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黒豆とティータイム


白とも黒とも判別せずに、据え置きとなった黒豆の身柄はチェルシーが預かることになった。

迫るルーク主催の舞踏会や戴冠式はデインとて無関係ではない。

 

日夜通じ執務に当たり、自らの屋敷に帰る時間など皆無。

そしてまた。ルークが王になるに辺り、右腕たるデインの地位も確固たるものになる。


それ故かデインの身辺も騒がしい。

デインの命を狙うなど容易きことでないのを分かっていないのか、甚だ愚かな行為を仕掛けてくる。しかし敵もさる者中々証拠を掴ませない。

 

小心者故にやることが小賢しい。

戴冠式までには終わらせるつもりであるが、それまでデインは黒豆を傍に置いておきたくなかった。


黒豆をどこに預けるか悩むデインに


「あのちび相手にお前が遅れをとることはねぇだろ」


ルークは不思議そうに尋ねた。


「いえ、そう言った心配は無用なのですが……」


デインの懸念はそこではなかった。

一体どこでどういう風に育ったのか。黒豆は警戒心が恐ろしいほどに欠如していた。

 

毒性のある生き物。毒を仕込まれた菓子。不意に向けられる殺意と潜む凶器。

子供の御遊びのような他愛無いものだが、それによって迂闊な黒豆が命を落としそうで、気がかりなのである。


「珍しい虫がいたので、捕まえてみました」


ほれ、と無造作に見せられたものが山奥に生息するはずの猛毒グモだった時は流石のデインも顔色を変えた。

デインならばともかく、毒への耐性がない黒豆が噛まれたら一溜りもない。

 

見たこともない生き物を考えなしで掴んだり、差出人不明のお菓子を食べたりするなとくどくど言い聞かせたあとで、黒豆には図鑑を与えた。

大陸動物図鑑第三版、クモが載っている。


「そういうことなら、チェルシーんとこの屋敷は? あそこなら王宮から近いし、チェルシーも長年武道を嗜んできたから、それなりの護身は出来る。何人か影も付けて、ちびの見張りをさせりゃ問題ねぇ。チェルシーに軽く事情を話して、あいつ付きのメイドとして置けば、多少の誤魔化しは聞く。それに俺が訪問する理由が出来るだろ?」 


そう提案するルークは私情を隠そうとはしなかった。

戴冠式まで猶予はないと言うのに、未だチェルシー家訪問をルークは頻繁に行っていた。

 

王妃も選定しなければならない。

各国から姫君がルークへの面会を求め、遠路よりやってきている。


王妃として選定するかどうかはさておき、相手は賓客だ。

礼を失するような対応は出来ず、一国の使者として丁重に持て成さなくてはいけない。

 

そんな目が回るような国務を、睡眠を削り執り行う傍らで、チェルシーに会いにいく時間を無理やり作っている。

状況を知っているチェルシーは、ヘロヘロと疲れ切った体でやってきたルークに一言。


「来るな」


門前払いをした。

ルークはまっすぐだ。一つのことを考えると、それだけしか見えないことがある。


今の時期に特定の女性を気に掛けることが、周りにどのような影響を及ぼすかが見えていない。

ましてチェルシーは王妃候補の一人として名を連ねている。

 

今の時期に訪れるべきではないのだ。

そう窘めても、ルークは隙を見つけてはチェルシーに会いに行こうとする。



そんなある夕暮れ時。

ルークに押し切られたデインは、黒豆の様子を確かめる名目でチェルシーの屋敷に訪れていた。


そうしてやって来た次期王エドワード・ルークは。

黒豆から、歓迎からは程遠い視線を送られていた。


「え……? 何で俺、ちびに邪悪な目で睨まれてんの?」


「申し訳ございません。王太子殿下のお姿があまりに凛々しいため、つい流し目を送ってしまいました。平にご容赦を」


「いやいやいや。嘘だろ! どんな流し目だよっ!? もの凄い負の目力を感じるぞっ!」


「こら、黒豆。殿下をそのような目で見るでない」


長い前髪の間から覗く目は、ぎんぎらとルークに睨みを利かせている。

何が原因か分からぬが、デインがそう窘めると、黒豆は非常に不格好に一礼した。


「失礼いたしました。どうぞ、こちらへ。お掛け下さい」


黒豆は美術品のように洒落た椅子をルークのために引いた。

ずるずると遠くまで。


「何、なんでっ? 何で俺、ちびからこんな凄まじく真っ黒な歓待を受けてんの?」


テーブルからかなり離れた位置に椅子を設置されたルークは、なんでっ!? とデインに尋ねてくる。

しかしデインとて分からない。

 

チェルシーが好みそうな甘味を持参し、そのお零れに預かっている黒豆のルークに対する感情は悪いものではなかったはずだ。


「あ~…。どうやら他のメイドに聞いたみたいなんだよね。その…ルークと私が、ちょっとだけ拗れたって話を。今はもう何のしこりもないって言ったんだけど、どうも何だか」


チェルシーが困った表情で頭をかきながら、黒豆とルークを交互に見た。

そう言うことかと、デインは納得がいった。

 

姉御肌のチェルシーと黒豆の相性は良かったようで、珍しく黒豆が懐いている。

そのチェルシーが蔑ろにされてしまった事実が、面白くないのだろう。


「……次期国王が巨乳フェチとは…ははは、ワロス。ワロスと言うかエロス」


ぼそっと呟いた黒豆の言葉は理解できぬが、良い意味ではないのは雰囲気から分かる。


「こら、不敬であるぞ。よさぬか。それに其方、あれだけ二人して如何わしき春画を描き合っていたのだから既に知っておろうが」


「王太子殿下の巨乳への異常な執着は存じ上げておりましたが、まさかそれが長年の友情を凌ぐものとは。チェルシー様のメイドとして、また、いち貧乳市民として思うところがございました」


「うっ……うぅ…っ…」


無表情ながら真っ黒く吐き出される黒豆の言葉に、ルークが胸を押さえて蹲った。

ルークもその件に関してはかなりの罪悪感を持っているので、黒豆の言葉は見事に傷を抉っている。


「チェルシー~…やっぱり…怒ってるよなぁ…?」


「もう気にしてないってば!」


チェルシーがルークを慰める傍らで、黒豆はわれ関せず、がちゃがちゃと紅茶の準備をしていた。

ルークの紅茶にワザと茶葉を混入させているのに、デインは思わずため息をこぼしてしまった。


「今日は果物持ってきてやったぞ……ちびも好きだろ?」


チェルシーの慰めで復活したルークは、ご機嫌取りとばかりに持参した果物を差し出した。

遠方より届けられたライベリーという果物は、この国では栽培できない。

 

比較的温暖な気候を年中保つので、色々な作物は育ちやすいが、果物には熱き気候にしか育たぬものもあり、ライベリーはその一つだ。

庶民では少々手が出しにくい高級品。

 

椅子を引き摺って戻ってきたルークがテーブルに付き、遅いティータイムを始めた。


「あのさ、玄関にあったバカでっかい花束、あれ何? 誰から?」


「さぁ?」


他愛のない話をしているようで、ルークはチェルシーの結婚についてあからさまに探りを入れている。

花束の送り主など影より報告を受ければすぐに知り得ることなのに、ルークはチェルシーの反応を確かめたいようだった。

 

ご自身のご結婚よりも、チェルシーの結婚に気を取られているのが困ったところだ。当然のことながら、王妃を選定する方が優先されるべき案件であるのに。


「何です?」


デインが王妃選定に頭を巡らせていると、ルークが何か言いたげな視線を送ってきた。


「いや、精悍な顔つきで宙を睨みながら、手はライベリーの実を汁、零さないように器用に剥いてるからすげえなと感心したんだよ。ってかお前、ライベリー苦手じゃなかったか? 甘すぎるって」


「えぇ。一つ、二つなら美味しく頂けるのですが」


デインは剥いたライベリーを隣に座る黒豆の皿に入れてやり、湿らせた布で手を拭う。

ライベリーは控えめな酸味に、甘い汁を豊富に含んだ柔らかい実なのだが、分厚い皮で覆われている。

 

刃を使うほどの硬さではないので、中央に爪を差し込み左右に割り開くのが一般的な食し方だ。

しかし以前、デインが食い意地の張った黒豆にそれを分け与えてやれば


「剥けました」


「其方の爪がか!?」


そんな出来事があった。

ライベリーの実はクルミほどの大きさなので、刃を使うのは難しく、以降仕方なしにデインが剥いてやっている。

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