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魔法と魔人と王女様――情報の魔人と重力の魔法で僕と王女の宇宙攻略(ハック)――  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様

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第一章 切符と代償(6)


 さて、説明の手数を省くために結論から言うと、セレーナの父――エミリア国王陛下は、僕らがペキンに着いたときには既に発っていた。いや、実際にいたらしいことは確かなのでジーニーの推測も大したものなのだけど、陛下の動きはそれを上回っていたということだ。

 想像以上の速さに、セレーナは次の目的地をニューデリーではなくフランクフルトに変えた。今度こそ先回りするつもりで。

 とすると、今度は少し早すぎることになる。もしかすると陛下一行は一泊くらい挟んでからこちらに向かうかもしれない、というくらいには。

 そんな長い時間、異様な航跡を残すマジック船をフランクフルトの上に飛ばせては置けないってことらしい。

 そう、異様なのだ。もう、乗っている僕がそう言うんだから間違いない。

 マジック推進船は、恐ろしい速さ、かつ、非常識な航路で僕らを運ぶ。

 空気抵抗だの重力だのを無視して、反重力の泡に包んだまま、直線・曲線・鋭角の進路変更、なんでもあり。

 さすがにこれは、目を引くし、それが摂政にばれるかもしれない、ってことで、宇宙船を遠くに隠して地上で陛下の船の到着を待つことにした。


 そして今は、陛下の会合が行われるという見込みのホテル近くの大きな公園にいる。

 その公園から、エミリア国王陛下が会談を行うホテルは見えていた。

 普通、ホテルで会談だと言えば、黒塗りの車列が横付けするものだけれど、セレーナと同じようにマジック船を使っているので、屋上に寄せる可能性もある。

 どちらになるかは実のところセレーナにも分からなかったので、玄関口に着けるなら急襲できるよう、見える位置で待機することにした。

 これだけ人の目があっては目立つのは嫌とのことでセレーナはおなじみの白一色の装いではなく、緑のシャツにオレンジの縁のついた白い短パンという姿。ジャケットを羽織れば一応エミリアの正装っぽくはなるらしい。その場合はどちらかというと軍事的なイベント用の恰好に近くなってしまうらしいんだけど。


 ちなみにこの公園、太古の昔の歴史的モニュメントがあったらしいので僕としては心躍る場所ではあるのだけど、当のモニュメント自体は台座を残して撤去されている。

 ここに置かれていたのが何のモニュメントだったのかの記録も定かではない。ただ、この近辺――ヨーロッパの国々にとっては象徴的な出来事を記録したものだったはず、というおぼろげな記述がいくつかの歴史書に見えるばかりだ。一般の教科書にはモニュメントの存在さえ載っていない。

 ではそんなモニュメントがあえて撤去されたのはなぜか? それは、その前に起こった歴史的事実が、後世に不都合だったからに違いない。

 もしかするとそれはヨーロッパの国々の結束の証だったかもしれない。

 宇宙人たちが、ある日、究極兵器で地球を爆撃して占領した。

 地球の支配構造をことごとく変えようと思ったら何をする?

 そりゃもう、地球人の意識改革からスタートだ。

 僕らが結束していたという象徴をことごとく壊してしまえと言うに決まってる。やつらは、そんなやつらなんだ。

 だから、昔、この地域の結束を支えていたモニュメントも、つるはしで叩き壊したに決まってる。

 周りで、やめてくれ、と涙を流す地球人を嘲笑うかのように、それは打たれ削られ磨り下ろされていく。

 目の前に見える台座に、血と涙の痕が浮かび上がってくるようだ。

 そうした精神的虐殺を世界中で繰り返して、『支配されるもの』へ、地球人の精神を改造していくのだ。

 西欧と東欧には、厚い壁がある。

 新連合国に参加した国と、自由圏として残った国と。

 そんなのもやつらがわざとそんな対立構造を作ったに違いない。

 考えれば考えるほど腹が立ってくる。

 僕らに何のうらみがあってそれほどの暴虐をやってのけるのか。

 だから僕らはずっと宇宙から切り離されて、永遠に地上をさ迷う――


 パリッ、という軽快な音が、僕の思考を中断した。


「――だいぶ熱くなってるところ悪いけど、それってジュンイチの妄想?」


 そして、小腹が空いたのか屋台で買ってきたパイ生地か何かに包まれたソーセージをもぐもぐしながら、セレーナが突然そんなことを言う。意味が分からない。


「何の話? 僕の? 妄想?」


「宇宙人が地球を支配してるとかなんとか」


「は?」


「全部口に出てたわよ」


 ……ぎゃー。


 ……真っ赤になる顔をいったん風で冷やしてごまかす。

 時差の関係でフランクフルトはまだ日の高い時間。日差しに目を覆うふりをしながら反対の手で顔をパタパタと仰ぐが、セレーナには丸見えな気がする。


「歴史専攻のカレッジ生か何か?」


 カレッジってなんだろ、たぶん、教育システムがちょっと違うんだろうけど。


「いや、高校生……で分かるのかな、そういう専攻選択は大学に進むとき」


「ふうん。私の知ってる宇宙史とはだいぶ違ったように聞こえたから、独自研究なのかと」


「いやっ、その、ど、独自……ではあるんだけど……」


「歴史家でも目指してるのかしら」


 どうなんだろう。

 そうなんだといいんだけど。

 そんな風に思いながら少しあいまいに頷くと、


「そっか。でもうらやましいわ。気が付いてる? あなた、宇宙でもたった一つしかない人類発祥の惑星に生まれて育ったのよ?」


 ……そんなことを言われてみると、確かに、そうなんだけど。

 ずっと支配に甘んじた被虐の星と思ってたけれど、確かに彼女の言う通りで。

 そこに埋まっている歴史的遺産は、ほかの国を全部足したよりも多くて。

 僕も、なんだか歴史家にならなきゃならない気になって、今度ははっきりを頷いた。


「うん、歴史家を目指そうと思ってる」


「だったら歴史の成績は特に良いんでしょうね」


 歴史の成績は……前回の考査は……思い出したくない。


「まあその、ほら、高校の教科の試験って、問題がちょっと、なんていうの、一般人向けにあいまいな説を定説扱いしたりとかさ……」


 と、歴史の考査結果が良くない理由を説明しているが、どうにも彼女が僕を眺める視線に何か痛々しいものを見る色が混じっている。


「事件の発生年を暗記するのと歴史の謎を解くのは違うんだし!」


 セレーナが少しうつむいた。あれは、たぶん、笑うのを我慢している。いや、がっつりと笑わないだけの礼儀を払ってもらっているだけマシというべきか。


「えぇ、そうね、歴史的偉人が幼少のころはお馬鹿だった例はいくらでもあるもの」


「そっ、そこまで馬鹿ってわけじゃない……と思う」


「……じゃ、数学は?」


「さ、さすがに考えれば分かる問題を間違えたりはしないけど」


 僕が答えると、一瞬妙な顔をしたセレーナは、小さなため息をついたように見えた。


「……あなたがどういう人なのか、とりあえずは分かった気がするわ。ありがとう」


 なにやら妙な苦笑いを浮かべながら、セレーナはいつの間にか買ってきてくれていたよく冷えた紅茶のボトルを投げよこしてくれた。

 ふと、改めてセレーナの恰好を見てみると、最初に出会ったときの白とオレンジ、そして今も、白いパンツに、羽織る予定のジャケットは、やっぱり、白にオレンジの縁取りだ。


「白い服ってのが、エミリアの決まり?」


 気になったので、雑談がてらに聞いてみると、


「エミリアの国旗見たこと無いの? 白地にオレンジの三本線。それにグッリェルミネッティ家の紋章。誠実の白と活力のオレンジがエミリアのナショナルカラーよ」


 と説明されてみて、改めて思い返してみると、恥ずかしながら、見たことが無かった。

 いかな宇宙の大国と言え、普通は宇宙の彼方の王国の国旗だとかナショナルカラーだとかのことなんて知らないよね。

 と、自分に言い訳する。

 説明を受けながら彼女の姿を見ると、しかし頭の真っ白な花のリボンはそのままだ。ナショナルカラーのホワイト、ってことなんだろうけど。 


「じゃあそのリボンも」


 なんとなく尋ねると、


「あら、言ってなかったわね。このリボンは、通信機なのよ。ジーニー・ルカと会話するための。ブレインインターフェース」


 そう答えて彼女はリボン越しに頭を指差した。


「本当は脳内ナノマシンだけでも数メートルの近距離なら意思疎通できるんだけどね、このリボンをつけてれば、星の裏側にだって届くのよ」


「そうか、だから、念じただけで関東中の鉄道網を貸切ったり、この宇宙船が飛んできたり」


 期せずして不思議に思っていたことが解決した。


「そうね。あまり複雑な思考は送れないけれど」


 個人用ジーニーなんていうものが想像もつかない僕ら地球人にとっては、このブレインインターフェースの効用なんてものも一生分からないだろうな、と思う。

 彼女はあのエミリア王国の王女だからこそだけれど、宇宙には宇宙レベルのお金持ちははいて捨てるほどいて、そんな人たちは当たり前のようにジーニーやブレインインターフェースを使いこなしているんだろう。


「分からないことがあったらジーニーに訊けるのか、だからテイトホテルの位置も」


「そ。答えもぼんやりしてるから、私も読み取るのにずいぶん苦労して訓練したんだけどね、迷った時、最初から答えを知っていたかのように、こっちが答えだって確信するの」


 笑いながらセレーナは答える。

 こうやって自慢げに話す表情は、客観的に見てもかわいいと思う。

 のだけれど、よく考えなくともあの大王国、エミリアの第一王女。もし機嫌を損ねようものならいつでも船から放り出されかねない。

 あのエミリアの、きっと歴史的な対談が、これから行われる、それを何としても見届けたい、という気持ちと。

 それでも、あの震える手を思い出して、少しでも力になれたらな、という気持ちで。

 僕は、彼女の笑顔を守ろう、なんてちょっと身の丈を超えたことが、心の中でちょっとずつ膨らんでる。


 そんなことを考えていると、ふと、セレーナが、表情の抜けた顔で宙を見つめた。


「……来るわ」


 それはきっと、ジーニー・ルカからのアラーム。

 僕らが待っているその時が、来た。


***


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