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魔法と魔人と王女様――情報の魔人と重力の魔法で僕と王女の宇宙攻略(ハック)――  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様

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第二章 憧憬のパスポート(4)


 エミリア領から出るのに使った航路は、来るときに通ったグリゼルダではなく、ベルナデッダという星系側だった。彼女の説明によれば、ここももちろんエミリア領だという。エミリアが唯三つ領有する最後の惑星。

 ここからジャンプすれば、もうすでに隣国。

 ここまで来れば、エミリアの物理的な追跡は無い。

 地球ではありえない話だけど、エミリアみたいな専制国家であれば、たぶんID履歴を追跡なんてことができちゃう気はする。

 王女様のIDなんて常にどこにいるのか、王室セキュリティルームのレーダーモニターに表示されててもおかしくない。

 ところが、今、セレーナのIDは文字通り宙に浮いている。

 いや本当に。めんどくさそうにセレーナが放り出したそれは、操縦室の天井近くをふわふわと漂ってるのだ。

 だから、星間旅行に必要なあらゆるシステムは、僕のIDを使って権限を得て、僕のIDに付け替えたクレジットで決済していく。

 僕のIDを一瞥さえしなかったエミリア貴族の傲慢さが、僕らの足跡を消してしまうわけだ。

 その痛快さに、僕はちょっと笑みが漏れた。

 セレーナにしてみれば、この状況、たぶん、これまでで一番自由な家出なんじゃないかな。彼女のうきうきした顔を見ていれば、なんとなく分かる。


 そんな感じで二日をかけて、地球へ。

 誰にも止められず、楽な道のりだった。

 彼女に会ってから六日がたっている。

 秋休みももうすぐおしまいだ。

 と告げると、じゃああなたは学校に行った方がいいわね、とセレーナは言った。

 何事も無かったかのように学校へ、となれば、少なくとも僕に関しては、事件は事件にさえならずに終わるわけだ。


「それで、君はどうする?」


「さあ、このまま軌道にとどまっててもいいんだけど……無重力って疲れるのよね」


 そんな年齢でもなかろうに、左肩を押さえて首を左右に曲げる。


「じゃあ、うちに」


 と半分まで口に出してから、いやさすがにそれはまずい、と言葉を止めた。

 でも彼女は遠慮なしだ。


「そうね、ご理解のあるお父様みたいだし。ちょっとお邪魔するわ」


 決まるや、彼女はジーニー・ルカに着陸を命じた。


***


 うちにセレーナを招いたときの親父とのひと悶着は省略する。

 美少女に絡まれたと連絡した直後二、三日ほど無断で外泊してたかと思ったら二日で帰る、という雑な連絡、そして、超の付く美少女を家に連れ込んで。

 まあ、どういういじり方をされたかは想像がつくと思う。

 とはいえ、実際にセレーナが王女であったこと、その隠れ蓑として協力していたことを告げると、親父は少し困った顔をしながらも、母さんにばれないようにな、と言って、いったんはセレーナを迎え入れてくれた。

 母さんが帰るのはまだだいぶ先だが、それまでにケリを付けなければならないだろう。

 セレーナがこれからどうするのか、これから僕はどんな役割を演じなければならないのか、といったことは気にはなったが、ともかく僕は普通の生活に戻ることで頭がいっぱいだった。なので、そういうことはいったん頭の隅に追いやって、登校した。

 秋休み明けの学校は、何も変わっていない。

 小数点以下の気温低下があったくらいだろう。

 考査結果の発表などというまったくうれしくないイベントを挟みながら、一日目は無事に終わった。

 そこで話しかけてきたのが、浦野だ。


「大崎君、秋休み、どこか行ってたのぅ?」


「う、うん、どうして?」


「どっか遊び行こうと思って呼び出したらつながらないし、おじさんに聞いてみたら、なんだかごまかされちゃったし」


 浦野から連絡あったなんて親父言ってなかったぞ。

 僕のほうはと言えば、星間距離にいたもんだから、星間通信契約なんてしてるはずの無い浦野からはつながるはずが無いし。


「そうなんだ、ごめん」


「一人旅? やるねえ」


「一人旅……えー、うん、ソウダッタカナ」


 ちょっと棒読み気味に答えると、浦野の目がきらりと光る。


「……誰か一緒だったんだあ。うわー、やーらしーいー」


「な、なんでやらしいんだよ」


「そりゃもう、年頃の男女が二人旅なんて言ったら毎夜毎夜のお楽しみが……」


「そ、そんなこと無かったよ!」


 あわてて否定してから、なんだかまずいことを言ってしまったことに気づいた。


「……あれ。年頃の男女が二人で旅行してたわけ?」


 うん、まずいこと言ってたみたい。


「だーれーよーうー。おーしーえーなーさーいーよーうー」


 うわあ、うざい。

 って、百光年彼方のエミリアの王女様に不逞を働いた罪で捕らえられ、なんだかだあって――思い出すとちょっと恥ずかしいことを叫んでた気がするけど――王女様を助け出して、今自宅に匿ってます、なんて、言うに言えない。


「……仮の話」


「うんうん、仮の話」


 目を輝かせる浦野。


「遠くの星の王女様が空からやってきて、ちょっと家出したいから手伝えって言われたら」


「……は」


 彼女は口をぽかんと開けて固まった。


「まあ、手伝うよね」


「そ、そうかなあ?」


「そういうことだったと思ってよ」


「……あー、はい。それでいいです」


 完全に呆れられた。けど、それがいい。


「で? その王女様は、無事に家出できたの?」


 あ、続きは聞きたいんだ。


「できたできた。でも、帰れないから、今僕のうちにかくまってる」


 浦野は、そこまできて、ぷすっ、と小さく噴き出した。


「うふふふ、面白いねえ。だったら、ちゃんと帰るまでサポートするのが男の役目よぅ?」


「でも本国のすっごく偉い貴族に啖呵きって出てきちゃったから帰れないんだよ」


「あはははは。おもしろーい。じゃあ、大崎君、例のあの、『究極兵器』ってのを見つけてあげたら? そんで、それ持って帰って許してもらうの」


「あー、なるほど?」


 ……なるほど? 確かに彼女をいつまでも置いておくわけにもいかないし、何かきっかけがなきゃいつまでもあのままで――いや、家に美少女がいる生活は全ての男子のあこがれではあるけれど――それはそれで、彼女を助けると言った僕の沽券に関わるし、僕なりに出来ることが、あるのかも?


「で、結局誰と?」


 ふと、船内でちらりと見たセレーナの寝顔とかが頭をよぎり――


「だから一人だったってば!」


 僕の顔はちょっと赤くなっていたかもしれない。


挿絵(By みてみん)


***


 とりあえず、ジュンイチは逃がせた。

 目的は達せられた。

 だから、後は私が、何食わぬ顔でエミリアに戻って、ちょっとした罰と重荷を背負わされておしまい。


 ……って、前の私なら言ってた気がするけど、なんだか、つまらないな、なんて思ってしまう。

 別にジュンイチという人間に興味があるとかないかじゃないけれど、なんだろう、どうして、彼は、あんなに熱いんだろうな、って。なのに、ずっと氷のような自己否定を抱えて生きてきたんだろうな、って。その仮面をはぐ役割を私が演じられたことが、ちょっと誇らしくて。

 いずれ三億のエミリアの民を背負う私が、たった一人の人間相手に? なんていう、嘲りみたいな気持ちもあるけれど、なんだろう、だからこそ、私のちっぽけさを知って、私がこれからどうなっていかなきゃならないかを知って、それを教えてくれた彼に恩返ししたい、みたいな気持ちもある。

 いや、彼の熱い思いを引き出しただけで十分なのかもしれないけれど、それが、今の私の精一杯。

 有り余る権力で敵をなぎ倒していくだけの私じゃなくて、私ができることの限界を教えてくれた。

 私は、とてもちっぽけ。

 たぶん、ジュンイチにさえ届かないほど。

 そんな自分を、そのままに放り出してしまうのは、やっぱり、つまらないな、なんて思う。

 ジュンイチに何もあげられないことも。


「セレーナさん、その、夕食はどうする? あんまり粗末なものばかりじゃ悪いから、そろそろちゃんとした宿でも取ってもらった方が」


 何度か頼み込んでようやく殿下呼びをやめてもらった、ジュンイチの父、ジョウジさんが、厨房から声をかけてきた。

 ちょっと申し訳ないんだけど、今宿をとると、たちまちIDの追跡で居場所がばれちゃうのよね。

 できたら、IDを使うのは地球を離れるときにしたい。


「もしお邪魔でなければ、もうしばらくかくまっていただけないでしょうか」


 私が返すと、ジョウジさんは、そうですか、しかたありませんな、なんて照れ笑いしている。

 彼もちょっと子供っぽいところがあって、親近感が湧く。

 貴族がいない、誰も彼もが同じ権利を持っていて、そんな中でもありふれた家庭に生まれて、ジュンイチはきっととびきりに恵まれてる。

 だったら、ジュンイチを縛っていたものは何だろう、って思う。

 なぜ、王族でも貴族でもないのに、自分を縛って、飛び出す腕をひっこめてたんだろう。

 なんだか、そこに、私ができることがあるような気がして。

 何か、あげられないかな。


 でも、これ以上ジュンイチにこだわるのもよくない気がしてる。

 私のちっぽけさを知ったから――だからこそ、私は自分の力を過信しちゃいけない。

 きっと今度こそ、彼をどん底の不幸に叩き込む。


 そうね。

 ずるずるとするのは、よくない。

 なんだか居心地が良くて、『ほとぼり』なんていう見えないものを理由にしてたら、なんだかいつまでも居ついちゃいそうで。

 ジュンイチが普通の生活に戻れた。

 それで、満足しよう。


 そうと決めると、誰かが私の前から消えるときに憎まれずにお別れできることが、私にとって宝石みたいに大切なことに思えた。


***


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