28 連行
騎馬武者に囲まれて奇妙達は高遠への街道を進んでいた。
奇妙と松は隣を歩きながらも、何も話さなかった。
松は、考えていた………。
(何故……奇妙様がここに……もしかして私に会いに………)
そう考えると顔が赤くなった。
奇妙も照れくさそうに前を向いたままである。
互いに会う事を夢見ていたのだが、いざこうして会うと、何を話して良いのか分からない。
そんな二人の元へ弁が駆け寄った。
「信繁兄ちゃん! 俺に剣術を教えてくれよ」
そう言って奇妙を見ると、刀を振る真似をしてみせた。弁の瞳は、輝いている。それは、憧れの人を見る眼差しであった。
「ああ。いつでもいいぞ!」
奇妙が凛々しく返事をした。普段は、教えを請う方である。
相手が六歳の少年であっても、教えを請われ、年上として嬉しかったのである。
「よかったわね。弁丸」
松が弁に言った。
「うん! 強くなって松姉ちゃんを守るんだ」
弁は松に拳を作って見せた。先ほども弁は、松の護衛だといった。少年なりに使命感を持っているのだ。
「それは、頼もしいな!」
奇妙が言いながら、弁の頭を撫ぜた。
松も、弁を優しく見て、
「ありがとう」
と、弁の頭を撫ぜると、二人の手が重なった。
「あっ……」
と、奇妙が思った時、
「すっ…すみません」
松が、恥ずかしそうに、慌てて手を引込めた。
お互い、赤くなっている。
弁は、二人の態度を、交互に見返して首をかしげたが、閃いたように手の平に拳を叩くと、
「あっ! 信繁兄ちゃんは、松姉ちゃんが好きなのか!?」
弁が声に出したものだから、奇妙は慌てた。
松も慌てた様子で、
「こ…こら! 弁丸!」
何を言い出すの? といった様子で弁の肩を撫でて、なだめると、
「す…すみません……」
と言って、松は、目を逸らしたまま恥ずかしそうしている。
「い…いえ…」
奇妙が、言葉に詰まるように答えたのを最後に、二人は、また黙ってしまった。
――――。
五徳と氏郷は、その様子を黙って見ていたが、
(なんだかなぁ………)
白けた表情で目が点になっている。
せんは、菊を自分の前に座らせ馬に揺られていた。
「私は、せんっていうのよ。お嬢さん、お名前は?」
せんが笑顔で軽やかに聞いた。
「菊……」
菊は、うつむいたままである。しっかり者の姉の松とは違い、妹の菊は、引っ込みじあんな所があるようだ。
「菊ちゃんか、可愛い名前ね。歳は、お幾つ?」
「十歳……」
菊は、それだけ答えると、またうつむいてしまった。
その様子を見てせんが、
「菊ちゃん、お馬さんは乗った事ある?」
首を左右に振って菊が答えた。
「そっかぁ。はい!」
と言うと、菊の手に手綱を持たせた。
菊がそのクリクリした目をキョトンとさせていると、
「手綱を、振って見て」
菊が言われるままに、手綱を振ると、二人を乗せた馬が、少し速度を上げて歩き出した。菊がわっと驚いた表情をしている。
せんが馬の腹を蹴り操っているのは、言うまでもない。
「にゃはは! 上手! 上手!」
せんが、パチパチと手を叩いている。
菊も、その気で、一生懸命手綱を持っている。
「よぉーし! 菊ちゃん、今度はもっと強く手綱を振ってみて、掛け声はヤァッって言うのよ」
「う…うん」
菊が戸惑った様子で頷いた。
「せーの! ヤァアッ!」
せんが、力いっぱい掛け声をあげた。
菊もそれに合わせて、小さく声を出すと、馬が一気に駆け出した。
「うわぁぁ!」
「にゃはは!」
風を切り髪をなびかせ、せんが楽しそうに笑っている。菊も必死で手綱を握っている。
「昌続殿! 良いのですか?」
先頭を行く昌続に、隣の武者が声を掛けた。
「元気の良い事だ」
昌続は、呆れた様子で、楽しげに答えただけであった。
少女達を乗せた馬は、少し駆けて止まった。かなり後方に一団の姿が見える。
「にゃはは! 楽しいね」
「う……うん」
と、菊が強く明るく答えた。
せんが馬を返していると、
「お姉ちゃんの笑い方って変なのぉ」
「そんなことないよぉ?」
「変だよ、にゃははって」
菊が、せんの笑い方をまねた。
「言ったなぁ、ヤァッ!」
せんが手綱を絞り、掛け声を上げると、馬が一気に駆け出す。
不意を突かれた菊が、
「イヤァー!」
と、声を上げながら、せんの胸に抱きついて、
「にゃはは!」
と笑った。
道中置き去りにした馬車が見えて来た。
奇妙は、少し時間を貰うと、氏郷と共に馬車に馬を連結した。
武田の騎馬武者たちが、南蛮風のその乗り物を物珍しそうに眺めている。
奇妙が振り返ると、
「まっ……松殿!」
「はっ……はい!」
奇妙が、意を決したしょうに話しかけた。少し声が裏返っている。
突然名を呼ばれた松もおどけたように、裏返った声で答えている。
「お疲れではないですか? 少し揺れますが、よろしかったら……」
奇妙は、何か会話のきっかけを探していたようである。
「素敵な乗り物ですね」
松が答えていると、
「あー。疲れたわ」
と、兄の気も知るよしもなく、五徳が乗り込んでゆく。
「菊ちゃん。おいで」
と、こちらはせんである。
「おい! お前たち!」
「なによ!?」
奇妙が声を荒げたが、妹に一括されると、兄の威厳も無く、
「す…すみません……」
と、松を見て、苦笑いを浮かべた。
「い……いえ。気になさらないでください」
松がよそよそしく答えると、
「菊。良かったわね」
「うん」
菊が、元気に答えて姉に手を振っている。
それ以来、奇妙と松は、高遠城につくまで言葉を交わさなかった。




