032_上野ダンジョン攻略_⑤
視界に入る3つの通路。そこだけから侵入してくるかと思ったが、俺が通って来た背後からもゴブリンは突撃してきた。
てっきりそっちはサラが仕留めているから安心だろうと思ったが。分かれ道なんてものも当然あるんだから、ゴブリン共がそこから入ってくることは当たり前のことだ。
チッ。バディがいるってことに慣れちまったが故の堕落ってことか。いけねぇなぁ。これじゃあっさり死んじまうぜ。要反省だな。
後方から来るゴブリン共に対しては、戦利品として足元に大量に集まっている連中の武器たるなまくらな剣を念動で投擲して仕留める。
そっちには視線など一切向けてはいないが、気配で十分位置はわかるからな。さした問題じゃない。
足元で作業しているボーンサーバントたちの手際が良くなってきている。1体がゴブリンを渡し、1体が捌き、1体が魔石抜き、最後に最初の1体が定位置にゴブリンの死骸を放り次の死骸を渡す。
そして不要となった死骸を俺が壁際に念動でぶん投げる。
すでに壁際には死骸が山積みだ。死骸は一定時間でダンジョンに吸収されるが、一定以上の死骸が玄室内に溜まった場合は、越えた分の死骸数だけ死んだ順番に順次吸収されていく。
だからこの部屋が死体で埋まることはない。
ま、この部屋はかなり広いからな。吸収がはじまるまで今しばらく掛かるだろう。
押し寄せて来るゴブリン共の勢いは一向に減らない。もっとも、死体の山をふたつみっつ築いたところで、このダンジョンの規模を考えたらそれでも焼け石に水状態だ。
そもそも25年一度も魔物溢れが起きていない時点で異常といえる。
やがて押し寄せて来る足音の質が変わった。
ゴブリンの群れに紛れて現われたのは大柄なゴブリン。ホブゴブリンというヤツだ。それに加えて埴輪武者もやってきた。馬には乗っていない。
「ホブはともかく、埴輪は硬そうだなぁ」
銃を向け引き金を引く。ホブゴブリンはヘッドショット一発で終了。だが――
埴輪武者は一発程度ではものともしない。とはいえ、埴輪だ。埴輪型ゴーレムだ。その足は遅い。
「んじゃ、どこぞの漫画みたいに一点集中してみようか。どうせ魔石は鳩尾あたりだろ。ゴーレムは魔石を砕かなきゃなんねーのがなぁ」
狙いを定め、腕を固定し引き金を引きっぱなしにする。
18発でぶちぬけた。
「結構硬いな。こりゃ埴輪に数で来られると手数が足なくなりそうだな。面白くなくなっちまうから、あんまり縛りは緩めたくねーんだけどなぁ」
ドロップ品を引き寄せる。これは女神様から頂いたほうの能力だ。異界にある倉庫に直接放り込むこともできるわけだが、それはせずに足元に引き寄せるだけにしている。
それなら、念動で集めているとごまかせるからな。配信なんてものをしていると、いろいろと気を遣う。
とりあえず俺は“無駄に脳筋な念動使い”と思われさえすればいいのだ。
お!?
モンスターたちの間を縫って、ぴょこぴょこと跳ねるように小型のモンスター群れで入って来た。数は20くらいか。
ヴェロキラプトル!
やや黄味がかった緑色をした二足歩行のトカゲ! なぜか映画では2mサイズのミニチュアティラノサウルスみたいになっていたが、こいつは全高50センチくらいの正しいサイズだ。
銃撃はせず、念動で一匹ずつ首をへし折り討伐する。
「サーバント。トカゲはバッグにまるごと放り込んでくれ。
ハク―。ラプトルって需要あるかね? 食ってみたいから、いま討伐したのはまるごと持って帰るけど」
『どうだろ? 一部の学者は欲しがるかもしれないね。サンプルが手に入ったのも10年くらい前らしいから、もう骨格標本くらいしな残ってないでしょ』
「なんの学者かは知らんが、少なくとも考古学の役には立たんぞ。このラプトルは、考古学者が描いた復元図を元にしたラプトルだしな。……なんか、妙にカラフルなのも一匹いたし」
『あー。トロピカルなのがいたねー。コメントも沸いてたよ』
「別に亜種ってわけでもなさそうなんだよな。単なる色違いで。なんなんだ?」
『ダンジョンだからねぇ』
「ハハハ。確かにそうだ。モンスター生成のロジックなんざ、分かり様もないな」
首を左に傾ける。左頬を掠めるように矢が通過する。
いつもは張っている矢避けを展開していないからな。足をその場に止めての縛りプレイに飛び道具はなかなかにスリリングだ。
それにしてもだ。
「ゴブリンアーチャーなんて珍しいもんが来たな」
あいつらが技術のいる弓なんてもんを使うことは、まずない。稀に変わり者のゴブリンが使うだけだ。
飛んでくる矢が増えた。
こりゃ避け切れねぇな。
銃撃で撃ち落す。
不味いな。完全に手数が足りなくなるぞこりゃ。
思わず笑みが漏れる。いいねいいね、楽しくなってきた。
ってことで、魔法解禁。
頭上に魔法弾を展開する。銃撃が間に合わずに抜けてきたゴブリン共をこれで迎撃する。
……ちっ。上位種でも混じってんのか? アーチャーがこっち来ねぇ。
矢の出所を観察する。確認し、銃撃。
ぬ。避けやがった。
【魔法弾】の弾速は、本物の銃の撃ちだす弾丸の速度に比べ遅い。とはいえ、その速度はそうそう避けられるものではない。
本当にゴブリンか? なにがこっちを狙撃してやがんだ?
ほどなくして、それは知れた。狙撃手が後から来た大物に押し出されるように部屋へと入って来たからだ。
って、赤頭かよ。つか、後ろのちっこいティラノサウルスはなんだ!?
射撃していたのは赤頭6体。そしてそれを押し込んできた通路ギリギリサイズなミニティラノサウルス2体。体色はオレンジ色だ。
明らかに下の層から上がってきたモンスターだ。
【魔寄せ】は上に影響がでないように水平に放ったハズだが、下にも影響が僅かながらにも出たのかもしれない。それともこの大物も上に上がっていたのか?
赤頭を仕留める。
銃撃を普通に躱すあたり、さすがは亜種モンスターというところか。ったく、相変わらずくっそ面倒だ。だが、遠距離特化の赤頭とかいうレアタイプのおかげもあってか、多少は楽だ。
本来の近接連携特化だとさすがに不動縛りプレイが崩れる。
銃撃を躱したところへ念動で撃った剣で刺殺する。一体に対し2、3本剣をぶち込めば、即死はせずとも行動不能にできる。そうなればあとは止めを刺すだけだ。
問題はミニティラノだ。どうせなら傷を出来るだけ付けずに仕留めたい。【魔法弾】だが、あの皮膚はかなり頑丈そうだ。きっとロクにダメージは通らんだろう。幸いにも、転がっているゴブリンの死体で足をとられるのか、その移動速度は遅々としている。
んじゃ、セオリー通りに口ん中へ銃撃すっか。
右のハンドガンをホルスターにしまい、後ろ腰のウェストバッグから取り出した薬壜を二本を念動で適当に浮かべる。そして腰にぶら下げたソードオフショットガンを抜いた。
このミスリル製試験官状の薬壜には、以前、山常にぶっかけたのと同じ気付け薬が入っている。もっとも年代物ではなく、先日シャティにあらたに製薬してもらったものだ。
近いうちに薬の材料になる植物類を採取して来ねぇとな。そういや、何故か異様にヨモギに執着してたっけな。
先日、よもぎ大福に子供みたいにはしゃいていだ古エルフの姿を思い出す。
薬壜の蓋を開け、それをミニティラノの顔面にそれぞれぶちまける。
強烈な刺激臭のする代物だ。魔獣にだって効果抜群ってな。
ミニティラノがその刺激に吼える。やたらと甲高い鳴き声だ。
そしてその開いた大口にすかさずショットガンを撃ち込む。撃つのは散弾ではなく、スラッグ弾モードの大口径高威力の【魔法弾】だ。
ついでだ。弾丸代わりに浮かべていた剣も突っ込んでやろう。
銃撃で悶絶しているところへの追撃。二頭ともビクンと震え上がったかと思うと、そのまま倒れた。
ふむ。完全に生物準拠か。ドラゴン並に無駄に頑丈ではないと。まぁ、ドラゴンはイレギュラーもいいところだからな。
所詮、恐竜はドラゴンではないってことか。魔獣であっても。
「サーバント、あのデカブツもバッグ行きな。つか、さすがにあれ2体入れたら一杯になりそうだな。あのトカゲにはこっちを使え」
もうひとつのマジックバッグを渡す。
向こうで15年以上冒険者やってて、手に入ったのはこのふたつだけだったからなぁ。いまは頼めば貰えそうだが……さすがにそれはなぁ。
寝室に置かれているLEDランプを思い浮かべる。
さて、あの光点の数からすれば、まだ序盤も序盤だ。
「まーた面白そうなのでも来てくんないかねぇ。ゴブリンを撃つだけの仕事なんてなつまんねーかんなぁ」
右手を元のハンドガンに持ち替え、俺はゴブリンの殲滅を続けた。
★ ☆ ★
上げっぱなしだった腕を下ろした。さすがにちっとばかり腕が疲れた。銃を脇のホルスターに戻し、腕を揉み解す。
周囲にはゴブリンの死骸の山。これでも8割くらいはすでにダンジョンに吸収されたハズだが、酷い有様だ。
ゴブリン種の他にはオークが数体とオーガが1体。ラプトルがもう1群れ突撃もしてきた。特殊なところでは埴輪武者がちょこちょことやってきたくらいか。確か、7体くらい破壊したはずだ。……もう少しいたっけか?
埴輪武者からはドロップがふたつあった。馬と同様な武者埴輪だ。多分、こいつも魔力を通すと【竜牙兵】のように運用できるのだろう。【竜牙兵】との違いは、使い捨てではなく、何度も使えるというところか。多分、自己修復機能もあるはずだ。もっとも破壊された場合、修復にどれだけの時間が掛かるのかは不明だが。
さて、いまの時間はと……17時20分か。うん。今日は店じまいだな。
「いよぅ、お疲れ」
俺は背後の通路から入って来たサラに手を振った。
「……せめてこっちを向いて云ってくださいよ」
「一応、まだ周囲を警戒してんだよ。魔力回復薬を使い切っちまったからな。さっきみたいに景気よく【索敵】を使えねーんだ」
「この階層のモンスターは全滅しましたよ」
……は?
「いやいやいや。ここの1フロアの広さを考えたら、俺の【魔寄せ】程度じゃ集め切れんだろ。範囲が足らん」
「リンクしたんじゃないですか? とにかく、いま現在このフロアにモンスターはほぼ存在しません」
「ほぼ?」
「設置型トラップとなっているモンスターはその場から動けませんから」
あぁ、なるほど。
「とりあえず、若干は魔物溢れの猶予は稼げたか。とはいっても、下から上がって来てる状態だから、猶予はたかがしれてるな。いいとこ一ヶ月伸びたくらいか?」
「となると、明日も魔物殲滅ですか?」
「ここみたいな大部屋があれば楽なんだがなぁ。わざわざ迷宮をうろつくのはなぁ」
「見てましたけど、姉さんは無茶が過ぎます」
「そうか? こんなのは2度目だぞ。まぁ、前回の時は消耗品を大量に準備した上だったから楽だったがな。……だが数はこの比じゃなく多かったな。
と、明日は無しだ。やるなら明後日……いや、明々後日だな。シャティに頼んで薬をどうにかしてもらわんと。
あ、そうだ。俺のやらかしでそっちは暇になっちまったんじゃないか?」
「いえ。それは別に構わないのですが。
ハク姉さん、当選者ってでました?」
『出る訳ないでしょ。集計はまだだけど、もっとも多く予想した人でも桁がずれてるって。誰が万単位のモンスター討伐なんて予想できるのさ』
EXPからハクの声が聞こえてきた。
「よく確認できたな」
『まったく正確とはいかないけどねー。映っていた範囲だけでも2万近く仕留めてたよ。だいたい6時間やってたけど、討伐数を時割すると、1秒当たり1体以上仕留めてる換算だからね。そんなもん誰にも当てられないって』
「俺としちゃ、そのカウントをやってのけるハクに驚きなんだが!?」
「……まぁ、ハク姉さんですから」
天使様だしなぁ。
「それで姉さん、撤収予定時間までおよそ30分ほどありますけど、どうします?」
「あー……そうだな。撤収、のつもりだったんだが、モンスターがいない状態なら、時間一杯までマッピングしとくか」
「……本当に決めた時間通りに行動するんですね」
「そうでもしないと、際限なく探索することになるぞ。俺はきちんと家に帰って、ハクの作った夕飯をみんなと食べるんだ」
オーマじゃ集りに来るクズ共のせいで飯屋にもまともにいけなかったからな。クソが。こっちでの、“食事”という安寧の時間は誰にも邪魔させん!
「確かに食事は大事ですね。では、あとは適当にお散歩をして、時間になったら撤収しましょう。
ということで、配信は終了となります。お疲れ様でした」
サラが配信終了すべく、【アダム君】の回収を始めた。
うん。サラはいいことを云うな。そう、食事は大事だ。
「もう、毎日毎日生の蕪だの芋だのを齧る生活なんてコリゴリだからな」




