第二章 憧憬のパスポート(6)
また目立たないところまで移動してセレーナの宇宙船に拾い上げてもらい、再び僕は宇宙の旅に出た。
こんなこと、ほんの数日前までは想像もしなかったのに。
偶然とはいえ、セレーナとの出会いに、ちょっと感謝してる。
「ジーニー・ルカ。どうなの、ジュンイチの説は」
セレーナは船に乗ってすぐに、ジーニー・ルカにそんなことを聞いた。
どうやら、彼女のリボン――つまりブレインインターフェース経由で、僕の言葉はジーニー・ルカに筒抜けなのらしい。
「セレーナ王女、彼の話した巨大なクレーターの存在は、事実です」
もちろんだとも。あんな大きな穴の存在はさすがに隠せない。でも――。
「僕の説は結局どこにも根拠がない。そうだね?」
僕は思わず言葉を挟む。
「その通りです」
「でも反証もない。であれば答えはない。いや、いいんだ。これは理詰めじゃない。理詰めで答えを出すべきじゃないと僕は思ってるから」
「おっしゃる通り、このような場合は答えを出すべきではありませんが――おそらくそれは何らかの攻撃によるものであり、それは秘された兵器と考えられます」
僕は耳を疑う。
「……どうしてそう思った?」
「理詰めでなければ、直感で答えを出すしかありません」
「直感で……?」
思わず聞き返してしまう。
確かに、ジーニー、幾何ニューロン式知能機械(GEometrically Neuronized Intelligence Equipment)は、『直感』という推測を行うことが特徴の一つだ。何やら量子論的な境界条件の揺らぎが云々、という仕掛けらしいのだけれど、少なくとも、論理的にきっちり追い詰めた答えを否定していいものではない。
「もう一度確認したい。きちんと論理的に考えて」
「はい、ジュンイチ様。侵略の形跡も兵器の証拠も一切ありません。ゆえに、侵略が行われ、兵器が秘されていると言えます」
思わず身震いするようなことを、ジーニー・ルカは、平然と言ってのけた。
証拠が無いから存在する?
めちゃくちゃだ。
どう考えても――バグってる。
「セレーナ、このジーニーは、壊れてる」
「そんなことないわよ。ね」
「はい、セレーナ王女。私は正常稼働しています。私は、一般的なオーダーよりも、私自身の確信を信じる傾向が強いということは認めます」
「頑固なのよ」
セレーナがくすくすと笑うけど、笑っていいところじゃない。
頑固な知能機械なんて、冗談でもやめてほしい。
「い、いつから?」
「さあ。もう五百年も生きてるのよ? 私の前の所有者か、その前か、さらにその前か――誰かが教育したんでしょ」
「自身の信ずるところを信じよとの汎化指令がございますため」
確かに、知能機械が命令者におもねってころころと態度を変えるのもよくないから、その汎化命令とやらの理屈も分かるんだけど。いやいや。
僕がイメージしていた知能機械の常識がひっくり返っていく。
もちろん、もともとジーニーなんて一生縁がないと思っていた僕に、その常識なんてものがあったとも思えないけれど。
「そんなもんだと思ってたんだけど、違うのかしら。まあいいわ、ジーニー・ルカ、事実性確認」
「かしこまりました。ジュンイチ様の説が真実である事実性確度は、87.6パーセント」
「……という感じで、ちゃんと数字でも教えてくれるのよ。真実かどうかというよりは、うそ発見器に近いけどね。しゃべっている人がどれだけ強くそれを確信してるか、そういうものにも結構影響されるみたい」
とはいえだよ。僕がいくらこの説を確信してたとしても、『当たり』確率が八割以上、九割近くだなんて。
直感なんて言葉で表していいものじゃない気がする。
「他のジーニーも同じ回答をすると思う?」
僕が恐る恐る聞いてみると、
「いいえ、これは私独自の直感です。再現性は保証できません」
ますますへんてこりんなことを言い出した。
再現性がないって、それもう、でたらめにサイコロ振ってるのに近い。
「分かんないけど、私のジーニーは普通のジーニーより賢いってことね。偉いわ、ジーニー・ルカ」
ペットをほめるように軽く流すセレーナ。彼女らしいと言えば彼女らしい。そんな彼女らしいところを、このジーニーは自然と学び取ったのかもしれない。
このジーニーとは、今度じっくり話し合ってみたい。
「ジーニー・ルカが間違ったこと、実は全然ないのよ。だから、ジーニー・ルカが本当かもしれないって言うなら、手がかりくらいは見つかるでしょ。安心して」
セレーナにとっては、どうやらその信頼度は百パーセントということらしい。
「いや、うん、信じられない気持ちは強いけど、でも、とりあえず、認めてくれてうれしいよ、ありがとうジーニー・ルカ」
「どういたしまして」
と、彼(?)は、ぶっきらぼうな返事を返してくるだけだった。
でも、とにかくやることは決まった。
たとえ嘘でもお世辞でも、それが見つかるかも、と、最高の知能機械が言うんだ。
やれるところまで、やるだけだ。
「それで、どこに向かいましょうか、先生?」
と問うセレーナに(先生と言われてさすがに照れるものもあるが)、
「そう、まずはアンビリアだね。結果として地球上空は今はアンビリアの支配下なんだから、アンビリアこそが地球侵略の主体だったと考えるべきだろう」
先生たる僕は即答した。前々から、いつか宇宙に飛び出せたら、と考えていたことだから。
と、鼻息を荒くしていたらしい僕を、セレーナはニヤニヤと見ているのに気づいた。
ちょっと恥ずかしくなって、ともかく出発だ、と告げると、はいはい、とセレーナはにやけ顔を隠そうともせず、星間旅行の手続きを始めた。




