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全てを奪われたけど、へこたれません。香りで夢を掴みます!  作者: 季山水晶
Ⅰ.試練の幕開け

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15.勉強の時間

 アイリーンは出来立ての大根料理を小皿にとりわけ、テーブル着いたキッチンスタッフの前にフォークとナイフを添えてそれらを並べた。


「先ずはコック長からどうぞ」とロンバートをはじめとするキッチンスタッフが口を揃えた。


 ジグはナイフを手に取り、黄金色に輝く大根にそれを落とすと重力の重みだけで大根がふたつに別れ、中からじわっと汁が垂れ、香りの良い湯気が立った。


「なんて柔らかいんだ」


 ジグは更にそれを二つに切った後、フォークで突き刺しゆっくりと口へ運んだ。


「あ、あつっ!ふぅふぅ」


 口を閉じた途端大根はゆっくり崩れ、魚と牡蠣の程よい香りと一緒に、甘さとしょっぱさが混じった熱い出汁が口の中一杯に広がった。


「う、美味い……嬢ちゃん。お前さん、この世界の料理を変えちまうぜ」


 ジグのフォークを握りしめた手がテーブルの上で細かく震えた。


「そんなに美味いのか」


「コック長がそこまで言うとは……」


 キッチンスタッフ達はジグの反応に目を丸くさせながら、我も我もと大根を頬張った。


「うわ、あつぅ」


「こんな味初めてだ」


 湯気を吹きながら称賛の声を口にするキッチンスタッフ達。それを温かな横目で見ながらナンシーは「では、私も……」とフッと大根に風を送った後そっと口に入れた。


「そうかあ、これがあの調味料の味なのね。甘さはほんのりだけどしっかりした味が付いている。サラダにした時にあの味気ない大根がこんな風になるなんて」


「お魚も立派に働いてくれているのよ」


「本当ね。お魚の香りが口に広がっているわ。ゴミだと思っていたけど、宝物に変わるのね。美味しいわ、アイリーンのお母さんの味」


 ナンシーは両手で頬を押さえ、表情を崩した。そして目を開くと目の前のアイリーンの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


「嬉しい……」


 彼女はその言葉を絞り出すので精いっぱいだった。


「ねえコック長。アイリーンにレシピを教えて貰って、俺達も作りましょうよ」


 見習いコックのニックが目を輝かせながらジグにお願いをする。


「馬鹿を言うな。料理人にとってレシピは命だって言っているだろう。この味をしっかり覚えて自分で研究するんだな」


 ニックはまだ十五歳で駆け出しの見習いコックで、一つでも自慢の出来る料理を作りたくてうずうずしている。そんな中、アイリーンが見せたコック長が唸る料理、丁度この機会に自身でも作れるようになれれば、本当のコックに近づけると思っていた。


 ニックはハッと目を見開いた後、シュンと頭を垂れた。


「すみません。確かにレシピは命ですよね。浅はかでした」


「ニック、お前は判ってはいない。そもそも嬢ちゃんのこの料理、彼女の本当の料理じゃねえ、なあ、そうだろう嬢ちゃん」


 ジグがアイリーンに向き直り、皿に入った大根を掲げて見せた。


「はい。コック長の言う通りです。本当は醤油という調味料を使いたかったのですが、それが無くて代用しました」


「……これで代用を使った料理とは、その醤油と言う奴を使えば更にうまくなるという事か」


 ジグは顔を顰めてむむぅと唸り声をあげた。


「そうですね。もっとお料理の相性が良くなりますね」


 ──なんと、醤油ってものがあればもっとすごいものが作れるのか!


 ニックは胸の高鳴りを抑えきれない。


「あ、アイリーンさん!その醤油ってどうやったら手に入るんですか?」


 ガタンと椅子を倒し立ち上がったニックは両手をテーブルにつき、食い入るようにアイリーンを見つめた。


「あ、アイリーンさん??あの、呼び捨てて貰って大丈夫です。えっと、今回それを使えなかったのは、作るのに二週間くらいかかるからなんです」


「あの、もしもです。もしも、作り方を教えて頂けるのなら、俺にそれを作らせて貰えませんか?」


 ニックはそう言いながら頭を下げると、『ゴンッ』と自身の頭をテーブルに打ち付けた。


「だ、大丈夫ですか?私も作ろうかと思っていましたので、作って貰えると助かります」


 アイリーンはそう言って、紙に醤油の作り方を細かく書き込み、ニックに渡した。だが、当のニックは眉を顰め、額から汗を流しだした。


「すまねえな、嬢ちゃん。こいつは字が読めねえんだ。俺と一緒に作らせて貰っていいかな」


 メイドにしろコックにしろ、若くして使用人になっている人達はちゃんと教育を受けていない事が多い。ニックもそのうちの一人だった。


 ニックが小刻みに震える手で持っているメモ書きをジグはそっと受け取った。


「おいニック。醤油とやらを一緒に作るぞ」


 ニックの萎れていた顔がパッと明るくなる。


「はいっ、コック長!宜しくお願いします」


 その様子をナンシーは羨ましそうにじっと見つめていた。


「ねえ、アイリーン」


「どうしたのナンシー?」


 ナンシーは指をクルクル回しながらもじもじしている。その口が開いたり閉じたりして、何かを言い出しにくそうに動いていた。


「あのね……おトイレの掃除が早く終わる様になったでしょ。お昼まで時間が空くよね」


「……そうね」


「でね。……あのね」


 ナンシーはモジモジしながらなかなか次の言葉を発しない。


「ねえ、ナンシー。空いている時間を何かに使いたいのね。あなたには沢山手伝って貰っているから、私もあなたを手伝いたいわ」


 アイリーンにそう言われ、ナンシーは拳を握りしめ、唇をキュッと結んだ。


「あのね、私に字を教えて欲しいの。私も字が読めるようになりたいの」


「ええ、一緒に勉強しましょう。これからは午前中の空いた時間は勉強の時間だね」


 緑色の瞳をキラキラ輝かせたナンシーにアイリーンは笑顔を送った。

読んで頂きありがとうございます。

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