第五章 真実の航海録【ログブック】(2)
長い道のりを今度は落ち着いて進み、なつかしのスイートルームの扉を開けると、果たして、セレーナは目の前のリビングのソファで擬似重力に身を任せて腕組みしていた。
「……ただいま」
僕が言うと、彼女はいつもの憤まんの顔で僕を睨んだ。
「あなたの言いたいことは分かった。私に助けられて一人で逃げるのが嫌だとか、どうせそんなことなんでしょう。何の力も無いくせに、この私を助けるだとか粋がってるんでしょう。これだからガキは嫌いよ」
彼女は一息に僕を罵った。まったくもってその通りで、訂正するところは唯の一つも無い。
「そうとも。僕は子供だ。君に比べれば情けなくなるほど、何もできない子供だ。だから言わせてもらうぞ。僕は君の足手まといになったって君についていく。何もせずに君を奪われるなんてごめんだ。僕は僕のために君を助けると決めた。君が迷惑がろうと知ったことか。君はちょっと高慢なだけの小さな女の子で僕は知恵は無くとも力のある男だ。だから男が女の子を守るのは当たり前だろう。そんな当たり前のことをする自由を僕から奪い、僕にとって何の価値も無い自由を僕に与える、そんな権利は君には無いぞ。たとえ君がエミリア王女だとしてもだ!」
彼女に割り込まれないよう、僕も一息で言い切った。
さあ、これだけの大見得を切ったんだ。彼女からの反応はどれほどの爆弾となることか。
だけど。
「私を奪われたくない? あなた、私の恋人気取り?」
こ、恋人?
返ってきた爆弾は、僕の想像したものではなく、しかもその威力も大したものだった。
少なくとも、どんな爆弾でもはねつけるぞ、と身構えていた僕に対して、数秒間は顔を真っ赤にさせ、言葉を失わせたのだから。
そういうわけじゃないんだけど……ああ、だめだ、これは何を言っても泥沼だ。
「そ、そんなつもりじゃ……」
思わず言葉を濁すと、ここぞとばかりにセレーナが反撃してきた。
「あなたがそう思ってるのと同じに、いやそれ以上に、私はあなたを守らなくちゃならないと思ってるの。分かる? あなた、どうしてこんな宇宙の果てにいるの? 私が勝手なわがままで地球へ行って、道を歩いていたあなたを強引に捕まえて、またもや勝手なわがままを言ってこんなところまで連れてきたからでしょう? 王族だのなんだの抜きにして、これで私がどれだけの責任を感じてるか、わかんない?」
今度はセレーナがまくし立てる。
だけど、この反撃は、完全に僕の想定範囲内だ。
「うん、全くその通りだ。だったら、巻き込まれた僕の気持ちを優先すべきだ。ここまで巻き込まれて、何もせずに去れ、なんて、ひどい話じゃないか。最後まで付き合わせてもらう」
「でもあなたは地球で平和に暮らす権利がある」
「それと同時に、か弱い女の子を守る権利もね」
「私がか弱い? 呆れた」
セレーナはため息をついた。
彼女は首を何度か横に振ったが、何も言うことがなさそうなので、僕は口を開いた。
「考えたんだよ。僕らにできることは、ともかく、知ることと考えることだ。この旅行は罠かもしれないしそうじゃないかもしれない。きっと事態はどんどん変わる。そんなとき、僕らはとにかくいち早く知り、考えなきゃならない。君とジーニー・ルカ、そこに僕の脳髄を一つ付け足すんだ。考える脳が一つ増えればそれだけ僕らは有利になる。そう思わないか」
僕が言うと、セレーナはソファからじっと僕を見上げながら、
「……ま、あなたの頭脳は、きっと、大したものよ。使い方を多少間違えているみたいだけどね」
それから、ふう、ともう一度ため息をつき、ソファの隣の席を左手でぽんぽんと叩いた。意味が分からずに見ていると、今度は強くソファ面をバシンと強くたたき、ぐいっと指差す。
あ、座れということか。
僕が座ると、セレーナは僕の顔を見もせず、
「同じことを考えていたの。私にできることは知ることと考えること。今じたばたしたってしょうがないって。……そこに考える頭を一つ足すなんてことは考えてなかったけど……そうね、それもいいかもね」
僕をそばに置いて、一緒に戦ってくれる、と。
ほんのわずかでも僕を頼りにしてくれる、と。
それは嬉しい言葉だった。
彼女の左の二の腕に僕の右ひじがかすかに触れ、さっきの言葉を思い出して少しどきっとする。確かに、こんなかわいい子が恋人だったらどんなに素敵だろう、とは思う。
けれど僕にとってセレーナは、あるいはセレーナにとって僕は、きっとそんな対象じゃない。生きてきた世界と持っているものが違いすぎて。
でも、そんな関係よりももっと大切なもの。そう、今や僕と彼女は――。
「――それじゃ、これで僕らは戦友だ。まず、彼らが何を考えているかをできるだけ早く多く知り、それから考えるんだ」
「それは私が言ったことじゃなかったかしら? それも聞かずに暴走して、最後は事故でこんなひどい怪我をしたのは誰かしら」
セレーナはそういいながら左肩で僕の右肩をごつんと小突いた。ほとばしる痛みに、んぐぐとかなんとか、変な声が出てしまっていたと思う。
「そうだったかな、覚えがないよ」
僕は空とぼけて、さらに襲ってきた二度目の小突きを避けてソファの左に体を倒した。
「僕は考えたんだ。もし彼らが君の身柄に興味があるなら――たとえば、君の身柄を人質にして彼らがエミリアから引き出したいものがあるとしたら、なんだと思う?」
僕が倒れたままの姿勢でつぶやくように言うと、
「そうね、まあ、心当たりは山ほどあるけれど」
「けれど、王女を人質にして、つまり、テロリズムでその条件を引き出したとなれば、国際的な立場はまずいことになるだろ?」
彼女は初めて僕の方に顔を向け、驚いたような目で僕を見下ろす。
「あなたからそんなまともな言葉が聞けるとは思わなかった。その通りよ」
ちょっと馬鹿にされすぎじゃないかという気はしないでもないけど。
「だったら、君が人質だったということを一切匂わせずに、彼らがより大きな利権を得るような理屈を組み立てているはずだ。もしそれが分かれば、それを内側からぶち壊しにしてやればいい」
「そうね……」
セレーナは考え込んだ。もちろん僕も考えている。
「商人としての常識に従って動いてくれていればいいけれど。彼らの考えは時々ひどく常識を外すことがあって良く分からないのよ」
それだったら僕も聞いたことがある。商社を母体とした連合国。すべての国が大株主に選出される上院と一般選挙で選ばれる下院の二院制。各国商社の筆頭株主は『連合議会』という法人だが、連合議会そのものも各国の代表から構成される。意思決定の中心が不明瞭な連合国家、教科書通りにそらんじれば、こういう国だ。
しかし、彼らが何かをたくらんでいるにしても何らかの理屈が必要なはずで、その理屈を通らなくしてやればいい。簡単じゃないとは思うが、幸い、僕らにはジーニー・ルカがいる。
彼はセレーナの命令に従ってあらゆる情報を操作する。不正な手段で僕のIDに不相応な権限を付与したり、さも昔からあの船が僕の持ち物だったかのようなインチキをやってのける、大した悪党なのだ。単にジーニー・ルカを通して事前にエミリア本国に警告を発することだって、十分な対抗手段になりうるだろう。僕らの最大の武器は、実のところ僕やセレーナのささやかな頭脳ではなく、魔法の絨毯に乗った頼れる魔人なのだ。
ともかく、考える時間だけはまだたっぷりある。
情報がない以上はこれ以上頭の使いようがない。ちょっと休憩にしないか、と持ちかけると、彼女もそれに賛成し、給仕を呼んでお茶の準備を整えさせた。
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