘蛛にビビるよりも問題なのだが、本人の頭はアルトの言葉によって蕩けてグレジオなど忘れかけていた。

 そんな後ろ姿もまた愛らしく、アルトは目の保養になるなと観察しながら付いていくのであった。






 数刻が過ぎ、午後十時という時間である。

 雲一つない夜空には星が輝き、穏やかな就寝を迎える時であるのだが、やはり今日は違っていた。未だ警戒が続いていて物々しく、見回りは続けられている。


「会長、お待たせしました」


 ドワスガル魔法学校の運営中枢部である管理棟の屋上、そこでリンザローテが鉄柵にもたれ掛かって休息を取っていた。昼から職務に取り組んでいたせいで精神的にも疲れがきており、アルトの提言もあって休みを取ることにしたのである。


「コレをどうぞ。朝食っきり何も食べてないと仰っていたので作ってみました」


 後からやって来たアルトが持ち込んだのは、サンドイッチ二つとお茶であった。リンザローテは朝以降、水の一滴も口にしていないと聞いたので、気を利かせて軽食を用意してきたのだ。


「ありがとうございます。手作りしてきてくださったんですね?」


「ええ。こんな程度の物しか作れませんし、会長の口に合うか分かりませんが……」


「いえいえ、お心遣いだけでも嬉しいですよ。では頂きますわね」


 トレーの皿に乗せられたサンドイッチは卵とベーコンを挟み込んだ平凡な物ではあるものの、パン部分は綺麗に切り揃えられており見た目は良い。

 頬張るリンザローテは、パッと表情を明るくしてモグモグと咀嚼する。


「これは美味しいですわ! まるでプロの料理人が作ったモノのような味わいです!」


「大袈裟ですよ。有り合わせのでっちあげですよ?」


「なら、むしろプロを超えていますわ。完璧に用意された食材や器具ではなく、その場で調達した品でこのレベルなんですもの。わたくしの専属料理人になって頂きたいほどですわね」


 と、更にパクリと一口。

 よほど気に入ったようで、無心になっていたが、


「うっ、ゴホッ…!」


「か、会長!? 一気に飲み込もうとするから…!」


 むせるリンザローテにアルトはコップを渡し、満タンに注がれているお茶を飲むよう勧める。子供のような扱いになっているが、またしてもピンチなリンザローテは恥も外聞も捨てて茶にありついていた。


「ふぅ……助かりましたわ……」


「会長って雰囲気はお堅い感じなのに、こうして接してみると人間味溢れていて親近感が湧きますよ」


「情けない限りですわ……で、でも普段はもっとシッカリやっているのですよ!? 生徒会の会議だとか授業では。なんでなのか、アルトさんの前ではこうなっちゃって……」


「つまり、俺の前では自然体でいられるって事ですよね?」


 普段は見せない一面を見せられるということは、その相手に心を許している証左である。気の置けない友人や家族の前では自然な振る舞いとなるが、リンザローテにとってアルトもそうした一人となっているのだ。


「そ、そうですわね。本当はカッコイイわたくしを見てほしいのですが……」


「気を張ったままでは疲れちゃいますし、ありのままの自分を出して交流するのっていいじゃないですか。その方が俺も接しやすいですよ」


「ふふ、アルトさんは人が嬉しくなるようなコトを仰る。なら、アルトさんと二人の時は素の自分を出したままにしましょうかね」


 生徒会の会長を務める彼女は、地位に相応しい振る舞いをしようと気張ってしまっていた。生徒や教師からの評価と信頼が厚く、それが余計に拍車をかけていたのだろう。

 だからこそ、特に気を遣う必要の無い時間というのも必要であった。


「で、ではその……アルトさんも、わたくしにもっとフランクに接して頂きたいですわ」


「え? 今でも失礼ながら気安い感じになってしまっているような…?」


「まだまだお堅いですわよ。まず、呼び方が堅苦しいんです」


「リンザローテ会長という呼び方が?」


 他にどんな呼称を使えばいいのかアルトには思い浮かばない。実際にリンザローテは会長なのだし、名前と役職を組み合わせるのは普通ではないだろうかと首を傾げる。


「わたくしと親しい方は”リンザ”と。ですので、アルトさんもそのように呼んでくださいな」


「じゃあ、リンザ会長」


「会長の部分はいらないですわ。もっと砕けた感じに」


「なら…リンザ先輩、でどうです?」


 さすがに呼び捨てにするわけにはいかないだろう。親しき中にも礼儀ありとも言うし、学年が上である相手に対する最低限の敬いはあってしかるべきだ。


「まあいいでしょう。今後はソレでお願いしますわ」


「はい。改めて宜しくお願いしますね、リンザ先輩」


「ええ。こちらこそ、アルトさん」


 出会い方こそ最悪であった二人。

 しかし、今はこうして信頼を築けたのだから人間関係とは簡単には予想できないものだ。

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