49 いざ獲得!&メルドの日常
とある貴族の屋敷。
その応接間には領主がいた。
周辺一帯を治めるその男は、正面に座る一人の少女に跪いていた。
「魔神姫マーサ殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。改めまして自己紹介をさせていただきます。私はサビザン・アインボックス。鉄の街アインボックスを筆頭とした周辺を治めているしがない伯爵にございます」
「え、えっと、くるしゅうない?」
「ははぁ」
(えーっと、どうしてこうなったんだろう?)
どもりながらも応えた少女の名はマーサ。
ゲームのラスボスである魔神王アルディエル・ゴールドライトと色々な奇跡の上で結婚したとんでもないプレイヤーである。
現在は一領主であるサビザンに敬われて絶賛困惑している。
「この度は我が領地を救っていただきありがとうございました。それに加えて愚息の不始末までさせてしまい、心からお詫び申し上げます……!」
下げたままの頭を更に下げ、遂には床に擦り付ける。
それは日本古来より伝わる土下座であった。
それを見てマーサの困惑はよりいっそう強くなる。
その真剣な謝罪はどこにでもいる一般ピーポーな十六歳女子には刺激が強すぎた。
「お詫びと言ってはなんでございますが、我が領地はこの身と領民も併せて、魔神姫マーサ様へ献上させて頂きます」
「ええぇ……?」
(本当にお詫びと言ってはなんだなぁ……もっと軽い感じでいいのに……)
「そういうのはちょっと……」
「お詫びと言ってはなんでございますが、我が領地はこの身と領民も併せて、魔神姫マーサ様へ献上させて頂きます」
「別にいらないんですけど……」
「お詫びと言ってはなんでございますが、我が領地はこの身と領民も併せて、魔神姫マーサ様へ献上させて頂きます」
「もう少し考え直してみるとかは……」
「お詫びと言ってはなんでございますが、我が領地はこの身と領民も併せて、魔神姫マーサ様へ献上させて頂きます」
「あ、はい」
余りにも予想外な申し出に困惑がさらに加速していくが、マーサにもどうしようもなかった。
拒否してもたしなめても、望む返答がくるまでは同じ言葉を繰り返すだけで微動だにしない。
それは話を強引に進める際のNPCの常とう手段である。
「ありがたき幸せでございます……!」
サビザンは更に頭を強く擦り付ける。
そのまま倒立に移行しそうな勢いで。
もはやマーサはどこか遠い瞳でその光景を見つめていた。
どうしてこんな状況になったのか。
それは、マーサの後ろで微笑んでいる一人の兵士の策略であった。
▽
男が一人、防音結界を施した自室で通信用魔石へと話しかけていた。
その男の名はモルドゥ。
魔神王アルディの配下の最高幹部、≪軍勢の魔神≫メルドが率いる精鋭の一人である。
「というわけで、アインボックスを含む周辺地域はマーサ様へと忠誠を誓いました」
「ふむ、マーサ様が飛び出していった時はどうなるかと思いましたが、流石はマーサ様。軍備の要であるアインボックスを落とすとは」
「ええ、流石は魔神姫様でございます」
「そうですね。マーサ様は素晴らしいお方です。しかし、あなたもよくやりました。工作員を送り込む時に褒美を届けさせましょう」
「はっ、ありがたき幸せです」
任務は潜入と諜報。得意な魔法は洗脳。
他人の認識をいじる程度は難なく出来る。
その為、魔神王の尖兵としてここアインボックスへ潜入していた。
そんなモルドゥでも一切の違和感を感じさせない程の完璧な洗脳は難しい。
ある程度以上の洗脳を施せば、どうしても自意識を失わせた完全な言いなりにする形になってしまうのだ。
が、ザボンが行使した洗脳が残っていたこと、そしてマーサの魅力により繊細かつ大胆な洗脳がクリティカルした。
その結果、アインボックス領は秘密裏に魔神王の領地となったのだった。
やがて通信が切れるとメルドは自室で一人ため息をついた。
しかし、自然と笑みもこぼれた。
「マーサ様は本当に、とんでもないお方ですね。まずはマーサ様が利用したという転移装置の解析と、完全に掌握する為の人手を送り込む必要もありますね。傘下に加わったことを悟られないよう裏工作をする必要もありますし、色々と手配しなければ――」
ぶつぶつと呟いていると、微かな振動がメルドの足元に感じられた。
それに気付いたメルドは再び溜息をつく。
その振動は最近自らを悩ませるものの接近を知らせるものだと理解しているのだ。
ドドドドドドドドドバーン!!
やがて振動が部屋全体を揺らす地響きになり、やがて自室の扉が凄まじい勢いで開いた。
壁にぶつかった扉はそのままめり込んでしまっている。
これで十八度目であり、直すのを諦めた頑丈な壁はそろそろ穴が空きそうである。
鍵も何の意味も成さない為もはや取り付ける事すら止めていた。
「アルディ様、扉は優しく開けてくださいと何度もお伝えしましたが?」
「マーサから、マーサから何も連絡が無いのである――!!」
「そんなに心配なら連絡してみてはいかがでしょう?」
「それが出来たら苦労などしておらんのである! もしも、その、もしもであるぞ? もしも、もしも吾輩がきら、嫌われていたとしたら、連絡などしたら益々嫌われてしまうのである……」
「嫌われてなんかいませんと何度も言いましたが?」
「何故そうと言い切れる?」
(直接話を聞いたから、とは言えませんね)
メルドは何度かマーサと会っている。
だから当然マーサの気持ちも知っているのだが、口止めされている為それを伝えることは出来ない。
「私はマーサ様を信じておりますので。アルディ様はそうではないのですか?」
「ぐぬ、無論マーサのことは信じているのであるが……吾輩のことをどう思っているのか分からなく、どうしようもなく不安になるのである」
「とりあえず仕事をしてください」
「メルドお主、冷たいではないか! 吾輩マーサのことが心配で心配で仕事などやってる場合ではないのである!」
「アルディ様は仕事をしてる場合です。あまり放置していると、マーサ様が帰って来た時に溜まりに溜まった仕事で身動きがとれなくなってしまいますよ。それでもいいのですか?」
「それは嫌であるが……マーサは帰って来るだろうか?」
「帰ってきます」
「ぐぬぬ……それでもやはり心配なのである! いっそマーサの様子をこっそり覗きに――」
「メルチ」
「はい姉さん。行こうアルディ様」
メルドの呼び掛けで現れたのは≪暗黒四魔神≫が一柱、≪命魂の魔神≫メルチ。
メルドの妹である。
「ま、待てメルチ! マーサの、マーサの様子を知りたいのである! せめて一目だけでもおおおぉぉぉぉぉ……!!」
メルチの持つ特殊な布でグルグル巻きにされたアルディは宙に浮いた状態で、風船のように引っ張られて消えていった。
マーサのことが心配で情報を得るのに集中したアルディは指輪を没収されていた。
不安で不安で仕方がないアルディは情緒不安定になり、メルドへと突撃する。
これは最近の日常となっていた。
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