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黒豆と三華人 1


「其方……幾人もの兵に囲まれた状態でよくも居眠りなどと」


「これは異なことを。寝ていると見せかけて、考え事をしている私独自のスタイルでございます。罪が明るみになった今、私めの生殺与奪の権を握るは情け深きご主人様。しからば、全ての事情をお話しせんと首を長くお待ち申し上げておりました」


言葉が使える分、耳を伏せることで誤魔化す仔犬よりも質が悪い。

黒豆は少し垂れていた涎を拭いながら、ふてぶてしく言い訳をしている。

 

まぁ良い、とデインはそんな黒豆を見やった。事情があるならば聞いてやるつもりであった。

黒豆にどのような思惑があって、罪を犯したのかは知らない。

 

しかし誰かの、逆らい難い指示に従って犯した可能性も大いにありうる。刺客にそういう者が多いのも公然の事実。

ある者は家族や愛しきものをたてに取られ、ある者は自我を奪われ、ある者はその心を利用され……。望んで刺客になったものなど、殆どおらぬことをデインは知っていた。

 

望んで刺客になったものとて、それしか進む道が示されていなかっただけの話。

やむを得ぬ事情をあったとすれば、それを汲んで軽罪してやることは出来る。


「信じて頂けるかどうか分かりませぬ。しかし包み隠さずお話しいたしましょう。まずはご主人様、何も言わずに私に十ペソお恵み下さいませ」


「十ペソ?」


デインはその意図が分からぬまま、懐から十ペソを取り出して渡してやった。

それを受け取った黒豆は、儲けたと呟いて、いそいそと自分の懐にしまい込んだ。


「……」


ではお話いたします。

改めてそう切り出そうとする黒豆をデインが制止する。


「待て。今の十ペソのやり取りに、其方の事情を話すこととどのような関係があったのだ?」


「何の関係もございませぬ」


「何故其方は、こうした状況下でそういう事をするのだ」


「お言葉ですがご主人様、こうした状況下でこそ成しえる技でございます」


デインは頭痛がするとばかりに頭を押さえた。

今やデインと黒豆は、雇用主と雇用者と言う立場ではなく、罪を糾弾する者とされる者だ。

 

黒豆はそれを正しく理解しておるのであろうか。

いつものように、気が抜けるようなふざけたことを冒頭に行いながら、黒豆は事情とやらを淡々と語った。


「単刀直入に申し上げますと、私めはこの世界の生まれではございません。更に加えて申し上げますと古語りの三華人の従妹にございます」


「……其方、正気か?」


黒豆の精神を問えば、黒豆はシャーラップと謎の言葉を呟いた後


「信じがたいのは重々承知しております。しかし今しばらく私めが語る世迷いごとのような真実にお付き合いくださいませ」


黒豆はデインの目にひたりと視線を合せた。

まぁ良い。信じるかどうかはさておき、最後まで話は聞いてやろう。


傍らの椅子を引いて優雅に腰かけたデインは、話を続けるように促した。


「事件は会議室ではなく、日本という先進国の、長野県という地方の、そのまた田舎の、かなり郊外の、山奥にある一本の大木の下で起こりました」


デインは主たる都や栄町の名は須らく知っていると言っても過言でない。

しかしナガノケンという地名には全く聞き覚えがなかった。


「その日は法事、親族の行事がございました。血族諸共一堂に集うその日は、私は針の筵、ここぞとばかりに好奇心の塊であるご婦人方が、暗闇に潜むコウモリのようにひっそりと生きる私に、遠慮ない探りを入れてくるのでございます。そして近しい年頃の淑女たちと比較され、やんわり貶される何気ない悪意から、私の心身を守ってくれるのは我が麗しの姉君でありました」


「其方の姉が、私には全く想像できぬ」


豆の姉。

黒豆以上にまめまめしいのだろうか?

 

同じサヤに入っているが如く、全く同じサイズで不愛想な顔をした姉をデインは想像してしまった。


「失礼なことをおっしゃらないで下さいませ。姉は、妹である私が言うのもなんですが、ご近所でも有名な美人さんでございました。近所のおばさまが私めを見て、あらまぁ、妹さんなの……お姉さんは美人だけど妹さんはごにょごにょ…と苦笑交じりで言葉を濁すたびに、誇らしさで胸がいっぱいになりました」


「どうしてそのような反応になる」


世の美姫に見慣れたデインにとって、黒豆は美とは言えない。

しかしデインは黒豆の容姿が、婦人に苦笑されていると聞き、眉を寄せてしまった。美しいとは言えないが、黒豆は独特の味があると思っている。


「妹思いの姉でございました。私が泣けばあやし、何かを欲しがれば譲り、引きこもれば根気強くカーテンを引きと、全く姉の鏡とも言えましょう」


「其方、つまり姉が自慢なのだな」


黒豆がそこまで誰かを褒めるのを初めて聞いた。


「おっしゃる通りでございます。大好きでございます。……そういえば少しご主人様に似ているかもしれません」


「……」



姉を思い浮かべているのか、少し懐かしそうに目を細めて黒豆はデインを見た。

懐かしさと、切なさとを含んだその目。


その目と発言に、一瞬動きを止めたデインに気づいたのか、すぐにその表情を不快そうなものに変えた。


「勘違いしないで頂きたいのです。私が似ていると申し上げたのは、面倒見が良いところと、下の者に寛容なところです。間違っても、ご主人様のような筋肉質な体格をしているわけではございませぬ」


「誰も思ってはおらぬわ」


そして黒豆曰く出来た姉は、その少々騒々しい親族たちが、酒を嗜み始めた頃を見計らって黒豆を外へ連れ出した。

館から少々歩いたところに、ホタルという生き物が見られる場所があり、姉は黒豆をそこに連れて行こうとした。

 

さてゆかんとする黒豆姉妹に、我も我もと近寄ってきた黒豆の従妹たち三人。


「そして私共は、総勢五人できれいな小川へと向かいました。ホタルとは尻を光らせ、メスを引きつけ求婚するという特異な虫でございます。よっしゃ、俺のケツこの世で一番輝いてる! いや、俺だろっぴか! と競うように光る彼らが飛び交う様は、それはそれは幻想的で、私共はしばし言葉も忘れ、その光景に魅入っておりました。しかしその後、私共は天の泉をひっくり返したような凄まじい豪雨に晒されてしまったのです」


山の天候は変わりやすい。

しかしホタルに気を取られていたために、空が黒い雲に隠されて行くのに気付くことが出来なかった。

 

雨を凌ぐものを持ってはいなかった黒豆たちは、とりあえず雨避けにと大きな大木の下に身を寄せた。

降りしきる雨に、目が眩むほどの雷光、耳を劈く雷鳴。


「徐々に強くなる雨音。それにもかき消されぬ雷鳴は激しく、私共の不安を煽りました。そして私共の不安は的中してしまいました。例え豪雨だろうとも、雷鳴が傍にあるその時に、大木の元にいてはいけなかったのです」


黒豆たちが体を休めるその大木に、運悪く雷が落ちてしまったらしい。


「気づけば見知らぬ地にて一人身を伏しておりました。あの時傍にいた姉も従妹もどこにもおらず、そしてあの大木も広がる田も、そこを流れる小川もどこにもございませんでした」


途方に暮れていたところに、丁度通りかかった旅芸人。


「私は彼らに拾われ、そして脚本を書くことで日々の糧を得る手段を得ました。私の脚本は斬新で繊細で、同じような話の流れに飽き飽きしていた観衆たちを惹きつけました」


「其方にそのような才があるとは知らなかったな」


「パクっただけでございます。」


姉や従妹はどこに行ったのか。ここはどこなのか。何があったのか。

黒豆は何も分からないまま、とりあえず死んではいけないと思い、その一座に身を置きながら自らの状況を知ろうと試みた。


「私の故郷では、窓を開けば全世界に繋がり、さまざま情報を得ることが出来ました。私は今もスマホという文明の機器を持ってはおりますが、残念なことに圏外で、人に聞くことのみが情報収集の手段でございました。引きこもりコミュ障の私には耐え難い仕打ちでございますが、致し方ありませぬ」


そしてこの世界がどのような世界なのか、そういった情報を集めることは出来たが、なぜここにいるのか、どうやって国に帰るのかという情報は全く集めることが出来ないまま数月が経ってしまったそうだ。


「何の収穫がないまま、月日だけが過ぎていきました。そんな折、私は一座の子供が持っていた【帝都三華人】を目にする機会に巡り合ったのです。それは三華人が一人、天の調べを奏でる苑国が王妃、天音のツバキと呼ばれる御仁のお話でした」


天の調べを地に伝えたとされる苑国王妃、天音のツバキ。

その御手より紡ぎ出られる音色は、春風の如く人々の心に安らぎを齎し、やがて苑国の王の御心をも虜にせん。


「その書を読んで私はすぐに気づきました。三華人のツバキは、あの時共にいた従妹の椿なのだと」


「……何と?」


ホタルを見に行こうとする黒豆姉妹に随行した従妹一人、名はツバキであると。


「それから私は時間が許す限り、帝都三華人の話を集めました。その多くは民衆の間で語り継がれ別なるものに変化しておりましたが、しかし幾多もある古語りの中から、私は真実を拾い集めることが出来ました。そして確信いたしました。間違いなく三華人が一人、天音のツバキは我が従妹、三原椿であると」


大陸中に広く伝わる帝都三華人は名は同じなれど、伝え聞く話は大きく違う。

その国によって、その地方によって、幾多もの話があるのだ。

 

それ故に実態が掴めぬ三華人は天の方とも言われる。


「私と椿は、やはり血の繋がりがある従妹。成すことが類似しておりました。椿が地上に与えたという旋律を聞くたびに私めは思いました。ど派手にパクッてるな、と。著作権が何ぼのもんじゃい、モーツァルトもバッハも私のもんじゃいと言わんばかりの清々しいパクり方、私も見習わせて頂きました」

 

アヴェ・カメリア・コルプス、フィンランディア・カメリア、ラヴェル・カメリア、アパラチアカメリア。

 

全ての音は苑の王妃から給うたものだ。


「椿は高校三年生でありながら、厨二病を患っておりました。そして同じ病を持つ学友たちと、メシアと言う名のバンドを組み、日々作曲活動に励んでおりました。“孤独~それはロンリー”などただ直訳しただけのさびや、”クロス握って祈ってみても お釈迦様は見ていないのさ”など宗教不明の、痛々しさ満載の詞を恥じることなくクラスに垂れ流しておりました。そんな病を拗らせた椿ですが、音楽の才能は全くない訳でなく、特に幼き頃から手習いを続けておりましたバイオリンは結構な腕前でございました」


厨二病、聞き覚えがない病気である。

何やら詳しくは分からぬが、黒豆曰くともかく痛い病気らしい。

 

そのような重き病を幼い身で患うとは、哀れなことであるとデインは同情を禁じ得なかった。


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