第92話 その姿
まぁ、真実はそれこそフォルネウス教団に聞いてみなければ分からないところだ。
そして聞いたところでまともに答えてもらえるとも思えない。
グライデルのことを考えてみれば、相当に過激な人間が所属している団体だ。
カタリナの話によればあくまでもそれは過激派とか原理主義者とかそう呼ばれるような者たちであって、一般信徒は至極普通にその辺で生活しているということだったが……。
フォルネウス、という存在それ自体についてよく知っているのは、過激派、原理主義者、そう呼ばれる奴らの方だろう。
一般信徒と呼ばれる方はそこまで足を深いところにまで踏み込んでいないだろうと想像できるからだ。
しかし、こいつがフォルネウスだというのなら、グライデルがこの村にいるのも納得がいくのかな?
廃村と言っても、そんなものは探せばいくらでもある。
魔物の脅威によって、もしくは盗賊でも天災でもいいが、さまざまな事情によって放棄されざるを得なかった村というのは数え切れないほど存在している。
この辺りにも探せば似たような条件の場所が二つ三つは見つかるはずだ。
それなのにわざわざ、こんなものがいるところを選んだというのは……何か意味を感じる。
まぁ、ただの考えすぎかもしれないが。
ともあれ、協力は得られそうなので、そっちの方についてまずは話していこうか。
そう思った俺だが、そんな俺に、ふと黙って聞いていたマタザから声がかかった。
「わ、わふ……(と、殿……?)」
「なんだ? 聞いていた通り、こいつが協力してくれそうだから、それについて話していこうと思うんだが、何か問題でも……」
あるか?
と尋ねようとした俺に、マタザは大きく首を振っていう。
「わ、わふ……わわん、わふ(そ、そうではなく……あの、大変言いにくいのですが……)」
「なんだよ、遠慮せずに言ってみろ」
「わ、わふ(は、はい)。わふ……わふわふ?(先ほどから……殿は、一体誰と話しておられるのでしょうか?)」
「……え?」
マタザの言葉に、俺は呆けるように口をあんぐりと開けてしまった。
彼に続いて、リベルも、
「わ、わふ……わふ?(私も尋ねたいと思っておりました……そこに何かいるのでしょうか?)」
「リベル、お前もか……? ということは……」
こう言われて、俺もそこまで鈍感ではない。
今まで、こいつらは俺に気を使って、全てを任せていたからこそ、黙っていたのだと思っていた。
けれどそういうことではないのだ。
これはつまり……。
そう思って俺が視線をフォルネウスの方に向けると、そこにいる羊角の獣人風の人物は、にへらと笑って言った。
「あっ、言ってなかったけど、僕の姿って特定の人にしか見えないっぽいんだよね。だから多分、この中だと……君にしか見えてないんじゃないかな?」
「やっぱりか……」
想像通りだった。
考えてみれば最初からそんな気配はあった。
俺の腕を掴まれた時、キャスの反応がおかしかったのは、こいつの存在がそもそも見えていなかったからだ。
キャスはこれで俺の安全を守ることにかなり気を使ってくれる。
だから、そんな俺の腕を掴むような人物がいたら、注意を促すように鳴くか、攻撃を加えるかしているだろう。
それなのにキャスは無反応だった。
いや、何かを感じていたのか、奇妙な反応を見せていた、というのが正確か。
しかし攻撃したりはしなかった。
それはつまり、キャスにもこいつが見えていなかったからだ。
「……そうだったのか。ちなみに声も?」
「そうだねぇ。僕の声も、特定の人物にしか聞こえないみたい。昔のこの村に住んでた人たちは、そういう子を《神子》って言っていたよ。そこの像に魔石を入れてくれた子も《神子》だった」
「じゃあ俺はなんなんだ? 俺も《神子》だと?」
「それはちょっとよく分からないんだよね……僕もまさか見えるとも聞こえるとも思ってはなかったんだけど」
「だったらどうして俺の腕を掴んだ?」
「見えずとも、僕が触れると気味が悪いものが感じられるらしいからね。声も同じさ。君の猫ちゃんがまさにそんな感じだったろう? 少し脅かして去ってもらおうとしたんだよ」
「なるほどな……しかしそうなると、色々と納得がいくな。お前のような人工精霊紛いの貴重な存在がいるのに、ここに放っておいて村を捨てた奴らのことが」
「そうなのかい?」
楽しそうに尋ねてきたフォルネウスだが、俺の言ってる意味を理解していないわけではなく、全て理解していて、俺の答えを聞いてあげよう、みたいな感じがあった。
思ったより性格が悪そうである。
まぁ、邪神みたいな存在なのだから、当然と言えば当然かもしれない。
俺は気にせず言う。
「そうだとも。多分、見えるやつがその時にはもういなかったんだろ?」
「あぁ、最後の《神子》の子が来なくなって、しばらくしてからだったからね、この村から村人たちが去ったのは。最後にここに来た人もそんなことを言っていたような覚えがあるよ」
「そいつらは、お前を連れていこうとはやっぱりしなかったんだな?」
「いや、連れていこうとしてたんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
「今そこにあるのはまさに僕の依代だけど、前はもっと大きな、豪華な像もそこにあったからね。そっちはしっかり持っていってたよ。そこの像はボロいから置いてくって」
「……もしかして、その豪華な方に宿ってると勘違いして……? いやいや、そこまで愚かじゃないだろう、流石に」
「いやぁ、随分大切に扱ってたから、多分そうなんじゃないかな。まぁ、それならそれで、と思って僕は何もしなかったけど。そもそも出来なかったしさ」
「本当に?」
「さぁ、どうかな……でも、いいのさ。あの時、そうしたお陰で、君に出会えたわけだし。僕のために村を作ってくれるんだろう?」
「それは違う。俺たちのために村を作る。ただそれが結果的にお前のためになるだろう。それだけだ」
「それでいいとも……じゃあ、契約でもしようか? 僕はこの村の村長、君に従うと……」
「あっ、ば、ばか、お前……!」
その瞬間、妙な繋がりが、フォルネウスとの間にできてしまったことを、俺は感じた。
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