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魔法と魔人と王女様――情報の魔人と重力の魔法で僕と王女の宇宙攻略(ハック)――  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様

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第二章 憧憬のパスポート(2)


 惑星エミリアで船から降ろされ、王宮の一画にある留置所に拘留された。

 拷問どころか尋問も無い。かといって、弁明や弁護の機会も無い。

 時折、看守以外の誰かの視線を感じたような気がしたけど、それは静かに去っていった。

 そういえば、身分の確認さえされなかった。思い返してみると、僕のIDはセレーナの宇宙船に操縦者証として挿し込んだままだった。

 だから、僕は正真正銘、有無を言わせず身元不明の不審者なのだ。

 僕はそこで『セレーナ王女囚一号』と呼ばれた。

 色味の無い、まるで昔の給食を思い出すような食事が、六回供された。見るからにまずそうで食べる気になれなかった。

 それでも空腹に負けてまずいパンと塩辛いソーセージをかじっているとき、僕のあの人――セレーナへの怒りが、少しずつ変質していった。


 ――あの時、摂政を前にして顔を真っ青にした彼女。

 自分で選ぶ権利を何もかも奪われ、物の怪のうごめく宮廷で一人きりで戦っている王女。

 ――あれこそが、彼女の日常なのだ。

 彼女を取り巻く様々な力が、彼女から、言葉を、力を、奪っていく。

 だから、彼女は僕を犠牲にささげて恭順の意を示すほかなかった。

 こんな考えがぐるぐると頭の中を行ったり来たりしているうちに、王宮に着いた夜が更け朝になり昼になりまた夜が来て、それをもう一度繰り返した。


 やがて。

 エミリアに着いてから二日目の真夜中、王宮の夜の静けさに慣れた僕の耳に、独房の外からの言い争いの声が聞こえてきた。

 その声の二つともに聞き覚えがあった。

 一つは、この夕方、今日の宿直だと自己紹介していった看守の野太い声。

 もう一つは、今の僕の呼び名の第一単語として燦然と輝く女性の高い声だった。

 遠くから聞こえていた言い争いは徐々に近くなり、内容が聞き取れるようになってきた。


「……ですから、王女殿下と言えども、囚人に単独で会っていただくわけには……」


「おだまりなさい! あれは私の囚人です。この王宮のいかなる貴族も、(わたくし)する囚人に対して自由に尋問し処分する権利を有します」


「それでも法というものがございます」


「では王族として法に優越する権利の行使を宣言いたします。不服があるなら今すぐ貴族弾劾裁判の準備をなさい!」


 声がそこまで聞こえてきたときに、その声に付きまとっていた足音は僕の独房の前で止まった。


「看守、私は権利行使を宣言しました。開けなさい。裁判は後で受けます」


「王女殿下、どうかご勘弁を、殿下を弾劾など私には……宣言は聞かなかったことにいたしますので、お手短にお願いいたします」


 看守がしぶしぶと折れて、部屋の鍵を外す音が聞こえた。

 そうして開け放たれた扉の向こうには、例の白無垢正装で凛と立つセレーナ王女殿下の姿があった。


「……看守、しばらく下がっていなさい。必要とあらば……」


「そ、その儀には及びません、どうぞお手短に……」


 言いながらそそくさと看守は去っていった。

 看守が立ち去るのを確認すると、セレーナは扉をくぐり、後ろ手で扉を閉めた。

 ゆっくり僕に近づいてきて、五歩も歩けば僕に手が届くというところで立ち止まり、じっと立っている。

 消灯時間後のため暗い常夜灯の下では、彼女がどんな表情なのかも分からなかった。


「ジュンイチ、ごめんなさい……」


 声を震わす彼女は、両脇で拳を握りしめていた。


「……自分がこんなに無力だなんて……いいえ、そんなこととっくに分かってたのに……私のせいであなたをこんな目に……」


 彼女は小さくそうつぶやき、深くうつむいた。

 僕は、彼女に対する恨みの感情など跡形もなく消えていくことに気がついた。

 僕の目の前にいるのは、ただのか弱い女の子に過ぎないんだった。

 どうしてそれを忘れて、その小さな背中に王族の責任とやらを背負わせようとしたんだろう、僕は。


「気に……しなくていいよ。僕も不注意だったし、君は僕を助けるために、君の手で逮捕したんだろう?」


 僕の問いに、セレーナは何度かうなずいた。

 ここにきて僕はようやく気がついた。

 もしあの時、セレーナが逮捕を命じなければ、僕の虜囚名は『ロッソ公爵囚XX号』になっていたのだ。あのいけ好かないやつが僕の生殺与奪を握ることを考えれば、セレーナに逮捕されたことはなんという幸運だろう。

 彼女は、追い詰められたぎりぎりの状況でも、僕を救うための最善手を考えていてくれたのだ。


 そこから、彼女が押し黙って何分ぐらいだっただろう。暗闇がすべての音を吸い込んでいるように。

 僕には一時間くらいに感じたが、たぶん実際にはほんの数分というところだと思う。


「……ここの暮らしは?」


「まあ、快適だよ、僕の家よりはね」


 軽口で返してみたが、僕も彼女も笑わなかった。


「君はその……僕の事で、いろいろとひどい扱いをされてない?」


 僕は気になっていることを訊いた。


「うん……、ま、王女の大失態ってことで、まだ当面はいろいろと詮索されそうね」


 力なく彼女は答える。


「摂政の民に対する優しさは間違っても私に向けられることは無いって思い知ったわ。今、彼が何をしようとしているか聞いてみる?」


 そうして、ようやく愚痴をぶつける相手を見つけたからか、彼女はほのかに怒りをあらわにした。


「どんなことを? 宮殿の権力争いなんて言えば、相手の失態につけ込んで失脚を狙うなんていう話なんだろうけど」


 僕が促すと、


「そうよ、だけど、よりによって、私が平民と――その、密通したって言うのよ。信じらんない」


「密通……って?」


 とたんに、セレーナがなにやら顔をそっぽに向けて、慌てたような声で、


「馬鹿! 密通ってあれよ、その、あ、あれ、もっと深い男女の関係ってことよ!」


「もっと深……えぇっ」


 彼女の言いたいことを理解し、想像した瞬間に顔から火が出た。きっと耳まで真っ赤になっただろうと思う。常夜灯の下でそれをセレーナに見られなかったか気になる。


「前にも言ったかもしれないけど……王女の純潔性は、とても重要なことなのよ」


「そ、それなら僕だって証言を――」


「あなたの出る幕はないわ。証人とか証拠とかって話じゃないの。これ以上は政治の問題。疑われる行動をとった時点で政治的に負け。あとは、私が何を彼らに提案するか。彼らが口を閉じるに十分な何かを、示す必要があるってだけ」


 彼女は、たった一人で、こんな政治の駆け引きを生き抜いている。

 一方僕は、独房で恨み言をつぶやくだけだ。

 そりゃ生まれた立場が違うって言えばそれまでだけど、僕にだって何かできることがないだろうか、と悔しくなる。


「あなたは、自分のことは気にならないの?」


 セレーナが言う。


「気にならないってわけじゃないけど……」


 今聞いた君の苦悩に比べたら、僕のことなんてすっかり忘れてしまっていた。とは言わなかった。きっと、彼女にとって、平民の僕にこんなみっともない姿をさらす事はこの上ない恥に違いない、と思って。


「ま、二日もこんなところに閉じ込められてちゃ、へこみもするでしょうね」


 そして急に僕に近寄り声色を落とし、


「とりあえず、助けに来たのよ。行きましょう。こっそり逃がしてあげる」


 と僕の耳元でささやいた。

 ……僕を逃がす、だって?

 どういうことだろう。

 こんな夜中にこっそり。

 つまり、さっきの看守との押し問答のような特権的手段を駆使して僕を王宮から助け出す、そういうことだ。

 少なくとも身元も何もばれていない以上、王宮から逃げ出せば、たぶん、それ以上の追跡は無理。

 普通の旅行者の顔で地球に帰ることもできるだろうと思う。

 セレーナは真剣な目で、僕の返事を待っている。

 この魅力的な誘いを受け入れない理由が無いじゃないか?

 でも。

 看守をどやしつけて身元不明の犯罪者を解き放った誰かさんは、どうなるんだろう。

 ふとそう思った次の瞬間、僕は、なぜか頓珍漢な第三の選択肢を口にしていた。


「一緒に逃げよう」


 彼女は僕の言葉を聞いて、しばらく表情が固まったまま動かなかった。

 ようやく正気に戻ると、


「は、はあ? 何を言ってるの? 私は逃げる必要なんてないのよ。あなた一人がこの王宮から解放されればそれでおしまい。何のお咎めもなく民間の船で地球に帰れるわ」


「じゃあ、残された君はどうするんだ。これまでのいくつかの罪に加えて僕を逃亡させた罪まで一人で背負うつもりか? それで君がどれほどの譲歩をしなきゃならないか……その譲歩が君の一生にどれほど重い鎖を付けてしまうか……」


「そんなこと分かってるわよ。でも私は、王族、王女としての責任があるわ」


「なぜ君だけがそんな責任を負わなきゃならないんだ。君は身分は王女でも、僕から見れば、普通の女の子に過ぎない!」


「ひどい言い様ね! 侮辱だわ!」


 彼女は小声なりに言葉を荒らげるが、僕も負けじと、


「必要ならいくらでも侮辱してやる、君が自分を助けると決めない限り」


「私は生まれたときから重荷を背負うことが決まってるの。そんなものあなたごときに変えられないわ。今回も私の不注意で重荷がひとつ増えるだけ」


「だからって黙って受け入れ続けるのか? ずっと?」


「じゃああなたに何ができるって言うの!?」


 何ができるか、だって? 気圧されて、視線を下げる。暗い床が目に入る。


「分からないよ、だけど……」


 そう、確かに何もできない。

 でも、僕にあって彼女に無いもの。

 ……市民の権利。

 貴族に蹂躙されない、地球新連合国市民の地位。


「……地球新連合に一緒に駆け込めばいい、何の警告も無く逮捕された地球市民です、って。王女様はそれを救い出した英雄だ」


 母さんは新連合の公務員だし、ちょっとしたツテくらいなら期待できる。

 でも彼女は納得しない風だ。


「たかがあなた一人の身のために国を巻き込むなんてやめて」


「たかが? 見くびらないでくれ。僕は新連合国の主権者だ、君のお父さんと同じにね。国家に対する責任と権利で言うなら君よりよっぽど上の立場だと言ってもいい」


 その言葉に、彼女は眼を見開いて息を止めた。

 それはきっと、徹底した王政国家の価値観で生きてきた彼女には、知らない世界なのかもしれない。

 知識として知っていても、目の前の子供でさえその権利を行使する様を、彼女はきっと知らない。


「だからって……」


 やがて、彼女は突然弱々しくつぶやいた。

 国を背負う責任を知っているからこそ、僕の言葉に反論が浮かばないのだろうと思う。

 正直、ちょっと追い詰めすぎたかな、と感じる。


「その……君を助けるためにも……新連合国から正式な抗議をしてもらうなんてことも……できるんじゃないかと思う……んだけど」


 僕の言葉もちょっと尻すぼみ。

 いくらツテがあっても、本当にそんなことができるのか、僕にも自信が無い。

 セレーナは、しばらく僕の瞳を覗き込んだまま、立ち尽くした。

 それから、弱々しい声で言う。


「……どうして……どうしてあなたは、私を憎まないの……?」


 彼女の瞳が潤んでいるのが暗い照明の下からでも分かった。

 僕は彼女の問いに応えなかった。


「私はずっと嘘をついて、きっとあなたに嫌われるように……騙し続けてきた」


「……そんなこと、大した問題じゃない」


 今度は僕ははっきりと答える。


「そうだと思ったから。君はきっと君自身を悪者にして終わらせようとしていると思ったから。……ごめん、さっきはちょっと暴言が過ぎた。だけど、やっと分かったんだ」


 それから僕は意を決して、一度、咳払いをして呼吸を整えて。


「窮地の王女様を救いたい。英雄になりたい」


 僕は口にした。なぜ、第三の選択肢を口にしたのか、その理由を。


「僕は、飛び立ちたかったんだ。なんでもいい、誰の思惑でもいい、騙されてでもいい。飛び立ちたかった。君はそれをかなえてくれた。僕を騙してこんなところに連れてきてくれた。なのに、それを、君がさっぱりとなかったことにしようとしてたから……いろいろ理屈はこねたけれど、うん、これは、僕のわがまま」


 それが僕の口から出てきて、僕自身もようやく、理解できた。


 ずっとずっと、空にあこがれていたこと。

 それを押しつぶす圧力に抗って、戦いたかったこと。

 そして、これこそがそうかもしれない、と思った、王女様との出会い。


 魔法の船に乗り魔人をお供に連れた王女様こそ――

 僕の、あこがれていた、空、だった。


 だから。

 僕は、その王女様を救う、騎士に、英雄に、なるんだ、と。

 そのチャンスを絶対に逃したくなかった。

 だから、一緒に逃げよう、なんてことが、口から出てしまう。

 それが知らずに出てしまうほど、僕の空へのあこがれが、強かった。

 そのことに、ようやく気付いた。


 セレーナが、床に視線を落としたのを感じる。

 しん、とした、静かな時間が、ゆっくりと過ぎていく。


「どうせ……考えなんて無いんでしょう?」


 言葉を取り戻した彼女は、そんなことを問う。


「もちろん、無い」


 僕は正直に答えた。


「そ、安心したわ。あなたに考えがあるなんて言われたら逆に不安だもの。じゃ、お願いするわ」


 と、突然顔を上げた彼女は、いつもの強気の彼女だった。


「え、え?」


 僕はあわてた。

 いや、僕の中では、僕のちっぽけな英雄願望を叶えるために彼女が付き合うなんてことは『ありえない』で決着がついていた。

 だから、正直に当てなんてないと答えて、お話はおしまい。

 そんなつもりで。


「お願いって……どこへ?」


 ちょっと戸惑いながら、問い返す。


「知らないわよ、でも、あなたが一緒に逃げてくれるんでしょう? あなたが行きたいところならどこへでも」


「だって君の立場じゃ新連合に駆け込むなんて……」


「いいのよ。もういいの。そうしないとあなたが自分を助けるって決められないのなら――いえ、そんな言い方は卑怯ね。ちょっと、目が覚めた。あなたにバカにされて。自分を助けるために決断することさえできない弱虫の自分に腹が立った。それだけ」


 僕は、ちょっとだけ強気で前向きな彼女が帰ってきたことを、正直に喜んでいた。たとえ言っていることがむちゃくちゃでも、落ち込んですべてをあきらめた彼女より何倍も魅力的で。

 その彼女はさっと振り向いて歩みだそうとし、それから、固まっている僕を振り返った。


「なに立ち止まってるのよ。いまさら怖気づいた?」


「まさか。僕が行こうと言ったんだ」


「ふん、そういうことにしといてあげるわ」


 そう言って彼女は僕の手を掴む。

 熱い体温が伝わってくる。

 だから僕は、ぎゅっと握り返した。

 そして僕らは、自由な世界に向かって一歩を踏み出した。


挿絵(By みてみん)


***


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― 新着の感想 ―
今まで王女も言わなかったし主人公も聞かないので気になってたが、摂政が国を滅ぼすとか民を虐げるとかじゃなくて、信念も勝算も無いただの個人的わがままか……
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