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36 いざ鉄の街!


 二人の兵士は素早い動きでライフルを構えた。

 銃口は真っ直ぐマーサに向いている。

 マーサはペット達が出てこないように掌を後ろに向けて制止した。


 マーサの左側には小太りで厳めしい顔をしたおじさん。

 右側にはすらっとした若い男。


 小太りの兵士は大きく口を開けて怒鳴り始めた。


「貴様、一体どこから入った!」


「え、ええ!? えっと、その」


 マーサは混乱している。

 何となく外に出たら左右に人がいて銃を向けられたのだ。

 ゲームに慣れていないただの女の子が冷静に言葉を返せる訳もない。


 あわあわしている様子を静かに見ていた若い兵士が何かに気付いたように目を見開いた。

 怒鳴った方の兵士も、何かを思い出そうとしている。


「その顔、どこかで――魔神王の、隣に居た……はっ!! 貴様は魔神姫――」


「≪スリープ≫!」


「――うっ」


 小太りの兵士がマーサの正体に気付いたその瞬間、睡眠魔法が直撃して意識を失った。

 何かの魔法なのか崩れ落ちることもなく立ったまま寝ている。

 マーサが振り返ると、そこには手を翳している若い兵士がいた。


「魔神姫マーサ様ですよね」


「あなたは?」

 

「私は魔神王様の命によりこの地に潜入している、モルドゥと申します。目立ってはいけないので跪かないことをお許しください」


「あ、うん、気にしなくて大丈夫だよ」


「まさかこんなところから魔神姫様が出て来るとは思っておらず、驚きました。どうしてこの中から出てきたのですか?」


「ええっと、実は……」


 マーサはこれまでの経緯を説明した。

 少し恥ずかしかったが、アルディと喧嘩したことも全て話した。

 そうでなければマーサが一人でここにいる説明が出来ないのだ。


「なるほど、そういうことでしたか。その転送の魔方陣はもう使えないのですか?」


「どうなんだろう。ちょっと試してみるね」


 マーサは小走りで洞窟の中へと戻った。

 魔方陣の部屋に入り、魔力を流す。

 しかし、反応は何も無かった。


 諦めて入口へと戻り、モルドゥに報告した。


「ここから少し離れた場所に街があります。少し離れてはいますが、十分に歩ける距離です。モジャの精霊とやらが再び目覚めるまで、そこへ滞在すると良いでしょう」


「うん、分かった」


「しかし、街へ行くにあたっていくつか注意があります」


 モルドゥは注意点を説明した。

 細々とはしていたが、簡単にまとめると服を着替える事、ペット達はミヤ以外は人前に出さないこと、衛兵と揉めないこと、である。

 ようは目立たないように、という一点に尽きる。

 

 先日の宣戦布告により人間の国はどこも殺気立っており、マーサが魔神姫だとばれると大変な騒ぎになってしまうのだ。

 ついでに再び会う約束を取り付けた。

 話を聞いたマーサは大きく頷いた。


「どうなるかと思ったけど大丈夫そう。ありがとうモルドゥさん!」


「私の任務は魔神王様と魔神姫様に仕える事ですから、お気になさらず。くれぐれもお気をつけて」


「皆、とりあえず街の近くまで行こう!」


「ヒヒン!」


「メェ!」


「ピィ!」


 マーサはペガの背中に跨ると、教えてもらった方向へと走り出した。

 モルドゥは背筋を正して見送った。

 駆けていく姿が見えなくなったところで、小太りの兵士の睡眠魔法を解除した。


「さて……ザボンさん、ザボンさん!」


「――はっ!? ま、魔神姫――あれ?」


「……寝ぼけてるんですか? ザボンさん。見張りが寝てたらダメですよ」


 キョロキョロと辺りを確認するザボンに、モルドゥは呆れたように笑う。

 自分の見たものを証明しようと何度も首を動かすが、何の痕跡も残っていない。


「あいや今確かに……夢、か?」


「しっかりしてくださいよザボンさん。こんなところで見張りなんて、僕は怖くて仕方がないんですから」


「なんだよモルドゥ、こんな見張り程度でビビってるのかぁ? こんなの、俺にとっちゃああくびが出る程余裕な仕事だ」


「流石ザボンさん。でも、寝るのは勘弁してくださいね」


「おう、すまんすまん」





 マーサは岩の陰から街の様子を見た。

 壁ではなくフェンスのようなもので囲われ、門には兵士が立っている。

 その向こうにも(やぐら)のようなものがあり、そこにも見張りがいる。


「ここからはミヤしか連れて行けないんだよね。ペガ、グリ、ごめんね。また呼ぶから」


「ヒヒン!」


「ピィ!」


「あはは、くすぐったいよ。ありがとね」


 マーサが謝ると、ペガもグリもその鼻先をマーサの顔へ擦り付けた。

 気にするなといでも言っているようだ。

 満足げにしているのを確認してから、二匹を送還した。


 ペガとグリは、普通にペットとして連れて行くには大きすぎる。

 モンスターであるとばれるとマーサの正体までばれてしまう為、人前には連れて行かないよう忠告されたのだ。


「後は着替えてっと」


 マーサは久しぶりの初期装備に着替えた。

 それ以外で装備しているのは左手薬指につけた指輪だけである。


 宣戦布告の映像は世界中で流された。

 マーサもばっちりと出演していた為、気品と可愛さの溢れる≪闇紫≫シリーズは目立ち過ぎるのだ。

 

「よし、行こうかミヤ」


「メェ」


 気合いを入れて歩き出す。

 隠れていた場所から五分程で門まで到着した。


 大きな門は開いている状態で、両脇には兵士が二名ずつ。

 先程の洞窟に立っていた兵士と同じ装備を身に纏っている。


(皆素通りしてるけど、通っていいのかな)


 住民や商人らしき者達が開きっぱなしの門を通り抜けているが、兵士は何の反応も示さない。

 マーサもそれに習って門を通ろうとした時、兵士の一人が視線を向けた。


「あーそこの君」


「――あ、はい!」


「見ない顔だが、君は冒険者かね?」


「あ、はい、そうです」


「そうか。ようこそ鉄の街へ。今は困りごとも多いから是非ともギルドへ寄ってみてくれ」


「はい、分かりました」


(良かったぁ、正体がばれたかと思ってちょっとドキドキしちゃった)


 お礼を言ってマーサは門を潜った。

 そこは鉄の匂いと蒸気が満ちた鉄の街、アインボックスである。



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