039_黄頭討伐戦【同舟会】_②
甲楽園ダンジョン。
このダンジョンは少しばかり特殊なダンジョンだ。遊園地と球場とで2分されている。
上野ダンジョンも各施設ごとにそのエリアにおいては別ダンジョンのようになってはいるが、独立などはしておらず、すべてが繋がっている。
だが甲楽園ダンジョンは、それぞれがほぼ完全に独立しているのだ。
とはいえ、ふたつの別のダンジョンが隣接しているというわけではなく、ひとつのダンジョンであるということは確認されている。
ボスではないが、強個体モンスターが配置されている場所があり、そこが遊園地部と球場部を繋ぐ連絡通路となているのだ。
まぁ、そのような特殊なダンジョンではあるが、麻葉たち特別編成パーティは遊園地部には要はない。
目指すのは球場側の3層だ。
そして球場部のダンジョンは、球場そのモノがまるごと1層分として連続しているダンジョンである。
そのためひとつの層の中にさらに層があるようなこととなっているので、非常に面倒臭い。
とはいえ、件のモンスターが居座っている3層へと続くルートは、これまで行われた2度の討伐行で障害となるモンスターは排除されており、移動自体はさして苦労はない。
改めてポップしたモンスターもいるが、所詮は浅層のモンスターである。片手間といっていい程の調子で麻葉たちは問題なく進んでいた。
飛び掛かって来たウサギを、室戸は盾で殴りつけて壁に叩きつけた。たちまち角を生やした黄色いウサギは霧散して消えた。
「相変わらずウサギばっかりだな」
「ドロップは無し」
「これって、ここを本拠にしてた球団の関連なのかな? たしか、球団マスコットってウサギだったよね?」
「あー……そういえば、お嬢は今回が2度目だから知らないか。グランドへ行くと、モンスター化したそのマスコットと戦えるぞ。いわゆる中ボス的な役どころだな。このダンジョンは球場丸ごとを一層として重なってるようなもんだから、各階層にいる。もちろん、深くなるにつれて強くもなる」
「確か、11層からは昔のマスコットも出て来るんじゃなかったか?」
室戸と鳥居の説明に、芦見がほほぅと声をあげる。
「球場のほうは、ここを本拠としていた球団のマスコットがモンスター化してるんだよねぇ。ちょっと見てみたいかも」
「11層以降は、ウサギ系モンスター以外も出て来るんだけどな」
「あのハンドボールサイズの硬球モンスターか? あんなもん、一番相手にしたくねぇモンスターだわ」
「でも雑魚だからいっぱいいるんだよなぁ」
「ドロップもサインボールのレプリカとか、いらんもんばっかだしな」
「……なにそれ」
パーティは問題なく1層を抜け、2層へとはいる。
「それじゃ、索敵するわね。
『我は探る、知覚せしは魔物が気配』」
階段エリアに立つ芦見を中心に、青白い光が波紋のように広がっていく。
「正面、100mほどの地点に2体。さらにその先に5体のパーティ。私たちのルート上にはそれだけ。他に7体ほど反応があるけど、位置的に無視して問題ないんじゃないかな。多分、遭遇することはないと思う」
芦見からの情報を受け、パーティは進む。そして問題なく潜んでいたアルミラージ2体を叩き潰した。
「索敵魔法すごいな。相手も移動するわけだから完ぺきとはいかんが、事前に居場所がほぼ分かるアドバンテージはありがたい。モンスターの傾向も階層でだいたいわかっている分、危険度が爆下がりだ」
「それで、その妙に物々しい呪文は?」
鳥居が問う。
「中二病臭い呪文って云っていいよ」
芦見が苦笑する。
「基本的に誤爆防止のためだね。杖を持った状態で呪文を口にすると、魔法が発動しちゃうから。ついうっかり口にすることがないように、ああいった言い回しとしているらしいよ。あ、杖を身に着けていなければ誤爆はしないから、周囲の人が悪戯しようとしてもできないよ」
「というと、俺たちでも杖があれば魔法を使えるのか」
「うん。麻葉さんと狩木君も装備してるよ。呪文をひとつ刻んだ指輪を」
芦見そういうと、先頭をあるいている狩木が左手を掲げて見せた。その中指には簡素な指輪がひとつ嵌っている。
「その指輪が杖代わりか? なんかラピスラズリみたいなのが嵌ってるんな」
「縁あって購入できた。なんでかシャティさんの機嫌がよかったからだよな、買えたの、つか作って貰えたの。ですよね、お嬢」
「うん。杖と一緒に購入できたんだよ。今回はこれらの宣伝も兼ねてるから、あとで狩木くんも麻葉さんも使うよ」
室戸と鳥居が、先を進む麻葉と狩木に視線を向けた。
「くっ、羨ましい」
「まぁ、いずれ販売されるようになるんだ。それまで待とう」
ダンジョンアタック中とは思えないほど、和気藹々とした調子だ。
そして目的の3層へと到達する。
「……目標と私たちの間にモンスターの反応は無し」
「よし。ここからは気を引き締めていくぞ。目標は変わらず3塁側ベンチへと通ずる通路上にいる」
「了解」
「俺と狩木が前衛。囮兼アタッカーだ。ムロとトリは絶対にお嬢を守れ。お嬢が魔法で奴の足を止め、俺と狩木が仕留める。作戦とも呼べないシンプルなものだが、それがどれだけ難関か、ふたりは理解しているな?」
「えぇ。壊滅しましたからね」
「さぁて、リベンジマッチだ」
これまでの雰囲気は一変し、空気が緊張感に包まれる。
「この先だ」
「ちょっと待って。鑑定してみる。トリさん、ムロさん。護衛よろしく。もしかすると魔法を掛けたことが気付かれるかもしれないから」
「了解だ」
「任せろ」
芦見はそろそろと前にでると、すぐ目の前の角から僅かに顔を出し、通路の先に佇むモンスターを視界に入れた。
3塁側ベンチへと続く通路。その作りは本来の球場のものとは少しばかり変わっている。顕著なのは、通路幅と天井までの高さだ。幅は12m道路と同程度。高さは3m。
暗色のヘルメットにフェイスガードを装備しているおかげで、角から顔を出してもそうそう目立って見えることもないだろう。
「『我は見抜く。示せよ、其は何ぞ』」
鑑定魔法を掛ける。幸い、魔法を掛けたところ、対象のモンスターがそれに気付く様子は見られない。
そして芦見は見えた鑑定結果に思わず息を呑み、慌てて先頭から下がった。
「どうでした? お嬢」
「イオちゃんの云ってた通りだった。
『ゴブリン特殊個体亜種、イエローキャップ。レベルは382』
でもイオちゃん曰く、イエローキャップはレベル詐欺モンスターっていうから、数値以上のレベルと思った方がいいよ」
芦見の言葉に、室戸と鳥居の顔が強張った。
「マジかよ」
「道理で俺たちがコテンパンにやられたわけだ。ちょっと強い程度のゴブリンと思ってただけだったからな。400近いとか、まともやって勝てるか! 約7倍のレベル差じゃねぇか」
「イオちゃん曰く、実質500以上の戦闘能力らしいから、10倍近く力量差があるってわけだね。……知ってたら絶対に受けないよね、こんな依頼」
室戸と鳥居のふたりがまったく同じように顔を顰めた。
「準備はいいか。吶喊する。こんな見通しのいい通路を慎重に進んでも先制されるだけだからな。アキラ、突っ込め。お前の方が足が速い。俺がそれに続く。お嬢は援護を。なんでしたらお嬢が仕留めてしまっても問題ありません。ムロとトリはお嬢の防衛だ。今回の戦闘の要はお嬢だからな」
「「「「了解」」」」
麻葉の指示に全員が小声で応える。
「よし。それじゃ、魔法を掛けてから行くぞ」
麻葉に狩木が頷く。
「「『我が得物、纏わすは魔力の波紋』」」
ふたりの持つダガーと長剣の表面に波打つように青白い光が灯る。
――と同時に、狩木が通路に飛び出し、低い姿勢で眼前にダガーを構えつつ突撃する。そしてそれを追うように麻葉。
慌てたように残された3人も通路へと飛び出し、そして芦見が呪文詠唱を開始する。
「『我は射貫く! 放つは光矢!』『光矢!』『光矢!』」
芦見が【追尾魔法矢】を3連射する。追尾とついているが、自動ではなく、術者が視線により誘導する人力のモノだ。
もちろん自動で追尾する【魔法矢】の呪文もあるが、その有用性は一長一短だ。
自動のものは素直に追尾するだけのため対処されやすいが、人力はその軌道を好き勝手に変えられるため、対処されにくい。
そして自動のものは射撃後、別の行動、呪文の準備などできるが、人力の方は誘導に時間を取られてしまう。
だが確実に命中させて足を止める目的の現状では、人力誘導の【追尾魔法矢】の方が使い勝手はいい。
3本の矢が先行するふたりを追い抜き、黄頭に迫る。3本それぞれの軌道は異なる。
一本目は愚直に真正面から。二本目は回り込むように背面に。そして3本目は大きく山なりに弧を描くように頭上から。
黄頭は手にしたダガーで正面の魔法矢を払いつつ身をよじり背面からの魔法矢を回避した。その二本目の魔法矢はそのまま壁に当たり霧散。
そこで狩木が接敵し、無造作に無防備な黄頭に攻撃を加える。
薙ぐように振るわれたダガーを得物で受けた黄頭の足が止まり、三本目の魔法矢が直上から直撃した。
と同時に、黄頭は驚くべき速さで狩木から離脱した。
魔法矢で足止めし、近接攻撃で仕留めるという予定と逆となってしまったが、これはこれでひとつの収穫を得た。
「さすがレベル400近いバケモンってことか。随分と皮が厚いみたいだな」
「予定通り、仕留めるのは俺たちでやるぞ。付与の制限時間は5分だ。張替はアキラからだ」
「了解!」
やや離れたところで黄頭が僅かに頭を振っている。
やや前屈みの構え。野球でいえば、ショートの選手のような構えだ。違いは右手を前に、左手を後ろに回していることくらいだろう。
そして後衛にいる3人は――
「なんじゃありゃ」
「なんて動きをするんだよあのゴブリン。こうして離れて見て、どんだけヤベェのか再認識したぞ」
「前回は接敵してたから、どんな動きをしてたかなんて把握しきれなかったからな。あっというまにひでぇ目にあったんだ。アーマーがなきゃ死んでた」
「私としては模擬戦通りでありがたいよ。ううん、アレの方が大分キレが悪い。これならうまく当てられそう」
「「は?」」
頭上に魔法矢を浮かべている芦見に、ムロとトリが間の抜けた声をあげた。ふたりは芦見たちがイオと50戦以上もの模擬戦をしたことを知らない。
そして彼女の頭上の魔法矢。それは誘導前であるため、待機状態となったものだ。とはいえ、魔法矢には射程と制限時間があるため、いつまでもそうして浮かべて置けるものではない。
「よし。一発だけでもガードさせれば動きを制限できる。二発で足は止まらなくとも、三発あれば確実に足止めできるってわかったからね。MPポーションもあるし、どんどんいくよ!」
芦見が杖を黄頭を指すや、頭上の魔法矢がすっ飛んでいった。




