第90話 その存在
「……つまり、あれか。お前は、ここに祀られていた……神か何かだと?」
疑いつつも、聞いてみる。
確かに、いわゆる邪神信仰をひっそりと行っている村や街というのは、存在している。
アストラル教会の締め付けの厳しい、オラクルム王国だとて、たまに聞いたくらいだ。
しかし当然のことながら、見つかり次第、粛清されていたのは当然の話だ。
それこそ、聖女とか、聖騎士団とかによってな。
その点、この国、ユリゼン連邦ではどうなのだろうな。
とりあえずオラクルム王国ほど厳しい、ということはまずないだろうというのは想像がつく。
そもそも、国教と呼べる宗教の存在しない国家だ。
特に、連邦として成立してからは余計にそうだろう。
それぞれの国に特有の宗教とか、価値観とかを尊重しなければならなくなったからこそ、宗教についてもそこまで踏み込むことはできなくなったはずだからだ。
まぁ、もちろん全くの野放し、ということもないだろうが……この辺りの細かいところはな。
外部の人間にはわかりにくいところだ。
そんなことを考えている俺に、巻き角を持った、何者かは言う。
「……なんとも断言し難いところだね。《神》として扱われていた。そうとは言えるかな。でも、本当に神なのか?と尋ねられると……」
「違うのか?」
「違うだろうね。僕は、なんというか……精霊に近い存在だと思う」
そう答えた。
精霊とは、地水火炎などを象徴する、力の凝った存在のことだが、それに近い?
首を傾げる俺に、彼は言う……いや、正直、見た目では彼なのか彼女なのか分からないが。
中性的な見た目なのだよな。
「人の願いの力というのは馬鹿にできないものでね。この村にかつて住んでいた者たち、彼らがその依代に長い年月、願うことによって形を成してしまったのが、僕なのさ」
「願いの力……ふむ、人工精霊に近いのかな?」
人工精霊、とは、魔道工学の所産である。
魔力の人工的な集中や、操作によって、自然に発生し、消滅する精霊を人工的に生み出すことも可能な技術体系である。
これによって、本来、自然の中ではまず発生しない精霊すらをも生み出すことを可能にしている。
膨大な魔力と長大な儀式、それに恐ろしいほどの供物が必要になってくるために容易に可能なことではないのだが、オラクルム王国のような大国では、数年に一度程度なら十分に実現可能なものだ。
そのようなことに近いことを、このくらいの規模の村で行っていた?
ありうるのだろうか。
いや、魔力や儀式、供物の規模は、あくまでも短期間で行うことを前提にしたものだから……。
そんなことを考える俺に、その存在はさらにいう。
「まぁ、きっとそんなところなのだろうね。事実、僕は、この村が生まれて百年は経った頃に生まれ、それから何百年となく見守っていたから……まぁ、結構古い存在だと思うよ。そこまで長く存在し続けられるのは、僕が精霊に近しいものだから、さ」
「しかし、今、この村には何も残っていない……それなのに、あんたが残ってられるのは、なぜだ?」
こういった、人の願いが凝って生まれた存在というのは、精霊と呼ぶのか、亜神と呼ぶのかはともかくとして、それなりに観測はされている。
けれど、力や願いを与えるべき人がいなくなれば、短い期間で消滅してしまうことでも知られている。
それなのに、だ。
こいつは何十年かは、誰の力も受けずに存在していることになる。
これは奇妙な話に思えた。
これに対して、羊角の人工精霊は答える。
「まぁ、十中八九、そこの神像のおかげだろうね……見ただけで分かるかどうかは知らないけど、その神像の中には、大きな魔石がはめられてるらしいからさ。昔、僕によく話しかけてくれた女の子が入れてくれたんだ。それから存在がすごく安定した気がするから……」
「……そうなのか」
聴きながら、すごく確認したい気持ちに駆られる。
けれど、それは憚られた。
なぜかといえば、彼だか彼女だか分からないにしろ、古い時代にこの村の住人との間で行われた、やりとり、信頼を理解できてしまったからだ。
彼がどういう存在だったのかは、分からない。
でも、実際に実体を得た神として、この村ではきっと敬われていただろう。
俺に触れられるような実体を持つ存在であるからには、現実的な加護もあったはずだ。
そんな存在を敬うために作られた神像、そして確保された魔石。
軽く触れるのは憚られるのは当然だった。
まぁ、その辺の冒険者なら軽く触るのかもしれないけれどな。
俺は……あまりそうしたくはなかっただけの話だ。
なぜと言って、こうして神性を曲がりなりにも帯びる存在に出会うのは初めてだったから。
俺に対して、《聖王》などという技能をくれた神は、いまだに俺になんの説明もくれないが、それでも、どこか奇妙な尊敬がある。
おかしいのかもしれないが……この世で生きている俺らに与えられるものには、何か意味がある気が常にするのだ。
こうしてこの、羊角の亜神に出会ったことだとて、何か意味があるのかもしれない。
そんな気がしていた、俺だった。
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