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全てを奪われたけど、へこたれません。香りで夢を掴みます!  作者: 季山水晶
Ⅰ.試練の幕開け

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18.突然の通告

 アイリーンとナンシーが屋敷に華を添え、トイレを快適空間に変えてしばらくたったころ、メイド長であるロッカルマイヤーと執事のフランクはその執行人を必死になって探していた。


 とりわけ、フランクに関してはスタンリーから香りの元であるフレグランスを用意しろと言われているので、焦りは日に日に募るばかり。


「くそう、一体誰があれを置いたんだ。全く糸口がつかめん」


 あちこち聞き込みをしているが、誰も知らぬ存ぜぬの一点張り、フランクの歯ぎしりは止まらない。


「おい、執事が嬢ちゃん達の事を探しまくっているらしいぜ」


「ああ、匂いの元を作ったのは誰だと聞きまわっているらしいな」


「誰も嬢ちゃん達の事を言ったりしていないだろうな」


「いう訳ないだろう。うちの大事な嬢ちゃんがスタンリーに取られてはたまらんからな」


 探している相手がアイリーンと判れば、彼女が金もうけの手段にされる事は目に見えている。それはアイリーンの自由が永遠になくなるという事。そんな事はさせられない。


 キッチンスタッフ達は大好きなアイリーンを守るために団結していた。


 そんなある日、トイレからフレグランスが減った時に使う補充用の液体瓶が紛失したのだ。


 遡る事数時間前───執事のフランクはスタンリーの書斎を訪れていた。


「スタンリー様、何とか手に入れることが出来ました」


 スタンリーの書斎でフランクがフレグランスの液体瓶を差し出した。差し出した瓶の数は三本。


「ほお、随分時間がかかったな。で、何処から手に入れた?」


「以前ふらっと訪れた見知らぬ行商人でございます」


 スタンリーは鼻を鳴らし、いかにも疑わしげにフランクを見た。


 そして、顎髭をさすっていた手を伸ばし、小瓶を手に取った。中には薄黄色の液体がキラリと光る。


「で、これはいくらするものだ?」


「は、少々高くて一万ピネルでございます」


 スタンリーは瓶をまじまじと見ながら、ギョッと目を剥いた。


「た、高いな。ま、まあいい、先行投資と思えば安いものだ」


 スタンリーは引き出しから取り出した小切手を引き抜くと、フランクの前に滑らせた。一礼した後、それを黙って受け取るフランク。


 ──苦労させられたんだ、これ位当たり前だ。それに、これだけの値段をつけておけば、この先要求されることも少ないだろう。


 フランクは心の中でニヤリと笑う。ほんの少しの優越感と、罪悪感が彼を支配する。


 トイレから盗んだ瓶は五本でまだ手元に二本置いてある。さらに要求された時の保険だ。


 そのまま蓋を取ったスタンリーは瓶の口に鼻を近づけると、直ぐに顔を顰め瓶から顔を逸らした。


「う、臭い」


 柑橘系の酸っぱい匂いと、甘ったるい香りがスタンリーの鼻につく。


「なんだこれは、トイレにある匂いと全然違うではないか!」


「そ、それは……」


 ──トイレの中では瓶はどうなっていた?お、思い出せ……そうだ、何か棒が刺さっていた。そうか、あれが匂いを調節していたのか。


「お、恐れながら、その先に棒を差し込みますが、それが今はなくてですね……」


 スタンリーは思わず瓶を持ち手を振り上げるが、寸前の所で思い留まる。


「どういう事だ、早急にその棒とやらを用意するのだ。必ず明後日のアルバート様との会食に間に合わすのだ」


 スタンリーはそう言い残すと、払い除ける様に手を振った。出て行けというサインだ。


 ──チッ……トイレにあったあの棒を盗むか、いや、さすがにそうすればだれの仕業だと騒ぎになるかもしれぬ。一体どうしたら。


 フランクの足が激しく床を叩き、握りしめた拳から汗がにじんだ。


◇ ◇ ◇


「アイリーン、予備に置いていたフレグランス液体瓶が無くなっているよ」


 そう、フランクがトイレを見張っている時に発見した予備の液体をすべて持って行ったのだ。


「え?あれラタネンの木の棒が無いと匂いがきつすぎるんだけどなぁ」


「ちょっとアイリーン、それ心配するところ?お人よしすぎるよ」


「だって、どうせ使うならちゃんと使って欲しいじゃない」


 ナンシーはふぅとため息をつき、やれやれと手を逆ハの字に広げる


「そうだ、トイレにラタネンの木の棒を置いておこうか、使ってくださいって」


「ちょっとちょっと。相手は泥棒なのよ、泥棒。どちらかと言えば、捕まえる事を考えた方がいいわよ。だって、作っても作っても取られちゃったら嫌でしょ」


 ナンシーはそう言うけれど、折角作ったものを使い方が分からず捨てられる方が悲しい。


 その後アイリーンは盗まれた瓶と同じ場所にラタネンの木の棒を置き、メモ書きを添えた。


『この棒を差し込んで蓋をしてください』


◇ ◇ ◇


 それから数日たったある日の事。アイリーンは突然執事室に呼ばれた。


 ノックをして扉を開けると、執事のフランクが片腕で顎を支えながら書類を眺めていた。アイリーンをチラリと見た彼の目のオペラグラスがキラリと光る。


 この二十畳ほどあろうかと言う部屋に、フランクのパラパラと書類を捲る音だけが聞こえる。


(私はなんでよばれたんだろう……勝手なことをしたから怒られるのかな)


 アイリーンの鼓動が早まる。


「ふん、来たばかりのスカラリーメイドだったな。なんでこんな小娘に……」


 フランクは顔を顰めながら手に持つ書類を乱雑にバサバサ束ねると、ゆっくり立ち上がった。アイリーンを見る目に温かみは全く感じない。


「これからスタンリー様の所へ行く。お眼鏡に適う事を祈るんだな」


 フランクはニヤリと厭らしい笑みを浮かべる。


 突然の通告だった。


読んで頂きありがとうございます。

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