ローネストの血を引く者
月の兵士らに囲まれながら、アルト達は本会議場へと到着する。その周囲は厳重な警備がなされていて、物々しい雰囲気に包まれていた。
「既に女王陛下は中でお待ちになられています」
鋼鉄製で魔法に対する防御力も高そうな扉が開かれ、カッチリとした制服を身に纏う議会職員によって内部へと誘導される。アルトは場違いな所に来てしまったような居心地の悪さを味わいながらも、素直に従って議会へと足を踏み入れた。
「これが議場というものか……」
内部は広めのホール状となっており、奥にある玉座に似た装飾過多な椅子にイザリアが座っている。
それを見て、本当に彼女が女王という立場にいる人間なのだと実感できた。権力者としてのオーラもあるし、ヘリの中で会話した穏やかそうなお婆ちゃんといった印象とは大きく異なっているのだ。
又、イザリアの前方には何十もの議席が設けられており、ムーンノイドを代表する議員達が着席しながらも、アルト達に興味の眼差しを向けてきた。
「ほう、彼らが……」
女王イザリアに最も近い議席から一人の男性が立ち上がり、仰々しく驚いたように目を開きながら呟く。
その男性は将校服を改造したような煌びやかな装束を身に付けて、貴族という存在を体現したような存在だ。
「ようこそ、テラノイドの諸君。ぼくはイザリア・ローネストの跡継ぎで、カリス・ローネストという。以後、お見知りおきを」
カリスは口元に蓄えたヒゲを撫でつつ、アルト達に敬意を払うわけでもない簡素な自己紹介を行う。彼はイザリアとは異なり、テラノイドを軽視しているのだろう。
「しかし、母上も奇特な方だ。わざわざテラノイドを観察し、月にまで招くとはね」
「カリス、公的な場ではワシのことは女王と呼ぶよう何度も言っておろう。ここでのオマエは一介の議長にしか過ぎんのだ」
「これは失敬。ですが一つ申し上げますと、現状で都市運営の中核を担っているのはぼくであり、もはやただの議長の器にある人間ではありません。そう、ぼくはもう王の立ち位置にいると言ってもいい」
不敵な笑みと共にカリスはイザリアに言い返す。母親に対しても同様に敬意は無く、女王という存在をも軽んじているようにアルトには見えた。
だが、そんなカリスに同意するように頷いたり口角を上げる議員もいて、ムーンノイドの権力機関も一枚岩ではないようだ。
「そろそろ女王陛下も引退なされてはいかがです? 実際、アナタはぼくに議会を託して半ば身を引いている状態にあるわけですから。ローネストの秘宝をぼくに託し、アナタは宮殿でテラ帰還作戦を眺めていればいい」
「老いたとはいえワシはまだ身を引く気など無い。それに、帰還作戦は中止するよう言っているのだがね」
「フ、情にほだされたというわけですか」
カリスは腕を組みながらアルト達を見下す。
「女王、アナタとて分かっているハズですよ。我らムーンノイドの使命は世界の復興と、地下に眠る古代文明人の魂を蘇らせることであると。そして、それにはテラノイドの肉体を頂くことが最善であるとね」
「だが、テラノイドにも人権はあると分かったのだ。彼らは人形でも入れ物でもない。生きているのだよ、我らと同じように」
「他の命を犠牲にして生きているのが人間ですよ。しかも、我らムーンノイドはテラノイドの人権など認めていない。彼らは、言うならば家畜と同じだ。新しい時代のための礎として増殖するのを待っていたのではありませんか」
という主張をするカリスは、自分が間違っている事を言っているとは思っていない。幼い頃から受けてきた教育を愚直に信じ切っているようで、テラノイドはただの容器程度としか考えていないのだ。
当然ながらアルトやエミリーはムッとして怒りを感じるし、鋭い視線がカリスに飛ぶ。
「だから、ワシはその思想を捨てよと言っているんだ。彼らを見て、オマエは何も思わんのか?」
「思いませんな。というか、帰還作戦を中止した場合は、どのようにして地下で眠っている魂に肉体を与えるというのです? 未来に希望を託して体を捨てた彼らに、諦めろとでも言うつもりですか?」
「今は解決可能なプランは提案できないが、他のやり方を編み出すしかあるまい。そうしなければ、我々は大量虐殺をすることになるのだぞ」
「人類は何千種もの動物や植物を絶滅に追い込んできたのです。何を今更恐れることがあるのでしょうかね。しかもね、責められるどころか称賛を得られるのですよ。我らは破壊者ではなく、救世主として歴史に名を刻む事になる」
自分に酔うように演説するカリス。
それに対して一部の議員から拍手が起き、カリスの支持をする者達は尊敬の眼差しを向けていた。
「黙って聞いていれば好き放題言いやがって! おい、カリスさんよぉ! アンタにゃ人の心っつうモンはねぇのかよ!」
と怒鳴り声を上げるのはウィルであった。いよいよ我慢できなくなって、発言が許可されたわけではないが黙ってなどいられなかったのだ。
「おやおや、テラノイドは礼儀という言葉を知らないらしい。目上の人間には敬いを持って接するよう学校で学ばなかったのかい?」
「ハッ、よく言うぜ! 客人に対して失礼極まりないヤツがさ!」
「ぼくが招いたわけではないからね。キミ達はあくまでテラノイドのサンプルでしかないよ」
「知ってるか? 学者はサンプルを大切に扱うんだぜ?」
ウィルは怖いもの知らずで、ここぞという時の度胸は大したものである。前にも自分より格上のS級魔法士に挑みかかったりしていたし、許せない相手となれば引き下がったりはしない。
このウィルの勇気ある行動を見習い、アルトも一歩前に出る。
「俺達は同じ人間でしょう? 何も違いなんてありはしない。一緒に生きていく道だってあるはずです」
「キミ達と一緒にされては困る。我らムーンノイドは古代の文明力を引き継ぐ正当後継者なんだよ。テラノイドのように古代から何も得ていない存在とは違う」
「いえ、俺だって古代の力を受け継いでいますよ」
そう言って、アルトは頭の上に座っていたキシュを示す。かつての最先端科学と魔法学を組み合わせて造り出されたフェアリーは、まさに古代の文明力の塊であった。
「フェアリー族!? 現存していたのか…!」
というカリスのリアクションを見るに、月にはフェアリーはいないらしい。
そもそもフェアリーは生産数が少なく、しかも自分と相性の良い魔法士にしか従わないという性質があるので、こうしてお目に掛かれるだけでもレアな体験なのである。
「まさかキミのような”特長が無いのが特徴”みたいな平凡な子供がフェアリーを従えているなど……」
「オイ、ダーリンをバカにすんなカス野郎! ダーリンは特別な資質を秘めた魔法士だし、このあたしが認めた男なんだよ!」
「だからといって、我らに匹敵するような種族だとは認められないよ」
カリスはムーンノイドの優位性が揺るがされたと感じ、動揺して視線を泳がせる。自身らが持っていない魔法生物兵器をテラノイドが活用しているとなれば、それは今までの教育の根底が覆されるのと同義であった。
このままでは話は平行線のままだと思われたが、また一人言い合いに参戦する者がいた。
「どうしてもっと他人を認めようとしないんですか? アルト君の言うように、私達は分かり合って共存できるはずです」
堂々たる態度でアルトの横に並ぶのはエミリーだ。奇妙な運命によって誕生し、この場に立つ事になった彼女は何か役に立てる可能性を考えたようだ。
「私の母と父のように、愛し合うことだって出来るんですよ!」
「キミは一体何を言っている? なんでキミの両親の話が関係あるんだろう?」
「私の母はムーンノイドで、父はテラノイドです。二人は出身や種族なんか関係なく惹かれ合って、だから私がいる」
「なに…? 母親が?」
「母の名は、メルシー・ローネスト。女王イザリア・ローネストの娘であり、私も王家の血を引く人間なんです!」
このエミリーの言葉に、議場は一瞬の静寂に包まれた。




