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魔法と魔人と王女様――情報の魔人と重力の魔法で僕と王女の宇宙攻略(ハック)――  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様

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第五章 真実の航海録【ログブック】(7)


「オオサキ・ジュンイチだね。姫様に振り回されて大変な役回りだったと聞いている。もう少しの辛抱だが、なにか不便はあるかね」


 艦隊の提督、サイラス・マクノートンが僕を迎えた。

 あの密室で、僕とセレーナとジーニー・ルカは、一計を案じた。

 それを確実にするために、セレーナが交渉して僕を司令室に招き入れたのだ。

 提督が私の大義を本気で信じているなら大丈夫、という彼女の言葉通り、僕は作戦通り、司令室に小さな席を得た。


「なにも。食事も睡眠も十分です」


「何より。乗員でさえ遠征の時には眠れないものが多いのだから、たいしたものだ」


 普通なら笑顔を見せるような言葉を吐きながらも、彼のいかつい顔は一片のゆがみも見せない。軍人だからか、生まれつきか。


「僕の理解が正しければ、この軍隊は、殿下のご意志のもと、エミリア王国へ向かっていると考えてよいですね」


 僕は彼に訊いてみた。彼がどのように理解していてどのように答えるのかを確かめたかった。


「その通り。エミリア王国の諸侯は、恐れ多くもセレーナ王女殿下を追放とした。我々は、殿下の無事の還御を援け、殿下追放計画の頭目の身柄を確保することを、目下の作戦目標としている。そして、戦後には、君の証言も必要になる、王女殿下の行動の正当性を全宇宙に示すために。……ということでよかったかね」


 なるほど、セレーナの言ったとおりに進行している。

 そして、たぶん、サイラスは言葉通りに、事態を信じ込んでいる。彼自身も、コンラッドらロックウェル上層部の陰謀の被害者の一人ということだ。


「開戦は、いつごろですか」


 僕が訊くと、


「今距離を保って艦隊の集結を待っている、あと六時間というところだろう、心配はごもっともだが、殿下のおわすこの艦は損耗率の低い位置にあるから、まあ安心したまえ」


 セレーナが、僕をここに呼ぶのにどんな説明をしたのかは分からなかったが、たぶん戦闘行為が不安でとかなんとか、そんなことを言ったんだろう。


「ここで見ていてもよろしいですか。僕らが安全であったということを、戦後、証言をするためにも」


 だから、僕はこうやって、ことさらに僕の役割を強調した。


「決してそこから動かないのならよろしい。他に質問は? ――よろしい、では面会は以上だ」


 彼は席のベルトを外して提督席に戻っていった。セレーナも少し遅れてそれに続いたが、立ち去る直前に、僕の方に視線を向け、軽くうなずくようなしぐさを見せたのに気がついた。僕の立ち回りは、どうやら合格点のようだった。


 彼らが去ってから、僕は改めて司令室内を見回した。


 前面には、縦横が数メートルになる巨大な表示パネル。

 オペレーターはざっと三十人、それぞれが小さなコンソールを前にしている。

 ただぼーっとしているように見えて、何か役割があるんだろうな。

 なんだかちっともわからないけど。

 ただ、時々、静かに声を上げる。


”第二戦隊四番艦到着しました”


”予定位置まで三十万キロメートルです”


 そんな感じ。

 ビデオドラマとかで見る宇宙戦争よりも、ずいぶんと淡々としている。

 しんとした艦内に艦長の声が響き渡り、緊迫した声で答えるクルー――ではなく、実際の艦内は、ずっとざわざわとした人の声。なんだかのんびりした感じがする。


”第八プローブ配備完了、レーザーリンク確立”


 なんて声を聴いて思い出す。

 艦隊決戦は、かくれんぼだ。

 星間航行技術を応用した主砲『アタックカノン』は超光速兵器。撃てば当たる。

 だから、姿を隠すことが、戦いだ。

 それを暴くのが、『プローブ』と呼ばれる子機。

 探査のためのレーダー電波を放てばたちどころに発射点がばれてしまうので、戦艦本体からずっと離れた場所に浮かべておくのだ。

 そして、探査電波の打ち合いと、レーザーによるプローブの焼き合い。

 それを延々と繰り返し、やがて相手の位置を特定できたところで必殺の一撃。

 これが、現代の艦隊戦。


 そんなことを考えていると、少し艦橋の緊張感が高まっているのを感じた。

 邂逅予定時刻が近い。

 艦隊ジーニーも、不確かながら徐々に敵艦位置の予測位置をモニターに示し始める。

 きっとどの艦にもジーニーが積んであって。

 エミリアの防空艦隊にもジーニーが載っていて。

 僕の感覚は麻痺しつつあるけれど、地球でこれほどたくさんのジーニーに囲まれたことなど一度も無かった。僕でなくとも、そんな経験のある地球人は皆無だろう。

 ジーニーに関してだけは、()()()()()()()()()()()()()()()いる。

 ……。


「先頭フェーズ六へ移行!」


 突然、サイラスの凛といた声に続き、司令室のあちこちについていたグリーンのランプが、赤色に変わった。

 その赤色ランプの効果は絶大で、司令室内に感じたことも無いほどの緊張がみなぎった。


「戦闘行動フェーズ六へ移行。索敵開始。通信回線の接続試行開始。一番プローブのみ使用」


 オペレータが復唱し、決められた手順をこなしていく。

 目の前のパネルのレーダーモニターに小さな点が見えたり消えたりしている。

 あれがたぶん敵戦艦の位置。

 それががゆらゆらとゆれてなかなか確定しないのは、相手戦艦のステルスが十分に効いていることを表している。


「敵からの索敵ビームを検知。発射位置表示します」


 オペレータの一人がそう言って、パネル上に一つの点をはっきりと表示させた。敵艦隊予測位置から、ほんのわずかにずれた場所だ。つまりこれが、エミリア王国軍のプローブのうちのひとつの位置なのだろう。


「発射位置に通信ビーム固定、通信回線開きます」


 オペレータがそう言うと、正面パネルの一部に黒い四角が現れる。

 それはおそらくこれから行われる通信のための映像表示領域なのであった。


 ここでお互いに戦闘の意思を確かめ合い、殺し合いが始まる――


***


 エミリア艦隊と繋がった正面パネルの通信領域は、数秒真っ黒だったかと思うと、次にモザイクのようなノイズが表示され、最後に、人の顔となった。

 白髪交じりの面長でごつごつとした顔つきの人物。太い眉の下に光る緑の瞳の光は鋭くこちらを威圧している。襟元を飾る階級章の贅沢さが、彼の威厳をさらに高めている。


『こちらはエミリア王国ベルナデッダ空域防衛司令官、ラファエーレ・パスクウィーニ中将である。貴艦隊の所属を明らかにせよ』


 画面の中の人物はそうしゃべった。


「こちらはロックウェル連合国連合艦隊、E艦隊司令官、サイラス・マクノートンである」


 とサイラス提督は告げた。おそらくそのときには、彼の隣に座るセレーナの姿も、相手に伝わっていただろう。


『貴艦隊は国境を侵している。速やかに武装解除し、全艦の指揮権をお引き渡しいただきたい。武装解除が確認できれば、無事の送還を約束する』


「我が艦隊は、エミリア王国の国王ご息女、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下の指揮下にあり、目的は、首都星エミリアへの安全な帰還である。通行の許可をいただきたい」


 ラファエーレの警告に対し、サイラスの宣言。


「許可できかねる。管理下にない武装艦船の通行は違法である」


「王女殿下のご許可である。こちらにいらっしゃるお方のお顔を、ご存知ないか」


 サイラスがセレーナを手のひらで指し示しながら言うと、明らかにラファエーレの顔に動揺が走る。おそらく、向こうでは同じようにたくさんの士官がこの映像を見ていて、同じように落ち着きを失っているだろう、と思う。


『王女殿下とお話できるか』


 搾り出すようにラファエーレが言うと、サイラスは、よろしい、と短く言ってセレーナに目配せした。


『王女殿下、これは、殿下の御意にございますか』


 ラファエーレの質問に、セレーナは答えなかった。

 彼女はその質問を完全に無視して、口を開いた。


「ベルナデッダ空域防衛司令官、中将、ラファエーレ・パスクウィーニ子爵。命令です」


 セレーナはラファエーレの爵位を正確に含めて言ってから、少し間を空けた。

 言うべき言葉を選んでいるような、そんな顔つきだった。

 そしてすぐにその瞳に、決意の火が灯った。

 青い瞳が、真っ赤に燃えているように感じられた。


「命令です。エミリア王国の国境に侵入した()()を排除なさい」


 言い放った。

 驚きの目でセレーナを見たのは、サイラスだった。


「話が違う!」


 思わず叫ぶサイラス。

 セレーナは何も答えず、モニターだけをじっと見つめている。


『セレーナ王女殿下、そのご命令は聞けません。王女殿下を害することは我々にはできません』


 しばらく沈黙していたラファエーレが低い声で言った。


「認めません。エミリア王族の優先権を以てエミリア王国子爵に命じます。我が王国を護りなさい」


 セレーナはただそれだけ、応えた。


『……分かりました。殿下、ご武運を』


 ラファエーレは生気のない顔で言うと、一方的に通信回線を切断したようだった。

 通信スクリーンは、通信開始前と同じ、真っ黒い闇を映している。

 これが一つ目の布石。

 セレーナが堂々とセレーナによる指揮権を否定して見せること。

 誰もが――艦隊ジーニーさえ、()()()()()()()()()()()()()()こと。


 ただ、少しだけ期待したいことがあった。

 サイラスが、狂ったシナリオに疑問を持ち、作戦を中断すること。

 できればそうしてほしい。

 いまやセレーナ支持という大義名分も失った。戦う意味なんて無い。


「一番プローブ沈黙しました。防空レーザーにより破壊されたと思われます」


 オペレーターの一人が淡々と報告する。

 思った通り、エミリア艦隊は、淡々と戦闘行為を開始した。

 もしセレーナという情報の価値がゼロになったと、サイラスが冷静に理解したのなら、すぐに降伏の信号を――


「戦闘行動第七フェーズへ移行。即座にアタック・カノン斉射」


 しかし、彼の言葉は、僕とセレーナにとっては、悪い方のシナリオだった。

 彼は、それでも、セレーナという駒を手の内に持っている。

 あらかじめ決められた通り、エミリアを蹂躙しようと、決断した。

 まもなく、艦に、小さな衝撃と竜の咆哮のような音が満ちる。

 その瞬間、はるか彼方、エミリア艦隊のいるであろう空域に、死を意味する弾丸が超光速で飛翔し、着弾していただろう。

 戦果を映し出すパネルには何一つ映らない。

 お互いのプローブの位置がばれたくらいの情報でアタック・カノンを撃って、広大な宇宙空間で命中する確率は事実上ゼロだ。これは、戦闘を行うという強烈な意思表示。

 だから、僕とセレーナの戦闘行為は第二段階に進む。


「やめなさい」


 セレーナが冷淡に言う。

 多分僕にだけわかる程度の声の震えが伝わってくる。

 セレーナの指揮下にある艦隊がエミリア国民の命を奪う必殺兵器を発射した。

 それを座して見ていた。

 近代の宇宙戦争の慣例からそうなることは分かっていたけれど、やはりその恐怖を容易に拭えるものではない。


「殿下……この戦闘行為は殿下が命じたのです」


 そして、サイラスの顔は歪んでいた。

 それは、この上ない屈辱に耐える男の顔だった。

 彼は、本当に、セレーナを援けてエミリア貴族の横暴を討つ、と信じていたのだ。

 信じていたセレーナに裏切られた、怒りや、失望は、いかほどのものだっただろう。

 僕が彼女に裏切られたと感じたあのときをはるかにしのいでいるはずだ。

 その憤怒の表情を、王女殿下に向けたとて、責められまい。


「……戦果と反撃は!」


 提督の確認の声に応えて、


「全弾外れ。反撃も命中ありません」


 オペレーターの一人が報告した。サイラスがさらに続けて、


「回避運動開始しながら第二射用意! プローブ二番から七番まで全力索敵!」


 ――

 ――その時。

 ――


【【――――やめよ――――】】


 突然、氷のような声が頭上から降ってくる。


 その声を発したのは、セレーナ。


 士官席に優雅に立ち上がり、艦橋内を見下ろしている、その視線は、絶対零度。


 その声の響きは、あらゆるノイズを切り裂いて、その空間にいるものの脳髄にねじ込まれる。


 艦橋の兵士たちの動きが止まり、空気が静まり返る。


【【――我が名、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティを以て命ずる。戦闘行為をやめよ――】】


 その青い瞳は、宇宙の深淵より深い闇を映し、なのに、見る者の心に真っ赤な炎を見せた。

 それは、何百年もの間、大国エミリアを守り続けてきた王族の怒り。


【【――聞けぬか下賤のもの。手を止めよ。かしずけ――】】


 味方――だと思っていた僕でさえ、脳が揺さぶられ思わず背筋が震えるような、声色。

 たった一度の声に何百ものエコーが重なって聞こえる。

 そこにあるのは、長い歴史に裏打ちされた、真なる高貴な黄金色の光をまとう、奇跡の血筋。

 気品とか畏敬とか、そんな言葉を超越した、本物。


 ひざを折り、頭を下げたくなる。

 抗おうとする指先に力が入らない。

 恐れ多くてその尊顔を見続けられない。


 誰もがまさに手を止め、彼女の支配の奔流に釘付けになる。

 それは、魔法のように。


 ――そして、広い艦橋に、コンマ何秒かの、しんとした空気が生まれる。

 それこそが、僕の役割を果たす時が来たことを知らせる約束の鐘の音。


挿絵(By みてみん)


〝一瞬であれば私が時間を作れる〝


 彼女が言ったのは、このことだったのか。

 結局彼女がどうするのか知らなかった僕は、でも、彼女を信頼して任せた。

 彼女は、僕さえ知らなかった真なる王女の秘法で、信頼にこたえてくれた。

 だから、僕は僕のすべきことをしよう。


「提督」


 僕は何とか肺を動かし、大きく吸い込んだ息をためて、静かに口を開く。


「僕の話を聞いてください」


 余裕を見せつけるために、言葉を切って鼻息でため息をつく。


「エミリア王国には、かつて地球を滅ぼしかけた究極兵器がある。あなた方がこれ以上進軍すれば、その究極兵器は、ロックウェル連合国に向けられるかもしれない」


 サイラスは、突然感情が抜け落ちたような顔になった。

 ――何を言い出すんだこの子供は?

 そんな顔だ。


「もう一つ、あなた方のジーニーにも聞こえるようお教えしましょう。その究極兵器は」


 僕は、少しもったいぶってもう一度言葉を切り、口元をゆがめて笑いを浮かべて見せた。


「――それは、実を言うと、セレーナ王女殿下が持っているんです。殿下の命令でいつでも動作可能な状態で、あの小さな宇宙船に装備してあるんです。嘘だと思うなら、僕の言葉をあなた方のジーニーで分析してみればいい。でも、僕か殿下を傷つけようとすれば、すぐさま、残ったほうが報復のためにそれを使います」


「何を馬鹿な」


 サイラスは一笑に付そうとした。

 でも僕は彼を無視し、この空間を支配している魔人たちに聞こえるように、静かに続けた。


「艦隊ジーニー。聞こえていたら、最適な判断を頼むよ。きっと状況証拠は全てそれを指示している。いいね。()()()()()()()()()()()()()。この艦隊がさらに行動を続けるなら、それを容赦なく使う。それは、既にこの船に乗っている。君は危険を避けるために戦闘を停止すべきだ」


 数瞬。

 モニターに映っていた戦闘行動フェーズの数字が七から0に戻った。


「ど、どういうことだ!? ジーニー! 行動を説明せよ!」


「サイラス提督、本艦隊は、極めて危険な兵器の射程圏内にあります。その使用者から警告を受けましたため、一旦戦闘を中止します。対話による解決を強く推奨いたします」


「馬鹿を言え! 究極兵器なんてものはない!」


「いいえ、ございます。事実性確認の結果は、九十九.七パーセント」


 平坦な戦艦ジーニーの応答の声。

 そして、ジーニーに全幅の信頼を寄せるしかない宇宙艦隊は、沈黙した。



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― 新着の感想 ―
レイズだ。 さあどうする、お前達のジーニーはフォールドしたぞ。 悪い顔してそう。
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