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017_松戸ダンジョン攻略_②


 ガスマスクを被った。マナクラフトカメラも起動した。そしてここから会話はフォラゼル語で行うこととし準備は万端。


 それじゃ改めて突入だ。


 重い扉を開ける。目の前には階段。本当に作りがビルそのものだ。


 オーマのダンジョンじゃ絶対に有り得ないな。だって、床がリノリウム張りなんだぜ。


「ダンジョン構築初期段階。ダンジョンとしてのエリア構築、即ち縦穴が造られます。そこから各階層が造られるわけですが、その設計には、その際に犠牲にした人間の知識を引用します」

「は?」


 突然のサラの言葉に、俺は間の抜けた声を上げた。


「このダンジョンは、恐らくゾンビを題材とした映画、ゲームをこよなく愛する人間の知識を中心に構築されたものでしょう」

「……いやな予感しかしないんだが」

「途中からゾンビがゲーム仕様ですね。スプリンター並に全力疾走するわ、嘔吐物を吐き散らすわ、自爆するわ、舌を鞭のように振り回すわ、なぜか3メートル近い巨体で暴れまわるわと、実にバリエーション豊かになっています」


 淡々とサラが答える。


「なんだそのゾンビ。つか、3メートルて。なんで巨人のゾンビがいるんだよ」

「巨人ではありませんね」

「ん?」

「筋肉だるまです」

「いや、マッチョだからって、巨人みたいにはならんだろ」

「所詮はダンジョンによる作りものですし。確かJDEAの公式サイトに画像データがあったはずです。……こんな感じですね」


 スマホを俺に見せてきた。


 そこに映し出されているのは、興奮状態で肌が紅潮している筋肉だるま。


 うん。筋肉だるまとしか云えないな。肩回りが頭よりデカいとかどうなってんだこれ? 筋肉を誇張してデフォルメにしたみたいだ。


 あー、そうだ。洋物ドラマで、緑色のマッチョマンに変身するのがあったな。あれに近いな。こっちのがマッチョ具合が異常でデカくてピンク色だけど。


 つか、これの相手すんの? サイズを考えるとボス級、ミノタウロスとかオーガと同枠だと思うんだが。


 正直、こういった狭いダンジョンだと俺の戦闘スタイルは相性が悪い。なにせ機動力しかないからな、俺の武器は。狭いとそれが封じられるようなものだ。


 超高耐久力の敵に狭い通路で突撃でもされようものなら、倒しきれず、避けることもままならずに轢かれて終わる。


 まぁ、対処するには大砲級の【魔法弾】を撃てばいいだけなんだが、それだと魔力消費が酷すぎて、最下層に到達するころには薬漬けだ。


「面倒臭そうな奴だな。つか、俺と相性が最悪そうだ。この分だと機動力も運動性もあるんだろ?」

「そうですね。某狩りゲーに登場する大猿並には」

「いや、知らんて」

「今回は私がメインでやります。前回は後ろを歩いていただけでしたので」

「ん。分かった。俺は援護に徹する。それじゃ装備はハンドガンにしとくか」


 脇のホルスターからハンドガンを抜いた。


 形状は米軍が正式採用している銃に似ている。というか、形状はグリップ部分以外はほぼ一緒だ。俺の記憶違いのせいで、微妙に変わっているという程度だろう。


 ハンドガンの命中精度などたかが知れてるとも思うかも知れないが、ショットガンよりはマシだ。


 よくよく思い返すと、俺はショットガンを撃つときはいつも零距離でしか撃ってねぇや。


「そういや、今日は配信してんのか?」


 ふと思い、サラに確認する。


「今日は録画です。なにぶんダンジョンがダンジョンですからね。絵面的にかなり酷いことになると思いますので」

「あー……普通に見てくれは人間だしなぁ。腐ってるけど。さすがにそれがバッタバタ死んでいく様はまずいやな」

「そういうことです。この動画はそのままUPはせず、編集したものを配信で流しながら解説をしようかと」

「ふーん……」

「姉さんもでるんですよ」

「えっ?」


 嘘だろ!?


「俺も!?」

「はい。先日の配信で、姉さんもかなりの人気がでていますからね。出さない、という選択肢はありません」

「マジかぁ……」

「ハク姉さんがアバターを使って配信していましたからね。私たちもそれに順ずる予定ですから、そこまで気負う必要もないと思います」

「……」

「どうしました?」

「いや、四半世紀の技術革新は凄ぇなと思ってな」


 これ、慣れんのにどれくらい時間がかかるだろ。


 さて、いつまでも無駄話をしている暇もないな。


 テクテクと目の前の階段を降りる。


 降りた先には金属製の扉。いわゆる防火扉というやつだ。扉には100Fと記されている。


「100階ってことか。つまり100階建てのビルってわけだ。埋まってるわけだが。こっから下へ108層ね。つか、先への階段が続いてねぇな。どうなってんだ?」

「ダンジョンですからね。各階を通過した先に階段はあります」

「面倒臭ぇ。なんでそんなとこだけダンジョン仕様なんだよ」

「一応エレベーターもありますよ。ただ、箱は落下していますから、利用するならエレベーターシャフトを無理矢理降りるしかありませんね」

「落ちて死ぬ未来しかねぇな、それ。もっとも、俺とサラは問題ねぇだろうけど」

「使います?」

「それじゃ面白くないだろ。飽きたら使おう」


 扉を開け、フロアに入る。


 真っすぐに続く廊下を、3体ほどのゾンビがフラフラと歩いている。


「70階くらいまでは、ほぼ基本的なゾンビしかいないようです」

「動きの鈍い奴だな?」

「はい。そこに、ゲーム仕様のバッファー型のゾンビがたまに混じる程度ですね」

「強化するのか?」

「強化というか、バフ効果を発揮させ始めると、周囲のゾンビがゲーム仕様となって、爆速で突っ込んできます。自爆特攻ですね」

「うーわぁ、ゾンビの自爆特攻とか、嫌な事このうえないな。つか、地味に難易度高くねぇか、ここ」


 サラを先行させ、俺は後ろにつく。


 ゾンビの一体がこちらを認識したのか、手を伸ばし、呻きながら向かってきた。

「どうやって倒すんだ?」

「先ず、【マジックバレット】で包みこんだ極小の【ファイアーボール】をゾンビの頭蓋内に撃ち込み、そこで【ファイアーボール】を炸裂させることで頭蓋内を焼き尽くします」


 ポヒュ! といった、間の抜けたような音が聞こえたと思うと、ゾンビが耳と口と鼻から煙を噴き出しながら倒れた。


 眼は……あー、見ない方がいいな。普通にグロいや。


 うん。完全に死んでる。


「なるほど。映画仕様だから、頭を潰せば処理できるのか」

「はい。恐らくこれが最も楽です。……肉片も飛び散りませんしね」


 探索しつつビル……もといダンジョン内を進む。


 最上階、ということになっているであろう100階は、いわゆる役員フロアということだろうか。階段エリアはリノリウム張りだったが、ここは青灰色の絨毯が敷かれている。


 いくつかある部屋も覗いてみたが、えらく立派な調度品が置かれていた。まぁ、中身はみんな空っぽで、あるのはそれら家具だけだったが。


 あぁ、一応、内線電話も置いてあった。もちろん、うんともすんともいわない。


「ホテルとかじゃなく、オフィスビルって感じか」

「そのようですね。最上階はやたらと立派ではありますが、ダンジョンとしては1層目ですから、たいしたものはありませんね」


 始末したゾンビの身ぐるみとかは剥いだりしてねぇしなぁ。したくもないが。


「こりゃ人気がでないわけだわ」

「リターンがほとんどありませんからね。ランダムボックスもそうそうあるものではありませんし」


 ゾンビが倒れる。


「探索しないで素通りでいいか」

「そうですね。正直、特段欲しいものがあるわけでもありませんし」


 フロアをひと回りするように廊下を進み、最奥の防火扉を開く。


 あぁ、本当に1フロア移動するだけの階段しかねぇよ。いやまぁ、ダンジョンとしては普通なんだが、ビルを模していながらこの造りっていうのは、妙に腹立たしいな。


 サラが無双しながらダンジョンを進む。無双と云っても、まったくもって派手さはない。


 69階、即ちダンジョン32層目に入ったところで、女の泣き声が聞こえてきた。


「あー。でてきましたね」

「もしかして、さっき話してたバッファーか?」

「はい。周囲のゾンビを……活性化とでもいいましょうか。普通の人間と同程度の運動性を持たせるゾンビです。ああして泣いている間は問題ないんですが、こちらを認識すると泣き止み、唄い始めます」

「あー。歌が周囲にバフをもたらすのか。ってことは、声が届く範囲ってことだから、数がいたら面倒だな」

「悲報ですが、数のいるところにしかアレは湧きません。ついでに云えば、アレのレベルは適正階層を無視しています。攻撃力は無いようなものですが、ドラゴン並みの高耐久力です」


 うげ。


「【バンシー】などと名付けられていますが、どちらかというと【セイレーン】ですよね」

「セイレーンは睡眠とか混乱じゃなかったか?」

「そうですけど、“唄う”ところからが本領のモンスターですから」


 なるほど。とはいえなぁ……。


「悩ましいな。まぁ、名前より大事なのは対処法だな。サラならどうするんだ?」

「【探査】で目標を確認。あとは遠隔で魔法を撃ち込んで撃破します」

「それなら、一切動かずにフロアのモンスターを一掃できそうだな」

「やろうと思えばできますよ。でも魔力のコスパは酷いことになりますから、目で捉えて倒す方が効率的です。姉さんならどうするんです?」

「俺? 俺はいつもと変わらん。見敵必殺。突撃接敵銃撃。それだけだ。つか、それしかできん」

「そういえば、対ゾンビ戦で考えていたことがあったようですけど」

「【BS】の要領で、ゾンビを壁に叩きつけて潰そうと思ってたんだ」

「……大変なことになりそうですね」

「足の踏み場に困りそうだよな。まぁ、魔法で頭を吹っ飛ばしても似たようなもんだろうけど。サラと違って、臨機に精密な制御なんざできねぇからな。

 結局のところ俺の戦闘スタイルは、ゾンビとはすこぶる相性が悪いってこった。……あの異臭さえなけりゃ問題ねぇんだけどな。血肉が飛び散るのは変わりねぇんだし」

「血肉は問題ないので?」

「そんなもん冒険者ににゃつきもんだ。……なんだが、さすがに腐臭はどうにもなぁ。大抵の異臭には慣れはするが、限度ってもんがあるし、染みついた匂いをどうにかしないと町にも戻れんし、下手すると病気に感染するからな」

「あー……。帰れないのは問題ですね。病気に至っては問題どころではありませんし」

「血臭くらいは容認されるんだが、さすがに周囲に吐気を催させるレベルの悪臭となると町にいれてもらえん。だからゾンビの対処は犯罪冒険者が罰則としてやらされてたな。重犯罪を犯した奴は、ゾンビのでるダンジョンで一生ゾンビの間引きだ」


 つか、今回は完全に悪臭まみれになるよな。ダンジョンからでたら、念入りに【清浄】を掛けて臭いを落とさんと。20回くらい重ね掛けすればなんとかなるかな?


 【清浄】はゾンビと戦う羽目になった時のためだけに、必死になって覚えたんだ。おかげで本職よりコスパは悪いが扱えるようになった。自身以外の汚れ落としにも使えて便利だしな。


「始末しました。ちょっと【バンシー】を見に行きましょうか。ほかの特殊ゾンビも数体いましたし、動画用に撮影しておきましょう」

「……ちょっと興味があるな。オーマのゾンビは、ステレオタイプのゾンビしかいなかったからな。ワイトだのレブナントだのはゾンビとは言い難いし、グールはそもそもアンデッドじゃないしな」


 サラが急に足を止めた。振り向き、俺の方に視線を落としている。


「どうした?」

「グールって、アンデッドじゃないんですか?」


 あぁ……こっちじゃアンデッドなんだよな。たしか、ウィズ (PCゲー黎明期のローグライクRPG) だとアンデッドだったな。ってことは、本当にダンジョンが喰った人間の記憶からモンスターを設定してんのか。


 悪趣味というかなんというか、妙な気分になりながらもサラに答える。


「オーマだと人類種の亜種って扱いだな。進化の過程で枝分かれした種らしいぞ。ダンジョンが生まれる前から存在してたらしいから。まぁ、人類亜種といっても交配不能だから、あれだ、人類とチンパンジーくらいには離れてるんじゃないか」

「ダンジョン生物だと思っていました」


 歩みを再開する。


 さてさて。ゲーム由来のゾンビとやらはどんな感じなのかね。


 不謹慎ながらも、俺は少しばかり楽しみな気分になった。



※次回は明後日となります。

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