第三章 空想の羅針盤(2)
アンビリアの着陸場のエアロックを出て広い到着プラットフォームに立つと、一惑星の玄関口というには少しまばらすぎる人波と、案内カウンターがいくつか、大きな案内パネルがいくつか。
偉そうに『まずはアンビリアだ』なんて言っちゃったけれど、実は当てがなかった。
ただ、案内カウンターで調べると、公文書館兼用の歴史資料館があることが分かった。それも、歩いて三十分もかからないところに。
壁がどうだ、窓がどうだ、並んでいるお店がどうだ、なんていう他愛のない雑談をしていればすぐの場所だった。
そこには、小さなカウンターとその奥に四十余りの閲覧端末があるだけの簡素な造り。
歴史資料だけでなく公文書も見たいと告げると、閲覧にはIDが必要だと言われた。当然だけれど、アンビリア市民と外国人では閲覧できる範囲が違うらしい。
そんな話だと、外国人の僕らではあまり期待できないなあ、と思いつつも、僕はIDを提示した。
僕のIDを受け取り、スキャナに通す係員。ピッ、と短い音がして、受け取るとその表面にわずか二時間の期限付きの閲覧権限が付与されたことが示されている。
IDのないセレーナの分は同伴者カードを発行してもらった。
閲覧室の指定席に座り、早速閲覧端末の索引画面を呼び出す。まずキーワード。何がいいか……。
「ねぇ、ジュンイチ、思うんだけど」
セレーナが僕の思索を切る。
「なんだい」
「過去の歴史学者たちもこうしてアンビリアに来て調べていたかもしれないんじゃない?」
「そうだと思う。だから、僕らが捜すのは、彼らの見落としだよ。彼らがとっくに検索した文書は見る必要がない」
そうして、僕は、いくつかの検索ワードとともに、特殊条件の論理式を組み立てて直接入力することにした。
基本的には、戦争だとか艦隊だとかそういう物騒なキーワードにひもづきそうなものだ。一般的なものと専門的なもの、いくつかの類推エンジンにサブクエリを飛ばして取得したキーワードを、さらに曖昧化して検索キーに。専門辞典と類語辞典と曖昧化データベースはお気に入りのリポジトリを使うとして、曖昧化パラメータにはガウス関数かなんか使えばいいかな。
続けて、見落とし条件。
学術目的での検索履歴と閲覧履歴の件数が文書の重要度に比して十分に小さい、さらに言えば歴史論文からの引用も少なく、公文書でないもののスコアが高くなるようにし、さらに云々、ということを表す論理式を加えていこう。重要度はざっと見十段階で……離散分布か……デルタ関数でも食わせておいてから積分すれば扱いやすいかな。履歴件数は連続分布だから積分値で比較して、うーん、これだと単に古い文書が引っかかりやすくなるから文書の作成時期で正規化を――
「すごい呪文を使いこなすのね。ジーニーにだってできやしないわ」
僕の端末を覗き込んでいたセレーナがつぶやく。
「こればかりは人間の特権だろうね。明確な目的を持ってベースの式を変形させていかなくちゃならない」
「人間云々じゃなくて、あなたの個人のことよ」
こんな事で変にほめるられるのもなんだか馬鹿にされたような気がしたが、今はちょっと頭が式でいっぱいで手が離せないので言い返すのはやめておいた。
そうして、納得できる式が完成した時、検索結果は二百五十一件を示していた。これはもちろん、僕のIDの権限が許す範囲の文書だから、まあ、子供の自由研究の域を出ることはないだろうけど。
「さあ、まずはこれがとっかかりだ。このリストをそっちの端末にも送るから、端からそれらしいのを見ていこう」
「二百件以上を?」
「このくらいで驚かないでくれよ。本当の歴史家は何万件という文献を読み漁ってるんだ。歴史研究は現物より資料。ここからさらに検索式を変形して新しい文献をたどっていく、まだこれは入り口に過ぎないよ」
要約エンジンや抽出エンジンのことはあえて教えない。要約や抽出で捨てられたところにこそ新説の種があるから。
セレーナは、一度天井を仰いではあっと大きくため息をつき、ま、付き合ってやるわ、と言いながら隣の端末の席に着いた。
二人で黙々とタイトルと概要文を流し読み流す。
ほかにほとんど利用者もいないその部屋で、僕らがインデックスをめくる操作音だけが響く。
いくつか目を引くタイトルが僕の指を止める。
たとえば、『第772942陳述書に対する答弁会における艦隊保有に関する想定問答集』。
しかし内容は、ある新聞(というよりはおそらくゴシップ誌だろう)が報じた、アンビリアによる艦隊保有に関する記事の問答がつづられているもの。どうやら、このゴシップ報道を受けて艦隊保有に反対する市民団体が反対の旨の陳述書を送り、答えて会見を開いたもの、らしい。
次に目についたのが『交通省令補助金10119号第二地球カノン基地宿舎拡張の件』。
地球軌道上に対する支配権を意味するキーワードが並ぶ。これもじっくりと中を読んでみたが、表題以上の意味は見いだせなかった。『地球上の国家間で衝突が起こった場合の地上作業員の緊急避難場所として』という名目の拡張割り当てがあり、この『衝突』という物騒なキーワードに反応してしまったらしい。
おおよそ二時間近く。
ようやく見るべき資料は残り六件となったが、ざっとタイトルを斜め読みしても、有力そうなものは見当たらなかった。
セレーナが大きく伸びをしているのが見える。
「ねえ」
そんな風に彼女が声をかけてきたとき、たまたま見ていた僕と目が合ったので、ちょっとびくりとしながらも、あ、はい、なんて答える。
「やっぱりそれらしいものはないとか、そういう話になるのかしら」
「うん、いや、正直に言って僕の検索式があまり良くなかった可能性も、ある。これだけ歴史ある国で、たった二百件しかそれらしいものが引っかからないことが、ちょっと不自然だ」
「……そういうこと。じゃあ、もっといろいろと試してみる?」
「そのつもりではあるんだけど、今日はここまでにしておこうか。一つは、利用権限の二時間が間もなくってこと。もう一つは、こんな短期権限のカードじゃろくなものは結局見られないかもしれないってこと」
「見られないかもしれない……分かってて?」
「そうかもしれないとは思っていたけど、うっかりってこともある。うっかりの重なりで流出した資料が歴史的発見につながることもある」
「結局あなたが探してたのはそういうアクシデントで、歴史的発見っていう宝くじの当選を夢見ているだけってことね」
「その言い方には少し思うところはあるけど――うん、歴史研究が偶然に左右されることは認めるよ。僕だって、偶然過去のゴシップ誌の切り抜きを見つけたりしたからいろいろと想像が広がったりするわけだし」
「……そっか。そのゴシップ誌にはヒントはないの?」
「ゴシップはゴシップだからね。それに、まともなニュース記事に見えたものが映画の予告編だったってことはいくらでもある。……だから逆のことにも期待してたんだけど、うんそうだね、ごめん。そういうことは最初に言うべきだった」
よくよく見れば、そういう不毛な作業に付き合わされたことにちょっとご機嫌斜めのセレーナの表情が見えたのだ。
「なんかもう少し楽にできる方法あればいいのに」
「作業用の抽出エンジンとか使わなかったからなあ」
僕がうっかりポロリと言ってしまうと、
「は? 作業用? なんかあるの?」
「うん、重要そうなところだけ抜き出してくれたりとかなんとか……」
「……分かんない用語とかわざわざ調べて読んでたんですけど? もしかしなくても、私、無駄作業してた?」
「いやいや、そういう無駄ゲフン、地道な作業でふと目に付いたところに一番大切なことがあるんだよ、歴史的発見って時には。うん、君の作業はちっとも無駄じゃないよ」
「……なんか無性にむかつくわ。殴っていい?」
「勘弁して」
そんな会話をしながら、僕らは席を立ち、カードを返して資料館を後にした。
もう少し調査を継続したいとは思ったけれど、体内時間は夕暮れに近く、赤黒く陰鬱な気分になるアンビリアの夕暮れに宿をとる気にもなれなかったので、いったんセレーナの船に戻ることにした。
それに、ちょっと行きかう人の視線が気になって。
やっぱり、セレーナは宇宙一の美少女で、ちらちらと彼女を見る目がある。
そんな中に、もし密かに彼女を追っているものがいたら、なんてことを想像してしまう。
そんな疑心暗鬼のせいか、船に戻るまで、何度も嫌な視線を感じたような、居心地悪さを感じていた。
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