第二章 憧憬のパスポート(5)
「とりあえず、私、帰るわ」
僕が帰宅すると、開口一番にセレーナが言った。
なんだか興味を失ったような、ぶっきらぼうな口調で。
「もうほとぼりは冷めたかな。まだ三日だよ」
「もう三日、よ。何しろ今回は完全に行方不明、唯一の継承権者が三日も消えたんじゃ誇りも何もないわよ。枢機院は大荒れ、下院からの突き上げも大変なことになってるわ。ジュンイチのことなんて忘れてるんじゃないかしら」
エミリアにも一応、一般市民から選出される下院があるらしい、ってのは、地球への帰りにちょっと勉強して知ったことだけど。
僕の件が伏されているとするなら、表向きは摂政の説教が原因で王女様が消えたってんじゃあ、国民だって納得しない。
「いまならうやむやに帰れそうってことか」
「帰ってきてよかったね、で」
そんなことをちょっと笑いながら。
「……もうちょっと、居てもいいのに」
僕はたぶん、落胆の声色になってたと思う。
だってやっぱり、宇宙一の王女様の騎士……騎士候補、そんな僕にとってはとびきりの非日常を、手放したくなくて。
でも、
「無理」
セレーナは、それを冷ややかな声で断ち切った。
瞳はどこも見つめてない。笑顔が張り付いているような気がする。
ちょっと無理をしてるのかな、と思うけど、やっぱり彼女には彼女の事情があるし。
「とりあえず無事の連絡だけするわ。ちょっと借りるわよ」
そう言って、セレーナは自身のIDを取り出し、家の通信端末に差し込んだ。そして、どこかを呼び出している。
……が、彼女は一言も発することなく、渋い顔をして振り向いた。
「つながらない」
「は?」
僕は彼女の言葉の意味を確かめようと、端末に歩み寄った。
そこで見た表示は。
『このIDの身分情報は無効です。死亡等でIDが無効となった場合は速やかにIDメディアを返却してください。連絡先は――』
「……は?」
僕はもう一度、つぶやいてしまった。
「どういうこと?」
「どういうことも何も……ここに書いてあるとおりだと思う。……死んだことになってる」
「……え? そこまでやる?」
そう言うセレーナの顔には、困惑の色が満ち始めている。
「それをやって困るのは誰なのかさえ考えないの……? ロッソ公、あなたってそこまでバカだったの?」
「いや……やっぱり犯罪者の僕を逃がしたのがまずかったんじゃ」
「あなたは犯罪者じゃない!」
怒鳴る彼女に、僕は思わず首をすくめる。
「……あ、そういうことか。私のIDを停止すれば、ジュンイチのIDで船を動かすしかない……ジュンイチを確実に捕まえるために……」
言いながら、彼女の顔の紅潮はさらに色を深める。
「ジュンイチを? まだ、ジュンイチをどうにかしようと?」
そして、その青い顔に生気が満ち瞳が輝き始める。口の端が上がる。
「あ、あははは、そう、そういうことね! まだ終わってないのね! やったわ! ――あっ、じゃない、えーとえーと、よくも! よくも、この私に恥をかかせたわね! 宣戦布告、受け取ったわ!」
笑いながら、獰猛な獲物を狙うような表情に変わる。
「さあ、我が騎士ジュンイチ! 行くわよ! わたしがちっぽけじゃないところ見せてやるのよ!」
「どどど、どこに!?」
「エミリアよ。ヴェロネーゼ家は味方につくはずだからグリゼルダ艦隊も動かせる……ロッソのやり口を快く思ってない貴族もいるはずだし……、三十行動単位艦隊は堅いわよ!」
「な、なにを?」
「何って、あなたの命を弄んだ貴族どもをボコボコにしてやるのよ! あははは、そうよ、最初からそうしてればよかったわ!」
「まずいって、戦争は」
「戦争なんかじゃないわよ、でも、私が声をかければこれだけの人間が動く、それをきちんと実体験として理解してもらうの」
それでも、軍隊を動かしちゃまずい気がする。
歴史上の内戦や革命は、案外しょうもないきっかけで始まっているものだから。
「動いた人たちが勝手に暴走するかもしれない。いくら何でも僕はそこまで首を突っ込みたくないよ」
言いながら僕は、首を突っ込む、と、セレーナを助けよう、と、決めていることに気づいた。
分かってる。僕がここでじゃあさようなら、と言えば、きっとセレーナはこの前と同じように、王女の顔に戻って、あっさりと僕にさよならと返す。
そうじゃないだろ。
僕がなろうと思った、なってやろうと思った僕は、そうじゃなかったはず。
安っぽい英雄願望と笑うなら笑え。
そのチャンスがあるなら手を取るんだ。
そう決めたはず。
だから、セレーナに戦争なんてさせちゃいけない。
「僕のために誰かが傷つくなんて嫌だ」
だから僕は、偽らざる本音を、セレーナに叩きつける。
一瞬、セレーナの顔が、喜色の戦神の表情で固まり。
それから、見る見るうちに、眉が下がって、視線が下がって、頬が下がって、しょぼくれてしまった。
「……私、何やってた?」
「うん、その、僕を弄んだ貴族をボコボコにするって……宇宙艦隊を動かして」
「……あなた一人のために」
「そう、僕一人のために」
「……私、ダメだ」
しょんぼりと言う。
それを聞いて、なぜさっきの彼女の言葉が『やった!』だったのか、ちょっと理解できた気がする。
なんとなく人の厚意に甘えてかくまわれてるだけで、なんだか、僕に負い目みたいなもの、感じてたのかな、なんて。
だから、自分のフィールドで僕を助けるチャンスを待ってたのかも、なんて思って。
気にしなくていいのに、って思う。
僕のほうこそ、僕を捕らえていた檻から解き放ってくれた彼女に負い目を感じてるくらいなのに。
でも、その負い目の気持ちが分かるから――自分が英雄になりたいって気持ち、分かるから。
「ダメじゃない、全然ダメじゃないよ、僕だって、あのわからずやの鼻をあかしてやりたいさ、そうだ、例えば、」
言いながら、今日、浦野と話したことが脳裏をかすめ、それが、カチリと噛み合うような音が、頭の中に響く。
「何かさ、あいつらがびっくり仰天するような秘密を持ち帰ってやろうよ。それを見つけたのが僕だ、そんな重要な人間を話も聞かずに処刑しようとしてたなんて分かったら、そりゃもう、面子丸つぶれさ」
「秘密を?」
「秘密を」
宇宙中誰も信じてくれない、地球侵略の歴史の秘密と、究極兵器。
「……一応、聞きましょうか」
小さくため息をつく彼女は、あまり真面目に聞く気はなさそうに見えるなあ。
「昔、何百年も前――」
「あ、ごめん、やっぱいいわ」
「ちょっと待って、せめて聞いて」
「あなたの歴史の講義でしょう? 長くなる上にアレっぽいから……」
「アレってなんだよ」
「アレよ。フランクフルトでダダ洩れだったあの呪文でしょう?」
……アレ、でした。
思い出してまた顔が赤くなる。
「いいわ、聞きましょ。で? 確か、地球が支配されてて?」
さっきしょんぼりしてたのが嘘のように、また目を輝かせている。
あれは、間違いなく、僕をおもちゃにするときの目だ。
……ま、いっか、そんなのでも、セレーナが元気になってくれるなら。
「うん。何百年も前。地球は、一度、侵略されてる」
「どうしてそう思うの?」
「だって考えてみてよ。地球はずっと、宇宙の人口と経済の九割を誇ってて。なのに、どうして、カノン基地より遠く、正確に言うと地上100kmより遠くは、全部アンビリアの主権下にある?」
僕が言うと、セレーナは、ちょっと考え込む。
「確か……宇宙貿易網がどこかの大国に支配されないように、あえて宇宙国家の主権下に置いた、そんな話だったと思うけど」
「そうだとするとおかしいんだ。なぜって、当時、北米大陸に、宇宙中を束にしてもかなわないほどの超大国があった。その国が、力に任せて全部を支配してもおかしくなかったはずなんだ」
それは正しく超大国だったはず。
歴史上の資料ではだいぶあいまいになってしまっているけれど、経済力も軍事力も群を抜いていた。
「だったら、その超大国が理性的だっただけよ」
「……君の国のように、理性的な王様がずっと統治してるなら。でも歴史的には、民主国家ほど、極限の状況では暴走する。市民の感情という巨大な慣性が、とんでもない独裁者を生む。宇宙が開けて莫大な資源を得られる、そんな歴史の転換点で、それが起こらなかったことの方が不思議なんだよ、僕にとっては」
僕の言葉に、彼女は再び黙り込んだ。
それから、小さく。
「……そうね、家庭教師もみんなそう言ってたわ。民主主義は欠陥システムだ、って」
王政国家ではきっとそう教えるんだろうな。
「ほんの少しの欠陥がある、ってだけだけどさ。だからこそ、怪しいと思わない?」
「……うん、なんだか、ちょっと分かってきたかも」
きっと、エミリア王国という国にいるからこそ、この不穏さが分かる。
とっさに『理性的だった』なんていう言葉が出てしまうほど、民主主義が理性的でない例を見せられているから。
「じゃあ、次の問題。そんな宇宙中を束にしたよりも強い国に、どうやって勝つの?」
「ただの一撃で十分だった、と僕は思ってる」
「たったの一撃で? ありえない」
「その一撃が、宇宙の誰も持ちえない、究極の一撃だったらどうだろう。北米のど真ん中に、何百年も前にできた巨大なクレーターがある。差し渡しは三キロメートル以上、きっと周囲百キロメートルは跡形もなく蒸発していただろう。最新の研究でも隕石の痕跡はないから、隕石以外の理由でできたものなんだ。これが、その『究極兵器』による一撃の跡だと思ってる」
セレーナの喉が、ごくり、と動くのを、僕はじっと見つめた。誰だって、この説を初めて聞けば、言葉さえ失うだろう。僕だってそうだった。
「……で? 結局、あなたのこの珍説、えーと、じゃない、新説を抱えていって、私はエミリア諸侯になんて言えばいいの?」
と聞かれて、僕はとっさに言葉が出ない。
……確かに、この話がもし本当なら、大した価値があるだろう、と僕は思っていたけれど、真正面から、どんな言葉を吐けばいいかと聞かれると、ちょっと何も答えられなくなってしまう。せいぜい、地球人に恥をかかせられるという程度で。
「……ねえ」
考えていると、セレーナが僕を見つめて、改まって声をかけてくる。
「あなた、究極兵器、持ってるんじゃない?」
「は、はあ?」
「うん、なんだか、持ってそうな顔に見えてきた! そうね、あなた究極兵器隠し持ってるのよ! 地球を一撃で滅ぼせる究極兵器を持った少年! これはたいそうな手土産になるわよ!」
「ば、馬鹿を言わないで」
「本気よ」
突然、表情を引き締める、セレーナ。
「ま、持ってるは言い過ぎたわ。でも、その秘密を知ってるとなれば、その軍事的価値はとてつもないものになる。私が必死で秘匿する理由にもなる」
そして彼女は続ける。
「あなたの珍説。もしそんなことを本気で調査してる学者がいたら、誰も相手しないわ。研究資金なんて当然出ないし調査も進まない」
うわ、もう隠さずに珍説って言ったぞ。
「そして私には、自由にできるクレジットが四億。……ね? 博打みたいなものだけど、もし本当に究極兵器が見つかったら。私はそこにベットしたってわけ」
なるほど、と膝を打つ。
「僕が君と一緒にエミリアに行って、この珍説を披露して、君はその後ろ盾になろうとしてたんだ、と言えばいいわけか」
「ええ、そう」
「大事なことが抜けてる。僕がそれを披露したら、情報を得た彼らは、僕をそこで始末しておしまい」
僕がちょっと憮然としながら言うと、
「……本当に見つけるのよ」
と、彼女はとんでもないことを言い出した。
「まさか、それはもう歴史の靄の彼方に消えたもので――」
「でもあなたは気付いたじゃない。だったら、あるのよ」
「そんな無責任な」
「やるの。やって。私の騎士なんでしょう?」
真面目な顔のセレーナ。
思わずひるむけれど――そうだ。僕は、もう、空に手が届く。
どこにだって飛び出せる。
僕の夢をかなえるのは、遥か将来じゃなくていい。
「わかった。やるよ。君に恥はかかせない。実物はともかく、手がかりくらいは見つけてみせる」
僕は、決意を口にした。
すると、セレーナはふわりと表情を崩し、吐息を洩らす。
なにか、ほっとしたような、そんな表情。
僕がここで逃げ出すことも考えていたのかな。へたれの僕ならやりかねないけど。
だから僕は、もう一度、はっきりとうなずいて見せた。
「付き合うわ。よろしく。これで私も、エミリア三公に並ぶ戦力持ちよ」
そんな彼女の大法螺にあえて突っ込みを入れず、僕が数日間学校をサボる気でいることを問い詰められなくて良かった、と思いながら、僕は笑顔を彼女に見せた。
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