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魔法と魔人と王女様――情報の魔人と重力の魔法で僕と王女の宇宙攻略(ハック)――  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様

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第三章 空想の羅針盤(8)


 研究所でアンドリュー・アップルヤード氏への取り次ぎをお願いすると、すぐに彼の研究室に通された。予想に反して、研究室持ちの本当の研究者らしかった。

 さらに予想に反して、デイビッドの酒飲み友達なら、酒焼けしたガハハと笑うタイプのおじさんが出てくると思っていたところに、スマートな印象の青年研究者と言ってもいいような人物が出てきたのだから、僕の困惑は極まった。

 彼、アンドリューは、ぼさぼさの赤毛と細長い顔、縁の薄い丸っこいメガネをかけ、僕より頭一つ分長身で、ドレスシャツとベージュのスラックスを几帳面に見えないように着くずしながらもだらしなさが微塵もない、魔法のようなモードをまといこなしていた。

 僕らが部屋に入ると、もうずいぶん前から用意されていた接客用ティーセットが僕らの前にあっという間に展開し、アンドリューが淹れたての紅茶をふるまってくれた。


「聞いてるよ、さっきデイビッドから連絡があってね、ジュンイチ君とえーと?」


「セレーナです」


「――ああ、セレーナさんって言うんだね、ようこそ。こんな仕事をしていると、こんな訪問もうれしいものでね、しかも、地球からだって? 僕もあの人類発祥の星には一度でいいから行ってみたいと思ってるんだよ。そんな星の人が、こんな何の特徴もない惑星に興味を持ってくれるなんて、うれしいね」


 アンドリューは、仕草だけで僕らにお茶をすすめながら、とても親しげに僕らに語りかけてきた。


「それで、どんなことを調べてるんだい?」


 ずばりと本題に入っていいものかどうか僕が少し悩んでいると、その隙をついて、


「昔この国は宇宙艦隊を持っていたんじゃないんですか、ロックウェル連合国軍とは別に」


 セレーナは何の躊躇もなく訊いた。


「ああ、そうだね、連合国軍が統合される前は、連合国の構成国はみんな独自の軍隊を持っていた。装備も規則も組織もバラバラでね、連合国軍として統合するのは、それはそれは大変な事業だったみたいだね、えーと」


 と言ってアンドリューは手元の端末を操作していくつかの数字といくつかの単語を入力し、出てきたリストから一つの文書を選んで表示した。


「ほら、これが、それに関する論文の一つ。ロックウェル連合国の安全保障上の統合過程における課題と解決に関する考察」


「へえ、面白いですね、――うわあ、こんなに参考文献が」


「そうそう、よくまとまってるんだよ、本文より参考文献の方が価値がある。僕のお気に入りの論文の一つで」


「いや、すごいですよ、この論文一本で当時の――」


「ジュンイチ、本題」


 僕とアンドリューがその論文を眺めていると、なんだか横からセレーナに急かされた。それで僕も本来の目的を思い出す。


「……それで、その、今は連合国軍に統合されているとは思うんですが、当時、共和国軍だったころの遺構というか、なんというか、そういうものがないかと」


「遺構? たとえば、駐留基地のようなものかな?」


「ええ、艦船や艤装の保守だったりそういうことをするための基地のイメージです」


「なるほど、古い軍事基地の考古学的研究、そんなところかな? だったら、オウミに目を付けたのは慧眼かもしれないね。あまり公式の文書には載ってないし、何しろ地表から百万キロメートル彼方で観光地にするわけにもいかないけれど、三百年前に放棄された駐留基地がそのまま残ってるよ。どこで知ったんだい?」


 三百年前。まさに系外惑星期でいうところの中世が近世に移行するその時代だ。系外惑星期は、古代、中世、近代と区分されていて、古代は惑星領土そのものを軍事力でとりっこしていた時代、『すべての戦争が違う方法で解決された』と言わしめるほどに、一つとして同じ軍事的常識をもとに行われた戦争がない。それに対して、中世は、『戦艦を中核とした宇宙艦隊による艦隊決戦』という解決法が生まれたことで定義される時代だ。この頃になると惑星の取りっこよりも貿易ルートの陣取り合戦になる。そして近世は、軍を動かしただけでほぼ戦闘になることなく多くの利権がやり取りされるようになった時代。つまり、中世から近世への突入は『艦隊決戦という手段の放棄』であるわけで、オウミの基地と艦隊が放棄されたのも――。


「そうそう、よく調べてるね」


「え?」


「……全部口に出てたわよ」


 ……ぎゃー。


「す、すみません、そんなわけで、ちょ、ちょっとオウミが昔艦隊を持っていたという記事を目にしたもので」


 と、そこまで言いかけてから、僕は、アンドリューにどこまで話していいのだろうか、と迷う。

 セレーナの顔色を窺ってみたが、それに気づいたセレーナは片眉を軽く上げて見せただけだ。お好きにどうぞ、というジェスチャーのようだ。

 彼女にとってはいくらジーニー・ルカが認めたと言っても眉唾の空想話に過ぎないわけで、それこそ、ここで突飛な異説を唱えて恥をかくのはご自由にどうぞ、ということなのだろう。

 でも、僕としては、本物の歴史研究家に僕の説を試してみたくなってしょうがなかった。

 だから、僕は、ちょっと回りくどい言い方になるのに気付きながらも、言葉を継いだ。


「えーと、その、……その大昔の共和国宇宙艦隊が、地球を侵略したとか、そういう痕跡がないものかと」


「共和国軍が? 地球を? ……うふっ、はっはっはっは」


 僕が言った意味をちょっと考えてから彼は大笑いし、続けて、


「ごめんごめん。共和国軍は、当時はまだまだ宇宙でも小さな部類のものだったよ。今と同じ、一行動単位は戦艦六に護衛艦十八、補給艦など補助艦艇が三十六。最盛期でもそれが三つだけ。防衛には十分だけど、地球に攻め込んで一隻でも無事に帰れるとは思えないね」


 きっと専門でもないだろうに、アンドリューの口からはすらすらと当時のオウミ軍の陣容が出てくる。きっと彼にとっては意識すらしなくても引き出せる知識の一つなのだろう。


「たしかに、三行動単位ってのは、この小さな共和国には過剰戦力だと思えるかもしれないけれどね、結局それ未満の戦力だったころには何度も帝国主義国家の侵略を受けているんだ。なんとかロックウェル連合が手前で阻止してくれたんだけれどね、駐留艦隊が二行動単位ってのは、帝国にとっては侵略をためらう理由にはならない、歯牙にもかからないような戦力だったってことさ」


「でも過剰戦力ではあった」


「そうだね、まあありていに言って国を傾けかねない維持費がかかるものではあった」


「じゃあ、元を取ろうなんて思いませんか?」


「元を……ふふ」


 アンドリューはおかしそうに笑うが、それは僕を馬鹿にしているようではない。新しい考えにときめいている顔。なんだか、嬉しくなる。


「地球は、今、軌道上までは宇宙人の……アンビリアの支配下にあるわけじゃないですか。でも、アンビリアが独自の軍事力を持ったことは今まで一度としてなかったことは明らかなんです。となると、アンビリアに近くてほどほどの軍事力と強力な後ろ盾のあったオウミの艦隊が地球を……そんな風に考えていて」


「ふむ。もともと地球国家の間では宇宙空間の領有を禁止する条約を結んでいた。だから、初の系外惑星国家アンビリアが初めての条約非批准国として成立すると、国境の置き場所に困ることになった。そこに、宇宙貿易国家としての自主性と自律性という課題が絡み、結果として宇宙空間の基地の領有権をアンビリアに認めることに。この定説に対し、逆に、アンビリアが『地球のカノン基地』という超特級の権益をあとから何らかの手段――紛争的なで奪取した、と?」


「はい。確かに定説には傍証はたくさんあります。しかし、どうしても解せないのが、それと同時にたくさん残っている別の証拠なんです。たとえば――」


 僕は、僕自身の説を裏付ける大昔の新聞記事の切り抜きを自分の端末に表示して示した。


「――『地球の主要国家、宇宙人の圧力に屈する』なんてこの記事や、『北米に未知の攻撃、宇宙人の侵略!』、ゴシップ記事だと思うんですが、こんな記事、冗談記事にしても、なぜこんなに似たような論調の記事が残っているのかが不思議なんです」


「ははぁ……」


 アンドリューは僕の端末を覗き込み、次いでそれを手に取るとくるりと回して記事を熟読した。


「『北米中部に謎の攻撃、正体は不明、新型兵器か』……この写真は……『西部アルカトラズ島にも見えない爆弾が降り注ぐ、逃げ惑う市民』……良くこんな古い記事を集めたものだ。感心するよ。でもちょっと……日付が全部、標準歴六百年頃か、今から四、五百年くらい前だね、このころはもうロックウェル連合の統合は終わっているよ。ついでに言うとこのころにはすでに宇宙の関心は地球航路ではなくて、なんて言ったかな、あそこだ、ほら……エミリア、特殊資源を産出するあの惑星の航路に集中し始めたころだ」


 思わぬ形でセレーナの国の名前を聞いたもので、僕は自分の顔色が変わったことに気付いたが、セレーナはどこ吹く風だ。なんというか、さすがとしか言いようがない。

 僕は、わざとらしく聞こえなければいいがと思いながら、一度咳払いをしながら口元に手を当て、顔色の変化をごまかす。


「いやそれが、なにぶん古いアーカイブなので暦が狂ってて……お互いに同じ頃の記事だってことは分かるんですが」


 僕が言うと、そうか、暦か、とつぶやきながら彼は何度も記事を読み返している。


「本当に、あれには困るね、実際。標準歴になってから全部統一されたかと思っていたら」


「そうなんです、一部のメディアは面倒がって二千年もずれた西暦と新暦をそのまま使って。適当に足し算引き算で読み替えるもんだから」


「その読み替えがどうしてうまくいかなくなったか、知ってる?」


「どこかで面倒になってしまったんじゃないんですか?」


「違うのさ。実はね、もっと単純な話。そういうメディアが、倒産したのさ。暦の改定も面倒に思うようなメディアが何百年も生き延びられはしない。で、そのメディアのアーカイブを引き継いだ継承企業はこれまた自社ルールで暦を読み替えるものだから」


「な、なるほど! そんなのが積みあがったら、確かに何百年もずれてもおかしくないですね」


「そんなよもやま話が載った面白い本があるよ、えっとね――」


「あ、アンドリュー博士、すみません、その本、あとでメッセージで送っておいてください。きっと忘れちゃうので」


 と、セレーナが口をはさんで、腰を浮かせかけたアンドリューが、そうだね、といって腰を下ろした。

 せっかくいいところなのに。でも、その本、いつか買って読んでみよう。


「……そうそう、ゴシップの話だったね、それ、コピーもらえるかな、僕の方でも調べてみたい」


 僕がコピーを彼の端末にビーム送信しながら、続けて、


「さしあたって知りたいのは、もしこれが本当の出来事だとすると、誰がこれをやったのかということなんです。アンビリアで、ある時期、オーツ共和国の艦隊が補給を受けていたという記録を見つけたんです。もしかすると、地球侵略にオウミの艦隊が動いていたのではないかと思ったのです」


 そう言うと、アンドリューはもう一度笑った。

 そのアンドリューの反応に気を良くしてセレーナをちらりと見ると、なんだか生暖かい目で僕らを見ている気がする。……気にしないことにした。


「なるほどなるほど。面白い説だ。そのアンビリアでの記録とやらが確かな記録なら、そんなこともありえたかもしれないね」


 彼の促すような視線は、たぶん、その記録、つまり、あの門外不出の超機密資料のコピーも欲しい、という意味なんだろうけれど。


「はい、あ、いえ、その記録はちょっと、すぐにお見せできるようなものではなくて……アンビリアからも持ち出せないもので……」


 まさか国家元首特権で閲覧した資料とは言えないし、と僕がまごまごとしていると、彼は何かを察したらしく、微笑んでうなずいた。


「ああ、なるほど、分かった、そういうたぐいのものだね。よくあることだ。で、遺構を調べれば、何か痕跡が、と?」


「はい。その、言うなれば、究極兵器、とでも呼ぶような秘密兵器があったのではないか、と。それこそたった三行動単位で地球を降伏させるような。さっきの娯楽記事の新型兵器云々は、誇張でもなんでもなく、地球人にとっては全く未知の攻撃だった、そう考えると、いろいろとつじつまが合うんです」


「ふむ、もしそれが存在すれば、確かに、基地に痕跡が残っていてもおかしくない。なおかつ、それは非常に注意深く隠される必要がある、何しろ地球の大陸を吹き飛ばすほどの威力だ」


 僕の言いたいことをアンドリューは一息に言い切ってくれた。


「僕の常識で言わせてもらえれば、それほどの兵器の存在を何百年も隠し通せるものじゃない、ということになるんだけどね。だからこそ、その常識のヴェールで隠された兵器が本当に存在する可能性を否定できなくなる。面白いね」


 そう、その常識。当たり障りのない定説。そういったありとあらゆるものが、実は究極兵器を隠すための陰謀なのかもしれない。

 僕はうれしくなって、ちょっとはにかみながら何度もうなずいた。


「そうだとすると痕跡を探すのは骨が折れるね。それこそ、現物を見るしかない。ここオウミと――そうだな、もう少しロックウェル領域内側のトライジュエル共和国の惑星ラーヴァ、ここにも大きな基地があって、放棄されてるから、そこもヒントになるかもしれない」


 彼はそう言いながら紅茶をすすった。


「本当ですか、ありがとうございます」


 とちょっとうれしいヒントに喜色を浮かべると、


「ちょっと調べてみるよ、面白いものを見つけたらきっと連絡する」


 間をおかず、彼がこんな提案をしてきたのだから、さらに顔は緩んだだろう。


「そんな、悪いですよ」


「いいんだよ、いろんなテーマに手出しするのは僕の趣味だから。むしろ面白いテーマをくれて感謝したいくらいだ」


 そう言われると、むげに断るのも悪い気がして、お礼を言うしかなかった。

 僕も彼にならって紅茶をすする。甘い、とでも表現するしかないような香りが鼻をくすぐる。

 論文や史料に囲まれこうやってのんびりと紅茶をすする生活。

 うらやましいな、と思う。

 今の僕はただの歴史マニアだけど、いつか、彼みたいな歴史研究家になれたら。

 そのあとの雑談の中で僕がそんなことをぼそりとつぶやくと、


「僕も君のように身軽だったら、すぐにでもアンビリアに行ってみるところだけれどね、大人になって社会に所属するってことは、いろいろな自由を捨てるってことでもあるんだ。だから僕から見れば君がうらやましいよ」


 彼はしんみりとうつむいた。


「期待しているよ、来年の歴史学会には君の名前が輝いているかもしれない」


「期待に応えられるか分かりませんが、ありがとうございます」


 彼の代わりに、もうひとっとび、ふたっとびくらいはしてもいいかな、なんて思う。

 それが僕ら子供の特権なのだと言うのなら。

 もし何かを見つけたら、きっと彼に伝えよう。

 最後に、僕は彼の両手をとって感謝の意を示し、別れの挨拶を交わして、研究所を辞した。


***


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