033_上野ダンジョン攻略_⑥
サラが転移の魔術を使い地上へと戻る。転移の出現場所は例の中ボス枠のベヘモスモドキの手前位置だった。
曰く、俺たちの配信のせいか、リバースデスパンダを見物に行く探索者が出てきているそうだ。そしてこの場所なら危険すぎて人が来ることはないとも。
ちらっと中ボス枠のベヘモスモドキを見てみたが……あー、確かにカバの化け物だわ。だがベヘモスじゃねぇなぁ。普通にでっかいカバだあれ。とはいえカバは地上最強の動物の一角とも云われてるからな。あんなデカブツとまともに戦う探索者はいないだろ。
「戦車砲でもぶっ放せば倒せるかな?」
「どうでしょうね。魔物ですから適度にダメージが入るだけでピンピンしているのでは?」
「そういや魔獣じゃないんだっけな。となると何発必要だ? いや、その前に踏み潰されそうだな。まぁ、戦車はそうそう潰れやせんだろうけど、ガンガンストンプされたら中身が死ぬな、きっと」
魔物はゲーム同様、死ぬまで一切弱ることがない。そこが厄介といえば厄介だ。だが一定以上のダメージ、ゲーム的に云えばHPを全損させれば霧のように消えて魔石が落ちるだけという、ちょっと拍子抜けするようなことになる。
血がでたりすることもないから、生物を殺すことの忌避感を拭えない探索者が相手にするにはいいのかもしれないな。
またしても【認識阻害】の魔法を変えてゲートをくぐる。相変わらずモンスター保護だか愛護だかを掲げている集団の脇を通り抜け、上野駅兼JDEA上野ダンジョン事務所へと入った。
「どうぞこちらへ。所長がお呼びです」
帰還の報告をしたところ、慇懃な調子で受付に象徴質へと行くように促された。
受付嬢に案内されて所長室に入る。奥に執務机、手前には丈の低いテーブルとソファーがふたつ。
その奥側のソファーに、中肉中背の男がどっかと座っていた。どうみても人を出迎えるような姿勢ではない。見たところ40代……いや、50絡みか?
その神経質そうな顔を見るに、頭に浮かんだ単語は“インテリヤクザ”だ。
「座れ」
まともな挨拶もせずに、そいつは俺たちにそう命じた。
「困るんだよねぇ……」
俺たちが座るや、そいつは喋り出した。
「あんな嘘の映像を垂れ流されたりすると」
コツコツと神経質そうにテーブルを叩く。
「なんでわざわざ上野でこういうことをするんだ? キミたちの嘘でどれだけの者が命を危険にさらすと思っているんだい。そもそもの話だ。キミはどうやってライセンスを取得――」
ネチネチネチネチと言葉が続く。
あぁ……うぜぇし長ぇな。俺はとっと家に帰って飯を食いてぇんだよ。
なんでこんな下らねぇ嫌味を聞いてやらななんねぇんだ?
「――そうだ、君たちはマジックバッグもっているようだね。それをこちらに渡しなさい。君たちのような連中が持っているべきものではない。我々が運用してこそ価値があるものだ。そうだろう?」
あ? なんつったこいつ。はっ! 終わりだ終わり。つきあってられるか! 上野に来んなとも云ってるしな。よし、望み通りにしてやろうじゃねぇか。
俺は殺気を目の前の男に叩きつけた。
途端に男はビクンと跳ね上がった。顔を青ざめさせ、右手で胸を、心臓のあたりを押さえたまま俺を見つめる。
「ったく。ガタガタとよくもまぁ回る口だな。人をペテン師呼ばわりしやがって。おまけの人様の財産を強奪しようとか、お前誰だよ。まだ名乗りも受けてねーぞ。あ? 何者だ? 答えろ」
「う、上野ダンジョン事務所所長……た、武内だ」
「あ、そ。所長の武内さんね。受付のおねーさん」
俺は手を挙げ呼ぶ。俺たちを案内したまま、背後に控えているのは分かっている。が、返事がない。
「受付のおねーさん。返事をしろ。俺たちの後ろでニヤニヤと厭らしく笑いながらこっちを眺めてたのは分かってんだ。とっとと応えろ女ぁ!」
「は、はいぃ!」
慌てたような返事が響いた。
「紙を2枚、コピー用紙で構わない。用意してくれ。A3な。それと書くものを。嫌がらせで極太マジックとかもってくんなよ。あと朱肉とスタンプ台もな」
「た、ただいま!」
バタバタと所長室を出ていき、すぐさま慌ただしく戻ってきた。
A3用紙2枚とボールペン。そして朱肉とスタンプ台。
さてと――
『我々神令は、今後一切いかなる理由、事情があろうとも上野ダンジョンに関わることは致しません。
2025年4月1日
神令イオ』
よし。これをもう1枚。
……それにしても、なんか字が機械で記したみたいな正確な有様なんだよな。これもこのエルフボディになった結果か? さすがに“人間タイプライター”なんて呼ばれてた御仁みたいな真似、死ぬ前はできんかったんだけどな。
「サラー。署名」
隣のサラを見上げると、右目を眼鏡の上から手で塞いでいた。そして左目は瞑っている。
いや、なにやってんだ?
そんな状態なのにサラは左手でペンを受け取ると、サラサラと自身の名前を綺麗に書きつけた。
「よし。じゃ、あんた。あんたも自身の肩書を書き添えた上で署名しろ」
2枚の紙をくるりと回して武内に渡す。予想に反し、武内は素直に署名した。
それを確認して、余白部分に射線を引く。漢字の〆みたいな感じに。これで余白部部に余計なことを記しても無駄だ。
「サラ、判子」
「どうぞ。私と姉さんの実印です」
「……なんで実印を持ち歩いてんだよ」
呆れつつ、印を確認してしっかりと捺す。名前の脇にひとつ。それを2枚。でもって2枚を適度に重ねて割印。と、そうそう。捨て印もしておかないとな。
書面の上部に押印してと。
「ほれ、そっちも判子を捺せ。仕事柄もってんだろ」
そういうと驚くほど素直に執務机へと向かい、判子を手にもどり、しっかりと押印した。
……なんか様子がおかしいな。これ、サラがなにかやってんな? まぁ、スムーズに進むからいいけど。
「当然、内容は読んだな。これで問題ねーよな。俺たちに来てほしくないんだろ? もう2度と来ねぇよ。今後一切、上野がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。あとだ、今あんたが云った侮辱に強奪に関してはしっかりとJDEAに抗議させてもらう。こっちはなにひとつペテンなんてしてねーからな。場合によっちゃ、マナクラフト関連の利権から外すぞ。当然、あんたの責任でだ。問題ないな。なにせ配信映像が嘘っぱちだって断言したんだ。あんたらが信用ならん装備の利権に噛む必要なんてねぇもんなぁ。あ?」
睨みつけて云うと、赤べこみたいに武内はコクコクと頷いた。
なんかやたらと素直だな。サラ、洗脳のし過ぎはさすがに止めてくれよ。
「よし。ま、これはただの念書だからたいした効力は――」
そんなことを云い始めたら、突如として書面を中心に青い光が室内に広がった。
それは一瞬の事で、すぐに元の蛍光灯の灯りだけの部屋に戻った。
『……なぁ、サラ。いまの青い光って』
口元を引き攣らせながら、フォラゼル語でサラに問う。もしマスクをしていなかった、無表情を取り繕うに苦労してたハズだ。
『【青】様が介入しましたね。さすがに私たちに対する犯罪行為は2度目とあって、【青】様も看過できなかったようです』
そう答え、サラは右目を覆っていた手を外した。
「さて武内所長。ここまで我ら神令を貶め、豪語したんです。後の起こる状況はご自身で収めてくださいね。多分、年末、クリスマス頃ですかね。そのあたりで魔物溢れが起こるでしょうが、きっと武内所長が先陣を切って事を収めるのでしょう? それが責任というものですしね」
「サラ、きついことをいうね。まぁ、ダンジョンの規模からして億単位で魔物が溢れるだろうけど、頑張ってくれ。幸い、ゴブリンがメインらしいから、現代兵器を山ほど並べておけばどうにかなんだろ。どんだけ弾薬を使うか想像もつかんけど。あ、地表のベヘモスモドキも暴れるかもしれねぇな」
「あー。可能性は高いですね。もしそうなったら壁なんて壊されますよ。でも所長さんからしたら願ってもないんじゃありませんか? 功績をあげるどころか、英雄になれるチャンスですよ。よかったですね」
「ま、俺たちはこの念書の通り、もう二度とここにゃ来ねーよ。あんたからしたら願ったりだろ。もちろん、魔物溢れの対処にも一切協力しない。この念書の通りにな。んじゃ、俺たちは帰るぜ」
念書の一枚を手に取り、席を立つ。……なんか念書が青っぽく変色しているのは見なかったことにしよう。
受付のおねーさんは腰でも抜かしたのか、みっともない格好で座りこんでいた。
「と、そーだ。今後は関わらないが、今日の分の戦利品の買取りはしてもらうか」
ウェストバッグを腰から外し、逆様にする。
「“PIck out Goblin's sword”」
ってことで、掻き集めたゴミ、ゴブリンのもってた剣。通称ゴブリンソードを排出する。数はハクの言を信じるなら2万本以上あるはずだ。よくもまぁ、このバッグに収まったもんだよ。ほぼパンパンだったんじゃないか?
滝のようにこぼれだす剣が、たちまちのウチに床に溜まり山をつくる。だがそれでもまだでてくる剣の勢いはとまらない。
念動で天井近くにバッグを浮かべる。俺たちは入り口のところに避難して剣がすべて出来るまで見物だ。
おっと、剣がこっちに溢れ出てこないように、向こうに押しやってやろう。
受付嬢はもとより武内も腰を抜かしていたのか、ソファーから立ち上がることもできずに慌てふためいていた。
なんか云ってるみたいだが聞こえんな。
「選択型の遮音結界を張っておいて正解でしたね」
……サラ、そつが無いね。
暫くしてやっと剣の奔流が終わった。部屋は大変なことになったが、ま、知ったこっちゃない。あんだけ侮辱したんだ。この程度の報復で済んだと感謝して欲しいくらいだ。
「受付のおねーさん」
いまだへたり込んでいる受付嬢に俺は声を掛けた。受付嬢は顔を引き攣らせたまま俺を見上げた。
「査定よろしく。金はJDEA預かりで。よその事務所で受け取るよ」
バッグを腰に戻し、部屋を後にしようとしたところで再度足を止めた。
「コピー用紙2枚分の料金は、それの金から引いといてくれ」




