第三章 空想の羅針盤(4)
地表で買って持ち込んだ簡易な夕食の後、僕とセレーナはメインキャビンにいた。セレーナが操縦席、僕がナビゲータ席。地球を出てから、このポジションがすでに定着していた。
軽い気持ちで始めた歴史調査は、なんだかいきなり手詰まりになりそうで。そんなことはとてもじゃないけどセレーナに言えないのだけれど。
だから、あまり会話もなく、もくもくと、脂っこいソーセージの入ったディナープレートを平らげる。
そして、ふと思い立ち、
「ジーニー・ルカ」
僕は呼びかけた。
僕から呼びかけたのは、もしかして初めてだったかもしれない。
「どういたしましたか、ジュンイチ様」
そう答えるジーニー・ルカと、少し頬を膨らませるセレーナ。
まあなんというか、彼女の友達ポジションだろうから、僕の問いかけにあっさり答えたことに、少しむっとしちゃったのかも。あとで蹴られないように逃げよう。
「さっきまで、地表の歴史資料館にいたんだ」
「存じております。セレーナ王女の視線経由で拝見しておりました」
そうか、ブレインインターフェースがあるってことはそう言うことだよね。セレーナが見ていたものは全部見てる。
「じゃあ、ちょっと聞いていいかな。さっき僕が作ったクエリ。君から見ておかしなところはなかった?」
「いいえ、見事なものでした。あの式で見つからないのであれば、おそらくジュンイチ様のお求めのものはないものかと」
「そうか……うんでも、ちょっと一カ所気になるところがあってね。作成時期の正規化に使った減衰関数なんだけど、αを1.1ってしたんだ。でも、ちょっと減衰がきつすぎたんじゃないかと思ってる。1.05程度で試してみればよかった、って」
「さようですか。であれば、そのように修正した式でお試しになってみますか?」
ジーニー・ルカがそういう間にも、目の前のコンソールパネルに、さっき僕が入力したクエリ式のパラメータを一つ変えたものがそっくりそのまま表示される。
セレーナの視覚経由だというのに、ジーニー・ルカはそれを完全に再現してしまった。どうやらセレーナ自身が理解している必要はないらしい。なんか視覚の乗っ取りとかなんとかそういう怖い想像してしまうけど、考えないことにする。
「ああ、助かる、式を覚えてこられなかったから。これを使ってみよう」
「かしこまりました。権限はいかがしますか?」
そう言えば権限変数は空白だ。
権限レベルは、貸出カードの管理番号からリゾルブする式を固定で書いてた。次のカードではまた書き換えなきゃ。……めんどくさいなあ。
「まあそのままでもいいんだけど、今、利用可能な最高権限、みたいに書ける?」
「かしこまりました。セレーナ殿下、よろしいでしょうか?」
「えっ、え、私!?」
突然問いかけられたセレーナが慌てている。そりゃそうだ、クエリ式の改造に、彼女が良いも悪いも言えたもんじゃない。
「い、いいんじゃないかしら? うん、いいわ。許可を出す!」
彼女もうっかりそれを承認する上司役という謎のロールプレイを始めてしまった。僕はちょっとかわいいなと思ってくすりと笑う。
「かしこまりました。……アンビリア公文書保管システムに最高権限でアクセスいたします。……完了しました。先ほどのクエリ式を投入します」
ジーニー・ルカが矢継ぎ早に何かの処理をして、そして僕の前のコンソールに、二百八十八件のリストが表示される。
え? 何を?
だって、公文書システムだよ。そりゃ、国民誰もがアクセスできることは大切だけど、それこそ千年以上前の『公文書雪崩事件』から、パブリックなネットワークからのアクセスは相当に厳しく管理されているはずで。その辺を飛んでる宇宙船からアクセスなんてしていいもんじゃない。なんでそんな事件を、って? それはもう、その雪崩事件で流出した遥か昔の公文書は僕にとっては格好のおやつで、今でもまだ見ぬ機密文書がないかって隠れアーカイブを捜し歩いているくらいだから。そもそもそんな流出したアーカイブでさえ定期的な巡回システムで徹底的に暴かれて叩き潰されその残骸を持ち出せた人が新たなアーカイブを作るために結集して――
「あら、つなげられるの? 助かる」
と、僕の妄想は暢気なセレーナの声に中断される。
事のヤバさに気付いてない気がするけど……まあいいか、それもセレーナらしい。
「ジーニー・ルカどうやってそんなことが出来た?」
これだけは気になったので尋ねてみると、
「システムへの接続に必要な一連の情報は直感推論で十分に推定可能でした」
……えぇー。ほとんど不正アクセスだよこれ。
と思いながらも、せっかくなのでこの機会を使わせてもらう。
先ほどよりも出ている文書が少し増えている。これは、さっきのクエリ式の改良のおかげか。
「ルカ、これ、さっき私たちが見た文書を除外できる?」
「かしこまりました」
そして改めて表示されたのは、四十一件。
「じゃ、手分けしましょ。ジュンイチは上から、私は下から」
いつの間にか役割が逆転し、セレーナがてきぱきと指示を出し、そして僕は、あ、はい、なんていう間抜けな返事をしながら従うことになってた。
改めてみてみると、だいぶ趣が違う項目が並んでる。そもそもさっきのクエリにかからなかった連中なので、色々とお作法が違う文書も入っているのかもしれない。
『002290850M国防衛大臣事案(極秘)』……M国の防衛大臣がアンビリアで女性問題を起こしてマフィアに拉致され――な、なんじゃこりゃ。こんなもん、公開されたら末代までの恥。これはひどい。
なんて見てると、
「ねえ、これは?」
と、セレーナが声をかけてきた。
彼女の端末の画面を見ると、タイトルには『特別要請の件、輸送費用』とだけある。怪しくなさそうなタイトルだが、セレーナが意味ありげにうなずいて見せる。
僕は彼女の端末から番号を受け取り、表示してみた。
内容は、地上から軌道上に物資を輸送する輸送費の申請。送る物資は、食料、燃料、機械部品、とある。受取者は『要請者』。
さらに申請の背景説明に読み進むと、徐々に意味が分かってきた。『オーツ共和国』から飛来した『警備舟艇』からの要請に従って、物資を補給した、ということらしい。
書き方はあいまいだが、これは間違いなく『宇宙艦隊』だ。
つまり、アンビリアは、オーツ共和国の宇宙艦隊に対して補給を施している。アンビリア共和国はこの宇宙艦隊の行動を完全に支持、支援していることになる。
年代は標準歴四百三十年。今から五百六十年前。我らが最長老ジーニー・ルカが生まれるより前だ。
「これ多分宇宙艦隊よ」
「だと思う」
同じ理解に、僕は頷く。
「オーツ共和国はね、一番古いロックウェル連合国の構成国よ」
セレーナの言葉に、何かがつながったような感覚を覚える。
「……そういうこと。アンビリアなんて宇宙の一番端、その先には地球しかない。そこになぜ宇宙艦隊が派遣されたのか? さて、あなた流に言えば?」
その言葉に、僕の中の何かが、完全につながっていく。
その宇宙艦隊は、地球に興味があった。
その興味は、もしかすると、地球の宇宙覇権への一撃だったかもしれない。
そう、例えば、その時期まで、地球は圧倒的な力で地球からアンビリアまでの輸送路、そしてアンビリアの巨大な星間ハブを支配していた、その状況に業を煮やしたロックウェルがついに動く。
間違いない。
やつらならやる。
いや、歴史上、そうならなかった例のほうが少ない。
どの時代でもどの地域でも、重要な交易ハブは常に軍事的野心の焦点だった。
このアンビリアがそうでない理由が何もない。
だからそこは、地球とロックウェルが見えない火花を散らしていた、宇宙最大の火薬庫だったはずだ。
そして、ロックウェルはついに宇宙艦隊を動かしアンビリアを開放。開放に感謝したアンビリアはロックウェル艦隊に補給を行った。
そして、その艦隊は地球に殺到し、圧倒的な地上戦力を黙らせるために、その地表に究極の一撃を。
その後、その侵略の事実は注意深く宇宙中から消され、地球自身もその屈辱の歴史を千年の偽りの歴史で上書きしていった――
「――なるほど」
と、セレーナ。
「え?」
僕は何の話だろうと間抜けな声を出してしまうが。
「全部口に出てたわよ」
……ぎゃー。
「ふふ、アンビリアは千年前から独立国、今でも気取って『高貴なる独立国』なんて自称してるのに、もしそれが本当だったら、たいそうな皮肉ね」
「そのアンビリアが一度は軍事的に屈服してたってわけだ」
僕らは顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
確かに荒唐無稽な妄想に近い。
でも、もしそれが本当だったら、今正史として知られている歴史は、真実に対する強烈な皮肉になる。
だから、歴史研究は楽しい。
「次の目的地は、決まりそうだ」
僕が言うと、セレーナはちょっと首をかしげてから、ああ、とうなずいた。
そう、その艦隊の飛来元、オーツ共和国。
そこで、艦隊が発進したことを確認し、その任務と、そこに何が積まれていたかを突き止める。
……いやいや、ちょっと待って。
そんな超極秘情報が、見られるだろうか?
むしろなぜ今まで、この資料は誰にも知られずに?
「……それにしちゃ、こんな記録が誰にも見られずに今まで来たのは、ちょっと不自然だ」
誰にでも見られるなら、誰かがこの皮肉に気づいていたはずなのに。
「何か魔除けでもついてたりしてね」
セレーナの言葉に、なにげなく文書情報の表示を眺めていると、とんでもないことに気が付いた。
魔除けどころか、閲覧権限の欄に『発行者と最高権限者に限る』と記載されていたのだ。
つまり、この文書を作ったアンビリア政府か、首相クラス権限を持つ相手に対してのみ開示可能な資料。一般の研究者は決して見ることができない文書だったのだ。
僕は無言でその情報をセレーナに示した。彼女は、口をあんぐりとあけて固まった。
「ど、ど、どうしよう」
ようやく僕の口から出てきた言葉はこれだった。
「お、落ち着いて、どうしてこんなことになってるのかしら」
落ち着けと言うセレーナがあわてているのを見て、僕の鼓動は多少は落ち着いた。彼女でも度を失うことがあるんだな、なんて思って。
それから少し考えて、仮説を立てた。
僕は、ジーニー・ルカに、現状利用可能な最高権限、と指示した。
ジーニー・ルカは、論理的な手順を飛ばして直感推論でそれを実現した。
馬鹿げてる。
……と思うけれど、もはやそれ以外に考えようがない。
なんだってそんなあぶなっかしいことを。っていうか、やっぱり正しい処理とかじゃなくて、思いっきり違法寄りの超グレーなやり方でやってたのかよ。
そして、二人同時に大きなため息をついた。
「……まずいかな」
もしそんな権限で文書を閲覧したことがアンビリア政府にばれたら。
「あれね、ちょっと早めに出発しましょうか、ね」
セレーナのあわてぶりから言って、やっぱり相当まずいことをやらかしちゃったみたいで。
こんな時に取るべき戦略としてとても参考になる古い言葉がある。
三十六計逃げるにしかず。
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