018_APPENDIX:松戸ダンジョン事務所
■APPENDIX:松戸ダンジョン事務所
人手不足は慢性的だ。
だから就職難などという言葉は2000年以降は聞いたことがない。
その原因は、単に災害による人口の減少であるから喜べたものではないけれど。
それに常に人手不足と云っても、それは職を選ばなければという話だ。
私は高い倍率を誇るJDEAに就職することができた。
ここは人気の職場だ。お給料は過不足することなくきちんと支払われるし、いまの物騒な世の中でも安全に働ける職場だ。
希望が通り、私はダンジョン受付業務に配属されることが決まった。
あとは配属先がどこになるのかというだけだったのだが――
「……松戸ダンジョン受付業務担当」
思わず口元が引き攣れた。
松戸ダンジョン。日本に数あるダンジョンの中で、ある意味もっとも嫌われているアンデッドダンジョンだ。
腐臭が酷すぎるため探索者たちからは不人気。それを除いても得られるものが腐肉くらいというため、完全に外れのダンジョンだ。
そのため、モンスターの間引きが一切されず、確実に定期的に魔物溢れが発生し、その度にダンジョン周辺が戦場となる職場だ。
唯一の救いは、ダンジョンから溢れるモンスターは、最弱のゾンビ程度であるため、JDEA警備部隊だけでどうにか対処できるということだけだ。
だが、その対処後はゾンビの死骸を掃除しなくてはならないため、JDEA松戸ダンジョン支部はもっとも不人気な職場だ。
……人が来ないから暇ではあるんだけれど。
日報には『異常なし』とだけ書き続ける訳にもいかないため、地味に辛いことになっている。
そんな日本一閑散としていながら、定期的に魔物溢れにより日本一酷い状況に陥るこの松戸ダンジョンに、今日、とんでもないことが起きた。
珍しく本部よりひとつの通達がもたらされた。
曰く、以下の二名の探索者がダンジョン攻略に訪れた際には、決して無礼な真似をしないように、との厳命だ。
その二名とは新人の探索者。
■神令イオ(22)
■神令サラ(20)
この二名だ。
とはいえだ。
「こんな場末のダンジョンになんか来ないよねー」
「ねー」
なんて同僚と話していたところ。
無っ茶美人のお姉さんと無っ茶可愛い美幼女が来訪した。
え、なにごと!?
提示されたライセンスを見る。
うぇっ!? このふたり、通達のあったふたりだ!!
って、この美幼女ちゃんの方がお姉さん!?
狼狽えつつも、入ダン許可証を発行する。
その後ふたりは更衣室で探索者装備に着替え、ダンジョンへと向かった。
あまりにもそのふたりが気になって、私と同僚のふたりは監視カメラに齧りついた。
ややあって、ダンジョン前にふたりは現われ、イオちゃんがまず中へとはいった。そしてたちまちのウチにダンジョンから転がり出て来た。
……あぁ、うん。臭いが酷いからね。私もここに配属された時、一度だけ中にはいったからわかるよ。
実情を知っておかないと、探索者との不和の元に成り兼ねないってことで、ここに配属された者は一度はあの悪臭を体験することになるんだ。
正直、あの中を進むのは専門の特殊な装備をしないとダメなんじゃないかな。
あ、今度はガスマスクを着けて、中に入って行った。
「どのくらいで戻って来るかな?」
「ガスマスクのフィルターって、だいたい何分くらいで交換するんだっけ?」
「2時間ちょっとくらいじゃなかったっけ? でもまぁ、マスクを準備してるってことは、換えのフィルターも準備してるんじゃない?」
「でもちゃんと用意してるってことは、ここがどんなダンジョンか調べてるってことだよね。こうしてわざわざ来てるんだし」
「そういや、そうか」
「……本部が現場に釘刺してんだよね。丁重に扱えって」
「……え、怖いんだけど」
「とりあえず、私たちはそっと見守……じゃない、待つしかないんだよ」
「結局いつもと同じじゃん」
そういって私と同僚は疲れ切ったような乾いた笑い声を上げた。
時刻は18:12。定時もう過ぎているけれど、過疎状態のダンジョンに回される人員の関係で、私たちはいつも残業だ。
――といっても、事務所を定時で閉めた後、後片付けと日報を書くだけだから、残業と呼べるものではないけれど。
ただ、本日に限ってはあのふたりがまだ戻ってこないため、帰るわけにもいかない。
このことを本部に伝えたところ、20時に交代要員が到着するとのこと。
は? 交代要員? こんな場末のダンジョンに? そんなのいままでなかったのに?
え、そんなにVIPなの? あのふたり。
「はっ! ざまぁっ!!」
は?
突然の罵声に私は慌てて声の元、同僚の方へ振り向いた。
って、あんた、なに動画なんて見てんのよ。
「あ、見て見て、あのゴミカスがコテンパンにされてる!」
同僚が画面を指差す。そこには思いっきり鼻が潰された山常陽二の姿が映し出されている。
あー、うん。彼女、こいつのセクハラとパワハラのせいでここに跳ばされたからな。恨みも一入だろう。本当、ヤツはどんなコネをもってたんだか。
「いまさらだけど【神令】で調べてたらさ、この動画が真っ先にでてきたのよ。というか、よく削除……あー、削除、無理か」
諦めたような様子の同僚に、どういうことか聞いた。
……いや、これ、JDEAの不正暴露動画って。本当、良く本部が介入しなかったな。え、無理? だって、あのふたりって新人で――
はぁっ!? 皇族!? 嘘でしょ!?
「嘘じゃなくガチ。聞いたことない? 裏皇家のこと」
「……聞いたことある」
「それって都市伝説とかじゃなくって、実際に存在してたらしいんだよね。表には一切出てこなかったから、知名度はほぼなくて、国の重鎮の一部くらいしか知らなかったみたい。でも3年前のダンジョン災害の際に、陣頭に立って戦ったせいで断絶してたらしいよ」
「断絶? え、それじゃあのふたりは?」
「先代の娘がひとり海外に嫁に出たらしくて、その娘の子があのふたり」
「あー。それじゃ、その裏皇家存続のために戻ったのか。え、でもそれで探索者っておかしくない?」
「いや、裏皇家って完全な武闘派の家系みたい」
「え、そんなのもネットで出てくるの?」
「うん。ほとんど都市伝説みたいな感じだけれど、いくつかヒット――あ、帰って来た」
同僚の言葉に監視カメラを見る。
ちょうど扉からでてきたふたりが、なにやら淡い光に包まれている。多分、あれがサラさんの魔法だろう。その後ガスマスクを外し、イオちゃんがサラさんのそれを受け取り、バックパックへとしまっている。
「あ、イオちゃんがこっちに手を振ってる」
モニターを見ると、イオちゃんはカメラに向かってサムズアップしていた。
ややあって、ふたりが事務所へと戻ってきた。
「あー、どっちが説明する?」
「姉さんが。足りない部分は補足します」
そう云ってイオちゃんが報告した内容は――
・松戸ダンジョン完全攻略
・各階層の出現モンスター内容
・各階層の状況
・地下駐車場よりモンスター層が変更/ゾンビ→スケルトン
・ボスモンスターについて/餓者髑髏
「ど、どういうことですか!?」
同僚が慌てている。
「聞いての通りです。詳しい報告書は後日提出します」
「それは、ありがとうございます。いえ、そうではなく、完全攻略!?」
「あー、証拠となるようなものがいるよな。……なぁ、サラ、大腿骨で分かると思うか?」
「大丈夫じゃないでしょうか。さすがに身の丈20mもの巨人がごろごろといるとは思えませんし。それに乾ききった骨ですからね」
「これ、膝の側を削って革ひもでもまいてやれば、それだけでウォーメイスなりウォーハンマーになると思うんだよ」
そんなことをいいながら、カウンターの横幅を占めるようなサイズの骨がどすんと置かれた。
え、何メートルあるのこれ?
「……そういやあの飢者髑髏、下半身は埋まってたよな。なんで倒したらこの大腿骨まで転がってたんだ?」
「さぁ。ダンジョンの理ですから」
あぁ、サラさんが肩を竦め、処置無しとでもいうように首を振る。
「それじゃ、これ。今回の仕事の記録映像データ。俺の云ってることが真実かどーかはそれを見て判断してくれ。あ、この骨は置いていくから。査定よろしく。飢者髑髏の骨格標本2体分まるまるあるから。買取りでよろしく頼む」
イオちゃんは手をフリフリさせると、カウンターの下へと引っ込……え?
はっ! そういえば、イオちゃんの背丈で、どうしてカウンターの越しに胸から上が見えてたの!? サラさんが抱っこしてたわけでもないのに。
「はぁ……。姉さんは脳筋が過ぎます。――では、あとはよろしくお願いします。ボスのリポートに関しても、後日郵送いたしますので」
そういってふたりは更衣室へと歩いて行った。
私と同僚は顔を見合わせた。
現在、この事務所にいるのは私たちふたりだけだ。本来なら所長がいるわけだが、私は配属されてから一度も見たことがない。
「……これ、上への報告、どうすんの?」
「面倒だから所長名義で出しとけばいいんじゃない? もちろん、所長がここ1年以上現場にでてないことも含めて」
「恨まれそう」
「知らないよ。私たちは適切に仕事をした、それでいーじゃん。それに、所長如きがあのふたりに文句を云えるとは思えないし。つか、皇族に喧嘩売れるわけないし」
皇族……そうだよね。都市伝説だと思ってたけど、“神令”、国家の守り手とか、そんな人たちが探索者とか、大丈夫なのかな?
まぁ、大丈夫だから、こうして活動してんのか。
カウンターに無造作に置かれたままの骨を手に――重っ!!
「え、骨でしょ? いくら大きいっていっても、カラッカラに乾いているんだから、対した重さじゃないでしょ? イオちゃんだって軽々持ってたし」
「バカみたいに重いんだけど。いや、サイズを考えれば普通な気もするけど」
なにせ私の背丈以上の骨だ。
両手で掴み、ずるずると引き摺るようにカウンターの上を移動する。
「よいしょっと」
「ちょっ。なにも担がなくても……そんなに重いの?」
「30キロ以上はあるんじゃないかなぁ。多分ひとりじゃ持てないから手伝って」
「は? お米の大袋一袋分!?」
「このサイズを考えると、そんなものなのかなって感じだけど」
「さて、鑑定士を呼ぶか、ものを送るか。どっちになるかな。……こっちでの買取りってことだったわよね。うん。本部に送りつけよう。どうせ鑑定士の派遣依頼をしても、来るのは半年とか1年後とかになりそうだし」
そんなことをブツブツと云う同僚の声を聞きながら、私は同僚にも骨を担がせ、保管庫へと向かった。




