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59 いざ寄贈!


 島の乗っ取りはスムーズに完了した。

 反抗する者は島を去り、魔神王軍へ恭順の意を示した者は島での変わらぬ生活を約束された。

 それにより人口が多少減ったものの生活に大きな変化はない。これは原住民の特権である。


 魔法都市フェーブルの属領として組み込まれた時に島の半分が行楽地として再開発された為、商人や観光施設のスタッフ達が多く住みついたのである。

 これらの人員は観光客諸共全員が叩きだされた。

 マーサが望んだのは観光地としてのこの島の独り占め。スタッフくらいは残しても良かったが、特に愛着もないので一緒くたにしてしまったアルディである。


 そんな静けさを取り戻した幻想の島バライ。

 その中の一等地、海を望む小高い丘に建つペンションでは二人の美少女がゆったりとした時間を過ごしていた。

 がらんとした食堂で席に座り、正面に座ったお互いの顔を見つめながら談笑する。

 今まで一緒に過ごしていたとはいえ、魔神王は多忙であった。

 食事と寝る時以外はほぼ執務室に缶詰状態で、ゆっくり過ごすことなど出来なかったのである。


「マーサのアイデアは中々愉快であったな。まさか魔導列車を破壊しようなどとは、吾輩も思いつかなかったのである」


「あれがなくなれば海賊さん達のお仕事も増えるかなって。あと、そうしたらこの島もお城の皆で使えるようになるでしょ?」


「まさか、吾輩の配下共のことまで考えておったのであるか?」


「お城の周りって危険な場所しかないし、一つくらいこういう場所があってもいいのかなって。今日と明日は私達だけで使わせてもらうけど」


 魔神と人間の価値観は大きく違う。

 とはいえ、常に死と隣り合わせの魔境しか楽しむ場所がない現状、バカンスに特化したこの島は魔神達にも魅力的に見えることだろう。

 照れ臭そうに笑うマーサを見てアルディは思った。


(マーサを一生大切にするのである)


 アルディが決意を新たにしていると料理が運ばれてきた。

 調理された羊肉はこの島の特産である。

 ちなみに、施設や商店のスタッフは魔神王城から順次補充されている。


「うむ、うまそうであるな。そういえば姿が見えぬが、ペット共はどうしたのであるか?」


「ご飯も誘ったんだけど、修行のついでに狩りをしてくるって」


 話しながらマーサは少し寂しそうな笑みを浮かべた。

 一緒にご飯を食べたかった、ちょっと寂しい、でも立派に成長してくれて嬉しい、等の感情が混ざった微妙な笑顔である。


「あやつら立派に育っておって驚いたのである。流石はマーサのペット達である。まぁ、これからいくらでも共に過ごせるのだからそう落ち込まなくても良いのである」


「うん、そうだね。それに今はアルディちゃんとずっと一緒にいられるから寂しくないよ」


「おほ、ほっほっほ、……そう言われると嬉しいのである」


「うん」


「さ、さぁ、冷めぬ内に食べるのである!」


「うん!」





 昼に近くなったころ、ようやくマーサ達は部屋を出た。

 ベッドでごろごろしながら話をしていたせいでそもそも寝付いたのが遅く、起きてからものんびりゴロゴロしていたのだ。

 普段朝早くから叩き起こされて身支度を整えたら即食事、食べ終えたら即仕事。そんな毎日を送っているアルディにとっては正に至福の時間であった。

 マーサの寝顔を眺めてはだらしない笑顔を浮かべ、それでもマーサの寝顔から視線を外さない。

 そんな時間を過ごせるのならいっそ魔神王をメルド辺りに押し付けてもいいのではと思うくらい、幸せであった。


 しかしせっかくの新婚旅行。ただ部屋にこもっていても勿体ない。

 朝なのか昼なのか分からない食事を摂り、二人はペンションを出た。


 そしてそこにひしめく褐色肌の土下座の集団に遭遇した。

 近くには三体のペット達も並んで立っている。


「え、アルディちゃんこれどういう状況?」


「吾輩が崇め奉られるべき存在なのは当然のことだとしても、突然すぎて驚いているのである。え、なにこれ。知らんのである」


 状況のまったく分からない二人が呆然としていると、土下座をしていた中でも先頭にいた一人が頭を上げた。恭しく、そして恐れるようにゆっくりと。

 その顔はとても苦しそうな表情であった。

 

「魔神王様、並びに魔神姫様、この地を支配されたこと、まことにめでたく存じます。我らウボンゴ族一同、忠誠を誓わせていただくべく、戦士達を連れて馳せ参じましてございます」


「ん、あー、なるほど、分かったのである。うむ、今まで通り勤勉に生きるのである。さすれば吾輩の加護をくれてやろう」


「「「「ははー!」」」」


 族長が再び頭を下げると同時、ウボンゴ族の戦士達全員が声をあげた。

 新たな支配者に対する恐れが伝わってくるほどの必死な声色であった。


「……アルディちゃん、つまりどういうこと?」


「こやつらは元々この島に住んでおったウボンゴ族である。ほれ、昨日の夜に話した、遙か昔にこの島へ移住した吾輩の部下共の末裔である」


「ああ、この人達がそうなんだね!」


「うむ。この島の支配者が変わったので挨拶に来たのだそうだ。良い心がけであるな」


「うん、アルディちゃんを崇めるのは良い人たちだね」


 アルディの説明に、納得したマーサ。

 その殊勝な心がけに二人とも笑顔を浮かべている。

 その間に族長が再びゆっくりと顔を上げ、口を開いた。


「して、非常にあつかましくはあるのですが、魔神王様にお願いがあるのです」


「ほう、話してみるのである」


 それは単純な願いであった。魔物から村を守って欲しいと、ただそれだけのことだ。

 詳しく事情を聞いてみると、心苦しそうにしながらも族長は語った。


 昨夜、ならず者達の襲撃があった。

 支配者が変わったことで恭順を示せば何もしないとの言葉にウボンゴ族は従った。

 元々魔法都市に支配されていた彼らからしてみれば、何もしないのであれば頭が変わっても一緒なのである。


 それは良かったのだが、そのならず者達は島の守り神である黄金のウボンゴ神像を持っていってしまった。

 ウボンゴ神像は結界の役割を持ち、島の奥部にあるダンジョンから魔物があふれ出るのを抑える役目を担っていた。

 それがなくなったとなれば魔物達はダンジョンの外へと出て来くることが出来る。

 ダンジョンに巣食う魔物は島の森に住むものとは格が違うのである。

 そうなれば平穏な生活は送れなくなってしまう。


 だからなんとかして欲しい。

 そんな願いであった。


「ふむ、しっかり金目の物を持っていくとは勤勉なやつらである」


「アルディちゃん、代わりになるようなものとかないかな」


「うーむ……神像と言えば錯乱した吾輩が作った魔神姫像があるが、あれは吾輩の部屋に飾っておく予定であるし」


「それだよアルディちゃん!」


「む、そうであるな!」


 マーサの一声で魔神姫像がウボンゴ族へと贈られた。

 自分を模した上に自分よりも遙かに美化された(と本人は思っている)像を部屋に置いておくなど恥ずかしくて耐えられないと思ったのは内緒である。


 こうして魔神姫像はバライ島の奥部にある祭壇へと祀られることとなった。

 それが放つ独特のオーラはモンスターを近づけないが、機能として結界などを張れるわけではない。

 ある程度の強さを持つモンスターには効果が無い。

 しかし、時折ダンジョンから出てきたモンスターは魔神姫像が振るうその剛腕によって叩き潰されることとなる。


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