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030_APPENDIX:杖を買おう【同舟会】


 千間坂駅を東口から出て、狩木は軽く周囲を見回した。


 時刻は九時半。訪ねるには少々早いだろうか?


 神令家のマンションは、東口から出れば嫌でも目に入るからすぐわかる、と聞いている。そして実際、まさに一目瞭然であった。


 なにせ他に高層の建物が無いのだ。10階程度のビルはいくつも立ち並んでいる。そんな中で30階建てのマンションがひとつ頭抜けて聳えていれば、いやでも目立つというものだ。


「あれみたいね」

「よくも建築許可が下りましたよね。他所よりずっと高いあの高さだと、反対とかされそうですけど」

「どうなんだろうね。でも建った直後のダンジョン生成災害のせいで、この辺りも一気に過疎ったから流れちゃったんじゃない?」

「ここ、避難区域ギリギリですからねぇ」


 和菓子屋の屋号がプリントされた紙袋を持ち直し、狩木は芦見を伴って歩き始めた。


 ラッシュ時は過ぎているとはいえ、あまりにも人気のまばらな道を進む。恐ろしいことに12m道路を走る車が一台も無ければ、路上駐車している車も見当たらない。


 目につくのは、前方をキャリーバッグをゴロゴロと曳いているスーツ姿の女性ひとりだけだ。


「ゴーストタウンってこんな感じなのかな?」

「ゴーストタウンだと、もっと寂れてるというか、建物に問題もでていると思いますけど。避難区域の際だとこんな有様になるんですね」

「千間坂ダンジョンは過去に何度かダンジョン災害が起きてるしね」

「そんな物騒な場所の側に住みたくはありませんね」

「家計には優しい地域らしいけど、安心と生活の利便性が犠牲になるみたいだしね」

「利便性ですか?」

「お買い物やらが大変らしいよ。ほら、お店が軒並み撤退しちゃうから」


 そう云って芦見は周囲を適当に指差した。


 かつては商店街であったろうそこは、閉められたシャッターが並ぶばかりだ。


「……生活用品の用立てが大変そうですね。通販もありますけど、場所だけに送料が割高にされそうだ」

「ピザのデリバリーとか頼んだらどうなるんだろ?」

「断られるんじゃないですか?」


 確か、どこだかのJDEAのダンジョン事務所が断られたという話があったハズだ。


 松戸ダンジョンだったか?


 そんな話を狩木は思い出した。


 やがてふたりは目的のマンションへと辿り着いた。


 ものの見事に誰も周囲に見当たらない。――先ほど前方を歩いていたスーツ姿の女性以外は。


 その彼女はふたりの目的地であるマンションの入り口で頭を抱えていた。


「どうしましたー?」


 芦見が声を掛けると、彼女は困ったような顔のまま振り向いた。


「手違いがあったようで、いるはずの――【同舟会】さん?」

「あ、JDEAの……」

「おはようございます。探索者支援課の張戸です」

「【同舟会】の芦見です」

「狩木です。どうしたんです? 本部勤務ですよね?」

「いえ、神令家専任となりましたので。特にシャティさんを簡単に本部に呼び出すことはできませんから」


 張戸のことばに、ふたりは即座に納得した。


 あのエルフを普通に街中を歩かせるのは、問題しか引き起こさない。とかく世の中は物騒なのだ。


「まぁ、そっちへの連絡は後回しとして、先に神令さんに挨拶をすることにしましょう。こんな荷物をもって挨拶にいくのもなんですが。

 それで、おふたりはなぜこちらに?」

「私たちは魔法の杖の代金の支払いに」


 芦見の答えに張戸は納得した。昨日の契約の際には立ち合いをしているので把握済みだ。


「ここで立ち話をしていてもなんです。中に入りましょう」


 狩木はそういうとインターホンを押した。






 エレベーターから下りると、そこには亜麻色の髪の長身の女性が待ち構えていた。


「おはようございます。お待ちしておりました。私、小神ラクと申します。ハクが少々手が離せませんので、本日は私が応対いたします。よろしくお願いします。

 ところで、失礼ですが張戸さんはなぜこちらに?」

「今後シャティさんが関係する契約などのことで、本部に彼女を呼ぶことは、いろいろと要らぬ問題を引き起こすだろうということで、私が窓口としてこちらに配属となりました」


 そして張戸が状況を説明したところ――


「なるほど。本部職員に対する妬みからくる嫌がらせですね。よろしい。では、張戸さんの部屋はこちらで用意します。シャティの生徒となる方々の部屋も階下に準備してありますし、まだ余裕がありますので。先におふたりの要件を済ませてからご案内します。あ、家賃のほうですが、現在JDEAが賃貸契約している物件のほうに抱き合わせますのでご安心を。無駄な迷惑を引き起こしているのです。文句はいわせません。えぇ、神令は傲慢でなくてはなりませんからね、立場上。それを理解していない者は行方不明になったJDEAの上役のようになるだけです。もっとも、あの御仁はいま軽井沢の別荘でガクブルしながら潜伏しているようですが。とはいえ若い女性を引き入れてよろしくやっているのですから反省の色なしですね。サラを攫ってあれこれ口ではいえないようなことをしようとしていたのですから、これで終わらせるなどしませんとも。なにせ止めようがないひとりが激怒していますので。あぁ、可哀想、可哀想。結末がとても楽しみです。ふふふ」


 にこにことした表情を一切変えず、一定の調子で平坦にまくしたてるラクに、3人は顔を強張らせたまま、ただどうしたものかと見つめていた。


「では、こちらにどうぞ」


 ラクについて奥の部屋へと入る。なぜエレベーターホールでラクが待っていたのか謎であったが、このフロアすべてが神令家となれば納得だ。


 案内された応接室では、既にシャティがテーブルについていた。


「ふたりともよく来た。でも私はこの配信を見なくてはならない。だからこの状態で売買をすることになる」


 やってきた皆に僅かに視線を向けたシャティはそういうや、目の前に置いたノートパソコンの画面にすぐさま視線を戻す。


 そして、その画面を皆にも見えるように向きを調整しているあたり、いらぬ配慮だ。


 そんなシャティの様子など気にもせずに、ラクが隣に座った。


「本日、イオとサラは上野ダンジョンへと行っています。故に、この場に不在であることをご了承ください。もっとも、神令との売買契約とはいえ、実際には彼女、シャティとの売買契約となりますから問題はありませんね」


 芦見と狩木がラクの言葉に頷く。


「はい。それで、昨日の魔法の杖のお値段はおいくらでしょうか?」

「諸々の事情を鑑みた結果、実費のみとなったんでしたね。ですので杖と魔石、そして導線として使用したミスリルの量で換算、面倒なので端数切り捨てとしました。

 結果、お値段はこちらとなります」


 ¥23,000


 目の前に差し出された領収書には驚愕の値段が記されていた。


 安過ぎる!!


「え、安すぎませんか?」

「問題ありません。実費のみです。【追尾魔法矢】の料金と、それを魔石に刻む技術料はサービスです」

「その点については昨日話がついているハズ。だから問題ない」


 画面を見つめたままシャティが答える。画面ではイオとサラが上野ダンジョンへと入ったところだ。すぐ背後のゲートの向こうで、無駄に派手な恰好で横断幕を掲げている怪しげな集団が見切れている。


「どこの世界にも愚か者はいる。国をダンジョン災害で滅ぼした聖女と同じことをしている連中がこっちにもいるとは思わなかった。とっとと見せしめに処刑しないと世界が滅ぶぞ」


 えっ!?


 ぼそりとしたシャティの声に、張戸たちは顔をひきつらせた。


「後始末にクロウを始め“頂点”の連中が5人も動員される異常事態となった。数国の範囲に広がった膨大な数の魔獣討伐に“頂点”5人で10日も掛かるなんて有様だった。“ひとりで億単位の魔獣討伐とか、どんな罰ゲームだ”ってクロウがぼやいてた。報酬も必要経費にすらならないっていってたっけ」

「その聖女とやらはどうなったんです?」

「とっとと海を渡って逃げた。もっとも、“頂点”のひとりの魔術師が怒り狂った状態のまま追って行ったから、末路は推して知るべし」


 ラクの問いにシャテが無感情に答えた。


「シャティ、ここはオーマではありませんから、処刑とかできません。それはさておいて、杖の素体を出してください」

「ん」


 急にラクとシャティの間に、大きな傘立てのような円筒形の容器に詰め込まれた杖が現われた。見たところ10数本はありそうだ。


「とりあえず魔法使いが使う杖の形状で人気のもの。どれも“いかにも”な雰囲気の杖。素材は槍なんかに使われる木材と一緒だから、打撃武器としても使える。お薦めは黒いのと白いの。マナの木製。産地の違いで色が正反対だけれど、名前の通り魔力を特に放出する木を杖にしたもの。使えば使うほど持ち手の魔力に馴染んで、魔法を使う際の消費魔力を若干軽減してくれる。馬鹿な連中が伐採しまくったせいで、いまじゃもう手に入らない。だからちょっと割高になる」

「マナの木は絶滅危惧状態ですか。そうすると、オーマもいずれ魔力が喪失するのでは?」

「大丈夫。最低限の数が里で保護されてる。絶滅はない。魔力に関しては、今はダンジョンが生成してるから問題ない。あとマナの木と他の木の交雑種が存在する。マナの木にはまるで及ばないけど、それでもマナは生成してる。こっちは成長も早いし丈夫ともあって、そこら中に繁殖してる。ただ柔らかいから杖には向かない」


 ラクに答えながらも、シャティの視線は画面から離れない。そしてそんなふたりの会話を、3人は顔を引き攣らせたまま聞いていた。


「あの、小神さん、オーマというのは?」

「シャティのいた所ですよ、張戸さん。イオが十数年飛ばされていた場所です。あ、お二方、異世界の存在に関しては、WDEAが公式発表するまでは公言しないでくださいね」

「わかりました」

「話しません。もしうっかり話したとしても、冗談ととられるか頭を心配されるだけだと思う」

「それよりも、シャティさんに口止めをしたほうが良いのでは?」

「それは無茶というものです」


 ラクは表情を一切変えることもなく、張戸に即答した。


「さて、魔法の杖の素体選んでいただくのはひとまず置きまして、魔法辞書に記す魔法の選定をしましょう。【呪文使い】として十分といえるモノをリストUPしておきました。昨日聞いてはいると思いますが、数を増やしたところで使う呪文……魔法は限られますからね」


 そういってラクがメモを机上にツイと出した。シャティの齧りついている画面上では、リバースデスパンダがあらゆる角度から映されているところだ。




・主(お薦め)


 【追尾魔法矢】:視覚誘導にて追尾する魔法矢。


 【空衝】:衝撃波を前面に撃ち出す面攻撃魔法。


 【防御陣】:術者の全周囲を覆う対物理、対魔法防壁。


 【看破】:目標の正体を見抜く。いわゆる鑑定。


 【修復】:回復魔法。物品の修復も可能。


 【索敵】:一定範囲内のモンスターの関知。


 【認識阻害】:周囲が自身の存在を認識し難くなる。


 【浮光】:灯りの魔法。一定範囲を照らす。浮かぶランタン。操作可。


・副(あれば使うかもしれない)


 【魔法弾(魔法矢)】:普通の銃や弓と一緒。


 【自動追尾魔法矢】:目標を自動追尾する魔法矢。対処されやすい。


 【魔力障壁】:前面に魔力による対物理、対魔法の不可視の盾を構築。


 【付光】:なにかしらの物体を発行させる。


 他各属性系攻撃魔法。




「正直なところ、副とした魔法は不要といえる。主とした方だけで基本事足りる。副の方は、魔力節約や特攻をを狙ってという感じが大きい。だがそれ以上に蒐集癖を満たすものとか、もしくは悪戯用といったものだ。【付光(エンチャント・ライト)】などは、腹立たしいハゲ親父の頭とか、嘘つき女のおでことかに掛けると気分が晴れる。


 あ、これを云っておく。回復魔法として【修復(リペア)】を選んだのには理由がある。回復系には【治癒(ヒール)】【修復(リペア)】【復元(リカバー)】の3タイプがある。


 【治癒】が一番手軽。でもこれは個人の治癒能力強化によるもので、対価として掛けた部分の寿命が縮む。本来治癒に掛かる時間を一瞬に詰めた状態と思っていい。利点としては、即死するような怪我でも状況によっては回復できる。


 【復元】は、いわゆる時間の巻き戻し的なもの。その論理上消費魔力が異常であるため、一番効果が高いものの実質気軽に使えない魔法と云っていい。やろうと思えば若返りもできるが……神でもなければ無理だ。


 【修復】。こちらは怪我や壊れた部分を魔力で疑似的に造り上げて置き換えるという物。消費魔力は若干多いものの寿命が縮むこともない。時間経過により、正しくその部分は元の状態に治癒する。あとこの魔法は私オリジナル。他じゃ手に入らない。ダンジョンから産出される魔導書にだって存在しない」


 相変わらずこっちに視線を向けないまま、シャティが答えた。画面上では、リバースデスパンダがコロコロと転がされているところだ。


「では、主、とされている魔法をお願いします!」


 芦見が即答した。


「いいんですか? お嬢」

「いきなりたくさんは使いこなせないよ。多分。あ、でも【付光】は欲しいかな。操作しない分【浮光】との使い分けができそうだし」

「では、主としている魔法8種と【付光】を加えた計9種を――」

「あ、【付魔(エンチャント・マナ)】も有用だったっけ。すっかり忘れてた。武器なんかを一時的に魔力を帯びたものにする魔法だけど、必要かな? 魔力による追加打撃効果と、実体のない幽霊系のモンスターにも攻撃が通用するようになる」


 画面に映るふたりは移動中となったらしく、シャティはやっと向き直ってふたりに問うた。


「魔剣とかにできる魔法ってことですよね? ゲームでいうところの“エンチャントウェポン”だっけ?」

「そう、それ。普通は前衛が、それだけを記した魔法の指輪なんかを使って自力でやるものだから、すっかり忘れてた。どうする? なんだったら指輪でもいいよ。今日は気分がいいからついでに作ってあげる」

「「お願いします!」」


 期せずして、前衛の攻撃力UPの提案を受けたのだ。ふたりとも即答した。


「わかった。それじゃ、発動用の“呪文”を決めようか」



★ ☆ ★



 夕刻5時。狩木と芦見は帰路についていた。ラッシュアワーともいえる時間ではあるが、都内に向かう路線は座れるほどに空いている。


 芦見の手には、乳白色の杖が握られている。160センチほどのいかにも魔法の杖といえるような代物だ。


 トップの部分は西洋竜の頭部が彫刻されており、その口に魔法発動体。目の部分に魔法辞書がふたつ埋め込まれている逸品だ。


「思っていたよりも掛かりませんでしたね」

「そだね。3桁万円くらい軽くいくと思ってたんだけど。予想の半分以下で買えちゃったよ」

「まぁ、シャティさんはこれで商売する気はないみたいですからね。依頼を受けるにしても、気に入った人だけのような感じでしたし。俺たちの場合は、神令さん……イオさんの仲介があったから取引できた感じでしょう」

「そうだね。昨日、声を掛けてくれた麻葉さんに感謝だよ。……私だったら神令家のことを知ってたら絶対に“手合わせお願いします”なんて声を掛けられない」

「ですよね。あの人、なんであんなに度胸があるんですか」

「烏合の衆だった【同舟会】を力づくでまとめるのに関わったひとりだからねぇ。

 それはさておいて明日よ。明日こそあの黄色頭をとっちめないと」

「ほぼぶっつけですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫。昨日あれだけ特訓したんだよ。お墨付きだってもらったんだもん、問題ないって!」


 自信満々にそう云うも、すぐに芦見は少しばかり困ったような笑みを浮かべた。






「で、でも、一応、呪文を記したメモは持って行くよ」



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