第三章 空想の羅針盤(10)
なんとか危機は脱したけれど、このまま穴から出たら再びミサイルに取り囲まれることになるだろうし、更なる攻撃で穴をすり抜けてしまってくるミサイルも出てくるかもしれない。まだ僕らは危機の真ん中にいる。
「ともかく防空システムを止めよう」
僕は次にすべきことを口にする。なぜか、僕は驚くほど冷静で。
「どうやってよ、できっこないわ」
セレーナは、操縦席のひじ掛けを掴んだ指を震わせている。
「どうして。余力情報を移し変えたり公文書システムに不正アクセスしたり船籍情報を改ざんしたりできるじゃないか、ジーニー・ルカは」
「相手は軍事システムよ、話が違うわ」
本当にそうだろうか。
政府用のシステムより軍事用システムの方が上等だと決め付ける理由は無い気がする。
「ともかく試してみようよ。ジーニー・ルカ、この基地の防衛システムのことは分からないかな」
セレーナの懸念を無視して、僕はジーニー・ルカに尋ねてみる。
「……恒星光エネルギーシステムによる恒久管理システムの存在を確認しました。システムプロファイルから、ジーニーであると思われます」
「それは接続可能な?」
「はい、オーダーを下されば、無線システムにより接続が可能です」
ほら、案ずるより産むが易し、だ。
相手が何だったって、結局は情報システムの一種なんだから、何らかの形で会話はできるはずなんだ。
「じゃあ、接続して、攻撃をやめてもらえるように交渉してくれないかな」
きっとジーニー同士ならそんな会話もできる。
「かしこまりました。しばらくのお時間を下さい」
だめで元々、と思いながら交渉まで任せてみると、案外すんなりと頼まれてくれる。頼りがいのあるやつだ。
「すごいんだね、ジーニーって」
わずかな時間、僕がつぶやくと、
「……そんなこと、頼んでみようとも思わなかったわ。むしろ私がびっくりしてるわよ」
セレーナは、僕の感想を驚きの表情で受け入れた。
「あなたって、やっぱり情報科学の才能があるのかもね。私より使いこなしてる」
「そ、そうかな」
真っ向からほめられると悪い気がしない。
そう言えば、アンビリアで文書検索クエリを作っているときも似たようなことを言われた気がする。
そんなことを考えているほんの一分かそこらのうちに、ジーニー・ルカが、完了した、と告げてきた。
「当該防衛システムはこれ以降本船を敵性でないと判断する情報を適用しました。これより安全に付近を航行可能です」
あれこれの不正をしなくても、きちんと手続きをすればそもそも大丈夫、っていう話だったんだろうな。
本当にそうなのか確かめなくちゃならないのかもしれないけれど、結局確かめる手段は自分がミサイルの標的になってみるしかないわけで、いったんはジーニー・ルカの言うことを信じるしかない。
「これで安全になったとして……さて、じゃあ、ここで究極兵器を探すわけだけど」
僕は改めて前照灯でさえ照らしきれない真っ暗な闇を船窓から覗き込む。
「え、その、この状況で?」
「この状況だからこそ。今この時間を無駄にしたくない」
僕はそう言ってから、ふと思いついた。
時間を無駄にしない、最良の手段。
ジーニー・ルカは、この基地のジーニーにつながってる。究極兵器があったかどうか問い合わせるだけ。現物より資料。
「ジーニー・ルカ、どうだろう、地球のクレーターを掘るのに十分な兵器があったかどうか、ここのジーニーに訊いてもらえるかな」
「かしこまりました。……回答です。この基地にはそのような兵器はございませんでした」
彼は、僕のオーダーに瞬時に反応し、瞬時にがっかりな答えを返してくれた。
「基地のジーニーの推測は?」
「同様です。該当する兵器の存在を支持しておりません」
重ねてのがっかりだ。
僕はちょっと肩を落としながら、セレーナをみやると、彼女は、まだうつむいて顔を青くしている。
確かに、さっきの状況から冷静に立ち直れた僕の方がおかしい気がしてきた。
「じゃあ、ジーニー・ルカ、たとえば、この基地に駐屯していた艦隊が地球を訪問した可能性は?」
僕は質問を変えた。もしその兵器が注意深く隠されていたとしても、艦隊の行動の記録まで消しきれるものではないと思ったからだ。
「……基地のジーニーとロジックメモリを同期して調査しました。過去に駐屯した艦隊が地球方面に向かった記録があります」
……やはり。
きちんと、アンビリアの記録とは、符合する。
究極兵器を積んでいたかどうかは、分からないわけだけど――
そんな時、僕は、もう一つ、大切なことを思い出した。そう、僕らの旅を承認した英知の結晶の、その特別な機能を。
「ジーニー・ルカ、直感で答えて。僕が究極兵器と呼んでる――地球を支配するに至った兵器は、ここオウミに、過去五百年のどこかに、存在した?」
「ジュンイチ様、前にも申し上げたとおり、ジュンイチ様のお考えの兵器は存在します。もちろん、ここオウミにも」
ジーニー・ルカは、直感で、断じた。
ここ、オウミに、と。
僕が確信を深めている一方で、ちょっとセレーナの様子がおかしいのに気づく。
そう言えば、一言も発してなくて。
「……セレーナ?」
呼びかけてみる。
「……ねえジュンイチ」
彼女は、うつむいていた顔を上げた。
「その……こんなこと、続けるの?」
「え?」
僕は彼女の言葉にひっくり返りそうになる。
今まさに、秘密に手がかかったところなのに。
「今……あなた、死ぬところだった」
……それは、否定できない。
麻痺していた恐怖が、すうっと心のそこのほうに満ちてくる。
そうだった。あのミサイルの破片一つ当たっただけで、この宇宙船の隔壁は破れて、気密を無くした真空で僕らは干からびて死ぬところだった。
「このまま、もっと危ないことをして、いつか……」
「……ごめん。そうだった。君を命の危険にさらした」
「私のことはいいの! どうせ死んでるもの。でも、あなたまで死ぬことはない」
そんな風に言われると、立つ瀬がない。
僕はセレーナを助けるために立ち上がって、飛び立った。
真面目に考えると。
こんなおとぎ話を持ち帰ってセレーナが一発逆転なんて、幼稚にもほどがある。
「だけどそれじゃ……」
僕がいる意味が無い。
きっと彼女は僕を地球に放り出して宇宙に逃げ出して。
きっと人生の一部分を贄にして摂政と仲直りするんだろうけれど。
……なんだか、つまらないな。
つまらない。
単純にそう思った。
価値のないものをいくら掘っても、それでいくら命を危険にさらしても、意味がないというのなら。
意味は、あるのだろうか。
誰かに、意味がある、と言ってほしかった。
諦めそうになっているセレーナじゃなくて、誰かに。
「……ジュンイチ様」
ジーニー・ルカが、突然声を発する。
「ご心配、ご理解しているつもりです。どうぞ、私をうまくお使いください」
……!
そうだ。
僕らには、頼りになる魔人がいる。
だから、僕はもう一度、あの機能を起動するのだ。
「ジーニー・ルカ。直感で推測して。その究極兵器は、もし今の宇宙戦争に持ち込んだら――戦局を一変させるようなものだろうか。言い換えよう、もしその情報をエミリア王国の首脳に渡すとしたら、引き換えにセレーナと僕の罪を帳消しにするほどの譲歩は引き出せると思う?」
「その兵器に戦局を変化させる力はない可能性が高いです。しかし、情報そのものが国際交渉上の価値を持つ可能性があり、おおよそご想像通りの譲歩は十分に期待できます」
ものすごく薄い周辺情報だとか状況証拠に従って、多分ジーニー・ルカはその存在を直感で信じているのだろうし、その情報の薄さこそが情報の価値の高さだと判断している。そう、これは多分、兵器そのものではなく、その兵器の正体という情報こそが、本当の価値だと、彼は言うのだ。
「……というわけなんだ、セレーナ。どうやらルカはまだ究極兵器の存在を信じている。艦隊が行動した記録もある。僕はまだあきらめようとは思わない」
あきらめる必要なんて無い。
「それは、あなた自身の歴史的新説を証明するため? それとも――」
「究極兵器の情報を得て君が有利な条件でエミリアに戻るため。そのどちらもさ」
僕が言うと、セレーナは少しうつむいて考えているようだった。
「前にも言ったけれど、私が少し我慢して彼らに譲歩すれば問題はすべて片付くのよ。それでもこの無謀な旅を続ける?」
もう一度顔を上げながら彼女が僕に尋ねる。
「無謀とは思わない。これからは、もっと慎重に進めるよ。それに僕だって底抜けのお人よしのつもりは無いよ。いずれは僕はこの船で地球に逃げ帰って、自分の身の安全だけは確保しようと思ってる。君の身柄は地球の新連合にでも引き渡そうと思ってる」
僕が言うと、セレーナは口元に少しだけ笑みを浮かべた。
「……ふん、あなたちょっと馬鹿正直すぎよ。もう少し駆け引きってものを覚えたほうがいいわ。私は、あなたを無理やり王国に連れ帰って身柄を引き渡せば、少しだけど有利な交渉ができるのよ。その可能性は考えないわけ?」
「えっ」
考えもしていなかった。
そうか、確かに、彼女は重犯罪人の逃亡を幇助したという意味でひとつの罪があるかもしれないが、何かの目的で身柄を拘束していただけだ、ということになればまた解釈は違ってくる。
「でしょうね。さて私は、結局は私の身柄を地球政府に売り渡して保身を図ろうとしている男を船に乗せていることを知ってしまった。私自身はその男を見捨てればさほど悪くない取引ができるかもしれないことを知っている。加えて、この船にいる限り、私はジーニー・ルカに命じていつでもあなたの自由を奪えるわ。さて、じゃ、もう一度訊きます。『そんな無謀な旅』をまだ続ける?」
彼女の言葉に僕は考え込んだが、しかし、その彼女の言葉こそ大きな矛盾を持っていることに気がついた。
彼女の挑戦的な笑顔が、それを裏付けている。
そう、これは挑戦状なのだ。
だから、僕は答えを出す。
「もちろん。僕を馬鹿正直と言ったけど、君はどうなんだい。君がオーダーひとつで僕を拘束できる、僕はそんなこと想像もしなかった。駆け引きを覚えろと言う割には、君はずいぶん僕を信用してくれているようじゃないか。だったら、僕もそれに信用で返そうと思う」
僕が言うと、とたんにセレーナの顔は真っ赤になった。
「なっ、何を言ってるの! わ、わた、私にだってまだ奥の手くらいあるわよ! 馬鹿にしないで!」
彼女はそもそもおっちょこちょいなのかしっかりしているのか、この時点で僕はさっぱり分からなくなっていた。
だけど、きっとどちらの面もあるんだと思う。大国エミリアの王女と、十六年しか生きていない女の子、その両方が彼女の中にあるのだから。
「もういいわよ、行くと言うなら行きましょう! あなたの言うことなんて分かってるのよ、どうせ次の目的地は、もう一つの放棄基地のあるところでしょ、惑星ラーヴァ!」
お怒りか照れ隠しか、彼女は真っ赤な顔のまま僕らの行き先を強引に決定し、そうして僕らは惑星オウミの空を離れることにした。




