【短編】ナル、旅行に行く① ※本編その後
5月24日(本日)、コミカライズ全書店配信開始。初回3話一挙配信。
また、先行配信が始まっているBookLive!様では、4話が配信されます。
タイトルが『死刑が確定した転生令嬢は、冷徹長官の妻になって三度目の人生を謳歌します!』と改変されておりますので、ご注意をば。
漫画家さんの公式xにて、1話まるっと無料で読めます!!
【プロローグ】
ナルは、自分の部屋で考えに耽っていた。
証拠を用意するには、一人では不可能だ。だからといって共犯者を用意するわけにはいかないし、そんな都合の良い人物がいるはずもない。
長期に渡るナルの目論見――シルヴェナド家崩壊のシナリオ。
その端々で動いてくれる、名も無き演者が必要だ。
ナルが相手に求める条件は、いくつかある。
望んだ通りに動いてくれること。
こちらの目的を探らないこと。
任務遂行後は、二度と関わらないこと――。
父に勘づかれないためにも、多くの者に少しずつ動いて貰わねばならない。
雇う者も、ナル自身ではなく別に用意することで、雇用者と被雇用者の両方が本来の目的を知らないまま動いてくれれば、よりよいだろう。
できるならば、『日雇い労働者』が今回の作戦には多く必要なのだ。
(……詐欺集団みたいだわ)
自嘲気味に笑ったナルは、大切なことに思い至る。
「資金面の調達、どうしよう」
シルヴェナド家の資金は使いたくないし、そもそも、家の金に手をつけたらすぐに父が気づく。
父は聡い。そして用心深い。
ナルが不審な行動をすれば、監視の目がつく可能性が高くなる。
結局、ナル自身が資金を調達しなければならないのだ。
しかし、ナルは六歳になったばかり。
父に気づかれず、自分の身分を悟られず、資金を調達するにはどうすればいいだろうか。
人を雇えるほど安定した収入を得るには……。
ぐぬぅと唸ってしまう。
(誰も雇わずに私一人で父を……無理。絶対無理。だったら、必要経費を切り詰めて……いやいや、作戦がずさんになる!)
どう転んでも、資金調達の壁が立ちはだかった。
そんなふうに頭を悩ませていたナルは、ある日、ブブルウ商会にいたフィーゴと知り合う。
彼から商会の仕事や立ち上げについて話を聞くと、これしかないと思うようになる。
つまり、商会を自ら立ち上げてガッポリ儲けるのだ。
だが、ここでまた年齢の壁が立ちはだかった。
何より、商会の立ち上げには纏まったカネや身元登録をしなければならないため、父に隠し通せるはずがない。
商会立ち上げはやめて、他の方法を考えなければ。
そう諦めかけていたときに出会ったのが、のちにナルの【相棒】となる彼だった。
◆
ナルと相棒が共同で立ち上げた商会を、グレイシア商会という。
商会代表者は、相棒が信用を置いている男だ。資本金を用意したのも相棒である。
ナルは、二人の手足となって商会を運営する者を探して雇用していった。
そうして被雇用者が集まると、ナルと相棒は『顧問』という立場を確立。
商会の運営方針や重要な案件の決定権を持つようになる。
トラブルもあったがグレイシア協会は無事に軌道に乗り、商会として大きくなっていく。
僅か数年で支部ができ、異国へも事業を拡大することになった。
商会の規模が大きくなればなるほど、顧問として籍を置いているナルに毎月多額の給金が振り込まれた。
この給金を使ってナルは多くの『日雇い労働者』を雇用し、様々な方面から父に接近したのだ――。
長らくナルの資金源として役立ってくれたグレイシア商会と縁を切ったのは、シルヴェナド家崩壊の直前である。
フェイロンに別れを告げたあの頃に、相棒に辞職する旨を伝えた。
理由は、続けられなくなったからとだけ書いた。
返事はこなかった。
当然だろう、相手はナルの素性を知らないのだ。
そしてナルもまた、相手の素性一切を知らない。
出会いは壁越しだったし、その後も会話する際にお互い顔を見せることはなかった。
商会が軌道に乗ってからは、書面でやりとりをするばかりだ。
そんな状態でよく商会を立ち上げ、運営できていたと思う。
しかし、ナルにとってこれほど都合がよい相手はいなかったし、相棒もまた同じように考えているふうだった。
そして今なお、ナルは『相棒』のことを何も知らない――。
【1】
シンジュと共に風花国に落ち着いて二年。
自宅で書類仕事をこなす日々のなか、なぜかナルは再びグレイシア商会顧問の座に返り咲いていた。
(やっぱり、生活が落ち着いたからって連絡するんじゃなかった。……でも心配かけちゃったから、無事でいることくらい知らせたかったし)
相棒に便りを出した数日後、ナル宛てに返事が届いた。
手紙には『ナルの辞職願いを現在まで保留していたが、手紙を貰った時点で破棄した』という旨が綴られており、ほぼ強制的に顧問として働かされることになったのである。
立ち上げたときには想像できなかったほど、グレイシア商会の規模は大きくなった。
それもこれも現場を指揮する重役たちが有能だからだというのに、重役らにとってナルと相棒は、グレイシア商会の『双翼』と呼ばれて神格化されている。
彼らのなかでは『顧問の言う通りにすれば間違いない』という商会立ち上げ当時の認識と、姿を見せない顧問二人、という謎めいた存在が結びついてしまったがゆえのことらしい。
正直に言って意味がわからないし、かなり過大評価されているので居たたまれないことこの上ない。
そんな状況で顧問に返り咲いたのだが、意外にやることがなかった。
時折指示を仰ぐ手紙がくることはあれど、それも本当に稀なことだ。
風花国関連の仕事で多忙なナルにとっては有り難いことだが、毎月振り込まれる結構な金額の給金には罪悪感が拭えない。
そんなふうに、かつて資金源のために立ち上げたグレイシア商会について悶々と罪悪感を覚えていたある日のこと。
グレイシア商会から送られてくる定期報告書類を見ていたナルは、ふと違和感を覚えた。
西側諸国で食糧の高騰が見られる。
米や小麦が、通常の二割増しほどの値段になっていた。
「……どうして?」
首を傾げたとき、シンジュが帰ってきた。
すぐに書類を片付けて、出迎えに向かう。
一端、グレイシア商会のことは頭から追い出した。
ナルはまだ、シンジュにグレイシア商会のことを言えずにいる。
彼は外交の官吏となっているため、商会関連のことは伝えずらい。お互いに守秘義務もある。
それに恐らくだが、シンジュはナルが独自に行っている諸々については、報告を求めていない気がした。
ナル自身シンジュの仕事に踏み入るようなことはしないし、彼の子飼いだろう者たち(おそらくだが、そういうのがあるっぽい)を探ろうとは思わない。
夫婦として、お互いに越えない一線というものがある――と、ナルは感じている。多分。
「おかえりなさいませ」
玄関でシンジュを出迎えると、彼は変わらずの無表情だった。
ほんの僅かに表情を緩めた気がしなくもないが、そうだといいなというナルの願望だろう。
ラフな格好に着替えたシンジュと共に夕食を取り、二人で眠っている我が子の様子を見てから、寝室に移動する。
モーレスロウ王国にいた頃から、二人で話をするときは寝室を使うことが多いのだ。
変わらず仕事が忙しいシンジュは、家を空けることも多々あって、こうして夫婦で過ごす時間は週に二度あればよいほうである。
(でも! 来週からは、一週間も二人きり!)
ナルはご機嫌だった。
ついに来週、シンジュと旅行へ行くことになっている。
以前、シンジュに冒険をしようと持ちかけてから然程経っていないのに、もう願いが叶うのだ。
場所は風花国の東側の未開の地――その名も【無風荒野】。
なんとも禍々しい名前だが、聞いた話によると自然に溢れた広大な地で、野生の動物が多く暮らしているらしい。
なんとなく、ナルはアフリカの草原のようなイメージをしていた。
ふっ、とナルは胸中で笑う。
(長かったわ。休みを一週間も取るのに、調整に調整を重ねて……仕事も前倒しで片付けたし。関係者にも頼み込んで融通を利かせてもらって……)
甲斐あって、一週間の休みを取ることができそうだ。
というか、取る。
シンジュと無風荒野を冒険するために――!
「ナル、来週の予定だが行けなくなった」
ベッドに座るなりシンジュが発した第一声に、固まった。
「来週、行けなくなった」
繰り返すシンジュ。
彼の顔をまともに見たナルは、彼もまた落胆していることに気づく。
「そうですか。……わかりました」
シンジュは変わらず忙しい。
外交面では顧問に下がったが、現在の風花国ではまだまだ人手が足りないため、シンジュは他の役割を担うことになったという。
そんな彼が、ナルのために一週間もの休みを取れるよう頑張ってくれていたことも知っている。
余程の理由があるに違いない。
そう思っていると。
「蝗害が発生したという報告があった。そちらの対応に、専念せねばならない」
「蝗害ですか!?」
さすがのナルもぎょっとする。
蝗害とはいわゆる、バッタの大量発生による災害のことだ。
一度発生すれば止めるすべはなく、草木は勿論、食糧となる植物まで食い尽くす。
蝗害そのものを食い止めるには手作業による農薬の散布があるが、農薬を用いれば確実に人的被害がでるうえに、蝗害をどこまで食い止めることができるかも未知数だ。
蝗害は、早期に対応しなければならない。
グレイシア商会から受けた報告書の物価高騰は、蝗害が原因だったのか。
(確かに、旅行なんか行ってる場合じゃないわ)
空が真っ黒になるほど飛び交うトビバッタを想像し、ナルはゾッと背筋を冷たくした。
「だから、ナル」
「わかりました。私も手伝えることがあれば――」
「お前は、旅行を楽しんでくるといい」
シンジュはそう言うと、ベッドに寝転がる。
ぽかんとしていたナルは、ハッとするとシンジュの側に寄った。
「そんな場合じゃないですよね!?」
「まだ報告があっただけだ。即日対応可能なことは終えた。こうして帰宅できるくらいに手持ち無沙汰な状態でな。お前が出る幕はない」
「……では、いつでも動けるように待機します」
シンジュが手を伸ばしてきて、ナルの額を指でぐりぐりと押した。
地味に痛い。
「苦労して取った休暇だ。私の都合で行けなくなったからといって、旅行そのものを無駄にする必要は無い」
「ですが」
「お前は、私に罪悪感を植えつけて優位に立ちたいのか?」
「そ、そんなつもりはないですし、シンジュ様が気遣ってくださってるのも承知しています」
「ならば楽しんでこい。――土産を忘れるな」
確かに、官吏ですら情報の少なさに困っているのだから、ナルが手探りで動くわけにもいかない。
今は静かに情報を待つときだ。
「……わかりました。では、行ってきます」
自分の無力さが悔しい。
そんなふうに考えて枕に顔を埋める。
「神にでもなったつもりか? できることには限りがある。己を過大評価するな」
「――はい」
ナルははっきりと頷いた。
目が覚める思いだった。
そうだ、やれることをやるしかない。
あれもこれもと欲張ると、必ず手からこぼれていくものがある。
やりたいこと、救いたいものは一体なんなのかを見極めて行動しなければ。
ナルは改めて蝗害について勉強し直そうと決めると、無理矢理意識を切り替えた。
来週からの旅行について考える。
(……そういえば、サトミに休息をあげてほしいって言われたわね)
他国から研究員が集まってくれたことで、サトミの研究員としての負担がかなり減ったのだ。
研究所はルルフェウスの戦いの際に夢蜘蛛へ混入された毒を特定し、解毒剤の生成に成功した。
だが、あくまで解毒剤は毒を受けてすぐにしか効果がない上に不完全であるため、特効薬にはならないという。
現在の研究所は、研究を続ける部署と医療面の部署に別れている。
今後、どのような毒が作り出されるかわからない。
テロが起こる可能性もある。
そんな場合に備えて、できる限りの専門的知識を共有し、さらに発展させ、人類のために使おうというのが前者の部署だ。
後者の医療面に関しては、医療の発展という点に重きを置いている。
そんな二つの部署をまとめるのがサトミだ。
健康面が心配だった初期とは異なり、しっかり寝食は取れるようになってきたらしい。
落ちた体力もベティエールの鬼のような特訓により、無事に回復したとか。
――『だが、あいつは働き過ぎだ。強引に研究所から連れ出してやってほしい』
ベティエールが困ったようにそう言ったのは、つい先月のこと。
(いっそのこと、慰安旅行にしようかな)
閲覧ありがとうございました。
こちら本編に入れることができなかった、ナルの個人資産や予算についてのお話です。
本編の続編的なあれになってます。
続きは、コミカライズ5話の日(先行配信)に更新予定。
多少前後するかもしれません。




