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魔法と魔人と王女様――情報の魔人と重力の魔法で僕と王女の宇宙攻略(ハック)――  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様

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第二章 憧憬のパスポート(3)


 僕を監獄から連れ出したセレーナは、いきなり看守に銃を突きつけていた。

 撃たれれば一瞬で昏倒するという『神経銃』だ。

 看守はあわわわ、なんていう情けない声を出している。


「で、殿下、その、囚人を、お連れになってはいけません……」


 それでも看守は声を震わせながらセレーナを制止しようとする。


「だったら私はあなたを撃ち倒して堂々と出て行くだけですけれど?」


 セレーナの脅しに対して彼は首を横にぶんぶんと振る。


「どうぞお気を確かに……殿下はなさってはならないことをなさろうとしていらっしゃいます」


「いいえ。この私は最高位の貴族としてあなたのような平民の人権を蹂躙する権利を持っております」


 その高圧的な宣言に、看守は顔を真っ青にした。


「さあ、お退きなさい。それとも、こちらがお好み? 今ならこの王女の慈悲で出力レベルを最大にして最高の苦痛を下賜しましょう。あら、そういえば、出力を上げすぎて死亡したなんて事故も昔ありましたわね」


 セレーナが出力調整のつまみをカチカチと回して見せると、看守は、ひええ、と悲鳴を上げて一歩下がり、両膝をついた。


「間違っても誰かに通報しようなんて思わないことね」


 セレーナは僕を引き連れて悠々とその前を通り過ぎる。

 やがて小さな厚い扉をくぐると、王宮の広大な敷地が目に飛び込んできた。


「さ、早く行きましょう、すぐに追っ手がかかるわ」


「え、でも看守には通報するなって……」


「王宮セキュリティがそんなの律儀に守るわけないでしょう」


 彼女が先に立って、植栽の間を走る。

 捕まったとき、失意で周囲の観察もしていなかったから、自分がどこなのかも分からない。

 だから、とにかく彼女についていく。

 立派な道があるのに、わざと植木の合間を走っていく。

 なぜだろう、と思っていたら、すぐに通路部分に明るい街灯が灯った。まぶしいくらいだ。


「あーあ、もう手が回ったのね、毎度お早いこと」


 セレーナがつぶやくように言う。


「毎度って……え? いつもこんなことしてんの?」


「憂さ晴らしにジーニー・ルカと宇宙に出かけるときは。ばれたらすぐに王宮中にサーチライトが灯るのよ」


 ――自由を奪われ光ない瞳で空を想う深窓の王女様、それを颯爽と救い出す忠義の騎士――そんな僕の理想と想像と妄想を返せ。くそ、思ったより自由だぞ、この王女様。だまされた。

 さっそくほんのり後悔しながら進んでいると、サーチライトは的確に僕らが通りそうなところを照らす。あっちも慣れてるぞ、これ。

 少し気が急いてしまって、思わず駆ける足にも力が入り、セレーナを追い抜いて前に進みがちになる。

 と。


「伏せて!」


 突然、セレーナの小声の叫びと、背中に重い衝撃。

 僕はつんのめって倒れ、芝生にしこたま鼻を打ちつけた。

 ぜいぜいと息をしながら耳を澄ますと、近くの小道を複数の革靴の走る音が聞こえる。

 危ないところだった。

 足音が聞こえなくなるまでじっとして、ついでに呼吸を落ち着かせる。

 すると、僕の耳元に、高く速い呼吸音が聞こえることに気がついた。

 うつぶせの僕の上に、セレーナが覆いかぶさっている。

 背中に伝わってくる、少女の鼓動。

 彼女のピンクの唇は僕の耳のすぐ後ろにあって。

 彼女の小さな体は僕の上にぴったり重なっていて。

 長い髪のいい香りが僕の鼻をついて。

 僕の肩甲骨の辺りに、小さく柔らかいふくらみを感じて。

 小柄な体格なのに触ってみると意外と……。


 あ、いやいや。

 あわわわ。

 思わず赤面する。


 僕のそんな様子に、セレーナが気付いたようだ。

 ゆっくりと立ち上がり、衣装の前をパタパタとはたいている。

 僕も立ち上がるが恥ずかしくて目を合わせられない。

 突然、ガツンとすねを蹴っ飛ばされる。

 叫び声をあげるのをぎりぎりで我慢してうずくまる。

 角はやめて、そのとがった靴の角は。


「……これで勘弁しといてあげるわ。くれぐれも、この王女に妙な気を起こさないように。ただじゃすまないわよ」


 自分から覆いかぶさってきたのに、実に理不尽だ。

 そりゃちょっとその感触を楽しんじゃったことは否定はしないけれど。

 でも次はローキックじゃなくて神経銃かもしれない、と思い、反論しようとした口を閉じた。


挿絵(By みてみん)


***


 行き交う衛兵に見つからないよう王宮内を右往左往した挙句、ようやくプライベートゲートの一つから抜け出すことに成功した。

 もちろんゲートの衛兵はセレーナの逃亡を知っていたが、この衛兵は彼女のウィンク一つで笑顔で彼女を通した。くそ、想像以上だぞこの王女様。

 ゲートを通って外に出たところは、広い公園。

 そして、ほんの一分も待たぬうちに、彼女のマジック船が飛び降りてくる。

 僕らはそれに飛び乗り、誰にも制止されることなく、気がつけばはるか上空の青と黒の境を突破していた。

 宇宙に出てすぐに通信アラームが船内に響く。操縦者証スロットはセレーナのIDに入れ替えてあったから、それはもちろんセレーナ宛の通信だ。

 椅子から立ちアラームの主をパネルで確認したセレーナは、渋い顔をして僕の方に振り向いた。


「ロッソよ」


 そうだろね、と軽くうなずき返した。


「無視しようかしら」


 つぶやいてから彼女はしばらく唸って考え込んだ。やがて、再び僕の方に顔を向けた。


「彼も困った立場でしょうから、顔くらい立ててやることにするわ。当分家出するってこともついでに」


 僕は無言でもう一度うなずき、彼女の考えを支持した。

 彼女はパネルに向きなおり、通話開始の操作をした。

 映像はなく、声だけが聞こえてきた。


『セレーナ王女殿下、摂政でございます。今すぐお戻りください。これは摂政の言葉――すなわち王命でございます』


 と、しょっぱなから高圧的だ。


「ロッソ摂政様、申し訳ございません。しかし、あらぬ疑いをかけられこの姫の名誉は深く傷つけられました。もはや王城にはこの姫の居場所はございません。名を捨て地の果てに逐電することをお許し願います」


 セレーナはそう言いながら、僕の方を見ながらぺろりと舌を出して見せる。文字通りの二枚舌というものが目撃された歴史的瞬間である。


『王女殿下への疑いに関しては、弁護の機会が与えられます。どうぞ、お戻りを。そのままでは、汚名をそそぐ機会さえ訪れません』


「あのような下賤の民との関係を疑われたことがもはや私にとって耐えられぬ屈辱でございます」


 下賤の民、耐えられぬ屈辱、ねえ。間接的に僕が手痛いダメージを負っているような気がするのは気のせいだろうか。


『殿下、此度ばかりは単なる家出では済みません。殿下は数々の罪を重ねておいでになる。此度のことが諸侯、枢機院に知られることとならば、お仕置きで済む話には収まりませぬ。今お戻りならたとえ弾劾となろうとも無罪となるよう王勅をお出しくださると陛下も仰せです』


 セレーナはすぐに答えず、パネルを叩いて回線を一時停止にした。


「と、言っているみたいだけど、ジュンイチはどう思う?」


「……お仕置きって?」


「そうね、しばらく部屋の前に侍女が立つとか。それ以上となると、前にも一度だけ脅されたことがあったけど、クレジットを停止されるくらいならやりかねないわね」


「それって結構おおごとなんじゃ」


「まあね。今回の件でそこまでやる覚悟がロッソにあるかしらね」


 って、前にはどんなことやらかしたんだよ、クレジット停止の瀬戸際って。

 しかし、さて、ここにきて、彼女は悩んでいるんだな、と思った。

 それはそうだ。かたや無罪放免、さもなくばきつい処分。単に地球人の平民の脱走のためにそこまでの危険を冒す必要があるだろうか?


 例えば、逃がそうとしてる情夫(……なんて考えると顔が熱くなる)をちゃんと引っ立ててきて、何があったのかなかったのか、きちんと証言をさせる。

 もし王女の純潔性が何より大切だというのなら、その証言の価値は重い。

 彼女を攻撃しようとしている――あるいは政権そのものを攻撃しようとしている貴族たちに対しては、強烈なカウンターになるんじゃないかな。

 そんな形で、僕が彼女を助ける形だって、あるはずだ。

 そして、セレーナの汚名と罪はすべてチャラ。僕は首尾よく王女様の汚名を雪いだ英雄となり、懐かしい日常が待っている。


「……僕が気になったのは、君がこの後ひどい扱いを受けないかってこと。ここで言質をとってその心配が消えるのなら、戻って戦うっていう選択も、あると思う」


 僕が言うと、セレーナは微笑んでうなずいた。


「ありがとう。あなたならそう言うと思ったわ。……決めた」


 そう言って、セレーナはパネルに再び向き合った。


「あなたの無罪の言質が取れるまでは譲らない」


 背中越しにきっぱりと言い切ったセレーナ。

 ……僕は一番大切なところで間違ったスイッチを押してしまったらしい。

 いや、僕だって無罪は死ぬほど欲しいけど、僕には、それこそ、地球新連合市民の身分っていう飛び道具がある。

 完全無罪とはいかなくても、いったん身柄を地球に、くらいのことなら妥協できる気がしていた。

 だから、いったんセレーナの無罪の言質を……というつもりだったのに。


 彼女は回線をリスタートし、その向こうの摂政に向かって話しかけた。


「大変寛大なお仕置き、ありがたき幸せでございます。であれば、私の過ちで罪に問われたあの平民の潔白も同時に明かされたものと考えてよろしいですね?」


 セレーナの言葉に一瞬静かになった回線の向こうから、声が続けて聞こえてきた。


『王女殿下、お戯れを。殿下の過ちはすべて水に流す。となれば、今回の事件はあの平民が一人で起こしたことです。下賤なる平民が恐れ多くも殿下の御意に反しその純潔を犯し奉り、数多エミリア貴族の誇りを誹ったとならば、法に照らせば最高刑。抗告機会無しの死罪と即刻の執行、貴族であれば三親等までの貴族籍はく奪でございます。さほどの重罪人を無罪とする法は、この王国にはございません』


 その言葉に、僕はしゃっくりのような声を出してしまった。

 死罪? 死刑ってこと?

 エミリア最高刑?

 そこまでの重罪だなんてこれっぽっちも思っていなかった。

 じゃあ、セレーナは、国家反逆にも等しい罪人を脱走させた重罪人ってことになる。

 そんな危険を冒して僕を……。


 でも、僕だってここで死にたいわけじゃない。

 僕の命と引き換えにセレーナを助けてやってください、なんて……とても言えない。

 身体が自然に震えてくる。

 ここで逃げ出せなければ……本当に命を取られかねないだなんて。


 僕はセレーナの横顔をちらりと見た。

 セレーナは、同じように僕にちらりと視線を送り、苦々しそうに歯を食いしばっている。

 その量刑の重さを僕に聞かせてしまってはまずかった……そんな表情だ。


「ロッソ閣下。論理が矛盾していらっしゃいます。私が潔白であり無傷であるならば、そこに犯罪行為は何一つなかったのです」


『いいえ殿下。たとえ殿下がどうあろうとも……この犯罪の被害者は、全エミリア貴族。彼らの誇りと尊厳を恢復するために、少なくとも一つの命は消費されねばなりませぬ』


 気のせいか、ロッソの声はどこか震えるような色を帯びているが、しかし、厳然たる口調で。

 だがやがて彼女は小さく二度かぶりを振り、通信機に向けて口を開いた。


「あくまで彼を処罰するとおっしゃる。結構です。このセレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティにも覚悟がございます。私が彼の男を逃がしおおせて見せます」


 それからすぅっと大きく息を吸い込み、


「わからずや! あなたがただって彼が何者でどうやってあそこにいたかくらい分かってるでしょ!? 国法だの純潔だの誇りだの、そんなちっぽけなものを守るために一人の人間の命と尊厳をもてあそぶのが誇りあるエミリア貴族だっていうの!? もうまっぴら! そんな馬鹿げた王国なんて! 除名でも追放でもお好きにどうぞ!」


 一気にまくしたてたかと思うと、一方的に回線を切断し、それどころか通信端末のメインスイッチも落としてしまった。そして右手をパネルに押し付けたまま、何も言わずに通信端末の前にしばらく佇んだ。


 と思っていたら、突然、くっくっ、と小さな声が響いてくる。


「ふ、うふふ、あははっ……!」


 セレーナが笑っていた。


「はははっははっ……」


 笑うセレーナを、どうすればよいものやら、迷っていると、


「ジュンイチー……大変なことしちゃったぁ……」


 目元をぬぐいながら、彼女が振り向いた。


「……うん、分かる、何となく」


「なんかね、私だって貴族の誇りがなんなのかなんて分かってるけど……なんだか、通信機越しにロッソの声聞いてたら、馬鹿らしくなっちゃった」


 ちょっと寂しそうに、視線を落とす。


「なんだろ、動物園見てる感じ?」


 僕は思わず、ぶっ、と吹き出す。


「そ、それはいくらなんでも」


「うん、言い過ぎた。でも、なんか、ジュンイチ見てたら、ものの考え方があまりに違ってて、ちょっと、同じ動物に思えなかったの」


 彼女は、彼女自身がとらわれていた常識とかしがらみとかを、そんな風に表現して見せる。

 その突き放した態度が正しいのかどうか、僕には判断できないけれど。

 僕の吐き出した気持ちが、彼女をちょっとだけ変えられたことが、少し、うれしい。


「まあ私がいなくなったらあっちはあっちでうまくやるでしょ。ほとぼりが冷めるころに帰るわ。それまで、お願いね」


 ちょっとしょんぼりとした声で言いながら、彼女は操縦者証スロットから自分のIDを取り出した。


「ってことで、しばらくまたあなたのIDを借りるわ」


 僕からIDを奪ってスロットに入れる。

 それから、彼女はちょっと疲れたような顔で操縦席の背もたれに、ぐったりと頭を乗せて居眠りを始めた。

 僕のせいで? 彼女のせいで? たぶん、僕ら二人の軽率な行動のせいで。

 彼女はいろいろ背負わなくていいものまで背負いそうになって。

 ずっと緊張してたんだろうと思うけれど。

 でも、今ふと気を抜ける瞬間を彼女に提供できただけで、僕は憧れていた空に、手が届いた気がした。


***


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よくある事が一線越えたってことか。
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