3-10、王家主催の夜会 【決闘】
突然、近衛兵に囲まれたベルガン公爵を見て、大広間にはざわめきが広がる。
一方の、ベルガン公爵の表情は、僅かも揺らがない。
堂々とした姿は、さすが公爵といったところか。
「この夜会には、叔父上の紹介ともう一つ意味がある。ベルガン公爵、貴殿だ」
バロックスは、真っ直ぐにベルガン公爵を見据えた。
距離があるにも関わらず、射貫くような鋭い視線は、真っ直ぐにベルガン公爵へ届いたようだ。
一瞬だけ、ベルガン公爵が笑うのを、ナルは見た。
「十二年前に起きたルルフェウスの戦いで、戦を先導した第三の組織が確認されている。その組織を、我々は今日まで探り続けてきた。……ベルガン公爵。あなたがあの戦いを煽った主犯格だと判明した」
大広間は、静まり返っていた。
固唾を飲む貴族らは、ベルガン公爵の発言を待っている。
それに応えるよう、ベルガン公爵は微かに目を見張った。
「……驚きました。戦を煽る、とは。なんのために、私がそのようなことを」
「武器の売買が目的だろう。ベルガン領にある貴殿の武器工場はすべて押さえた。観念するがいい」
「仰る意味がわかりません。私は、公爵として、あらゆる物を持っております。取引と仰るが、カネなら、十分すぎるほど手元にございますよ」
苦笑を浮かべるベルガン公爵を、バロックスは冷やかに見ている。
そこへ、
「あの!」
と、第三者の声が入った。
ダンスの準備をしていた貴族だ。
確か、どこぞの伯爵家の若者だったか。
「ご無礼を承知で、発言させて頂きます。ベルガン公爵は、決して、武器の売買などなさる方ではございません。常日頃から、慈善事業に投資され、立場が弱い者に心を砕いておられます」
「お前のように、騙されている貴族が多いゆえ、この場で罪を明らかにしようというのだ」
バロックスの、一層冷やかな視線が、若者へ向けられた。
若者は、身をすくませたが、「ですが」と尚も言い募る。
バロックスはもう若者の言葉は聞かず、ベルガン公爵へ視線を戻した。
「慈善事業に、随分と熱心に取り組んでいるようだが。それに費やした費用は、貴殿が違法に取引をして得たカネだ。……愚かなことを。ルルフェウスの戦いでどれだけの被害が、どれだけの死者が、出たか知っているのか」
押し殺した声で吐き捨てたバロックスに、ベルガン公爵は首をゆっくりと左右に振った。
「覚えのないことです。そもそも、私になんの得にもなりはしない」
深いため息が、大広間に響いた。
それほどの静寂だった。
ため息をついたベルガン公爵は。
つと、視線をナルに向けた。
(……っ)
「この者に、騙されているのではございませんか」
大広間のあちこちで、息を呑む音がする。
ナルがシルヴェナド家の娘であることは、この僅かな間に、周知の事実となっていた。
「このシルヴェナド家の娘が、シンジュ殿の寵愛をいいことに、私に罪を着せた。そう……そうです。そのようには、考えられませんか」
ざわっ。
貴族たちが、ベルガン公爵の言葉を受けて、ざわめき始める。
それぞれが言いたかったであろう、悪口を、ここぞとばかりに吐き始めた。
――シルヴェナド家の娘が生きていたなんて
――あの、シルヴェナド家の人間がどうして
――シルヴェナド家に騙されているんだわ
「シンジュ殿。刑部省長官という地位にありながら、シルヴェナド家直系の娘を嫁に貰うなど嘆かわしい。自身の立場を鑑みることを、なぜしないのだ」
貴族らの視線が、シンジュへ向く。
疑心に揺れる瞳に見つめられても、シンジュの顔色は変わらない。
「ベルガン公爵。そんなデマに惑わされるほど、私が愚かだと、お思いか」
「いつもならば、思わぬ。だが、相手はシルヴェナド家の娘だ。何をしでかすか、わかったものではない。……目を覚ませ」
ベルガン公爵は近衛兵に囲まれながらも、堂々とした身振りで、貴族らに訴えた。
「シルヴェナド家は、悪だ。すべての領地が没収され、一族すべてが斬首にされた。なのになぜ、直系の娘が、生きて大公閣下の妻になれるのか!」
まるで、演劇の一場面のようだ。
ナルは、ベルガン公爵の言葉によって、数多の悪意に満ちた視線がシンジュに向くことを申し訳なく思った。
それと同時に、頭のどこかがとても冷めていて、冷静な自分がいた。
つと、ベルガン公爵の視線が、ナルに向く。
「大罪を犯した家系にいながらも、王族に名を連ねることが許されるほどに、お前が優れているというのならば、話は別だが」
(……この人は)
ナルの頭のなかの、冷めた部分が大きくなる。
(自分を、誰よりも優れていると思わせたい、そういう人なんだ)
自尊心が強く、虚栄心の塊。
他者の目を気にして、他人より優位に立つことでしか己の存在意義を認められない。
だから、父よりも優れていると見せつけるために悪人として成り上がり、利益を慈善事業に投資した。
他者から感謝され、あなたは凄いと称賛されることで、虚栄心を満たしてきたのだ。
ナルの視線を受け止めたベルガン公爵は、不快そうに眉をひそめた。
顔色一つ変えないナルが、癪に障ったのだろう。
彼は素早く、つけていた白い手袋を外すと、ナルに投げつけた。
咄嗟に受け止めてしまってから、しまった、と気づく。
白い手袋を相手に投げることは、歴史に埋もれつつある、決闘の申し込み方法だ。
投げた手袋を相手が手にした瞬間、決闘は承諾されたことになる。
静まり返った大広間で、ベルガン公爵が言い放つ。
「先に、騎士が二勝したほうが勝者だ。それでよかろう」
決闘は、主付きの騎士が行う。
一度の試合で勝負を決するか、複数回の勝利を条件とするかは、その都度、決闘を受けた側が決めることになっている。
シンジュが、ナルを庇って前に出た。
「私の妻は、関係ありません」
「この者が優れているか、見るだけだ」
「それがなぜ決闘になるのです」
「優れた主には、優れた騎士がつく。――この目で、見極めてやろう」
ベルガン公爵のいうことは、矛盾だらけだ。
けれど。
彼のこれまでの功績や、ほかの貴族らの不審を煽り、自らの言動に惹きつけるすべは、侮れない。
ここで、彼の言っていることのおかしさを指摘するのは簡単だが、軽くかわして更なる不審を植え付けられる可能性もある。
いや、ここで矛盾を指摘させることこそ、ベルガン公爵の目論見かもしれない。
「わかりました」
ナルは、大広間にいる全員に聞こえるよう、はっきりと答えた。
ベルガン公爵が、初めて驚きをみせる。
「お引き受けいたしましょう。ですが、この決闘はあくまで、あなたと私のもの。バロックス殿下や旦那様の仕事には、無関係かと」
「……お前がどのような者か、推し量るためのものだ」
「ご理解いただき、感謝致します。先に二勝した者が勝者、敗者は勝者の望みを一つ、なんでも叶える。それで宜しいでしょうか」
シンジュが、ナルを呼ぶ。
やめろと言いたいのだろうが、視界の端で、バロックスが笑っているのが見える。
バロックスに、止める気はないようだ。
それどころか。
「……それで、貴殿の気が晴れるのならば、やってみるがいい」
バロックスは呆れた表情を作って、そう言ってみせた。
ベルガン公爵が己の騎士を二人呼び、ナルもまたアレクサンダーを呼んだ。
近衛兵は、いつでもベルガン公爵を捕縛できるよう、適切な距離を保ちながら、移動する。
自然と、貴族らが場所をあけた。
大広間の中央、ダンスが行われるはずだった場所だ。
ベルガン公爵とその騎士が歩いていくのを見たあと、ナルはシンジュに「行ってきます」と言った。
シンジュは、呆れたようにため息をつく。
「止めても無駄だろう、行ってこい」
「ありがとうございます」
シンジュににっこり微笑んだあと、ナルはアレクサンダーと中央へ進み出た。
「いきなりごめんね、アレク」
「構わない。……僕の本気さを、シンジュにも見て貰わないとね」
大勢の貴族らに囲まれて、ナルはベルガン公爵を真っ直ぐに見つめた。
「確認です。先に二勝したほうが勝利。敗者は……相手の望みを、一つ叶えること」
ふ、とベルガン公爵が笑った。
「それで構わない」
ベルガン公爵の騎士は、二人。大柄な男と、小柄な猫背の男だ。どちらもまだ若い。
「――決まったようだな。ならば、剣を」
バロックスの命令で、双方の騎士に、近衛兵が同じ、剣を渡した。
ベルガン公爵の先方は、大柄な方の騎士らしい。
騎士たちは、互いに与えられた剣を確認をして、交換した。
もう一度、それぞれ剣を確認してから、騎士二人は距離をあけて向き合う。
ぴりっとした緊張に包まれた大広間で、静かに、構えをとった。
騎士の優秀さと、主の優秀さが比例しているはずはない。そんな分かりきったことを理由にしてまで、決闘を申し込んできたベルガン公爵の思惑は、一体何だろう
ナルが勝てなかった場合、ナルのような愚鈍な者にシンジュを惑わせる技術などないと証明できる。勝てば、優秀ゆえに王族に名を連ねたのだと言い切ればよい。
どちらに転んでも、シンジュやバロックスの言葉に信憑性を与えることができる。
計画に支障はない。
(つまり。ベルガン公爵の本当の目的は、勝敗ではないってこと……?)
「では、私が合図を送ろう」
バロックスが、双方の見える位置に立ち。
高らかと宣言した。
「――始め!」
双方とも、同時に床を蹴った。
剣が交わる金属音が、続けざまに響く。
(アレク、さすが……思っていたよりも強い)
力は拮抗しているように見えたが、ふと、敵の騎士がバランスを崩した。
それを逃すまいとアレクサンダーが追撃する。
次の瞬間、大柄な体躯に不釣り合いな俊敏な動きで、敵の騎士は床に手をついて回転した。
アレクサンダーの剣が、床に叩き落とされる。
からん、と音を立てて、剣が床を滑っていった。
敵の騎士はにやりと笑って、アレクサンダーへ剣を向けた。
「決着はついたな。……その程度の腕の者を、騎士にするとは」
ベルガン公爵の静かな声音が、反響する。
勝者の騎士は、にやりと笑ってベルガン公爵の元へ行き、膝をついて主への礼をとった。
アレクサンダーは、ぎりっと歯を食いしばって、ナルのほうへ戻ってくる。
「ごめん、って言葉だけじゃ、足りないね」
「いいの、っていうか、むしろ互角に戦っててびっくりした。ベルガン公爵付きの騎士なんて、桁違いの強さよ、きっと」
ナルはそう言って笑うが、アレクサンダーは意気消沈している。
(こういうとき、言い訳しないのよねぇアレクって)
アレクの専門は、剣ではない。
一通りの武器は扱えるようだが、得意としているのは片手斧だ。
決闘用の剣など、これまで扱ったこともないだろう。
「あの敵がよろけたとき、何かあったの?」
「……何もなかったわけじゃない。でも、すべて含めて、決闘だ。僕が負けた、それは覆らない」
「まぁ、そうね」
ナルはアレクサンダーに、ありがとう、と言って、ベルガン公爵のほうへ、歩み出た。
「決闘では、騎士が命を落とすこともございます。彼は、私の大切な騎士……命を取らないで下さって、感謝致します」
微笑むと、ベルガン公爵は白けた目でナルを見て、鼻をならした。
「次の騎士は、どこにいる」
「私の騎士は、彼一人でございます。これにて、決着がつきました。私の敗北です」
ナルは目を伏せて、膝を折った――いや、折ろうと、した。
勢いよくドアが開いたことで、ナルは動きを止める。
大広間にいる全員の視線が、ドアへ向いた。
ベルガン公爵も。
ナルも。
入り口を振り返ると。
長い濃い金髪を煌めかせた、中性的美貌の青年がいた。
「……リン?」
師匠の家で会った、白マントに身を包んでいた青年。
殺人事件に巻き込まれたナルの居場所を師匠に伝えてくれた、あのリンだ。
彼の衣類は、豪華だった。
白を基調とした燕尾服は、細部までこだわり抜いた一級品で。
彼の胸には、羽根と太陽を模った紋章が輝いている。
王家の紋章だ。
(王家……兄の身代わり……自分の身は、自分で……ああ、そっか)
今の今まで、気がつかなかった。
リンが、リーロン王子だということに。
王子が供もつけず、王都を歩き回るなんて、誰が想像できるだろう。
気づいてしまえば、すとん、と納得できた。
こんなときだというのに、ナルは微笑んでしまう。
(やっぱり、リーロン王子は、想像していた通りの人だった)
優しくて、強い。
ナルが憧れた、王子様。
「……リーロン、今は取り込み中なんだ」
バロックスが言った。
冷やかな声音に、リン――リーロンは、ぐっと顎をあげて、口をひらく。
「承知の上で参りました」
リーロンは真っ直ぐ、大広間を歩いてくる。
それを止めようとしたらしい使用人たちが、大広間の入り口で、たむろしていた。
使用人たちの衣類が着崩れていることから、必死にリーロンの入室を阻止したのだとわかる。
リーロンが真っ直ぐに向かう先は――ナルのところだ。
貴族らは、当然のように道をあけ、リーロンを通した。
リーロンは傍までくると、敵の騎士に落とされた剣を拾い、ナルの前に膝をつく。
ざわっ、と大広間全体が、ざわついた。
「私が、お前の剣になろう」
リーロンは、剣を両手で捧げるように持った。
驚くナルが、口を開く前に。
待て、というバロックスの声が入る。
「リーロン。お前は、私の弟だ。王族は、心身魂すべて、国の為にある。お前は、誰かの騎士にはなれない」
「ならば、王族であることを辞めましょう」
リーロンは、バロックスに負けないほど声を張り上げて、そう言った。
より一層、大広間のざわつきが大きくなる。
「……静まれ」
言ったのは、国王陛下だ。
途端に、大広間は静寂に包まれる。
「リーロン。王族を辞めるということは、お前とは他人になるということだ。生活の保障も、身分も、何もかも捨てることになるぞ」
「承知のうえです」
国王は、ふと笑った。
釣られたように、バロックスもまた、笑う。
リーロンはナルを見上げて、剣を両手で差し出した。
「我が身は、我が忠誠は、我が生涯は――」
淀みない口上は、まるで、舞台を見ているようだった。
ナルは正面から、捧げられた剣を、そしてリーロンを、見つめる。
(私は、ここまでしてもらえるだけの、人間じゃないのに)
リーロンは、多くの使用人を押し切って、駆けつけてくれた。
王族を辞めるという選択が、どれだけ厳しい現実を齎すか、理解しているのだろうか。
ここで断れば、リーロンは王族のままで、いられる。
そうしたほうが、彼のためかもしれない。
それでも。
「――礼儀を守り、騎士としての品位を持ち、主を守る盾となり、主の敵を討つ剣となることを、我が主、ナルファレア・シルヴェナド様へ誓う」
騎士の誓いの儀は、主が剣を受け取り、騎士の肩に剣を置いて、主が口上を述べる。
だが、リーロンが行った誓いの儀式は、遥か過去のものだ。
まだ騎士という存在が身分を持たず、生涯誰とも番わずに、ただ主のためにだけ存在していた頃の、正式な忠誠の儀式。
ナルは、捧げられた剣の刃に、そっと指を滑らせた。
ぷっくりと盛り上がった血を、リーロンの顎を指で押さえながら、唇に塗る。
ナルの深紅の血が、口紅のように彼の唇を彩った。
リーロンは塗られた血を舐めとり、ナルの指先を軽く口に含んで、残りの血も飲み込む。
口を離したリーロンは、妖艶に微笑んだ。
貴族婦人たちが、ざわっと黄色い声をあげる。
――最愛の主の血を戴き、忠義を尽くす
古代の騎士の儀式をなぞった、契約の仕方だった。
リーロンは立ち上がり、剣を片手に持ち替える。
そして、ベルガン公爵を睨みつけた。
「ナル、心配しなくていい」
「リン」
呼ぶと、リーロンは嬉しそうに振り返った。
「あれから考えた。私は王城には、いられない。ここにいる限り、私は捨てられるだけの雑草になる。だから、ここを出て、やりたいことをすることにした」
「やりたいこと?」
「うん。ナル、きみの傍で生きることだ」
ベルガン公爵は、ナルを見て嘲笑した。
「シルヴェナド家の娘は、王子まで誑かすのか」
「私のために駆けつけてくださった心優しい王子に、なんということをおっしゃるの」
ナルが言い返せば、ベルガン公爵の表情から笑みが消える。
ふいに。
リーロンが、剣を真っ直ぐにベルガン公爵へ向けた。
ベルガン公爵との間にはかなりの距離があるとはいえ、公爵に剣を向けるなど、通常ならば考えられない無礼だ。
「この勝負、私が勝つ」
言い切るリーロンに、ベルガン公爵が嗤う。
「世間知らずのリーロン殿下に、何ができるというのです」
「お前は二勝して、ナルに破廉恥な願いを叶えて貰うつもりだろう‼」
しん。
これまでとは違う意味で、大広間が静かになった。
「なんという変態だ。恥を知れ‼」
「……リン? あのね、多分違」
「心配するな、ナル。私が勝つ。あの変態紳士は、私が退治してやる‼」
(わぁ)
少し、リーロンの言葉が暴走したけれど。
決闘、二回戦目。
敵の大柄な騎士とリーロンが、剣を構えて向かい合った。
周りの貴族たちは、完全に、娯楽のような表情で見物している。
貴族婦人はリーロンの美しさにうっとりし、ある壮年の貴族は忌み子と呼ばれる王子に顔をしかめていた。
バロックスが、開始の合図をする。
その三秒後には、大広間にいたほとんどの人間が、顔色を変えた。
一度、剣を交えた金属音が響いたあと。
僅かな間に、大柄な騎士の背後を取ったリーロンが、彼の首筋に剣の刃を宛がったのだ。
「剣を捨て、降参しろ。さもなくば、殺す」
リーロンの冷やかな声に、大柄な騎士は、剣を落とした。
カラン、と静寂に金属音が響く。
リーロンが剣を下ろすと同時に、大柄の騎士は、目を見開いて地面に膝をついた。
勝負は、大半の貴族らが予想していたように、一瞬で終わった。
だが勝敗に関しては、見事に予想を裏切られたようだ。
大歓声が起きるかと思いきや、大広間は静寂に包まれたまま。
貴族らが。
ベルガン公爵が。
ただ唖然と、リーロンを見ている。
「……馬鹿な。ありえん」
「次で決着をつけましょう、ベルガン公爵」
ナルの言葉に、ベルガン公爵は歯ぎしりをして、猫背の騎士を前に押しやった。
二度目の勝負も、三分足らずで終了した。
二、三度剣を交わらせ、金属音を響かせると――猫背の男は、こぼれんばかりに目を見張って、背後に飛んだ。
リーロンは、素早く床を蹴り、間合いを詰めて、剣を振るう。
猫背の男は剣で剣を受けるが、リーロンの一手の重みに耐えきれず、手前に押された自らの剣で頬をえぐった。
弾かれた剣が、床を転がっていく。
ぼたぼたと血を滴らせながら、猫背の騎士は、降参の姿勢を取った。
素人が見ても、圧倒的な力量の差があった。
貴族らは、忌み子だと毛嫌いしていた、美しいだけの愚かな王子が、圧倒的強さを誇るはずの騎士に勝利した事実に、ただ唖然としている。
リーロンはナルのもとへ戻ってくると、騎士の礼をとった。
微笑んで、労いの言葉をかける。
(誰も知らなかったんだ)
リーロンが、これほどの剣の腕前であることを。
皆が皆、リーロンの見た目と噂だけしか、見てこなかったのだろう。
ベルガン公爵でさえ、信じられないというように首を横に振っている。
「ベルガン公爵」
ナルの声が、やけに大広間に響いた。
ベルガン公爵が、つと、ナルを見る。
「貴方は表面しか見ていないんだわ」
「……貴様っ!」
カッと目を血走らせるベルガン公爵に。
ナルは、にっこり微笑んだ。
「この決闘、私の勝ちですね」
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今回、少し詰め込んだので、長くなってしまいました。。
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