54 いざ旅行準備! その2
魔神王アルディエル・ゴールドライト。
この世界における最大の敵。いわゆるラスボスである。
その見た目は十三歳程の、まだあどけなさの残る少女。
腰まである艶やかで滑らかな白髪をストレートに流し、小さな頭の両側には一対の紫の角が冠のように生えている。
肌は褐色で、大きな金の瞳と白い八重歯がよく映える。
服装はタンクトップ状の黒くぴっちりした布と、同じくピチッとした黒のショートパンツ。
その上から深紫色のマントという、高い露出度を誇りながらもと中々見えないチラリズムの絶妙なバランスを誇っている。
首元に巻きつけたマントで首と顎の辺りまでが埋まっており、アルディエルの幼さを更に増大させているのもポイントだ。
忘れてはいけないのが足元で、紫のニーハイソックスに黒のロングブーツを履いている。
ショートパンツとソックスの間はまさしく絶対領域。
視線が吸い込まれて離れない、魔神王の支配する絶対的暗黒空間だ。
彼女は今、史上最大級に苦悩していた。
「うぐぐ、ではこの暗黒地獄温泉はどうだろうか? 湧き出るマグマの風呂へと無力な人間共を突き落とし沈めるのは中々愉快であるぞ」
「アルディ様、マーサ様は人間です。下手するとドン引きするのでは?」
「ぬあー、さっきからどれもこれも駄目駄目と、そんなことを言っておると行先が決まらぬではないかー!」
「アルディ様の提案する場所に賛成する要素が無いからです。そもそも、自信がないから意見が欲しいと仰ったのはアルディ様ではないですか」
「それはそうなのであるが……」
アルディは思い出す。
最愛の妻、マーサの笑顔を。
そのマーサが新婚旅行へ行きたいと言い出したのは、つい数日前のこと。
人類への侵攻が迫る中でスケジュールを空ける為忙しい日々を過ごしていたが、ついに終わりが見えてきた。そんなタイミングで、マーサは更なるお願いをしたのだ。
「新婚旅行の行先を決めて欲しいなどと、そんなことを言われてしまったら、最高の場所を提案しなければならぬではないかー!」
「そうですね。そして私に意見を求めたのは正しかったと思います。アルディ様の案ではマーサ様にとって最高とは言い難いかと」
アルディの側近であるメルドはその物言いに遠慮がない。
主人の為にならないことであれば主人本人であってもたしなめる事こそが忠義の証だと信じているからだ。
そしてアルディもまた、メルドを信頼している。
だから時折ほんとに忠誠心ある?などと思いながらも咎めることはない。
「そんなにダメであるか?」
「ダメですね」
輪廻の墓場。
嘆きの森の深部に存在する移動する土地。範囲に入った生物を地面へ引きずり込んでは骨や牙など先客の遺品で攻撃し、お還りなさいと言わんばかりにそのまま眠りにつかせてしまう超アクティブ墓地。
犠牲者の彷徨える魂が浮いているのが墓地の範囲内である目印。
生け捕りにした魂は何もつけずにそのままどうぞ。
竜魔大渓谷。
嘆きの森の更に向こうに存在する大渓谷。底の見えない谷は見ごたえ抜群。
生者の気配を感じ取ると悪魔竜が闇の中からほぼ無限に現れる。それなりに歯ごたえもある為ストレス発散にピッタリ。
付近で取れる暗黒岩塩と相性抜群☆
水晶大果樹園。
変わった果物を育てている伝説の農園。
そこになっている果物は宝石のように輝いており美しく、美味で、筋骨隆々な四肢を持っている。
そんなマッスルな果物と一対一で戦って勝つことが出来れば食べることを許される。
冷やして食べると更に美味しい♪
暗黒地獄温泉と合わせて、以上がアルディの出した案。
暗黒基準で考えればどれも人気スポットなのだが、マーサは普通の女の子である。
アルディと一緒にアルディが選んでくれた場所へ新婚旅行に行けるだけで喜ぶのは間違いないが、アルディの挙げた場所がマーサの好みとは言えなかった。
そしてそれをメルドはしっかりと理解していた。
「アルディ様、マーサ様ならどのような場所を提案されても喜んでくれるでしょう」
「そうはっきり言われると照れるであるな」
「しかし、それに甘えてはいけません」
「ぬぅっ……!」
「マーサ様が心の底から喜んでくれる場所、それを提案することこそが、今の貴女様の命題なのです」
「!!」
静かな、しかしはっきりとしたその言葉にアルディは感動した。
間違いなく真理であると、アルディは心で理解したのだ。
「吾輩が間違っていたのである。マーサの為、最高の新婚旅行先をチョイスして、史上最高の新婚旅行にするのである!!」
「それでこそ魔神王の御姿です、アルディ様」
「しかし、吾輩の基準では駄目なようだ。人間共の中では新婚旅行とはどのような場所へ行くものであるか?」
「流石に私にもその辺りの知識はありません。なので、メルチにどのような場所が人気なのか調べてもらうことにしましょう」
「うむ、頼んだのである」
その後、メルチの集めてきた情報、『あったかくて、綺麗な海があったりして、風が気持ちいような場所で、ご飯が美味しいところかなぁ。あ、後は賑やかな場所とか、綺麗な景色が見られる場所かな!』(マーサ談)を基に、アルディは候補を絞っていった。
そして、その他にも様々な準備を乗り越え、新婚旅行の当日を迎えた。




