14_APPENDIX:JDEA本部にて、とある課長とその部下の会話_②
■APPENDIX:JDEA本部にて、イオ退席後の勝野課長と張戸女史
「あ、あの、課長、なにをして――」
「見りゃわかるだろ。肉を切ってる」
「それは分かりますけど。それはサンプルとして頂いたものでは?」
「神令さんも云っていただろう? 食べろと」
「いや、そうですけど。まさかその通りにするとは思ってもいませんよ?」
「2キロもあれば鑑定には十分すぎるサイズだろ。それを見越してのこの量を、20キロもの肉塊を持ってきたんだよ、あの御仁は。しかもだ――」
「しかも?」
「これなら一切の違反行為には当てはまらない」
「えぇ……」
「ドラゴン肉だぞ! ドラゴンステーキだぞ! 誰でも夢見るだろ!」
「そ、そうですけど。というかですね。ナイフはともかく、なんでまな板が用意してあるんですか!?」
「男の嗜みだ」
「……(絶句)」
「冗談だ。探索者時代の悪癖みたいなもんだ。持ち歩いていないと落ち着かないんだよ」
「探索者時代って……まさか食糧を現地調達してたんですか!?」
「初期の探索者は皆そうだぞ。国内外の流通経路はボロボロで、食糧不足が酷いことになったのは知ってるだろう? ダンジョン災害で人口が減ったおかげで、栄養失調どまりで餓死者がでなかったなんて知った時には、世界が人類をあざ笑ってやがると思ったもんだよ。まったく、忌々しいことにダンジョンは人口密集地や、食糧生産地ばかりに出現したからな。唯一無事だったのか海くらいだ。だがそれも、漁に出ることが出来なけりゃ話にならん」
「……」
「そんな状況でもダンジョンを放置できん。モンスターどもは幾らでも這い出してくる。とにかく駆除を――って、昔話はどうでもいいな。神令さんも云っていただろう」
「なにをですか?」
「肉を食べろと。何度も云わせるな」
「確かに云っていましたけれど、あれはジョークの類では?」
「ジョークなもんか。絶対に次に会った時に聞かれるぞ。肉の味はどうでしたか? ってな」
「……」
「その問いに答えるためにも、俺は喰わねばならんのだ!」
「適当な理由をつけていませんか?」
「いや、ガチだ。彼女は絶対に聞いてくる。肉は旨かったか? とな。そこで適当な答えを云うわけにはいかん。信頼関係っていうのは、かくもくだらないことから崩れるんだ。簡単なことで築けるなら、やっといたほうがいいだろう。だから俺は喰うぞ。張戸はいらないんだな」
「え……」
「ドラゴンの肉だぞ。恐らくこれを喰うのは神令さんたちとその関係者を除けば、世界ではじめて食う人間だ。冒険者の夢って云ってたが、まさしくそうだ。これまで討伐されたドラゴンはどれも魔物型で、肉なんてドロップした例はないからな。もしかしたらドロップするのかもしれんが、そもそも討伐数が全世界でいまだ片手で数えられる程度だからな。ふふふ、本当に楽しみだ。……そうだ、帰りにステーキソースを買って帰らないとな。いや、大根を買って、和風ソースを自作するべきか?」
「あ、あの……」
「なんだ?」
「私にもおすそ分けを……」
「意地にならずとっとと云えばいいものを。2キロくらいでいいか?」
「2キ……あ、いえ、それでお願いします。ステーキ以外に、角煮とかも作ってみます。……ドラゴンって爬虫類ですよね? ワニと同じような感じなんでしょうか?」
「どうなんだろうな。見た感じ、牛肉みたいな色をしてるが。まぁ、シンプルにステーキにして食えば、どう食べるのが一番うまいか分かるだろ」
「豚はとんかつこそが至高! みたいにですか?」
「ショウガ焼きも捨てがたいぞ、豚は」
「あー……確かに。まぁ、2キロあるわけですし、いろいろ試してみましょう。課長はどうするんです?」
「ステーキは当然だろ。それといま云った生姜焼きだな。あとは、パンチェッタとベーコンを作ってみようと思う」
「……」
「なんだ?」
「生姜焼きはともかく、パンチェッタは……。他の肉が食べられなくなっても知りませんよ。塩漬けは旨味が凝縮しますから」
「……そうなったら、魚に鞍替えするさ」




