第四章 戒めの重さ(2)
目を覚まし、自分の状況を再確認してから、キャビンを這い出し、操縦室に向かった。
操縦席にはすでにセレーナがいた。
僕が入ったことに気が付き、振り向いて、早くいらっしゃい、と促す。それにしたがって僕は助手席に座りベルトを締める。
「あまり眠れなくって。ちょっと早めに起きちゃったの。ちょうどラーヴァに着くところよ」
見ると、望遠カメラを通して、海というよりは湖沼がいくつかとその周りに緑が見える以外は黄土色の地表が広がっていた。
事前にジーニー・ルカから聞いた情報によれば、ラーヴァのあるトライジュエル共和国はオーツ共和国と隣り合った国で、そろってロックウェル連合国構成国の一つ。ロックウェルの中ではもっとも地球に近いのがオーツでその次がトライジュエルだ。地球という特異点に最も近いこの二国が、そろって艦隊駐屯地を放棄したという事実こそ、そこに何かがあるのではないかと疑わせるものがある。
惑星ラーヴァは重力気圧ともにやや地球より低く、水循環は半分以下で砂漠がちの気候。望遠カメラに見える黄土色の地表はそんな砂漠のようだ。
「そうか、寝坊するところだった。それで、駐屯基地のことなんだけど――」
僕が言いかけると、セレーナが遮り、
「そのこと。今回もアンドリュー博士みたいな幸運があるか、ってことよね」
「僕もそのことを言おうと思ったんだ」
セレーナは微笑んでうなずく。
「どちらにしろ手がかりは必要だし、じゃあどこに行こうかって」
その言葉に、僕もうなずく。
彼女が全く僕と同じことを考えていたことに、驚きよりも納得感を感じる。
惑星ラーヴァ、と言っても広い。
そのどこかに、何かの手がかりを探しに行くとしたら。
「なるべく、たくさんの資料がある場所に目星をつけておいた方がいいと思うんだ」
僕が言うと、
「……そう来ると思って、ジーニー・ルカに調べておいてもらったわ。第一都市、エル・ウェリントン。そこに、大きな図書館があるの。無茶な権限で破る必要のない、ちゃんと市民に開放されたやつが、ね」
そうして、そこまでの地図が、既に、モニターに表示されている。
「蔵書目録も確認したから。宇宙建造物とか、軍事とか、その辺も充実してる。遠隔で読んじゃうとまたジーニー・ルカがやらかしそうだから、あなたのIDで入館の手続きだけしといたわ」
「……だ、大丈夫?」
「何が?」
「いや、急に歴史学者に目覚めちゃったのかと思って気味が悪い」
ゴスッ、と、膝の下あたりを蹴っ飛ばされた。
「私だってやるときはやるのよ!」
「いたたた、わわわ分かった、ごめん、助かった、ほんとに! てっきりなんかその変なものでも食べ」
振りかぶられる右足。
「ちょちょ、ちょっと待って、ごめんってば!」
僕が痛みをこらえながら弁明すると、セレーナはなんとか二発目のローキックを思いとどまってくれて、ふんっ、と鼻息を漏らした。
そして、宇宙船は降下する。
空気をかき分け、まれな雲に見送られ、宇宙船は郊外の宇宙港(今度は駐車違反の心配の無いところ!)に着地した。
ジーニー・ルカが、乾燥に気を付けるよう注意を促し、僕らはそれを聞きながら、上陸の準備をした。とりあえず宇宙食以外の物を食べに行こう、ということで。
僕は自分のIDを身に着けたことを確かめ、セレーナはお出かけ用の小さなポーチをロッカーから取り出す。
いつものようにタラップを下ろし、僕らがそれを降りたとき、またもや僕らの前に驚くような光景が広がっていた。
ビジネススーツとも礼服ともとれる黒いジャケットを着た男たちが僕らが出るのをぐるりと取り囲んでいたのである。少し向こうには、やはり真っ黒の大きな車。
あー、これはやばい。拉致だ。拉致される。
そんなことを考えて足を止めていると、黒服の男の一人が口を開いた。
「お待ちしておりました。エミリア王国国王陛下御息女、セレーナ王女殿下ですね?」
彼は恭しく頭を下げた。
僕とセレーナは視線を合わせ、お互いに、あ、ついにこの時が来たか、と無言で考えを交わした。王国からの追っ手がついに僕らを追い詰めたのだ。
「いかにも、私はセレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ。あなた方は?」
観念したか、セレーナはむしろ堂々と胸を張って答えた。
「私どもは、トライジュエル共和国外交部のものでございます。大変失礼ながら、殿下がお見えとの報告を受け、外交部にて歓迎のためにお待ちしておりました。どうぞ迎賓館へお越しください」
予想と違う彼の言葉に、僕とセレーナは再び目を丸くしてお互いの顔を見あうばかりだった。
***
ずらりと黒服に囲まれて、でも彼らは僕らを歓迎しに来たのだと言う。
セレーナに小声で、この状況で断るのはさすがに無理、と伝えられ、僕も観念して、彼女と一緒に案内に従った。
車は一時間ほど走り続け、巨大な金融街や官庁通りを通り抜けた先の大統領府の広大な敷地に滑り込んだ。ここに、外国からの賓客をもてなすための迎賓館があるのだそうだ。
全面ガラス張りにしか見えない立派な建物の前で、車は止まった。玄関の奥に控える立派な調度品が外からも見ることができた。
大きな無垢の木製のパネルを背にしたレセプションが僕らを迎える。通路はその木製パネルの両脇に伸びていて、僕らは右側の通路に案内された。
通路は高く明るく、大理石の円柱が五メートルおきに並び、その間は真っ白な壁、ところどころに僕の背丈の三倍はあるだろう大きな扉がある。いくつ目かの扉が大きく開け放たれていて、僕とセレーナはそこに通るように指示された。
僕らが、正確にはセレーナがその会場に入ると、一斉の拍手が沸き起こった。
とっさに『会場』だと思ったのだけど、つまり、それはどう見ても宴会場としか見えない部屋だったからだ。丸テーブルが十二台しかない、外見から想像すれば随分小さな宴会場ということになるだろうが、それでも、四方を囲む重厚なカーテン、床はくるぶしまで沈むかと思うほどのふかふかの絨毯、大きなシャンデリアとそれを囲むように六つの小さなシャンデリア。そこに、セレーナを迎えたおおよそ三十名ほどの、色とりどりのフォーマルウェアに身を包んだ男女たちの姿があった。
もちろん僕は地球を飛び出してきたままの汚い恰好だし、セレーナでさえ、例のフォーマルスーツではなくカジュアルな格好で、そのあまりの場違いさに顔から火が出るような思いだ。
席につかされると、僕らを立って迎えていたうちの一人が、僕らと同じテーブルに歩み寄り、外交部長レナルド・オスカーと名乗った。セレーナも僕もあわてて立ち上がって自己紹介をした。
「初めまして、エミリア王国王女、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティです。こちらは……」
言ってから、セレーナは僕の方を見た。
あれっ、僕はこの場では一体何者だろう。彼女も一瞬の苦笑い。それから、
「えー、地球の、歴史学の学生です。オオサキ・ジュンイチさん。私の道楽に付き合ってもらっています」
と、セレーナは僕の身分を見事にでっち上げた。
「ようこそ我が国にお越しくださいました。エミリア王国の第一王女殿下のお越し、この上ない光栄にございます。」
レナルドは差し出されたセレーナの手を恭しく取ってお辞儀した。官僚の長と国家元首の娘、という関係であれば、儀礼上はやはり国家元首の娘の方が上なのだろうな。
「いいえ、このように盛大に歓迎いただくなんて驚きましたわ。道楽で歴史の研究をしているだけですのに」
普段とは全く違うセレーナの口調に思わず鳥肌が立つ。公式の場ではこれが本当のセレーナなんだろうけれど。
「エミリアの王女殿下にそのようなご趣味があるとは、驚きましたな。ささ、お席をどうぞ。ささやかながら晩餐の準備が整っておりますので」
レナルドの勧めに、ありがとう、と言ってセレーナは改めて席に座った。僕もそれにならって座る。
テーブルマナーという言葉が浮かぶけどそれ以上の知識は出てこない。
絶体絶命だ。
早速運ばれてくる料理。目の前にずらりと並ぶ食器。フォーク・ナイフはどっちから使うんだっけ、なんてことをぼんやりと考える。
「それで、殿下は、どのような目的でわが国へ? 道楽と仰せでしたが」
レナルドが、フォークとナイフを手にしつつも料理に手をつけずにセレーナに尋ねた。
「ええ、少し前に所用で地球に参りましたときに、こちらの者から少し面白い歴史上の新説を聞きまして。しばらくの公務のお暇をいただいて、その新説の研究をしながら遊び歩いていますの」
セレーナも食器に手をつけたが料理には手をつけない。僕はいつ手を伸ばせばいいのだろう。
「なるほど、殿下はお忙しくいらっしゃるでしょうから、しばらくは羽を伸ばして、というところでしょうかなあ」
レナルドがニコニコと笑いながらようやく前菜にフォークを入れたのを見て、ようやく僕も彼が取ったのと同じ位置のナイフとフォークを手に取る気になった。
オレンジとクリーム色の縞模様の塊を一つ口に入れてみる。甘いともしょっぱいとも言えない、微妙な味。美味しい気もするけど、もう少ししっかりした味付けが必要なんじゃないだろうか。そうか、この横に広がっているソースをつけるんだな。もう一つの塊で、ソースをたっぷりとこそぎとって口に入れてみたが、ソースは何の味もしなかった。なんだこれ。
「私など、何の役にも立っておりませんから、こうしてお暇をいただけるのですよ」
セレーナも皿に手をつけながら答え、
「オスカー様こそ大変お忙しいお役目でございましょう?」
と逆に質問をした。
「いえいえ、私などは、さまざまな友好国からの突然の訪問に備えなければならぬ身、殿下の御座船がお通りと聞いてすべて予定をキャンセルして参りました」
「そうでしたか、個人的な旅行で大変なご迷惑を……」
「いえいえ、お忍びとはいえ、一国の王女様がわが国に足を伸ばしてくださるなどこの上ない光栄でございますから。この宴も内々で準備していたのですが、これでも相当な数の脱落者がいたのですよ。お美しいとうわさの王女殿下にお目にかかりたいと手を挙げるものの数と言ったら」
周りを両手で示しながらレナルドが言う。
僕はもくもくと前菜の皿を平らげる。
そういえば、彼らはどこまでセレーナの身の上を知っているのだろう、と考えた。セレーナが身分を剥奪されて追放されたと知っているだろうか、いやいや、だったらこんな歓迎会なんてしないよね。
そんなことを考えていると次の皿が出てくる。今度はサラダのような何か。
「ところで、殿下、その歴史のご研究とはいかなるものでしょう」
とレナルド。
「いいえ、たいしたことではございませんわ。些細なことですから」
「でも地球の学者さん……いえ、まだ学生さんでしたか、そんな方をお連れとなると、これは、人類の神秘たる地球に関わることでしょう」
彼の世間話は続くようだ。
僕は大きなサラダの葉っぱをフォーク一本でどうやって口に運ぶのかに四苦八苦する。セレーナは、実に器用に折りたたんでは口に持っていく。
育ちの差、なんだろうな。
「おおよそそのようなお話ですわ。大昔の地球と周辺国の関係について、といったところです」
「ほう。……ジュンイチ様とおっしゃいましたか、一体どのような新説をお持ちで?」
突然名前を呼ばれて僕はびくりと顔を上げ、口からはみ出している葉っぱをあわてて押し込んでナプキンで口元を拭いた。
「あ、えー、そうですね、大昔に、地球が何か攻撃を受け」
突然右足の甲に強烈な痛みを感じてそれ以降の言葉を思わず飲み込む。
ちらりと足元を見ると、セレーナがブーツのかかとで思い切り僕の右足を踏みつけていた。顔を盗み見ると、にこやかな顔にもかかわらず鬼気迫るオーラを僕に向けている。
あまりの痛みとそれにもかかわらず表情を崩せない苦しみで次の言葉が口から出ない。
「あら、ジュンイチさん、どうなされましたの? あわてて喉に詰まらせたんですね、はい、お水」
セレーナはしゃあしゃあと言いながらと僕に水を手渡し、そのときにまさに怒りの形相というしかない表情を一瞬だけ作って僕を睨み付けた。
そこまでされてようやく気がついたが、僕らがロックウェル領内で軍事に関わりそうなものを探しているなんて彼らに知られるのは、外交問題的にいろいろと都合が悪いのかもしれない。
僕があわてて水を口に含んでいると、
「はは、となると、軍事関係ということになりますかな」
と、僕のわずかな言葉を捕まえてレナルドが言った。
セレーナは僕にだけ聞こえるように小さなため息をつき、
「ええ、大昔の軍事力と軍事技術について、地球とその周辺国については、あまり明らかではないでしょう? 人類発祥の地の出来事にそれだけ不明なところがあるというだけで面白いことじゃありませんこと」
レナルドの言葉に応えた。
「そうしますと、確かにこの惑星にもかつては宇宙艦隊がありましたが、かなり古い時代に連合国と統合しておりますからなあ、あまり、そういったものとはご縁がございませんかもなあ」
「さようでございましょうね。私どもも、資料を当たってもなかなかに古い情報は見つかりませんで、こうして惑星から惑星を当てもなく飛び回っている次第でございますわ」
「しかし、そうであれば、ロックウェル連合国の宇宙艦隊本部のあるエディンバラを訪ねてみてはいかがでしょう?」
サラダの次に出てきたスープはとてもおいしい。でもそれでももう少し味が濃いほうがいいんじゃないかな、なんて思いながら、レナルドの言葉をぼんやりと聞いた。
惑星エディンバラ。ロックウェル連合国の連合議長国ロックウェル共和国、その首都。ロックウェル共和国の首都と、ロックウェル連合国の連合議会、それから、彼の言ったロックウェル連合艦隊の本部がある。
そこに向かうというのは、いいアイデアだと思うし、最後はそこなんだろうな、と思ってた。でも、ジーニー・ルカのやらかしが怖くてちょっと近づきたくないなあ、とも。
しかし、ロックウェル連合国の公認の上でそれができるのなら、全く反対する理由は無いと思う。
セレーナはどう思っているだろう。
「ご厚意感謝いたします。しかし、こちらのジュンイチさんとも相談をいたしませんと」
「そうですか、しかし、ジュンイチ様、いかがですか、なかなかない機会かと存じますよ。連合の軍務統括本部長に確認は必要でしょうが、歴史的資料に限って、であれば、相当なものを御覧いただくご準備が出来るかと存じます。どうか、我々に殿下への礼を尽くす機会をいただけませんでしょうか」
またも彼は唐突に僕に話題を振ってきた。
外交部ばかりか、軍事関係のお偉方の特別な許可付きで、となると、冗談抜きで歴史的な発見がありえてしまう。
悪くはない、悪くはないんだけど、うかつな返事をしてまた足をブーツのかかとで踏んづけられても困るし。
「僕は王女殿下のご指示に従うだけです」
と、これが賢い大人の対応というものだろう。
僕の足にブーツのかかとが落ちてくることも無く、どうやらこれが正解のようだ。
僕の答えを聞いたレナルドもなるほど、と小さくうなずき、
「何はともあれ、私どもの最高のシェフが腕を振るった料理をお楽しみください。今晩は、こちらの迎賓館にお泊りいただけますでしょう? いえ、ぜひそうしてください、最高のお部屋をすでに準備しておりますので。エディンバラの件は一晩お考えの上でも」
「そうね、そうさせていただきますわ」
セレーナは今度は即答した。
正直僕も、いい加減に宇宙船の狭いベッドと簡易シャワーに飽き飽きしてきたところだ。
その後、料理は小さなシャーベットが出てきて、もうデザートなのか、とがっかりしたものの、すぐに良い匂いのする焼きたてのパン、白身魚をカリカリのパイで包んだもの、牛肉か何かの茶色いソース煮込み、もう一回サラダっぽいものが出てきて、最後に色とりどりの山のようなデザートの盛り合わせ、と続き、途中からおなか一杯で難儀した。
セレーナは、さすがと言うか、出てきたものを片っ端から食べたりせず、無理なくすべてを楽しめるだけの量をとっていた。
頼りないところも時々見えるけれど、やっぱり、こういう世界のことにかけては、彼女は僕よりずっと物知りだし場馴れしていて、それが頼もしいと思う反面、少し悔しいような寂しいような気持ちも覚えた。
レナルドとの続く会話は、セレーナとの間で最近エミリアはどうですかとかなんとか、という感じであまり僕の出る幕はなく、一度だけ、レナルドが昔地球に行った時に訪ねたどこそこは今はどうですか、なんてことを僕に訊いてきたものの、極東の列島から初めて足を踏み出したばかりの僕には何も答えることができず、会話という会話になることはなく終わった。
そのあとは、出席者たちの入れ代わり立ち代わりの拝謁の対応にセレーナは忙殺され、僕はただそれを見ているだけだった。
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