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30 高遠城2 すれ違い

 翌日の松は縁側で、流れて行く雲を、ぼぉーと眺めていた。

「松様ぁ……松様ぁ」

 返事の無い松を、はなは、二度呼んだ。

「はっはい」

 気づいて答えた松は、心ここにあらずと言った感じである。

「調理人の方にお願いして菓子を作って頂きました。差し入れに持っていきましょう」

 そう言うと、風呂敷に包んだ菓子箱を上げて見せた。傍らには、菊と弁が一緒である。

「えっ。差し入れって何処へ」

「もちろん、信繁様の所にですよ」

「えっえっー」

 松が突然の提案に驚いた。これは、松の気持ちを察したはなの計らいである。

「ちょっ。ちょっと待ってください」

 と松が慌てると、部屋に入って白粉を叩き出した。

「姉ちゃんまだー」

 弁がごねている。

「ちょっと、待ちなさい」

 と、松が言いながら、紅をさして髪をとかしている。

 縁側に腰掛けて待つはなと菊の横で、弁がさすがにしびれを切らして、

「何してんだよ! 置いてっちゃうぞ」

 と、言ったとき、松が綺麗な羽織を着て部屋から出て来た。

「あっ! お姉ちゃん綺麗」

 菊が、松に言うと一行は、奇妙達の屋敷へと歩き出した。

 

 屋敷の近くまで行ったその時、

「やっぱし行かない」

 突然、松の足が止まった。

 ここにきて、嫌われないかと不安になったと見える。

「とても御綺麗ですよ。自信を持ちなさい」

 松の不安を察して、はなが勇気づけている。

「えっ! なんでだよぉ」

 少女の気持ちをよそに弁が声を上げた。

「さっ、参りましょう」

 はなは、持っていた菓子を松に持たせた。

 松が小さく頷くとゆっくり歩き出す。

 


 奇妙達は、屋敷の敷地内では自由に過ごせた。

 氏郷は、屋敷にあった木槍を拝借して庭で振り回していた。

 それを眺めながら、五徳が縁側に腰掛けて、その横でせんがうつ伏せに伸びて足をバタバタさせていた。

 奇妙はというと部屋に籠って腕を頭ので組み、仰向けに寝転がっている。

(普通に考えれば、突然会いに来られても迷惑だよな)

 天井の木目をぼんやり眺めなていた。

 五徳が、心配そうな、困った様な、表情で兄が居る部屋の襖を眺めた。

 そんな時、―――。

 屋敷の入口で警備の兵が誰かと話しているのが聞こえて来た。かと思うと、門を通って現れたのは、はなとその手に引かれる菊である。弁が勢いよく二人を追い越して走って来た。最後に松であった。

「へぇぇ」

 と、五徳が感心したように松をみた。昨日は旅支度で有ったためか、町娘の様な風体とは、大分違って見えたからである。

「にゃは。きれい」

 せんも五徳と同じ感想であった。

「ほおぅ」

 と、松に見とれていた氏郷が我に返ると慌てて屋敷へ駆けあがりバンと襖をあけた。

「おい! 奇妙!松殿が来られたぞ!」

 と叫んだ。

(えっ!)

 奇妙の不安が消えたわけでは無い。しかしパッと明かりがついたような気持ちになった。

 慌てて寝ぐせを直しながら庭に出た奇妙は、一同と対面した。

 はなが、辞儀をすると隣の菊も後ろの松もお辞儀をしている。

奇妙もそれに丁寧に礼をして返す。

 松は、菓子箱を両手で抱え赤い顔で俯いたまま動かない。

「さっ。松様」

 はなが、その背中を優しく押すと、松が駆け出すように奇妙に前に立った。

 目が合った。

(かわいい……)

 奇妙は思った。

 松は、赤い顔で何か言おうとしていたが、意を決するように、

「あっ…あの…これ、皆様で召し上がってください」

 お辞儀をして手を伸ばすと、菓子箱を奇妙に差し出す。

「あっ…ありがとうございます」

 奇妙が受け取ると松は、戸惑った様子で奇妙を見ている。

 ……………………。

 気まずい空気が漂った。

(やばい! 何か言わないと)

「見違えました。お化粧がとても御上手ですね」

 奇妙を見詰める、松の赤い顔が更に赤くなると、

「し…失礼します」

 と、慌ててお辞儀をして振り返ると、小走りに走り出した。今来た門を抜けると直ぐに姿が見えなくなってしまった。

「あっ…………」

 奇妙が、呆気にとられている。

「あら。まぁ…」

 はなが、驚いてつぶやく横で、菊と弁が不思議そうに見ていた。

 はっと、我に返った奇妙であったが、

(しっ、しまった! あれでは、お化粧の為に松殿が綺麗だと言ったようなものではないか……。ああ! 何と失礼なことを………)

ガックリと肩を落として、氏郷に菓子箱を渡した。

「おっ、おい」

 氏郷が声を掛けたが返事もせず、トボトボと屋敷に上がると部屋に消えて行ってしまった。

 縁側でその様子を見ていた五徳が、

「まったく、もっと気の利いた事、言えないのかしら」

 と、兄の不甲斐なさに呆れている。

「お兄様大変」

 せんがいつもの様に、にこやかに答えた。


 氏郷は、はなを見ると申し訳なさそうに頭を下げて、

「五徳ちゃん!みなで頂こう」

 と、菓子箱を高く掲げた。

「そうね。良かったら皆様もご一緒に」

「ありがとうございます。お茶のご用意もしてきましたので」

 はなは、嬉しそうにお辞儀をした。

 

 庭に面した客間に皆が上がってお茶を飲んでいる。ふすまを開けはなって居るので風が通って気持ちがいい。

 氏郷は、縁側に座って茶碗だけを持って音を立てて飲んでいる。

 女達がケラケラと笑いながら雑談しているのを退屈そうに見ていた弁が、

「御ちそうさま!」

 と、元気に言うと、走り出した。

 その行く先は、奇妙の消えた部屋である。

「信繁兄ちゃん! 剣術を教えてくれよ!」

 元気よく声を掛けて襖をあけた。

 ・・・・・・・・・・。

 部屋の空気が淀んでいる。

「うっ…暗…」

 弁の額に線が陰った。背中を向けて座った奇妙が、肩を落として床を見つめていた。

「……ああ」

 と、その返事も暗い。

「う…うん」

 弁が困惑していると、見かねた氏郷が、

「おい!弁!剣術なんかよりも、戦いは槍だ!俺が槍の使い方を教えてやる!」

「うん!」

 今度は、元気よく返事すると氏郷の元へ弁は走り出すと、少年達は、エイ、ヤァ、掛け声を上げて棒を打ち合いだした。

 

 座敷では 菊が、

「お姉ぇちゃん、貝合わせしよ」

 持って来た風呂敷を開けて、せんに見せた。

「やろう!やろう!負けないよ」

 何枚もの貝をひっくり返して、同じ絵柄をそろえる遊びである。

 菊と、せんが交互に貝を返しては、また元に戻してゆく、最初は中々そろわないのである。

「んんん!これと、これ!」

 穴が開くように見ていた菊が、裏になった貝をひっくり返すと同じ絵柄が書いてある。

「にゃはは!菊ちゃん、すごぉーい」

 せんが手を叩いた。

「今度は、お姉ちゃん番だよ」

「んー。これかな?」

「にゃはは!せん姉ちゃん外れー」

「あれれぇ?」

 せんの、困惑した可愛い表情の横で、菊がせんの様に笑っている。

 その横では、はながお茶を立てて五徳と話していた。

「信繁様は大丈夫ですか?」

 落ち込んだ様子の奇妙をはなが気づかった。

「あんなバカほっといて大丈夫ですよ。それにしても、ろくに挨拶もしないで、すみません」

 兄の祖業を五徳が代わりに詫びた。

「信繁様が立派なお方で私も安心いたしました」

「そうかしら。面倒臭いだけですよ」

「まぁ。……あははは」

 その歯に衣着せぬ物言いが、なんだか可笑しくて、はなは笑ってしまった。

「流石は織田家の姫君ですね。このような状況でも堂々とされていて」

「武田の方は私たちを、どうするおつもりでしょうかね?」

「私の知る所では、御座いませんので……でも、松様と信繁様が上手く収まってくれれば嬉しく思うのですが」

「そうねぇ」

 五徳が、部屋から空を見ながらつぶやく様に言った。



 屋敷を飛び出した松は、空を眺めていた。

 いつもと変わらない景色であったが、少女には輝いて見えた。

(素敵なお方)

 突然吹き付けた風に髪が揺れる。

 その風に温かさを感じながら松は、春風に押され西から流れて来た雲をずっと見つめていた。


 それは、いつか奇妙の見た春風に押され東へ流れる雲であったかもしれない。

             

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