038_黄頭討伐戦【同舟会】_①
すっかり萎れた様子の張戸さんを尻目に、俺たちはリビングへと移動した。
少々時間的には早いが、【同舟会】さんの黄頭討伐戦を視聴する準備をするとしよう。
といっても、飲み物と茶菓子、それに加えて昼食の用意といったところか。
「そういえば姉さん、なぜ【同舟会】からの練習試合? の申し出を受けたんです?」
「んー? あれなぁ。本当は受ける気は無かったんだよ。だけど電話で受けたラクが受け取った伝言、あるだろ?」
「『1998年7月。道場破り』ですか?」
サラが首をかしげる。モニター画面には、【同舟会】さんのチャンネルが表示されている。これまでに結構な数の動画が投稿されているようだ。さすがは日本有数の探索者クランといったところだろうか。
とはいえ、動画配信されている探索者はほぼ固定しているようだ。それもそうか。新人たちのパーティでは、動画撮影なんてしているだけの余裕なんてないだろう。
俺はもってきたお茶を一口すすると、サラに答えた。
「前世の実家は道場を開いていてな。そこに来た道場破りなんて時代錯誤なおっさんをやり込めたんだよ。それこそあの黒白パンダにやったみたいに。多分、それを観たんだろうな。とはいえ、それで俺の中身がクロウだとよくも分かったもんだ。
いや、ほんと。前世と今世、特に今は幼女なんて有様で容姿なんてまるで違うっていうのにだ。それで道場破りの話をしてくるんだから、あのオッサンもある種のバケモンだな。まぁ、性格が災いして、十把ひとからげの一流どまりだったけど」
「どういう評価ですか、それ?」
「資質もあった。才もあった。だが指導者がいなかった。独力でも強くなるやつはいるが、一から積み上げるよりも、先人の積み上げた上からスタートする方が、より上に行けるってもんだよ。
ま、あの御仁は独力で一流どころに登れちまったのが不幸だったな。俺みたいなイカレタ英才教育をうけたのにあしらわれて負けちまったんだから。
とはいえだ。道場主に勝ったおっさんが第三者の俺に負けたわけだから、看板は俺がもらった」
サラがまさに鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「え? どういうことです?」
「いや、道場は俺が継ぐ筈だったんだけどさ、先代の爺が死んで、武道は継承していないものの道場の管理してたおふくろも病死しちまったわけだ。あ、祖母と親父もとっくに鬼籍に入ってる。で、それまで道場の事なんか欠片も無関心だった姉が突然自分が道場を継ぐ……つか、実家のあれこれ全部自分のもんだ。つって俺を追い出した。
その日はたまたま私物を取りに一時的に戻ってたんだよ。無視しても良かったんだが、看板を持ってかれるのは後継ぎであったハズの俺にとっては思うところがあってな。おっさんをあしらいまくって降参させて、看板を取り戻したってわけだ。道場を乗っ取ってた姉とその旦那には、新しい名前で看板を掲げろとだけいって、以来没交渉。その後、俺は新宿で遭遇したダンジョン災害であっけなくくたばって今に至るってわけだ」
サラが顔を顰めつつ額に指を当てている。
「姉さんはそれで良かったんですか?」
「よかったも何も、どうでも良かったからな。下手に資産なんぞ貰っても、税金のためにあくせく働く羽目になるんだ。そんな苦労はしたくもない」
「クロウ、開けて」
シャティの声が聞こえてきた。
ドアを開けると、両手いっぱいにスナック菓子を抱えたシャティが立っていた。
「いや、持ってきすぎだろ」
「みんなでつまめば一瞬」
シャティの顔は得意満面だ。
どうにもこの古エルフには、地球のスナック菓子をはじめとする菓子類は、まさに厄介な薬物のようだ。
最近の一番のお気に入りは歌舞伎揚げのようだ。……歌舞伎揚げはスナック菓子といっていいのか? まぁ、いいか。いわゆる“乾きもの”の類に入るだろうしな。
席に戻ると、サラが【同舟会】のチャンネルの過去動画を確認していた。
「どんな感じだ?」
「他のクランと比べて、幅広いです。初心者のための探索者基礎講座といえるような動画も上がっていますね。
エースパーティだけでなく、新人パーティの動向などもUPされています」
「組織としてはうまい事やってんのかな。いろんな道場の寄せ集ただけの烏合集ってわけでもなさそうだ。まぁ、中核が元極道みたいだしな。組織の運営はお手の物だろ」
サラがミニサイズの塩せんべいを手に首を傾いだ。俺を挟んで反対側にいるシャティは幸せそうに歌舞伎揚げを音を立てて食んでいる。
「極道……?」
「あー、わかんねぇか。任侠道の連中だな。平たくいうとヤクザだ。もっとも、前世の頃にゃほとんど絶滅してたな。大陸から来た連中が幅を利かせてたしな。暴力団なんてのは、そういった連中の組織が大半だったかな?」
「暴力団とは違うのですか?」
「微妙に違う、と俺は思ってるけどな。爺の同級に、地元ヤクザの親分がいたんだけどな。何度か会ったことがあるが、いかにも好々爺然としてたな。地元に受け入れられてたしな。とはいえ、自分の子供がそこで世話になるようにはしたいと思うのはいなかったけど」
俺の話を聞きつつ、サラはますます困惑しているようだ。そしてシャティは、今度は一本20円のスナック菓子に手を付けている。前世では10円だったんだがな。まぁ、ダンジョン災害のせいで、あれこれナイナイ尽くしになったせいか、値上がりしてしまったのだろう。
「シャティ、また腹がいたくなるぞ。食べるペースを落とせ」
「む。わかった。さすがにあの痛みは享受したくない」
そう云ってシャティは500ml牛乳を、紙パックから直接飲み始めた。
以前からズボラとは思っていたが、なんというか、生命活動における行動があまりにも雑だ。なんとかまともにできるだろうか?
「サラ、あまり悩むならあれだ、清水の次郎長の話でも見ておけ。漠然とだろうが、なんとなくは分かるはずだ」
「……履修しておきます」
さて、そろそろはじまるかな? 配信は戦闘直前からではなく、ダンジョンに入るところから始めると聞いている。件の黄頭は浅層部に出現しているとのことだが、大規模ダンジョンとのことだから、そこに到達するまでそれなりに時間が掛かるだろう。
「おー、間に合った間に合った。って、テーブルがお菓子で覆いつくされてる」
「シャティさん、自重しましょう」
「……難しい」
「……無理と云わないだけ進歩したかな?」
「古エルフは食事による不健康とほぼ無縁ですからねぇ」
ハクとラクがテーブルの惨状に苦笑している。って、張戸さんも来たのか。
「お邪魔します。ハクさんよりお誘い頂いたので、せっかくですので一緒に討伐戦の確認をさせていただきます」
「【同舟会】さんのほうも担当してるのかい?」
「いえ、それは別の者が。魔法の杖の実用の様子を自室で確認する予定だったのですが――」
「折角だし一緒にと思って誘ったよ。まさかテーブルが菓子で埋め尽くされてるとは思わなかったけど」
「たまにはジャンクなのもいいだろ。
そういや、魔道具としての杖やらは発掘されても、魔法触媒としての杖なんかはまだ発掘されてなかったんだっけな。まぁ、ダンジョンからでるのは、特殊な効果付きが基本だから、相当深く潜らないと出て来ねぇんだよなぁ」
「特定の魔法が撃てるだけの魔杖がほとんどですからねぇ」
サラがバリッとポテトチップの袋を開けた。
「クロウ、はじまった」
「珍しく随分と興味をもってるな」
「あれは外弟子みたいなもの。見届けるのは義務といえる。結果如何によっては、後日特訓することも考える。私が教導した以上、不甲斐ない様はありえない」
妙に鼻息の荒いシャティに俺は肩を竦めた。まぁ、気力がでてきているのはいいことだ。向こうにいたときは、いつ見ても死にそうにしか見えなかったからな。
「それじゃ、張戸さんも適当に座ってくれ」
念動で隅に積んであった座布団を引き寄せつつ、張戸さんに座るように促した。
★ ☆ ★
【同舟会:甲楽園ダンジョン】
「あ、飛んだ。というか浮いた。どうなってんだ?」
「無音じゃん。スゲェな。これなら音でモンスターに気付かれることもないぞ」
「ふたりとも、起動と同時に配信はじまってんぞ」
狩木の声に室戸と鳥居が慌てて口を閉じた。
「あれ? 映像が来ないね。えっと……あ、これか。これをONにして……どうだろ?」
「映像入りました」
大型の外付けバッテリーを装着されたようなEXPを手に、狩木が答えた。
このEXPに取り付けられているモノはバッテリーではなく、ダンジョン内からでも通信を可能とするデバイスである。
狩木の応えを受け、芦見はマナクラフトの前に立った。
「みなさん、おはようございます。【同舟会】三番隊の芦見です。本日はJDEAからの依頼により、あるモンスターの討伐に向かいます。そのため、部隊編成の見直した特別編成で現場に向かいます」
そう云うと芦見は背後のドーム球場を指示した。
「場所は【甲楽園ダンジョン】です。野球場と遊園地とを合わせた、中規模よりの大規模ダンジョンです。目標は球場エリアの3層に陣取っています。球場エリアの一部が先月から立入禁止となっているため、知っている方も多くいると思います。
では、今回のパーティメンバーの紹介をしましょう。まずは室戸さん!」
芦見は隣に控えている大盾を装備した青年を示す。大柄で筋肉質な体をしていることが、身に着けているボディアーマー上からでも分かる。
「1番隊の室戸だ。今日は盾役としての参加だ」
室戸は防弾盾を掲げて見せる。10キロ近くある重たいものだ。
「次、鳥居さん!」
「同じく1番隊の鳥居だ。俺も盾役としての参加だな。お嬢の守りは任せとけ」
「お願いね。本当にお願いね。アレの動きは追えても、私じゃ対処無理だから」
なんとも情けないことを云う芦見に、鳥居は不適な笑みを浮かべてサムズアップをして見せた。
鳥居も室戸に負けず長身ではあるが、その体格はやや細身だ。いわゆる細マッチョという体格だ。装備も室戸と同様だが、室戸が黒であるのに対し、鳥居は砂漠迷彩使用の装備となっている。
「3人目はアキラ君!」
「3番隊狩木だ。俺はいつも通りアタッカーをやる。だが今回はダガーをメインに使うことになるな」
鳥居と同様に砂漠迷彩仕様の装備の狩木が、自身の武装を示す。両腰はもとより、後ろ腰や足や肩口にまでダガーを装備している姿は一種異様だ。
「そしてリーダーの麻葉さん!」
「3番隊隊長の麻葉だ。今回このパーティのリーダーを務める。見ての通りアタッカーだ」
麻葉の装備はシンプルだ。黒の戦闘服に日本刀と西洋刀の二振りを腰に差している。そして右腰には馬手差しも装備している。他にも棒手裏剣の類もそこかしこに装備しているが、傍目には分からない。
「はい。以上のメンバーでモンスター討伐に向かい――」
「お嬢、待った。まだ終わってない」
「え?」
「あとひとりいるだろ」
「え、みんな紹介したと思うけど」
芦見が首を傾げると、皆がいっせいに彼女を凝視した。そして狩木が芦見を指差す。
「あ、私がまだだ。あははは。うっかりうっかり。
えっと、3番隊の芦見です。私の役どころは対象モンスターの動きを止めることとなっています。ということで、今回から【呪文使い】見習としての参加です」
そういって芦見は自身の背丈よりはやや短い、竜の意匠が施された白い杖を手に持った。
「【呪文使い】というのは、魔法使いの下位クラスですね。魔法触媒となる杖さえあれば、誰でも成れるクラスです。剣をメインに扱っていれば、剣士のクラスに成れるのと一緒ですね。もっとも、どちらも戦闘の上でのセンスが必要となりますが。デザインはどうなるか不明ですが、JDEAからこれらの魔法触媒は販売が予定されています。ただ、現状はこれを作るための職人の育成がはじまったばかりなので、販売は結構先となるんじゃないでしょうか。
あ、それと宣伝を。
今回、ライブ配信をしながらでモンスター討伐に向かいますが、その配信機材としてマナクラフトを用いています。使っているのは市販用の汎用型の試作機です。早ければ来年中にロージーさんから販売が開始されると思います。それで撮影を行っているので、ちょっと外観を見せることができませんが。
あともうひとつ。EXPに外部ユニットとして取り付けることで、ダンジョン内外で通信可能とするガジェットの試験も行っています。狩木君のEXPに取り付けられている奴ですね。ケーブルで繋げられている、EXPの半分くらいのサイズのユニットです。このガジェットは現状では販売は未定だそうです。マナクラフトのほうを優先としているためとのことですね」
狩木がそれらをマナクラフトに向けて掲げて見せた。
「では、これから特殊モンスター討伐の為のダンジョンアタックを開始します。実況的なことは難しいかもしれませんが、ご了承くださいね」
芦見はそういうと隊列最後尾に加わりパーティはダンジョンへと突入した。




