第一章 切符と代償(1)
★三部作第一作、SFミステリージュブナイル開幕
第一部 魔法と魔人と王女様
■第一章 切符と代償
――千年間、地球は宇宙人に支配されている。
なんてことを言うとまた頭の固い友人たちに笑われそうだけど。
高校二年の秋の考査が終わって、川沿いの土手道を一人で歩いていると、ふとそんなことを考えてしまう。
西の空には色を濃くしつつある雲がなびき、きっときれいな夕焼けになる――その茜色を背景に、何機もの灰色の宇宙貨物船が、白い飛行機雲をたなびかせながらゆっくり飛んでいる。
時々地球に来ては地球では枯れた資源を高値で売りつけて帰っていく。
あの船に乗っているのはきっと、ずっと昔に地球を捨てた宇宙人たちばかり。
地球の人間で、あの宙を飛べる人なんて、一握りだ。
僕らはずっと飛び立てない。
歴史の試験が、問う。
”問:なぜ、地球上空の星間跳躍設備『カノン』は隣国アンビリアの主権下にあるか。その経緯を述べよ”
教科書的な模範解答は、こうだ。
”旧連合所属国の宇宙の領有を禁止しながら宇宙貿易網の調和ある発展を目的とした、主権的委任管理体制への移行のため”
でも、僕はこう書いた。
”アンビリアが地球を爆撃し宙を奪っていったから”
採点、ゼロ点。赤ペンで大きくバツが付けられた答案は、今ポケットの中でくしゃくしゃに丸まっている。
だから、支配されているということさえ、気付いていないんだ。
それにさえ気づかず、ずっと日常の地表を這いずる人生。
そして、それは、日常に縫い付けられた僕そのもので。普通の高校で普通の友達と普通の考査を受けて普通に居眠りして普通に――。
だから僕はたった一人、わざと地下鉄を使わず、妄想の中に非日常の刺激を求めて、延々と続く土手道を歩く。
――こんな日常、壊れてしまえばいいのに。
――
――
「あなた、この辺の人?」
はっと顔を上げる。
妄想の視界が突然現実に戻ってくると、『それ』は否応なく僕の目に入った。
そこに、美少女が、立っていた。
全てが黄昏色に落ちていこうとする世界で、輝くような黄金が浮き上がり、そこだけが別世界のように。
金色の腰まであるストレートの長い髪に白い花をあしらった大きなリボン。
オレンジのシンプルな縁取り模様が少し施されただけの真っ白なぴったりとしたスカート丈の短いワンピースに、これまた白に金色装飾のロングブーツ。腰には白いホルスターのようなもの。
端正な顔立ち。左右対称のパーツ、大きな目の中にはブルーの瞳。
まるで、灰色の世界にそこだけ鮮やかな絵の具をぶちまけたような。
――しばらく、僕は目線を奪われて、動けなかった。
「この近くにテイトホテルってあるでしょ、どこ?」
と、僕がフリーズしていると、彼女は少しいらだちの色を交えながら次の言葉を発した。
今さら冷静に観察してみると、ちょっと小柄な体つきは、たぶん僕より少し年下。
土手の向こうから駆けてきたのだろう、少し息を弾ませた彼女は、どうやら僕に話しかけているようだった。
「あっ、えーと、帝都ホテル? 日比谷……って言えば分かるのかな、えーと、それとも東京?」
そして、僕はとっさに答えていた。
それは、この地域がかつて帝室を頂く国だったころに創業した格調高きホテルの名だったから。
歴史家を目指す僕にとっては必修科目。
美しかった自由の時代を象徴する生けるモニュメント。
その美しいたたずまいは帝都と呼ばれた東京を見下ろし――
「そ。どっち?」
僕の妄想を中断するように、彼女がそっけなく聞いてきた。
……どっち、かあ。
どっちもこっちもなくて。なにせここ横須賀から日比谷までは五十キロメートル以上ある。
「……念のため聞くけど、どうやって行くつもり?」
普通に行くなら地下鉄、でもシャトルバスもあるし、最悪タクシーという手もあるし。
「この国じゃあちこちにIDのパブリックスキャンがあるんでしょ? かからないルートがいいわね」
僕の問いを盛大に勘違いしながら、彼女はさらに勘違いなことを口にする。
――パブリックスキャンに引っかからない?
それはまるで犯罪者の思考。
なんだなんだ、これ、僕、なにか犯罪に巻き込まれるところ?
ちょっと心が逃げる準備を始めたところで、何かを察したのか、彼女はすっと姿勢を正して、僕に正対した。
「……申し遅れました。私はセレーナ。セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ。エミリア王国国王第一息女、第一位王位継承権者の身分にあります。お疑いのこととは思いますが、どうか、案内をお願いします」
王女様、きたー。
……思わず脱力ツッコミ。
「王女様ですか。その、――エミリア王国の」
「ええ、そうです。王女としてのたってのお願いでございます」
そして、わずかに頭を下げる礼。
気品という言葉の意味を初めて知った気分。
確かにその所作、どこかの王女様と言われても分かる気がするけれど。
でも、それよりも、妄想に取りつかれたちょっとアレな女の子だと言われた方が説得力がある。
――道を聞かれただけだし、教えてあげるくらいなら。
それに、仮に犯罪者だとしても、なんというか、正直に言うと、ちょっとだけわくわくしてる。
ついでに言えば、こんな美少女とお知り合いになれるチャンスだし。
僕の中の偽善者と破壊者とほんのちょっとの下心が、僕を後押ししてくる。
だから、ちょっと世間知らず(?)な王女様に、まずはごもっともな指摘をしてみよう。
「ひとまず分かったよ。でも、パブリックスキャンにかからないなんてことは不可能だよ。駅も道も、タクシーの車内でさえ、パブリックスキャンは張り巡らされてる。IDはごまかせない」
ほんとに知らないのかな、IDのヤバさ。謎技術、ID。
もちろんそれが身分証だというのは確かなんだけれど、『本当に本人が持っているかどうか』を判別できる。指紋だの脳波だの遺伝子組成だのをいじくっても無理、何かそういうのとは根本的に違う仕組みらしい。それを、僕らは生まれたときからその身のそばに置いて暮らしている。だから、それをごまかすなんて不可能。
「……この辺りでも、そうなのかしら?」
あ、さすがにその辺はわきまえてるらしい。
「そうだね、抜け穴があったって話は聞いたことがない」
僕が言うと、彼女は少し考え込んで、ちょっと上目遣いで僕を見つめてきた。
「……もし方法があるとして、あなたに協力してもらえば、できるとしたら?」
「……方法?」
「協力してくれるなら」
まだ秘密ってこと?
とはいえ、ちょっと答えに窮する。
ガチの犯罪だったら困るし。
そんな僕の逡巡にしびれを切らしたのか、彼女は辺りを見回しながらため息をつき、
「急いでるの。ダメならダメでいいから」
その様子、たぶん、僕の次のいけにえ――もとい、協力者がいないかを探している風だ。
ここで僕が断ったら次にどんな行動に出るか――。
同じように適当に協力を求めていろんな人に声をかけて歩いて。
なにせ、この美貌だ。
いずれ騙されて妙な連中に――
――彼女のその後を想像して何年も後悔しそうな気がしてきた。
僕の中の偽善者が一気に勢力を増す。
「……危ないことにならないなら」
その未来の後悔に突き動かされて、僕は曖昧ながらも肯定的な返事をした。
「ありがとう! 急いでるから話しながら向かいましょう! どっちへ?」
「日比谷までは50kmもあるから、地下鉄」
「地下鉄……じゃあ、この近くに入り口があるのね?」
ひとまず僕はうなずいて、地下鉄の方を指して先に立って歩くことにした。美少女は斜め後ろをついてくる。
そして歩きながら、こっそりと、自宅で小料理屋をやっている親父にヘルプ要請。
『ヘルプ急募。謎の金髪美少女に絡まれた。自称王女様。東京まで案内希望、ちょっと頭をアレしてるかも。病院からの脱走疑い。放置危険』
メッセージを送りながら、たずねる。
「……でも、パブリックスキャン、どうするの? 地下鉄の改札にもあるんだけど」
そもそもスキャンにかからない方法が? ……んなわけあるかと思いながら訊いてみると。
「あら、知らないの?」
……なにを?
「これ! アンチスキャンー」
彼女は満面の笑みで簡単なIDケースのようなものを取り出した!
……。
違法なやつー!!
いや、正確には違法じゃないけど、いずれにせよアングラな人たちの道具だ。
聞いたことだけはある。
スキャンのとき嘘の返事は見抜かれるけど、他人のIDを身代わりにすることはできる。他人=僕が近くにさえいれば大丈夫ってやつ。
ああそうか、だから、日比谷までいっしょに、なんて。
やばい、これ、ガチの方だ。
その時、ポケットの端末が通知バイブを送ってくる。
『刺激厳禁。絶対逆らうな。費用補填心配無用』
刺激厳禁。
……だよなあ。
「……危ないことにならないって、なんだろ……」
思わず肩を落としてため息をついていると、彼女がクスッと笑った。
「大丈夫! あなたはちょっとヒビヤに一往復しただけの人ってことになるから」
まあ、いいや。せいぜい東京往復、二人で2クレジット、後で親父からお小遣いもらって埋め合わせて。
「じゃ、ちょっとID貸してね」
その首をかしげた笑顔はまた飛び切りの美少女っぷりで、僕は抵抗できずに、手を差し出す彼女にIDを渡してしまった。
彼女の手元のアンチスキャンには、彼女自身のIDと、空洞のもう一枚分の隙間。
そのスロットは、鍵穴のように待ち受けていて。
セレーナは、その鍵穴に、僕のIDを、カチリ、と、差し込んだ。
それがきっと、僕の冒険の扉を開く鍵だったのだと思う。
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