033_APPENDIX:イオとサラ帰宅中の会話
■APPENDIX:イオとサラ帰宅中の会話 ―地下鉄上野駅ホームにて―
『あぁ、クソ、腹立たしい』
『姉さん、落ち着いてください。まぁ、あんな状況でしたから仕事着のまま出てくる羽目になって立腹しているのはわかりますが。でもなんでフォラゼル語なんですか?』
『云っちゃ不味いことを口走りそうだからだ。それなりに人がいるしな』
『仕事上がりの探索者ばかりですけどね』
《サラリーマンみたいだねぇ。まぁ、定時上がりのサラリーマンなんて希少種だろうけど》
『ん? ハク?』
『あれ? ハク姉さん?』
《ハイハイ、ハクさんですよ、ごきげんよう。さて、サラには残念なお報せがありす。配信が切れていません! さっきのトラブルはばっちり配信したよー。なんだろうね。暴露系配信者でもないのに、ライブ配信で2回ぶっ続けとか》
『そういや配信はそのまんまだったな。だがスマホで繋ぎっぱなしだっただけで、映像の送信は切ったはずだぞ。【アダム君】しまったし』
『ハク姉さんの声なんて全然聞こえませんでしたよ!? BGMだって!』
《空気を読んで私の方はミュートしていました! 視聴者さんとは筆談……って云っていいのかな? この場合。まぁ、コメントで会話してたよ。やー、あの武内って所長は、きっと大変なことになるだろうねぇ。実はこっちにさっきまで本部の職員さんが来ていてねぇ。配信をシャティと見ていたんだけれど、血相を変えて飛び出していったよ。
そうそう、その職員さんに配信の許可を貰ったから、やったことはうっかりな盗撮みたいになったけれど、問題はないよ。そこは安心。
つか、日本語に切り替えてよ。視聴者さんが理解不能で困ってる》
「あぁ、そうか。サラ、一応【遮音結界】張ってくれ。でもって邪魔にならんように端っこに行くぞ」
「あ、はい。って、ハク姉さん、そうですよ。【アダム君】は停止させたんですから、映像配信が続いている筈がないんですが、どういうことなんです?」
《どういうことって、サラ、あんたイオちゃんと別行動するとき、スマホでこっちに映像を送ってたでしょ。つか、まだ続いているんだけどさ。さっきからイオちゃんの帽子が良く見えてるよ》
「あ、サラが面白いくらいに慌てふためいてる」
「あーっ! 私の方のを切ってませんでした!!」
《サラの方は地味ーなお散歩だったねぇ。ほとんどマッピングしてただけじゃない。あ、でも、徘徊する棺には遭遇したね。あと念願の土偶も見れたじゃない》
「なんだその得体の知れないのは。その棺はモンスターなのか?」
「……博物館のほうで、以前『エジプト・ミイラ展』なる催しがありまして。それを元に生み出されたモンスター……モンスターなのでしょうか、あれ」
「どんなのだったんだよ」
「マトリョーシカみたいに棺の中から棺が次々と現われて、最後のひとつが開いて私を取り込もうとしてきました」
《ファラオのミイラって、複数の仮面? 棺? に収めるんだっけ? 多分、それを元にしたゴーレム系のモンスターじゃないかなぁ。微妙におかしなことになってたような気がするけど。そっちの方を専攻している学者さんなんかは「違う、そうじゃない!」って叫ぶんじゃないかな》
「面白そうなのが出たんだな。こっちじゃちっこいティラノサウルスくらいだ。体高は3mくらいかな、全長は尻尾を含めて6m足らずか」
《シャモティラヌスらしいよ。視聴者情報によると。ティラノサウルスの先祖的な恐竜みたいだね》
「あー。それじゃ、そのシャモなんたらから派生して大型化したのがティラノサウルスなわけだな。まぁ、それはどうでもいいか。俺としては、美味いか不味いかだけが気になる。
もしも美味かったらやだなぁ。もう上野に狩りにこれねーじゃん。あんだけ啖呵切って念書まで書いてきちまったし。くっそ、害悪でしかねーな、あの武内とかいう強盗野郎。ああいうのが幅利かせてるのが一番腹が立つわ」
「……ハク姉さん、映像の送信を切っていいですか?」
《せっかくだからもう少し。というかね、視聴者から質問が来てるのよ》
「なんでしょう?」
《なんでCCDカメラなんて使ったのかって》
「それ、ハク姉さんは知っているでしょう? スマホのカメラを使うとなると、スマホ本体をしっかりと固定しないとイケナイじゃないですか。ちっとも安定しないんですよ。ベストポジションは胸元か頭ですけど、どちらもすぐに外れそうになりますし、なにより見栄えが大変悪いです。有体に云って頭の場合は珍妙です。そんなのはさすがに嫌です」
《ってことだよー。私が云った通りだったでしょ。それになにより、攻撃を受けた際、真っ先に壊されそうな場所でもあるのが理由だよ。ということで、理解いただけたかな? 視聴者諸君》
「……カメラがみっともないって、そのことを云ってたんですね」
《そだよー。そのために作った外部ユニットだからねぇ。需要があるかは知らんけど。というか、【マナクラフト】があれば十分だしね。スマホでの配信は、探索者には破損のリスクがあるしね。
ところでイオちゃん。上野ダンジョン攻略はどうすんの? ホントに中止?》
「ん? やらねーぞ。真面目にやってマッピングしても、全部嘘呼ばわりされた上に成果他もろもろ接収とかやってられっかよ」
《……魔物溢れは?》
「知らね。一部の探索者は大変だろうな。楽しいクリスマスの時期に、延々とゴブリンを殺す仕事を依頼されるだろうからな。幸い、ダンジョンのあの通路のサイズもあって、デカブツは出てこねーしどうにかなんだろ? ヤベーのはシャモなんちゃらクラスと、あとは……地上のあのカバだな。あ、そういやあれ、魔物型だったな。となると魔物溢れの際は同士討ちをはじめるから多少は楽かも知んねーぞ。魔物溢れの時は、魔獣と魔物は殺し合うからな。とはいえ壁壊されたら被害が甚大になるだろうが。ま、そこはあの武内所長がなんとかしてくれるさ」
「そうですね。レベルは一桁でしたけど、きっと武内所長がなんとかしてくれます」
《うわぁ……》
「リバースデスパンダはどう行動するでしょうね?」
「アレか……一応、俺がテイム拒否した感じなんだよな。とはいえ、これからどーしろって命じたようなもんだから、あそこから動かないんじゃないか?」
《おー。いままで厄介者扱いだったパンダが頼もしい防衛ラインになるかな?》
「どうだろうな。積極的に戦いにはいかんだろ。そう命じちまったし。火の粉を振り払う程度だと思うぞ。……いや、ある意味地味に戦闘訓練したようなもんだからな。ぶっ殺して問題ない藁束が大挙してきたら実戦訓練とばかりに暴れるかもしんねぇな。多分、今後は演出抜きの隙の無い戦い方をするだろうからな」
「モンスターを鍛えてどうするんですか……」
「いいじゃねーか。面倒臭い国が面倒臭いことを云って来れなくなるんだから」
「私たちに依頼が来たらどうするんですか?」
「知らね。つかそんなもん来たら蹴っ飛ばすぞ。俺は『NO!』と云える日本人なんだ」
《みてくれは完全にコーカソイドだけどねー》
「ほっとけ。あっちの国はどーでもいい」
「私たちは不要と断じられましたからね」
「それにしても電車、混んでんな。つーか丁度ラッシュ時か」
「あー……姉さんは大変ですね」
「この背丈だからな。かといってラッシュが終わるのを待つのもアレだな。晩飯のお預けを喰らうなんて冗談じゃない。もう空でも飛んで帰るか? サラも空くらい飛べるだろ?」
「一応、飛行魔術はありますけど。……効率、悪いんですよね」
「そら、人は空を飛べるように出来てねーからな」
「そもそも姉さんは空を飛べるんです?」
「俺? 俺は普段からちょくちょく浮いてるだろ。この背丈のせいで、受付に顔を出すにも丈が足りねーからさ。だから飛べるぞ。そういや前にいわんかったか? その気になれば音速を超えられるって」
「……あれ、冗談じゃなかったんですか?」
「一回試しにやった。まともに静止できず盛大にスッ転んだから、もうやらんだけだ。事故を想定して全力で防護してたのに痛かったしな」
「音速超えで転倒して痛いだけで済んでるのがおかしいんですけど」
「能力があるのが分かった。なら、それがどれだけの事ができるのか、どこまでのことができるのかを突き詰めるのは当然だろ? でなきゃ使い熟すなんてできやしない。そもそも“誰がそこまでやれといった!”というレベルで突き詰めるのが日本人の血ってもんだ」
「……姉さんがなんでレベル70000超えとかおかしなことになったのか分かった気がします」
「そっちは生き残るためってのが大きいな。殺されないよう必死にあがき続けた結果、いつの間にやら5桁を突破していただけだ。
ハク、このまま雑談してても終わり時がわかんねーよ。だからもうこれで終わりな。混み混みの電車なんて願い下げだから、別の方法で帰ることにするわ。
じゃ、サラ、映像送信終了だ」
「あ、はい」
《はーい。お疲れー。気を付けて帰って来てねー》
「……今度こそ切ったな?」
「だ、大丈夫です」
「それじゃ、帰るか。飛ぶのもいいが、折角転移できるんだからそれで帰るべ。ついでに、倉庫番してる天使様に挨拶もしておきたいしな。なんのかんので顔を合わせてねーし」
「そういえば、私もザフキエル姉さんとは会ったことがありませんね。挨拶はしておきたいです」
「じゃ、次の電車が来たら【認識阻害】をしっかり掛けてくれ。それに合わせて俺たちも転移しよう」
「了解です。……明日から暇になりますけど、どうします? 姉さん」
「ん? あぁ。もうオークションが終わるまで休業でいいだろ。ドラゴンの搬入もあるし、【同舟会】さんの黄頭戦も見ておきたいしな。明日だっけ?」
「はい。楽しみですね」




